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姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー  作者: かがみ透
第1章 『野獣』
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ルチコル村のウルフ

「うわ~、どこもかしこも、魔物の死体だらけだね」


 赤いフード付きマントをはおった少女が、まだ昼間だというのに暗い森を進んでいた。


 深緑色の葉が揺れる。

 木々の合間を、刺の生えた(つる)植物が、常に行く手を遮るかのように、低木に巻き付き、ぶら下がっている。

 刺を器用に()けながら進む少女は、点々と転がる魔物の死体に、驚く様子はない。


「リーゼ様、もうよした方が……」


 少女の肩の高さほどの位置では、全長十五センチほどの少女の姿をした妖精が、蝶のように、虹色の、はかなく美しい羽をはばたかせながら、おろおろとしている。


「だって、最近、魔物たちが増えて、凶暴化してきてるって噂は、知ってるでしょう? ハイルリーベからの連絡が急に途絶えちゃって、アンネも心配だろうし。……まあ、いつものごとく、心配しているようには見えなかったけどさ」


「えっ? アンネローゼ様に言われて、こちらを調査に来たのでは、なかったのですか?」


 ぱたぱたっと、まばたきのように素早くはばたきながら、妖精が目を見開いた。


「頼まれる前に、自主的に来てみただけ」


「ええ~っ! そ、それは、あまりに無謀なのでは……!」


「大丈夫だってば。ただの調査で、魔物退治するわけじゃないんだから」


「せめて、ラプンツェル様とご一緒なら……」


「ラプンツェルさんのところからは遠いから、悪いよ。ただの様子見くらいで、わざわざ来てもらうのは」


「だ、だったら、もう戻りましょ! 奥へ進むほど寒くなってきましたし、魔物の死体がこんなに多いとわかったのですから、自主偵察はもう充分です~!」


 妖精の必死な表情に、赤いフードの少女は、足を止めた。


「うん、そうだね……。だけど、報告するにも、この魔物は、いったい誰にやられたんだろう? 凶暴化した魔物かなぁ? それとも、正義の勇者か……」


「そ、それは、今はわかり兼ねますが……」


「あ、ほら見て、これ、武器で出来た傷じゃないよ。なにか、動物とか獣の大きな爪の(あと)だよ」


 死んでいて、腐敗が始まっている魔物の腹の傷を指さして、赤いフードの少女が言った。


「リ、リーゼ様、相変わらず、よく平気で観察出来ますね」


 その時、地響きと、木々の枝や葉をかきわけ、へし折るような音が近付くと、樹木があらわれた。

 歩くはずのない樹木が異様な魔力をまとい、根が足を踏み出すように盛り上がると、草木や花、魔物の死体を構わず踏みつけ、二人の目の前で止まったのだった。


「ひゃわわわっ! なっ、なんですか、これは!?」


 妖精が怯えると同時に、赤いフードの少女が口早に言った。


「エインちゃん、隠れて!」


 擬人化したその植物は、少女の倍以上の高さだ。


「ねぇ、キミ、あんまり見かけないカオだけど、こんなところで、何をしてるの?」


 赤いフードの少女は親し気に、だが、油断はしていない目で、語りかけた。


 樹木の枝は腕のように上下し、足のような根が、再び歩き出し、少女に向かって下ろされた。


「やっぱり、ダメだ、言葉が通じない! やむを得ないわ!」


 とっさに転がり、よけた少女は、膝を立てた体勢で、素早く弓を構える。


 少女の矢が、照準を魔物に合わせた時、シュッと、茂みの中から、何かが魔物に飛びかかった。


 ぶつかり合い、組み合ううちに、擬人植物が倒れ、地響きが起こった。

 森のカラスや鳥たちが、バタバタと空へ逃げ出す。


 驚いた少女たちは、声も上げられず、倒れた魔物に付けられた、三本ほどのかき傷を見ると、ハッとした。

 魔物の死体に付いていたものと、同じだった。


 少女たちが見るに、茂みにいた者が着ている貴族的な衣服は、土や泥、魔物の血で汚れている。


 そして、普通の人間ではなかった。


 衣服からはみ出た毛、たてがみのような獣毛。


 野獣ーー!


 小さい妖精も、赤いフードの少女も息を飲んだ。


 野獣は、背中越しに、振り返った。


 びくっと震え、顔をのぞかせていた妖精は、思わず、赤いフードに寄り添った。それを、野獣は静かに目で追う。


「キミが、ここの魔物たちを倒したの?」


 フードの少女が、まじまじと見てから、野獣に問いかける。


「お前は、俺がこわくはないのか?」


 フードの少女を、じっと見下ろした野獣は、人の言葉を話した。


「う、うん。良かった、言葉が通じるんだね! あたしは魔物と話が出来て、あたしの村では、例え魔物でも、仲良くしていたんだ。それなのに、最近は全然魔物たちと言葉が通じ合えなくなって……。それで、キミは……」


 彼女の頭一つ分以上は大きい、たてがみをなびかせた者を見上げ、赤いフードの少女は、ほほえんだ。


「キミの目、青くてきれい。人間の目だよね。魔物じゃないって、すぐにわかったよ」


 野獣は目を見開き、ほっとしたような溜め息をついた。


「そうか……。やはり、俺は、人間……」




 野獣は、目を開けた。

 ぼんやりとしていた景色が、次第にはっきりとしていく。


「ここは……?」


 彼の身体には小さい、木のベッドに横たわっていると知ると、ゆっくりと身体を起こした。

 額から、湿った布が落ちた。

 腹部と腕には、包帯が巻き付けてある。


「おや、お目覚めかい?」


 部屋のドアが開き、優しそうな老女が、木の桶と布を持って入る。


「ここは、どこだ?」


 野獣が口を開き、言葉を話しても、老女は驚くことなく、答えた。


「ルチコル村の私の家よ」


「ルチコル村……」


 記憶のない野獣には、知るはずのない村だ。


「私は、リーゼロッテとオランジュの祖母マリアンネ。ああ、リーゼロッテは、あなたをここへ運び込んだ、赤いフードの女の子よ」


「ああ、妖精と一緒にいた、あの赤ずきんか……」


 マリアンネは窓を開けた。

 草と花の香りを、風が運ぶ。


「あっ!」


 赤いフードの少女は、外から見えた野獣の姿に笑顔になり、オレンジ色のフードを被った妹に花の入ったバスケットを預けると、バタバタと足音を立てて、部屋に入った。


「良かったー! やっと起きられたんだね!」


 リーゼロッテは、持っていたバスケットから、果物を、ベッド近くのサイドテーブルに乗せていった。


「ずっと何も食べずに、あの森にいたんでしょう? あたしと出会ってすぐ、倒れちゃって、この三日間、死んだように眠ってたんだよ。ほら、食べて、食べて!」


 野獣は、表情のない目でリーゼロッテを見てから、果物に視線を移した。


「切ってあげるよ」


 木の椅子にかけ、リーゼロッテは赤い果実を取ると、ナイフで切り分けた。

 野獣は、一切れ食べると、火がついたように次々と食べ始めた。


「キミをここまで運ぶの、大変だったんだから。近所のヘンゼルとグレーテルにも手伝ってもらったんだよ。おかげで、この三日間は、グレーテルのかまど料理の手伝いをしたり、ヘンゼルの果樹園の手入れも手伝ったよ。その代わり、こんなに果物分けてもらえたから、かえってラッキーだったわ。どう? ね? おいしいでしょう?」


 リーゼロッテは、くるくると、緑色の瞳を輝かせた。

 フードを後ろに下ろすと、彼女がまだ十五、六歳の少女であるとわかる。


「なぜ、俺にここまで?」


「なぜって……」


 少女は、不可解な顔をした。


「疲れ切ってたし、ちょっとケガもしてたし、助けて当然でしょう?」


 即答した少女を、野獣は、少し信じられない思いで見つめた。


「随分、人が好いんだな。俺は野獣だというのに」


「だからー、人間だってば。おばあちゃんだって、キミを見て、すぐに人間だってわかったし。例え、魔物だって、うちの村では、介抱するのは当たり前なんだから。あ、スープ飲む? おばあちゃんの作ったスープ、おいしいんだよ! パンも食べられる? グレーテルのかまどで焼いたパンは、すっごくおいしいよ!」


 リーゼロッテは、ばたばたと部屋を出て行くと、木の器にスープと、パンをトレーに乗せて、戻って来た。


 野獣は、彼の手には小さい木のスプーンで、スープをすくい、口元へと運んだ。


「やっぱり、人間だね、キミ。スプーンが使えるもん」


 リーゼロッテは、スープをすする野獣をながめて、ほほえましく笑った。


 マリアンネは微笑し、窓の外では、オランジュがちらちらと、部屋の中を意識している。


「それにしても、記憶はなくとも、俺は、おそらく、お前よりは年上だと思う。なのに、『キミ』と呼ばれるのは、変な感じがする」


 腹も満たされてきた野獣は、少し打ち解けたような口調になった。


「えっ、でも、『野獣さん』じゃ、なんか変だし……」


「そもそも、俺は、どのような野獣なのだ?」


 野獣はベッドから立ち上がると、部屋の壁にかけてある鏡まで、リーゼロッテに付き添われながら、歩いていった。


 頭の上には獣の耳、ハシバミ色に近い薄い緑がかった茶色をした獣毛に覆われた顔、青い瞳、突き出た黒い鼻、肉食獣のような牙ーー。


「なるほど。ライオンのようなオオカミのような……。角こそなくとも、やはり、化け物か」


 改めて知った自分の姿を嫌悪するような、深い溜め息をついた。


「なぜ、このような姿に……」


「覚えてないの?」


 リーゼロッテが小さく尋ねる。


「ああ。ただ、女の声で、『醜い野獣の姿になれ』とだけ」


 リーゼロッテは、マリアンネを振り返った。


「呪い……なのかねぇ」


 マリアンネも、わからないと言うように首を横に振る。


 下を向いたリーゼロッテが、顔を上げた時には、にっこりと笑顔になっていた。


「でも、茶色いたてがみはヘーゼルナッツみたいなきれいな色だし、カッコいいし、目も大きくて青くてきれいだし、その耳も、オオカミさんみたいに大きくて、便利そう! そんなに悲観しなくてもいいと思うよ。とりあえず、『ウルフ』って呼んでいい?」


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