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姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー  作者: かがみ透
第2章 『白雪姫の騎士』
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美女と野獣

 シュネーケン城と、その城下町は、城塞都市と呼ばれるように、ルチコル村と比べると物々しく、武器屋や防具屋にも質の良いものを取り揃えられていて、屈強の騎士たちも集まっていた。


 世界情勢の報告も逸早く入る。

 リーゼロッテが、この都市にいるよう勧めたのも、ウルフには頷けた。


 白雪姫アンネローゼは、ハイルリーベへの調査団には、あくまでも生存者を救い出すことを目的とし、先導をセブンドワーフスたちに任せた。くれぐれも、無理のないように、と言い聞かせて。


 ウルフは彼女直属の護衛となり、常に黙って彼女の後ろに控えていた。


 その様を、やっかんだ人々は『美女と野獣』と揶揄(やゆ)していたが、気付いたアンネローゼは、そう言った者を睨みつけていた。


「馬鹿なの? お前たちは」


 時々、シュネーケン城では、そう罵倒する彼女の声が響く。


 魔物退治を自慢気に語る騎士であったり、困っている町の人々の頼みを聞かなかった騎士、武器に必要な材料や、薬草集めの命を受けても、達成出来なかった騎士たちに対してであった。


 めそめそと辞めていく者、或は、頭に来て「辞めてやる!」と捨て台詞を吐き、さっさと他の姫の騎士になった者などが、数多くいた。

 ごくたまに、彼女にそのように叱られることが、嬉しそうな者もいたが。


「立ち向かうべき敵を知るが故に、騎士のためを思い、辞めさせているかのようだな」


 ウルフが、くすっと笑いをもらす。


「あら、このわたくしが、やさしいとでも?」


 笑いながら白雪姫は、振り返った。


「確かに、わたくしのにらんでいる敵は、強大なものよ。志の低い者や、実力のない者は、無駄に命を落とすだけだわ」


「やはり、そうだったか。だから、まるで自分から遠ざけるように」


「お前は、辞めないの? 辞めてもいいのよ、勇気がないのなら」


 アンネローゼは、からかうように笑った。


 ウルフの目に、少しいたずらっぽい表情が浮かんだ。


「俺のような野獣からすれば、お前の罵倒など、かわいいものだ」


「かわいいですって?」


 突如、アンネローゼが、顔をかあっと上気させながら、立ち上がった。


「無礼な! わたくしは、姫という身分とはいえ、戦う者でもあるのよ。かわいいというのは、アリスの白ウサギのようなもののことを言うのであって、わたくしを小動物と同じように扱うのは、不愉快だわ!」


 あの意味不明な言葉を発する白いウサギを思い出したウルフは、それを『かわいい』と例えるアンネローゼを意外にも思い、おかしさをこらえながら、言わずにはいられず続けた。


「ならば、美しいと言えば良いのか?」


 白雪姫は口を噤んで、睨むようにウルフを見返す。


 むきになっている彼女を見下ろす彼の青い瞳には、見ようによっては面白そうな表情が浮かんでいる。


 彼の心中を推し量ることが出来なかったアンネローゼは、わずかに手をふるわせ、目を反らした。


「馬鹿馬鹿しい。からかうのは、もうおよしなさい。今のうちに休憩を取って、隣の部屋で、お茶でも飲むといいわ」


 ウルフは素直に下がると、白雪姫の部屋の隣に控えた。


 アンネローゼは、書き物机に向かい、積み上げられた報告書に目を通すが、すぐに、溜め息をつき、窓の外を眺めた。


「馬鹿ね。彼は、からかっただけに過ぎないのに。あんな野獣なんかの言うことを、一瞬でも真に受けて、むきになるなんて。もう、そんな感情は忘れたと思っていたのに……」


 アンネローゼは立ち上がり、高く天に向かって聳え立つ、窓の外の、いばらの塔の最上階を、黙って見つめた。


 離れて行く騎士たちとは違うウルフに、信頼を寄せていくのは、自覚している。


 その一方で、彼は、実は、ハイルリーベの王子なのではないかと、うすうす思っていた。


 王子とは、幼い頃に会ったきりだが、髪の色と瞳の色は、彼と似ていたような気がしていた。


「ハシバミ色の髪に、青い瞳……。もし、そうであれば、彼は、……お姉様の婚約者……」


 異母姉妹であるルクレティアは、先代の聖女を母に持ち、アンネローゼとは離れ離れに暮らしていた。

 幼い頃、ルクレティアは、ハイルリーベにいた。王子とは一緒に育ち、幼い頃から親の決めた許嫁同士だった。


 だが、ルクレティアが聖女になる前に、彼女とアンネローゼの父である国王は、婚約を解消した。

 その後、聖女の儀式の寸前に呪いの事件が起き、国王も、ハイルリーベ王、王子も行方不明になった。


 アンネローゼが知るのは、そこまでだった。


「いったい、お姉様と彼に……、王たちと王子に、何があったのかしら……」




「あれから、何か思い出して?」


 数日後、そう尋ねた白雪姫に、後ろに控えていたウルフは答えた。


「いや、何も」

「そう」


 長い背もたれの椅子にかけ、アンネローゼは紅茶をすすった。


「近々、いばらの塔に向かうわ。覚悟は出来ていて?」


 ウルフの目が一度見開き、すぐに冷静に戻った。


「セブンドワーフスが、ハイルリーベの調査を終えてから、ということか?」


 白雪姫は、不敵な笑みで、ウルフを振り返った。


「調査には、まだまだ時間がかかりそうだから、彼らとは別行動になるでしょうね。いばらの塔へは、彼らの帰りを待たずに行くわ」


 ウルフの目は、今度は驚きを隠せないでいた。その言葉を待っていたかのようだった。


「わたくしの方の急ぎの職務は、だいたい片付けたわ。お前は、過去を知る覚悟は出来ているの?」


 当時の雪の女王の言葉は、今でも生々しく、ウルフの耳に残っていた。

 彼の失われた記憶の中には、聖女ルクレティアの救出、故郷ハイルリーベにかけられた呪い、二人の白のクイーンなど、あらゆる謎を解く鍵があると、ウルフには思えてならなかった。


 だが、自分がしたことは正しかったのか、少なくとも、ハイルリーベが呪われてしまった、そこから、考えが抜け出せないでいた。


「知ってしまったことで、俺は、俺のしたことの責任を取れるのだろうか……」


「仕方ないわね。まだ覚悟が出来ていないようなら、とりあえず、エインセールとアルトグレンツェへ行ってきなさい」


 白雪姫に叱咤されるようにして、ウルフは、重い足取りで、隣街へと向かった。




「『二人の白のクイーン』……まさか、『二つ頭』のマウゼリンクス夫人のことでは……」


 書物を調べながら、オズヴァルトが呟いた。


「マウゼリンクス夫人というのは……?」


 エインセールが、オズヴァルトに尋ねる。


「マウゼリンクス夫人……、二つ頭……!」


 ウルフは額の奥が痛むのを感じ、手で押さえた。みるみる額や頬を、冷や汗が連なっていく。


「ど、どうしたのですか、ウルフ様! 大丈夫ですか!?」


 エインセールが心配そうに見上げる。


「白い……二つの頭……顔? 魔物……いや、魔女……!」


 その時、ウルフの脳裏に、二つの顔が浮かび上がった。


『誰にも愛されない、醜い野獣の姿となるがいい!』


 雪の女王とは違う、はっきりと憎悪の感じられる金切り声が、ウルフの頭の中に響いた。


「……思い出した! 俺に呪いをかけたのは、マウゼリンクス夫人……!」




「たたた、大変ですぅ~!」


 シュネーケン城に、エインセールが駆け込んだ。

 背もたれ椅子に腰かけていた白雪姫に、慌ててエインセールが告げる。


「ウルフ様が、お一人で、いばらの塔に、向かってしまわれました!」


「なんですって?」


 慌てふためきながら、エインセールが説明した。


「『二人の白のクイーン』というのは、『二つ頭』のマウゼリンクス夫人のことのようで。ウルフ様に呪いをかけたのは、マウゼリンクス夫人だと言って、ウルフ様は、ご自分の過去をさらに知るため、いても立ってもいられなくなって、塔に入っていかれたのです!」


「たいした装備もせずに、ひとりで乗り込んでいったと言うの!?」


「は、はい!」


 エインセールは、泣きそうになっていた。


 白雪姫の騎士団セブンドワーフスは、ハイルリーベの調査に赴いている。


「わたくしが行くわ。エインセール、危ないから、お前はアルトグレンツェで待っていなさい」


「えっ! アンネローゼ様!?」


 マントをひるがえし、アンネローゼは、宝玉のついたスタッフを手に、城を後にした。


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