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⑤―3

 

 

 

 そう言って、メメメは照れくさそうにほほをポリポリと掻いた。

 申し訳ない?

 まさかメメメの口からそんな言葉が出てくるとは意外だった。


「い、いちおう私の我がまま聞いてもらってこのラボを作ってもらったわけだし。色々と迷惑かけてるの知ってるから……」

「……そっか」

「直里だってお姉ちゃんに頼まれてここに来てるわけでしょ?」

「ま、まあ。それがコココさんとの契や………いやっ」


 言いかけて口をつぐむ。

 危ない危ない、内緒だって言われてたのに。

 会話の流れで思わずコココさんとの契約のことを話す所だった。


「何?」

「いや……まあコココさんに頼まれたっていうのはあるけど、俺もARグラスとかそういう最先端技術興味あるし、授業なんかよりよっぽど面白いっていうか、まあそんな感じで」


「……ほんとっ?」


 メメメが嬉しそうに俺を見る。


「私のARグラス、面白い?」

「あ、ああ。役に立つかどうかは別としても周りのやつとか、特に先生がタヌキに見えるのは結構面白い」

「……そっか、良かった」


 本心から安堵するその姿を見て、罪悪感がチクリと俺を刺した。コココさんに飯を作ってもらう替わりに俺がメメメの助手をする。その約束自体はメメメも知っているが、契約書を交わしていることは内緒だ。

 しかしなぜ秘密にする必要があるのだろう。中身を知っているのだから、別に秘密にする必要はない気がするのだが。


「直里さ」

「え、な、何だ?」

「もし外に出られたらどこに行ったらいいと思う?」

「……牢屋に入った囚人みたいなことを言うんだな」

「う、うるさいっ。外で遊んだことないから分かんないんだよっ!」

「外で遊んだことがない? 嘘だろ」

「もちろん、小さいときならあるよ。公園とか。でもそれは本当に子どもの時だし」


 そういえばこいつ中学校の時ずっとヒッキーだったんだよな。だったら仕方がないか。

 ん……だが俺も人のこと言えないぞ。


「まあ高校生がよく行く場所って言ったらカラオケとか東京出て買い物とか?」


 疑問形になるのは仕方がない。だって俺は孤高の一匹狼だもん。


「ふーん、じゃあ直里もカラオケとか行くの?」

「ま、まあ行ったことはあるな」


 一人で、だけど。

 あっ、そういえば。


「最近は行ってないけど、中学校の時はアキバによく行ってたな」

「アキバ?」

「東京の秋葉原」

「そこに何があるの?」

「一口には言えないがコココさんが大好きな美少女系のグッズとかがめちゃくちゃある」

「……直里、きも」

 

 美少女グッズに興味があると思われたのだろう、メガネ越しに冷ややかな視線を向けられてしまった。


「いや、勘違いするな! そっち目当てじゃなくて俺が好きなのはゲームだよ」

「……あやしい」

「あやしくない。中学校の時、アーケード版の格闘ゲームにハマってたんだ。結構強かったんだぜ」

「アーケード? 格闘ゲーム?」


 専門用語が理解できないというふうに、頭にクエスチョンマークを浮かべるメメメ。

 十代なら訳もなく理解できる共通言語なんだけどな。


「よく意味分かんないけど、それ面白いの?」

「まあな。当時の俺は格ゲーのために生きていたといっても過言ではない」


 そう言って当時の勇士を想起する俺。当時最強だった高校生プレイヤーに勝利したり、ランキング表示を『CHOKURI』の名前で埋め尽くした時の喜びは今も俺の記憶に深く刻まれている。ちなみに『CHOKURI』は名字の音読みです。

 

「直里、顔がニヤけてる」

「はっ、いやいやそんなことはないぞ」

「いやグレイのくせにニヤけてた。気持ち悪い」

「それはお前のメガネのせいだろ」

「……でもちょっとうらやましい」

 

 小さい声でメメメは言った。

 

「私は無理だもん。人目の多い所行けないし。そんな場所で楽しいとか無理」

「……どうしてそんなに人が怖いんだ?」

 

 それは前々から気になっていたことだった。

 だがメメメは自分でも原因が分からないらしく、子どものように首を横に振った。

 

「分からない。でもたくさんの人に見られたり、しゃべっているのを近くで聞いたりすると胸のここらへんがきゅーっとなる。息が苦しくなる。それがどうしてかは私にも分からない」

 

 淡々とした口調だったが、それが余計に押し殺した感情の存在を浮き彫りにする気がした。

 

「……それでも外には出たいんだよな?」

 

 俺の質問にメメメは何も言わなかった。

 たぶん、自分でも自分の気持ちが分からないのだろう。

 そう考えたのは、つい最近まで俺もそうだったからだ。

 外には出たいけど出たくない。

 そんな相反する気持ちを胸に抱いて、一日中ゲームをしていた中学時代の自分。

 楽しい反面、どこか苦しくて。

 自由なはずなのに、どこか窮屈で。

 誰かと繋がりたいのに、周囲の誰とも繋がりたくない。

 自分でも自分の気持ちが分からないという感覚をどれだけの人が理解できるだろうか。

 劣等感と優越感が混じり合ってできた自己嫌悪の底なし沼にずぶずぶと沈んでいくあの感覚。

 唯一安らぐ時があるとすれば、全く知らない世界に転移して全く知らない自分として生き直したいといった非現実的な願望を抱いている時だけ。

 よくもまあ、あの悪循環な状況から這い出てきたよな、俺。

 ヒッキー続けるのが急に怖くなって、そこから大嫌いだった勉強に取り組むようになったのだが、きっかけは自分でもよく分からない。

 殻に隠れたままのカタツムリはいないってことなのか。

 だったらメメメだって。

 俺が数学の参考書に目を血走らせていたのと同じ理由でARグラスを作っているのかもしれないのだ。

 

「……メメメ、ARグラスを作るのに俺が手伝えることってあるか」

 

 

 

 

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