⑤ 時河萌々女は次に宇宙人を生み出した。(これ以下、旧版)
ガラッと扉を開けるなり、保健室の田中先生はいつもの通りスマホでゲーム中だった。教師という職業は一般的なサラリーマンよりも過酷な労働環境にあると言うが、どんな場所にも怠け蟻というのは存在するようだ。
しかも給料までもらえるなんて大人のサボりは羨ましい。
「こんちはっす」
「あっ、直里君。待って」
ベッドに直行する俺を止め、イスを勧める田中先生。せめて人を呼ぶ時は目線を上げて欲しいものです。ゲーム中の子どもに「分かった―」とテキト―に生返事された親の怒りがちょっぴり分かった気がするよ。
「ごめんねー悪いんだけどー、なるべく保健室通いは控えてもらえるかな―」
それは俺にとって死の宣告のようなものだったのだが、二人乗りバイクでトラップをぴょんぴょん避けながら言われたので、こちらが真剣に説得すれば何とかなる気がした。それにしても『絶望都市』なんてなつかしい。中学生の頃、バイクの後ろに女の子乗せてる時点でぜんぜん絶望じゃねーだろと主人公を恨めしく思ったものだ。しかも世界滅びてるし、もうサイコーじゃないですか。
「ダ~メ、だってコッコの頼みだもん♪」
ステージクリアしたのだろう、田中先生は嬉しそうにスマホを置くと、まるで祝杯でも上げるかのようにペットボトルのヘルシア緑茶をぐびぐびいった。
もちろん、コッコはニワトリではない。確かに朝早く俺を起こしてくれはするが。
コココさんのことです。
「勘弁して下さいよ~。ここは砂漠のオアシスですよ~。普通に死んじゃいますよ~」
「な~に言ってるの。あなたのオアシスなら他にあるでしょ♪」
話題が保健室という俺のライフラインじゃなければ、『あなたのオアシス』をもう一回、とリクエストするところだが。
他のオアシス……? まさか。
「先生、そりゃないっすよー。いくらなんでも勤務する学校の生徒にトイラーになれなんて。涙で一巻き使っちゃうレベルですよ~」
「いや、何もトイレにこもれなんて言ってないけどね……ほらメメメちゃんのラボがあるでしょ。どうせサボるならそっちに行って手伝って来いって、」
コッコからラインが来たよスタンプ付きでと俳句っぽく結ばれたので、真偽を確かめるためスマホを見せてもらった。
……真だった。トーク画面で髪の毛ピンク色の二次元美少女がぺこぺこしている。間違いなくコココさんだ。
「まっ、オアシスに疲れたら時々おいで~♪ じゃね」
と言いながらすでに手にはスマホを横向きで握っている田中先生。
自分のことは棚に上げて、なんてコームインだ。いや、だからコームインなのか?
テレビで見た飼育員さんのようにリッパな大人が周りに一人もいないことに街が滅ぶ以上の絶望を感じながら保健室を後にする。
誰もいない廊下は窓から差し込む朝日で目を覆いたくなるほど明るかった。
桜の季節はとうに過ぎ、春服だと暑いぐらいだ。
四月の登校日も残すところあと三日。
クラスではGWについての話題でもちきりになっている。部活の合宿で三日潰れるだの連休中のディズニーの混雑マジやばいだの、嬉しい悲鳴の大合唱。口では否定的なことばかり言いながら、表情はまんざらでもないくせに。
一方の俺は当然ながら予定ナッスィング。おかげで自分の好きなことに時間を使える。連休中、深夜までゲームしても誰にとがめられることもない。おお、マジゴールデン。まぶし過ぎて目が乾いて涙も出ないぜ☆
くそっ、いっそデートでもしてやろうかな。コココさんにやれと言われて放ったらかしてある美少女ゲー『ひきこもる妹たち ~そ、外に出してお兄ちゃん〜』で、ってこれR指定じゃねえか。
なんてお決まりの脳内ツッコミを入れながら、四角く象られた廊下の光を一つ一つ塗りつぶすように歩き、北側の校舎へと向かう。
コココさんとの契約通り、放課後はメメメのラボに足を運ぶようにしていたが、午前中に訪れるのは初めてだった。
黒い部分に指を当てると、俺のDNAだと判別した扉がピッと鳴ってロックが解除される。
指紋で判別しているわけじゃないから、当てる指はどれでもオーケーだ。すばらしい。
頑丈な鉄製の扉を開けると、視覚情報よりも先に飛び込んで来たのは、外とは対照的なじめじめした空気だった。
「おい、換気しろよな」
メメメはちゃぶ台を背負ったカタツムリのような格好でタイピング作業中だった。その光景は放課後と変わらず、返事がないのもいつもの通り。あー塩をどばどばとかぶせて溶かしてやりたいと半ば願望のような思考をめぐらせつつ靴下を脱ぎ、そしてキッチンの小窓を開けた。
外のさわやかな風が密閉された高湿度の空気を吹き飛ばす。ついでにちゃぶ台の上のお菓子のゴミも吹き飛ばした。
だが最も吹き飛んで欲しい物体は畳にべったりと貼りついたまま。嗚呼いと念なし(=非常に残念である)。と習いたての古文単語を早速使いつつ、奥の台所でコップにお茶を注ぎ一口に喉に流し込む。
胸が震えた。
『こんな時間に何の用だ助手?』
メメメからのメッセージだった。バイブ機能にしていたのでね。
「別に。お前の姉ちゃんに保健室追い出されたから来ただけだ……あ」
視界にあらぬものが飛び込んできて、俺は立ち止まった。
ちゃぶ台を挟んでメメメの向かい側。俺がごろんとなるスペースに制服や下着が脱ぎ捨てられている。
「おい……この服」
「……あ」
かたつむりが殻から出てきた。たったったっバッと服を拾い、たったったっガコンと洗濯機の中に放る。そんでたったったっと再び殻に戻る時、俺の足の真上をギュウッと経由した。
「いてっ! お前なー、人が親切に教えてやったのに、何で足踏むんだよ」
『だまれ変態』
「……こいつ」
脱ぎっぱなしのまま片付けずにいたあなたに非はないのですかね? その辺り詳しく尋問したいところだが、まあこいつに何を言っても今みたく言いたい放題のメールが返ってくるだけ。カロリーを浪費するだけもったいないというものだ。
ということで大人な俺はメメメと相手をするのを止め、畳に積んであった本を手に取ると「座布団を枕にして横になった。
手にした本は図書室のマニアックな棚に置いてありそうなハードカバーの古いものだ。題は『宇宙人は実在する!』。
はいはい、実在しますよ確かに。正に俺の目の前にいるもん。人類を敵対視するちっこい宇宙人がね。 とまあそんな感じで何となしにページをめくっていると、ある個所に付箋が挟んであった。
そのページには全身銀色でぎょろりとした青い目、いわゆるグレイと呼ばれる宇宙人の写真が載っていた。写真といってもコラなのは言うまでもないが、それにしてもなぜここに付箋が貼られているのかは謎だ。
「……よし、できた」
ふいにメメメが立ち上がった。メガネスタンドから銀縁のメガネを手に取る。
「新しいARグラスか」
「ふっふっふー知りたい?」
俺が知りたい以上にお前は言いたそうだな。
っつーか会話できるんなら普段から喋れよな。
「やっぱり銀色って、いいよね」
「よく分からんが、メガネの話か?」
俺の言葉を当然のようにスル―するメメメ。今の黒縁メガネを外し、銀縁のものとかけ替える。
そして俺を見た。
「おおっ!」




