騎士試験とお茶会
教会の町アルトグレンツェーー。
町の中心では、騎士になるための試験を待つ若者で、あふれていた。
ハシバミ色のたてがみをなびかせたウルフの外見は、やはり人目を引き、どよめきや騒ぎが起こったが、妖精のエインセールが側についていたことで、危険な魔物ではないらしいことは証明されていた。
「きみが、エインセールの言っていたウルフだね」
試験官である賢者オズヴァルトは、ウルフを見ても、驚かなかった。
「オズヴァルト様、リーゼロッテ様からの推薦状もあります。ウルフ様の人並みはずれた体力と、武器の腕は、充分、魔物にも通用いたしますよ!」
エインセールが興奮して話す間に、ウルフは懐からリーゼロッテの書いた手紙を取り出し、オズヴァルトに差し出した。オズヴァルトは手紙に目を通す。
「いばら姫が呪いにかかってからというもの、各地で、動物や植物が魔物化したとか、中には、呪いにかかって、姿の変わった人間もいるとも聞くんだ」
「それは、本当なのか?」
ウルフの方が驚き、オズヴァルトが慎重な顔つきでうなずいた。
「亜人族のように、一部が動物化していても、基本は人間という種族は世界にいるけれど、きみのような全身が動物化している場合は、呪いの可能性が高い。その装束は、きみのものだったのかい?」
「わからないが、気が付いたら着ていた」
「ハイルリーベの騎士が着るものに似ているね。呪いをかけられた者は、どうやら、国の重要人物であるらしいとも聞く。いばら姫ルクレティア様のように。きみも、もしかしたら、高貴な人なのかも知れないね」
オズヴァルトの話には、どこか心当たりがあるように、ウルフには思えた。獣人でありながらも、貴族が着るような衣服を着ていたことや、戦う時の身のこなし、弓の腕ーー自分は、そのような教育を受けてきた者である可能性が高いのかも知れない。
「きみは、リーゼロッテと出会う前の記憶がないそうだね。ロゼシュタッヘルの森の奥で彼女と出会い、それからは、ルチコル村を拠点にしている、と」
オズヴァルトは、さらさらと、ペンで記録していく。
「さ、これで、騎士の資格は得られた。後は、どの姫に付くか、決めてください」
それまでの真面目な表情から、オズヴァルトは、柔和な笑顔になった。
「えっ? ……そんなに簡単でいいのか?」
「ええ、いいんです。各都市ーーもちろんルチコル村も含めてーーの代表者の推薦状と、妖精の紹介があれば、大抵、大丈夫ですから。はい、次の方、どうぞ!」
信じられない思いのまま、ウルフは、騎士証明書を手に、誘導される。
「良かったですね! ウルフ様!」
エインセールも嬉しそうに、羽をはばたかせ、訝しむウルフの服の袖を引っ張るようにして、広場へと案内した。
広場では、各エリアの姫たちとのお茶会が、企画されていた。
「お茶会だと? ますます、俺の出る幕ではないわ」
なるべく人目に晒されたくないウルフは、逃げ腰になっている。
「そんなぁ! 大丈夫ですよ、ウルフ様! ちゃんと証明書をお持ちなんですから。各エリアの代表である姫様たちと、お顔を合わせる機会なんて、こんな時くらいですよ!」
「元の俺がどのような性格か記憶はなくとも、今の俺は、そんな柄ではない」
「大丈夫ですってば。……でも、どうしてもと言われるなら、ちょっと、周りの様子をご覧になってからにいたしましょうか」
エインセールとウルフは、広場の立木の影に隠れるようにして、ガーデン・パーティーを覗き見ていた。
神聖都市ルヴェールの紋章の旗が掲げられているテーブルでは、さっそうとした甲冑の姫があらわれた。
シンデレラだ。
亜麻色の髪に、キリッとした青い瞳。清楚な水色を貴重とした甲冑は、彼女の美しさを最大限に引き出している。
テーブルについたシンデレラは、集まる騎士たちに、保守派の演説を始めた。
「降りかかる灰は、私が払う。皆の為なら、私は剣となり盾となろう。私は信じている。皆が手を取り合える未来をーー!」
騎士たちは感動した様子で、熱心に、彼女の話に耳を傾けている。
「あちらの泉には、保守派シンデレラ様に賛成する、海底宮殿にお住まいの人魚姫ルーツィア様がいらっしゃいます」
「人魚姫?」
ウルフは、エインセールの指さす方を見て、目を見張った。
広場の泉の淵に腰かけている、紫色に輝く長い髪、切れ長の瞳を持ち、下半身が鱗でおおわれた姫は、絶世の美女である。
憂えた瞳に、なまめかしい仕草、やさしげな喋り方で、物静かな彼女には、屈強の騎士もメロメロであるようだ。
竪琴を、優雅な指使いで弾き、高く澄んだ声で弾き語る姿は、魔法のように、観る人の心をつかむ。
「私はとても弱いけれど、みんなのことは、命に代えても守りたい。そして、シンデレラの為なら、この声を失ってもいいわ」
「ルーツィア様!」
泉の周辺に集まった騎士たちは、片膝を付き、頭を下げた。
「ああ、この世界はとても、息が苦しい……」
ルーツィアは、泉に浸りながら、横たわった。
「姫!」
「大丈夫ですか!」
途端に、周囲の騎士たちは慌て始めた。
一瞬、茶番ではないのか? と首を傾げたウルフだが、考えを改めた。
「なるほど。はかなげで、保護本能をくすぐられる女性らしい」
エインセールも、うっとりとルーツィアに見とれながら、ウルフに返す。
「その通りです。ルーツィア様は歌姫とも呼ばれていて、あのようにとても美しいお声と、竪琴を奏でられるお姿が、みんなの心を癒してくださるのです。か弱いお方なのですが、騎士を思う気持ちは強く、シンデレラ様に真心を尽くしておられ、その姿に心を打たれる人々が多いのです」
自分と同じと言っていいかはわからなかったが、獣人の呪いをかけられたらしい自分と、人魚の彼女は、共通点があるようにも思え、彼女になら、自分の悩みも何も、わかってもらえるかも知れないとも、ウルフには思えなくもなかった。
次に、エインセールに連れられ、木の影を渡り歩きながら見たのは、長身で、美しく長い髪に花を編み込んだ姫だった。
姫といっても、快活そうな、いかにも姉御肌風な、頼りになりそうな外見の娘である。
「鉱山都市ピラカミオンのラプンツェル様ですよ」
ラプンツェルは、改革派だった。
リーゼロッテも、一応、改革派側に付いている。
姉御肌的なラプンツェルには、体格の良い騎士はもちろん、少々ひ弱そうに見える男たちもいた。そんな彼らにも、ラプンツェルは分け隔てなく接している。
彼女は、おそらく、人を外見では判断しないだろう、とウルフには思えた。
「改革派の代表者は、赤ずきんといい、あの髪長姫といい、裏表のなさそうな人間らしいな」
エインセールは、大きく頷いた。
「はい! まさに、そうなんです! リーゼ様もラプンツェル様も、そのままなお方で! ただ……」
エインセールがもじもじと、言いにくそうにしているのを、不思議そうにウルフが見ているとーー
「やっほー! こ~んなところで、なにやってんの~?」
突然、背後で、底抜けに明るい声がした。
「わっ! アリス様!」
エインセールが、素早く羽を動かした。
青いエプロンスカートに、ツインテールの可愛らしい少女だ。白いウサギを連れている。
いたずらっぽい笑顔で、エインセールを見てから、ウルフを見上げた。
「あれれ〜? こんなところに、野獣がいるー!」
途端に興味津々に、ウルフの周りをまわり、しげしげと見つめている。
「あの、アリス様、ウルフ様は、ハイルリーベで呪いをかけられ、このようなお姿ではありますが、リーゼロッテ様のご推薦もあって、先ほど騎士試験に合格なさいました」
「へえー! 聖女様が呪いにかかってから、世界中で異変が起きてるからねぇ。そっかー、リゼたんとこの村にいるのですね~!」
「リーゼロッテ様のことです」
エインセールは、またもやウルフに耳打ちした。
「ねえねえ、キミだれ? だれなのかな? ボクね、ボクはネリーなんだよ! ネリーはボクなんだよ!」
アリスの使い魔である白ウサギが、ウルフの足元を、跳んで歩いている。
不可解な表情で、それを見下ろすウルフは、どのように反応していいか、困っていた。
「ふわふわ~、ふわふわなんだよ~。あっ、おくれちゃう、おくれちゃう! おくれちゃうの! たいへんなの!」
白ウサギは、持っていた大きな懐中時計を見ると、目をぐるぐる回し、飛び跳ねてどこかへ消えていった。
「それで、野獣ーーあ、ビーストだっけ?」
アリスは、悪気なく、にこにこと切り出した。
「いえ、アリス様、ビーストではなく、ウルフ様です」
エインセールが慌てて言い直すが、アリスは聞いていなかった。
「ねえ、ビースト、アリスの騎士になってもいいよ」
「は?」
拍子抜けしたウルフは、目を丸くした。
「野獣だろうが、ヘンテコだろうが、イカレてようが、楽しければオッケ~! 大歓迎~!」
「ア、アリス様、それは、微妙に失礼な気も……」
「今日のお茶は、とってもおいしいよ~! アリス主催のイカレたお茶会で、ハッピーになってよ~!」
理解に苦しむウルフと、エインセールとが、呆然としてアリスを見ていると、ウサギの紋章ノンノピルツの旗のテーブルが、なにやら騒がしい。
「なんで渡りガラスは書き物机に似ているのか? わからない? ああ、俺にもわからないぜ。ぴゃあはははは!」
シルクハットを被った青年が、上機嫌に紅茶を飲んでいたが、酔っ払っているのか、ふらつきながら大声でゲラゲラ笑っていた。
茶褐色の長い耳を生やしたウサギの亜人と見られる青年は、けだるそうに、騎士たちと、誰もいないカップにも、適当な仕草で紅茶を注いでいた。こぼれようがどうなろうが、まったく構わない様子だ。
カップからも茶器からも、もくもくと湯気が立っていて、遠目から見ると、霧がかかっているようだった。
近くの木には、チェシャ猫の亜人である猫耳の女がもたれかかっているが、誰も気にしていない。
「なんなのだ、あの一角は?」
「あれは、アリス様直属の三銃士『ティーパーティー』のお三方です」
「あれが、銃士だと?」
答えるエインセールに、いかにも、「あんなんで戦えるのか?」という顔のウルフであったが、何も言わなかった。
「ちょっと! うるさいよっ!」
ラプンツェルが、怒鳴った。
「楽しくお茶してるだけだよ~。怒ってばっかだから、ラプンプンツェルーープンプンなのです~!」
「ケンカ売ってんのか!? 上等だ!! 前に出な!」
「とぅるってってーん! 理論通りの反応なのです!」
ますますラプンツェルがカッカし、アリスがきゃっきゃ笑う。
「あの二人は……」
ウルフが言いかけると、エインセールが首を引っ込めた。
「ええ、ラプンツェル様のピラカミオンと、アリス様のノンノピルツは、とっても仲が悪いんです、昔から……」
「おおっと! やっとアンネロネロの登場で~す!」
唐突に、アリスが声を張り上げたので、そこにいる全員が注目した。
七人の騎士団に囲まれた、白雪姫の登場だった。
高貴な紺色と黒を基調にしたマントと、黒檀のように、黒く輝く長い髪をなびかせ、雪のように白い肌に、かわいらしい形の紅い唇。
姫たちの中で、もっとも威厳ある様子は、国を治める聖女の義妹ならではと感じさせる。
広場の騎士たちは、息を飲んで、白雪姫を目で追っていた。
「ようこそ、アンネローゼ姫。我がお茶会へ」
満面の笑みでアリスが大袈裟に敬礼すると、それには、ちらっと目をやっただけで、白雪姫アンネローゼは、堂々と歩いていき、リンゴの紋章である旗の席に腰かけた。
「あの七人の騎士は、『セブンドワーフス』というアンネローゼ様の精鋭部隊です」
エインセールが解説した。
「皆さん、遅くなり、失礼しましたわ。ちょっと野暮用を片付けてましたの」
一見、近付き難く印象づけられる姫であったが、品のある、柔らかい声である。
それでいて、高貴な、誇り高い姫だと思われた。
「魔物退治でいらっしゃいましたか」
「ええ、まあ、そんなところですわ。全然、大したことはなかったけれど」
まだ若く、顔つきは柔らかいが、充分に貫禄はあった。
白雪姫の騎士志望は多く、シンデレラと人気を二分しているようだった。
ふと、シンデレラと白雪姫の視線が合う。
互いに一瞥してから、目を反らした。
「ウルフ」
広場の入口からやってきたリーゼロッテが、後ろから声をかけた。
「赤ずきん! 来ていたのか」
「うん、アンネから使いが来て、お茶会に来るよう言われて」
リーゼロッテはどこか落ち着かなそうに、そわそわしながら、ウルフの後ろで、白雪姫を見ていた。
白雪姫が、冷たくも見える視線でリーゼロッテを、そして、ウルフを追う。
「リーゼロッテ、そこの騎士も一緒に、後でシュネーケンの謁見の間にいらっしゃい」
美しい声でそう言い放つと、その後は、もう二人を見ることはなく、集まった騎士たちに、改革派の思いを語っていた。