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姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー  作者: かがみ透
第3章 『鏡の国』
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鏡の世界へ

 アルトグレンツェに集合した各都市の姫たちは、シンデレラの話に、真剣に耳を傾けていた。


「というわけで、我々は『鏡の国』へ行き、ルクレティアの呪いを解く、という考えに達した」


「鏡の国だって!?」


 信じ難い話に、ラプンツェルとリーゼロッテは、ぽかんと口を開き、泉に浸かるルーツィアは「まあ!」と口に手を当てて驚いた。


「鏡は、わたくしのお母様のものをあたるとして、鏡の世界へ行く魔法とやらを、どなたかご存知ないかしら? 聞いたことがあるというのでも構わないわ」


 白雪姫と隣に座るシンデレラが、一人ずつの顔を見ていく。


「鏡? 通り抜けたことあるよ~」


 あっさりと応えた声に、一同、拍子抜けした。

 声の主は、シンデレラの予想通り、アリスであった。


「ななな、アリスさんてば、そんなこと出来たの!?」


 あまりに驚いて、椅子から立ち上がったのは、リーゼロッテだった。


「お前、ふざけてるんじゃないよな?」


 ラプンツェルが、明らかな疑いの目で、じろじろとアリスを見る。


「ホントですよ~。夢の中から行くのです~」


「はあ?」


「一人で行った時は、夢の中からだったから~。アリス的には~、アリスの魔法で、聖女様の夢の中にみんなを転送すれば、行ける理屈なのです」


 ラプンツェルが、思い切り顔をしかめ、姫たちは、ますます意味がわからない。

 いつもおかしなことを言って、周りも理解不能であったが、実は、アリスの言うことは、真実だったのだろうか?


「さすが、アリスだ」


 シンデレラが、満足そうにアリスに微笑むと、アリスも「えへへ」と笑った。


「他にそのような魔法を知る人がいないのなら、鏡の世界に行くのは、アリスに力を貸していただきましょう。それと、わたくしたちよりも事情に詳しい雪の女王ヴィルジナルにも、この世界で、守備の協力を仰ぐことにいたしましたわ。後の方たちも残って、民を守るのです。その際には、決して、魔物を深追いしないこと」


 保守派代表シンデレラ、改革派代表白雪姫が協力して『鏡の世界』へ行くと決めると、保守派ルーツィアと改革派ラプンツェルはこの世界に残り、白雪姫の騎士団セブンドワーフスや、アリスの三銃士ティーパーティー、ルチコル村のリーゼロッテの祖母もハンター業を復帰してもらい、各騎士たちも魔物を食い止めるよう呼びかけることになった。


 リーゼロッテとエインセールは、最後まで、付いて行くと言って聞かなかった。


「弓なら、おばあちゃんに特訓してもらって、出来るようになったもん!」


「そうですよ! 私も、ちゃんと見てました! リーゼ様、随分上達なさいましたよ!」


 目を丸くしていたシンデレラと白雪姫だったが、白雪姫が、冗談じゃないとばかりに言い返す。


「危険だと、何度も言っているでしょう?」


「大丈夫だもん! おばあちゃんに聞いて、輝晶石を弓にはめこんだら、威力がアップしたんだよ! 絶対、役に立ってみせるから!」


「こんなに言っているのだから、連れていってやったらどうだ?」


 見るに見兼ねたウルフが、口を挟んだ。


「さっすがウルフ! よくわかってる~! ありがとう~!」


「俺が、赤ずきんの援護をする」


 小躍りするリーゼロッテをよそに、アンネローゼが手を腰に当てて、ウルフの前に立ち塞がった。


「いい加減なこと言わないで。あなた、ヴィルジナルの話を、聞いていたでしょう? 呪いを解くのは自分自身だ、と。ルクレティアだけでなく、あなたの呪いも解かないとならないのよ。そうしないと、ルクレティアが目覚めても、意味がないの。人の援護をしている場合ではないわ。あなたの方が、援護してもらうくらいでないと」


 ウルフが首を傾げて、白雪姫を見た。


「なぜ、俺の呪いを解かないと、聖女が目覚めても意味がないのだ? ヴィルジナルは、そのようには言っていなかったと思うが……?」


 アンネローゼが黙り、ウルフから目を反らすと、代わりにシンデレラが答えた。


「ウルフ殿、もし、あなたが、アンネローゼの話の通り、ハイルリーベの王子であるならば、ルクレティアの婚約者だったのだよ」


「なに?」


 ウルフは、シンデレラを見た。


「ルクレティアから、そう聞いたことがある。ルクレティアは幼い頃、ハイルリーベで育ったのだ。だから、彼女の呪いを解くと同時に、あなたの呪いも解かなくてはならないのだ」


「大丈夫だよ、アンネ! あたし、ウルフのこと、ちゃんと援護するから!」


 ウルフの横では、リーゼロッテが真剣な顔で、白雪姫に交渉していた。


「わたくしはね、心配なのよ、リーゼ、あなたのことが!」


 アンネローゼが、リーゼロッテの肩をつかんだ。


「お願い。大事な親友であるあなたを、危険な目に合わせたくないのよ」


「アンネ……」


 瞳を潤ませた白雪姫を、意外そうな顔で見ていたリーゼロッテは、自分の肩から、アンネローゼの手を下ろし、そのまま握った。


「そんなの、あたしだっておんなじだよ、アンネ。あたし、やっと、アンネの役に立てるんだよ。どうか、あたしを信じて」


 真実味のあるリーゼロッテの表情に、アンネローゼは、とうとう折れた。


「それじゃあ、アンネロネロのママのところに行こ~う!」


 アリスの一声で、姫たちは、守備に残るものはそれぞれの町の持ち場へ向かい、アンネローゼ、シンデレラ、ウルフ、リーゼロッテ、エインセールは、アルトグレンツェの隣、シュネーケンの城へ向かったのだった。




「まあまあ! 鏡の中に入るですって!?」


 白雪姫の母親は、「どうしましょう~」と、困った顔をした。


「この鏡ちゃんの中には、入れたりはしないわよ」


「大丈~夫、大丈~夫!」


 そう言いながら、アリスが鏡をにこにこと覗くが、真顔になった。


「あれ? これじゃダメだ~」


「ええっ! そんなぁ! なんでですか!?」


 エインセールが驚いて、アリスの前に飛んでいく。


「う~ん、この鏡には、既になにかがいるよ~。何も住んでいない鏡の方が良いのです~」


「ならば、あなたが以前、通り抜けられた鏡にしましょう」


 アリスは、そう言ったアンネローゼにウインクし、パチンと指を鳴らした。


「オッケー! じゃあ、さっそくノンノピルツの、アリスのお部屋に行こう~!」




「それじゃあ、みんなの武器と防具に、防御魔法をかけるよ~!」


 アリスが、時計飾りのついたスタッフを振ると、きらきらと輝く粉のようなものが、彼らの全身に降りそそいだのだった。


「うわ~、きれいですねぇ! これは、もしかすると、妖精の石か何かを粉にしたものですか?」


 エインセールが、わくわくした顔で、アリスに尋ねる。


「ううん。基本ベースは、マッドローズの花粉」


「ええっ! 魔物の花粉!? そ、そうだったのですか?」


 かけられた姫たちとウルフは、少々嫌そうな顔になるが、アリスは構わず、魔法をかけていく。出端(でばな)を挫かれはしたが、なんとかなりそうな気もしていた。


「次は、鏡を通り抜ける魔法だよ~。さあ、みんな、鏡を通り抜ける遊びをするつもりになって~!」


「どういうことなの?」


「いいから、いいから!」


 暖炉の上にある大きめの鏡は、屈めば通れそうなほどだ。

 眉間に皺を寄せる白雪姫に、アリスが、にやにや笑いながら、説明した。


「鏡がガーゼみたいに柔らかくなって、そのうちモヤみたいになって……って、想像するのです。それだけで、通れるようになるのです。アリスの転送魔法を、信じるのです~!」


「それで、戻る時は、どうするのですか?」


 心配そうな声で、エインセールが質問した。


「それも、魔法を使ってこの鏡を見ると、向こう側の世界も見えるんるん~! 帰りたい時は、アリスが引き上げてあげるのです~」


「はー、すごいですね。そんなことが出来ちゃうなんて……!」


 エインセールが感心した。


 いよいよ、鏡を通り抜ける時が来た。

 呪文を唱え終わったアリスがスタッフを振ると、鏡の表面が、ぐにゃぐにゃとしていく。


 アリスの合図で、まずは、ウルフが手で触れた。

 水面のように揺らめく鏡の表面は、彼の手を、布のようにやさしく包み込むと、アリスの言う通り、抜けることが出来たのだった。


「まさか、本当に、こんなことが……」


 ウルフは、辺りを見渡した。


 続いて、アンネローゼ、シンデレラ、リーゼロッテ、そして、エインセールも、通り抜けた世界の景色を眺めていた。


 草木は、元の世界のものと、一見代わり映えはしない。

 だが、地面は、赤と白のチェック模様で、チェス盤のようだった。


「そうか! 敵は『二人の白のクイーン』ーー白のクイーンを倒すつもりで、進めというのか」


 シンデレラがアンネローゼを、そして、皆の顔を見回して、そう言った。


『みんな~、聞こえるぅ~?』


 空に響き渡る少女の声だ。


「この声は、アリス様!?」


『正解~! どうやら、そこは、以前、アリスが行ったところと、よく似てるのです。みんな、今から、アリスのナビゲートに従って、チェスの駒みたいに進んでいってね~! 始めに、右から2番目の赤い地面に立って』


 アリスの指定した赤い正方形のスペースへ行くと、辺りは、ぎゅうん! と食堂ほどの広さになった。


「うわぁ! なんだか、やっぱり、普通のとこじゃないね!」


 リーゼロッテが、きょろきょろしながら、大きな声で呟く。


『そこから、一マス飛び越えて、二マス目に』


 白いマス、赤いマスと、アリスの指示通りに進む。


 エインセールが通ってきた道を振り返ると、背後の景色はボヤけていて、よくわからなくなっていた。

 怖くなったエインセールは、ウルフの肩の近くに寄った。


『気を付けて。次に進むと、魔物がいるのです~』


「ええっ!」


 エインセールが心配そうに、空のアリスの声を見上げるが、ただの空であった。


『たまごの魔物だよ~。やっつけちゃって~!』


 アリスの声の通り、一行の目の前に浮かび上がったのは、長身のウルフよりもさらに高く、横幅も巨大な卵の形をした魔物だった。

 卵の下には、貧相な両足が生えていて、非常にアンバランスだ。


「ひゃわわわっ!」


 ぼんやりと人間の顔のある、巨大卵を見て、エインセールは、ウルフの後ろに隠れた。


「みんな、ここは、あたしに任せて!」


 リーゼロッテが弓を構える。


 ウルフも、白雪姫、シンデレラも、彼女のフォームが、これまでよりも洗練されていることがわかった。


 弓の中央に付けられた輝晶石が、輝き出す。

 そこら中から魔力を吸収しているかのように、空気が流れ出す。


 リーゼロッテは、矢を放った。


 矢の先が光りながら加速していくと、卵を貫いた。


 巨大卵は、煙とともに消滅した。


「……当たった!」


 リーゼロッテが、呆然と、『卵』のいた辺りを見つめた。


「す、すごいです、リーゼ様! あのような巨大な魔物を一撃で!」


 エインセールが、ぱたぱたとリーゼロッテの側に飛んで行く。


「おばあちゃんの特訓の成果が、ちゃんとあらわれた!」


 リーゼロッテとエインセールは、喜び合う。


「馬鹿ね。輝晶石のおかげだわ」


 小さい声で、白雪姫が悪態(あくたい)()いた。


「まあ、それが大きいな」


 隣で、シンデレラも苦笑している。


 それからも、アリスの声に導かれ、盤を進めていく。


 ウルフに似たライオンの魔物、白くて毛並みの良いユニコーンの魔物を倒し、馬に乗った鎧を着た亡霊騎士も倒す。


『いよいよ、次は白のキングだよ~! 気合い入れて~!』


 アリスの声が空から降った。


「白のキング……クイーンではないのか?」


 ウルフが目を凝らし、遠くを見る。


『あっ、気を付けて! すごい速さで、クイーンが来た!』


 アリスがそう言い終わらないうちに、何かが爆発したように、白い煙が立ちこめた。


「下がれ!」


 ウルフが吠え、姫たちの前に進み出た。


「久しぶりだねぇ、王子」


 嘲るような笑い声と、そのセリフは同時だった。


 煙が引いていくと、声の主の姿が、はっきりと見ることが出来た。

 二つの頭を持ち、首から下は一人の人間である、白いドレスに身を包んだ、魔女である。


「マウゼリンクス夫人……!」


 絞り出すようなウルフの声に、姫とエインセールは、白い魔女を見上げる。


「あ、あれが、ウルフ様に呪いをかけた、『二人の白のクイーン』……!」


 知らず知らずのうちに、エインセールは、そう呟いていた。


「ほう、思い出したのかい?」


 意地の悪い声に、ウルフは身震いしたが、にらみ返した。


「はっきりとは思い出せないが、お前が、俺に呪いをかけたことだけはわかる!」


 マウゼリンクス夫人の甲高い笑い声が、響き渡った。


「私の呪いも、大したものだねぇ。まだ記憶をすべては取り戻せていないとは」


 もう一つの頭が、ウルフを見下した。

 よく見ると、その片方の目は潰れ、大きな傷があった。


「その傷は……!」


「そうさ、この傷は、お前に付けられたものだ!」


 マウゼリンクス夫人の、傷付いていない方の顔も、笑うのをやめた。


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