⑤―2
メメメの目が輝く。
「直里、立って立って」
「何だよ、もう……」
メメメの我がままに付き合ってやる義理もないが、まだ睡魔はやってこないのと、新しいARグラスに興味がないわけでもなかったので従ってやることにした。
「おおー、すごい」
メメメが俺の身体をくまなく観察しはじめる。しゃがんで見上げてみたり、横から覗いてみたり、背後に回ってみたり。
若干の照れくささを感じるが、メメメの目に映っているのは俺の姿ではない。メガネの効果で何か別の生き物に見えているはずだ。
「直里、こっちを見て」
「えっ、いやです」
「むー、言うことを聞け。助手」
横を向いていた俺の顔をメメメの両手がぐっと引き寄せる。至近距離に大きな紅い瞳がやってきて、じっと俺の目を覗き込んだ。
「うむうむ、計算通り。いい目をしておる」
この近さでメメメの顔を見るのはちょっときつい。性格はともかく見た目だけは非の打ち所がない完璧なかわいさだからな……と世界中の男子ならきっとそう思うでしょう、俺はともかく!
「じゃあ次は指っ。こうやって」
メメメはそう言って俺の胸あたりに向けて人差し指を向けた。同じポーズを取れという要求のようだ。
「別にやるけどさ、その前に一つ教えてくれ。俺はいったい何に変身させられたんだ?」
「ん? その本に載ってたやつだけど」
メメメは俺がさっき読んでいた本を手に取った。付箋をしてあったさっきのページを広げる。
「ということは俺、グレイなのか」
「イエス。さあ指を出す」
「……ほらよ」
意図が不明のまま、人差し指を出す。
するとメメメも俺と同じように人差し指を伸ばした。二人の指先同士がチュッとする。
「……アイルビーライトヒアって言って」
「……は?」
意味不な要求の二乗に思わず尋ねると、すっげー剣幕で睨まれた。
「はいはい分かったよ……アイルビーライトヒア。これでいいのか?」
よく分からないが何だか恥ずかしいので棒読みで言う。
だがそれがメメメには不満だったようだ。
「心がこもっていない、もう一回。ちゃんとETの気持ちになりきって言う」
「……ET?」
ETってあれだよな。昔の有名なSF映画の……
「なんだ直里。お前ETも知らないのか?」
「いや知ってるけど……もしかしてこれってETの再現か?」
「そ。グレイメガネを作ったら絶対やろうと思ってた。有名なシーンだから」
「グレイメガネってまんまかよ……っつーかお前さET見たことあんのか?」
「んーん、ない。だってVHS時代の映画でしょ?」
古い映画でもDVD版あるから。パクるならちゃんと確認しておけよな。
「だがETとグレイは見た目が全然別物だぞ」
「えっ、何で? だって昔の宇宙人ってタコ型かグレイ型のどっちかのはずでしょ」
「それは間違いではないが、でもETはどちらでもない。あれは何てゆーか、おじいちゃん型だ」
「おじいちゃんっ!? ヨボヨボ的な?」
「ああ」
「ET、ヨボヨボなのか……んー」
ETの姿を想像しているのだろう。腕を組んで、んーと唸っている。
「あまりカッコよくなさそう。やっぱりグレイで正解」
うんうんそーだそーだ、と頷く。
いやいや違うだろ。
「正解じゃない。お前が作らないといけないのはみんなに役立つメガネだろ。姿をタヌキとか宇宙人に変えたところで何の役に立つんだよ」
俺がそう言うと、メメメはハンッと嘲るような視線でこちらを見た。
「凡人の浅知恵で分かったこと言わないでくれる? タヌキとグレイ、全然違うし」
「どこが違うんだよ」
「タヌキはしゃべらない。でも宇宙人はしゃべる!」
断定的に言い切ったが、当然俺は納得しない。
「いるかいないか分からないのに、なぜ宇宙人が言語を話すと言い切れるんだ……」
「口がある。首もある。だからたぶん肺もある。だからしゃべる!」
すっげえ幼稚な理論だが、それについてはまあいいだろう。
「百歩譲って宇宙人がしゃべるとしてだな、それが何なんだ」
「それは秘密……うあっ」
人差し指を口に当てた、その思わせぶりな表情いと腹立たし。なので俺はメメメの頭を挟み込み、「しんのすけー!」とぐりぐり攻撃をした。
「痛い痛い痛い。やっ、やめろっ!」
「ごめんなさいは?」
「……ご、ごめんなさい~」
ぐりぐりの箇所を両手で押さえて畳に倒れこむメメメ。
なんだ、素直に謝ることができるじゃないか。
「ううううう」
「で、何なんだ?」
「……グレイグラスとセットでイヤホン型のボイスチェンジャーも開発中。これができれば人の声を宇宙人っぽい声に自動変換可能」
「声を変える、か」
つまりグレイグラスとイヤホンをセットで身に付ければ見た目も声も宇宙人になるってことか。
「それで?」
「人の声を宇宙人にすれば怖くない。だから耳栓は不要。堂々と外に出られる……と思う」
「自信ないのかよ」
「いや、きっと大丈夫……な気がする」
うん、と頷くその姿も俺にはかなりあやしかったが、そんなことよりもメメメが外に出ようとしていることは意外だった。一週間、こいつと接してきたが、そんな素振りは一度も見せなかったし、どちらかというと自ら望んでヒッキーやっているようにしか思えなかった。
「メメメ。お前、外に出たいのか?」
確認のため尋ねると、メメメは少し困った表情を浮かべたが、やがて首肯した。
「だ、だって普通に街ぐらい一人で歩けるようにならないと私の研究の意味がないし、それにいつまでもこのままじゃ……お」
「お?」
「おっ……お姉ちゃんに申し訳ないから」




