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姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー  作者: かがみ透
第2章 『白雪姫の騎士』
5/11

忠告

「なにを勝手に調査なんて行ったりしたの? 弓もろくに使えない腕で」


 アルトグレンツェの隣に位置するシュネーケンは、アンネローゼの治める城塞都市だ。

 城の謁見の間では、アンネローゼの他に、リーゼロッテ、ウルフ、エインセールがいるのみだった。


 リーゼロッテは小さくなり、上目遣いで白雪姫を見た。


「で、でも、あたしだって、アンネの役に立ちたいと思って……」


「言い訳は無用よ。古都ハイルリーベは、もはや魔都となり、立ち入り禁止よ。まるで侵入者を阻むように、いばらがはびこり、かなりの人数が、いばらにからめ捕られ、動けずに死んでいくか、魔物におそわれるかのどちらかだと聞くわ。一つ間違えれば、あなたもそうなっていたかも知れないのよ」


「だから、ほんの入口の周りだけでもと思って、ロゼシュタッヘルの森に行ってみたけど、奥へ進むほど、いばらで覆われていて、とてもハイルリーベまでたどり着けそうにないことがわかって。そしたら、凶暴化した魔物があらわれて、ウルフが助けてくれて……」


 アンネローゼの、キッと向けられた視線に、リーゼロッテは言葉を飲み込んだ。


「ハイルリーベとは、一切やり取りが出来なくなってしまった。このシュネーケンからも、近いうちに調査団を送ることにしたから、あなたは、しばらく村に待機していなさい。あちこちで異変が起きていて、村人たちも困っていることでしょう。あなたは、わたくしの友人である前に、村の代表でしょう?」


 「うっ」と、リーゼロッテは、黙るしかなかった。


「わたくしのことは、心配しなくて大丈夫。さ、今日はもうお帰りなさい」


 リーゼロッテは、赤いフードをかぶると、すごすごと、部屋を出ていった。


 心配そうに、エインセールがついていく。


 片膝を付いていたウルフも立ち上がり、一礼して部屋を出ようとした時、アンネローゼが、初めて声をかけた。


「どこかでお会いしていないかしら?」


「このような野獣の姿をした人間と?」


「いいえ、その姿になる前に」


「すまないが、俺は、まだ何も思い出せそうにないのだ」


 アンネローゼは、少しの間、沈黙してから、口を開いた。


「騎士試験に合格したその後、もう仕える姫は、決めたの?」

「いや」

「では、わたくしになさい」


 明らかな命令口調であった。


 意外な言葉に、ウルフは驚いていた。


「わたくしは、あなたを知っているような気がするの。だから、あなたも、わたくしと一緒にいた方が、記憶が戻るのも早いかも知れないわよ」


 ウルフは、はっとしたように、白雪姫を見た。


 アンネローゼも、ウルフの青い瞳を、じっと見返す。


 失われた記憶を取り戻せるものなら、どんなことでもしたいはずだった。


「ありがたいお言葉だ。身元も分からず、このような姿の俺なんかには、もったいない」


 やっとのことで、そう言ったウルフは、深々と一礼してから続けた。


「ただ、正直なところ、俺は、お姫様方に仕えるよりも、今、少々心配な人間がいて。出来ることなら、彼女を手伝いたいと思っているのだ」


「リーゼロッテね?」


「そうだ」


「せっかく騎士の称号を手にしたのに、しかも、あなたは、呪いが解ければ、優秀な騎士だったかも知れない。それなのに、村娘なんかに仕えたいというの?」


「赤ずきんも村の代表者なら、姫と同格だと、俺は思う」


 白雪姫は、改めてウルフを見つめ直した。

 これまでの高慢にも見られがちな表情から、ふっと、力の抜けた微笑を浮かべた。


「それなら、リーゼに仕えるといいわ。実をいうと、わたくしも、あの子が心配なの。わたくしのためだと言って、いつも無茶ばかりして。あの子は、いつも村のことを考え、尽くし、ルチコル村の人々からも慕われているわ。わたくしが、姫の称号を与えようと言っても、柄じゃないから、と断るのよ」


「あの子らしいな」


 ウルフは、くすっと笑った。


「だから、あなたが、あの子のそばにいてくれるなら、わたくしも、心配事がひとつ減るわ。お願い、あの子を守ってあげて」


 白雪姫は、ウルフを見上げた。王女として頼むというより、素の彼女の願いに、ウルフには見えた。




 帰り道、シュネーケンから近いキッツカシータの森では、白雪姫のはからいで、ウルフが、リーゼロッテの騎士になることを告げると、リーゼロッテは嬉しそうに笑った。


「なんだか照れちゃうなぁ。あたしが、騎士さんをかかえるようになるなんて」


「それだけ、白雪姫は、お前のことを認めているのだろう。お前のことを心配しているようだった」


 リーゼロッテは、うつむいた。


「アンネはね、そういう人なんだよ。つんけんしてるって思う人もいるかも知れないけど、本当はやさしい人なんだ」


「そのようだな」


「本当!? ウルフも、アンネの良さをわかってくれたの!?」


 頷いて応えるウルフを、リーゼロッテは嬉しそうに見た。


「なんだか寒い気がしませんか?」


 エインセールが、飛びながら自分の身体を抱え込んだ。


「そう言えば、そうだね。最近、なんだか、あちこちで、冷気と一緒に強力な魔物が現れるって噂だけど……、あっ!」


 言いながら、リーゼロッテは、突然足を止めた。


「あたしとしたことが、うっかり……! ウルフ、エインちゃん、シュネーケンに戻ろう! アンネが危ないかも知れない!」


「ええっ!? アンネローゼ様が!?」


 エインセールが驚く間に、リーゼロッテは既に駆け出していた。


「冷気……」


 つぶやくウルフを、エインセールが見る。


「ええ、リーゼ様がおっしゃったように、最近、冷気とともに魔物が出現するらしいと言われていて。それと、雪の女王ヴィルジナル様のお姿も目撃されていて、彼女が現れると、冷気が一層強まるのだそうです。ヴィルジナル様が魔物を操っているだとか、ルクレティア様が呪いにかかり、眠ってしまわれた時も、ヴィルジナル様がいらしたらしいとも、言われています。……だとすると、本当に、アンネローゼ様が、危険な目に遭われるのでは……!」


 おろおろしながら説明するエインセールだが、ウルフは別のことを思い浮かべていた。


 彼にも、野獣の姿で目覚めた時、かすかな記憶ではあったが、冷気とともに、女の声が聞こえていた。


『誰にも愛されない、醜い野獣の姿となるがいい!』


 女王ーーそのような風格のある声であると言ってよかった。


 冷気と雪の女王が、自分のこの姿にも関係しているのだとすればーー!


 ウルフは、リーゼロッテの後を追い、シュネーケン城へと駆け出した。




「このところの、わたくしの暗殺計画の噂も届いていたけれど、あなただったの? シンデレラのところの者かと思ったわ」


 全身を白い毛に覆われた、巨大な猿のようなイエティを、白雪姫の護衛『セブンドワーフス』の七人が取り押さえた。


 白雪姫は、林檎を象った魔法の石ーー輝晶石を先端に取り付けた魔法の杖スタッフを下ろす。


 魔法を発動し終えたばかりで、林檎の石はまだ赤く光っていた。


 姫の正面に立つ、長身の女は、切れ長の瞳を細めた。彼女の周囲を、氷の結晶が舞う。


「アンネ!」


 飛び込んできたリーゼロッテを、白雪姫と雪の女王が見る。

 その後から、ウルフ、エインセールも駆けつけた


「ヴィルジナル様……!?」


 リーゼロッテは部屋の入口で立ち止まり、ヴィルジナルと、巨大猿イエティを押さえつけるセブンドワーフスを見て、状況を悟った。


「ヴィルジナル様、どうしてここへ? アンネに何をしたの!?」


 さっと、白雪姫が、リーゼロッテを庇うように、手で遮った。


「こんな魔物を、このわたくしが恐れると思って? 雪の女王ヴィルジナル」


 柔らかいが、強い口調で、白雪姫は、冷気をまとう長身の女を見据えた。


(わらわ)は、忠告に来ただけです。ルクレティアを目覚めさせるな、と」


 氷のような、冷ややかな声だった。


「お姉様を目覚めさせる方法を、考えているほど、わたくしは暇ではないわ」


 ふっと、アンネローゼは、優雅に言い放った。


 その微笑む瞳の奥に、改革を起こそうとする者のエネルギーが、熱くたぎっているのを、ヴィルジナルは見て取った。


「ルクレティアを目覚めさせるつもりがないのであれば、白雪姫、妾は、そなたと戦う気はありません」


 その言葉に、白雪姫よりもリーゼロッテが、ほっとした顔になる。


「シンデレラに伝えるがいい。いばらの姫ルクレティアを目覚めさせてはならぬと」


 ヴィルジナルの周りに、氷の結晶が集結すると、彼女の姿は半透明になり、消えかけた。


「待ってくれ! 俺に覚えはないか?」


 ウルフが進み出た。


 雪の女王は、静かな眼で、それを見下ろす。


「そなたは、ハイルリーベ唯一の生き残り……。まさか、生きていようとは」


「知っているなら、教えてくれ! 俺は、誰なんだ? なぜ、このような姿になったのだ!?」


 ウルフの必死な目を、ヴィルジナルは黙って見つめてから、口を開いた。


「覚えていないというのですか? ハイルリーベは、もはや過去の都市。廃墟となり、民の姿は消え失せました。原因は、そなたです」


 衝撃が、ウルフの全身を駆け巡った。


 がくんと、両手を床につく彼を、リーゼロッテも、白雪姫、エインセールも、気遣うような目になる。


「俺は、何をしたんだ? 俺のせいで、俺のいた都市が滅んだというのか?」


 声を震わせ、ウルフは、目をぎゅっと閉じた。


「そなたは、一度、ルクレティアを救いました」


「ええっ!?」


 声を上げたのは、エインセールだった。

 白雪姫もリーゼロッテも、ウルフに注目した。


 ウルフの目が、うっすら開かれた。


 女王は語り続けた。


「不幸にも、それが元で、『二人の白のクイーン』は、決して、そなたを許さないでしょう。一方の彼女は、そなたをひどく憎み、もう一方の彼女は、そなたを恐れています」


 ぱたぱたっと、妖精の羽ばたく音が鳴った。


「ではでは、ウルフ様がハイルリーベを滅ぼしたというより、その『二人の白のクイーン』という人たちが、ルクレティア様との間に何かがあり、聖女様を助けたウルフ様を恨んでのことだった……というわけなのですね!」


 エインセールの声に、リーゼロッテの表情が安堵に変わっていった。


「ルクレティア様を救ったことがあるなんて、すごいよ、ウルフ! ウルフは、やっぱり、優秀な騎士だったんだね!」


「騎士……」


 リーゼロッテの言葉を受けて、女王は小さく呟いた。


 白雪姫の表情は、険しいままだ。


「自身の呪いを解くのは、そなた自身。もしも、そなたが、失われた記憶を取り戻す勇気と覚悟を持つことが出来たなら、いばらの塔へ来なさい」


 ヴィルジナルの姿は、既に消えていた。声だけが、天井に残っていた。

 セブンドワーフスが押さえていたイエティの姿も消えた。


「ど、どういうことなのでしょうか? いったい、ハイルリーベでは何が起こったのでしょう……」


 エインセールがリーゼロッテと白雪姫に問いかけ、心配そうにウルフの周りを飛んだ。

 リーゼロッテと白雪姫は黙って、床に跪くウルフを見下ろす。


「アンネ、怪我はない?」


 アンネローゼが、怪我をした腕を、こっそりかばったのを、リーゼロッテは見逃さなかった。


「ほら、怪我してるじゃない」


「姫、大丈夫ですか!」


 セブンドワーフスたちが、アンネローゼの周りに集まる。


「すぐに手当いたしましょう!」


「馬鹿馬鹿しい。余計なお世話よ。わたくしは、なんともないわ」


 強気な表情で、そう返す白雪姫を、ウルフも振り返った。


「アンネはいつも、ああやって強がってるけど、周りには理解者は少なくて」


「リーゼ、余計なことを……!」


「わかる気がする」


 アンネローゼが言い返すと同時に、ウルフが、静かに切り出した。


「これまでにない新たなことをしようとすると、それを全力で止めようとする者も現れる。それこそ、暗殺してまでも。人は、自分の理解出来ないものを、おそれるのだろう」


 アンネローゼはウルフを見つめ、リーゼロッテも驚いた顔になった。


「ウルフ、なんでそんなことを……?」


「今の雪の女王の話には、どこか思い当たる節があった。俺は、野獣の姿になる前、何者かと戦っていたような気がする。それこそ、危険をかえりみず、成し遂げた。だが、なぜか報われない思いもしていたような……。それ以外にも、そのような思いをしたことがあったのかも知れない。そう思っただけだ」


 ウルフの言葉に同調するように、白雪姫の瞳が揺れた。


 口を開けて驚いていたリーゼロッテが、少し考えてから、顔を上げた。

 その表情には、ある決心が映っていた。


「ウルフ、やっぱり、アンネの側にいてあげて。ウルフは、もしかしたら、騎士だったかも知れないけど、かなり高位の地位にいたんじゃ……? それこそ、王子様だったのかも知れないよ」


 白雪姫が、さっとリーゼロッテを見直し、ウルフに視線を戻す。


「俺が、王子だと?」


 まったく信じられないことが、ウルフの声に現れるが、リーゼロッテは、例の如く、本気でそう考えているようだった。


「あたしには、そう思えてきたんだ。ねぇ、アンネと一緒に宮廷にいれば、ウルフの素性も手掛かりも、つかめるかも知れないよ」


「しかし、お前はどうするのだ?」


「平気だよ。今まで通りで。アンネは、あたしにも騎士を付けてくれるって、前から言ってくれてたんだけど、あたしが断ってて。でも、ウルフが、あたしを心配して、アンネのところに行かれないくらいなら、あたし、騎士さんたちと、なんとか頑張ってみようと思うから」


 「やっと騎士を付ける気になったのね」と、安心した声でアンネローゼが呟いたが、その顔は、既にその先に考えを巡らせているかのようだった。


「ウルフがいないのはさびしいけど、でも、ルチコル村とシュネーケンは、フックスグリューンからキッツカシータの森を通ればすぐなんだから、大丈夫! ちょこちょこ会えるよ」


 ウルフは、ふっと和んだ顔をした。


「お前は、偉いな」


 リーゼロッテの頭に、赤いフードの上から手を乗せた。


「ああ、もう! あたしの方が背がチビだからって、コドモ扱いしないでよ!」


 リーゼロッテが、顔を赤らめながらも、わざと怒ってみせた。


「アンネローゼ様、良かったですね! ウルフ様も! さっそく、オズヴァルト様に、ご報告してきます!」


 エインセールは、嬉しそうな笑顔で、シュネーケンの隣街アルトグレンツェに、飛んで行った。


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