プロローグ
冷たいーー
漂う冷気が、通り抜ける。
身体を震わせながら男が目覚めた時、辺りは暗闇だった。
木々の生い茂る草むらの中。
知らない場所だ。
身体が重い。まるで、自分のものではないように、言うことを聞かない。
ある違和感も感じながら、男は、重い身体を引きずり、立ち上がる。
両手を地面に付いた方が、楽にも思えた。
どこか、怪我でもしたのだろうか? しかし、痛みはない。
手足を動かしにくいのは、衣服が窮屈なせいもあると思った。
自分には合っていないと思った。
雲が流れ、月があらわれる。
満月だ。
男は、月に照らされた自分の手を見て、目を疑った。
両手、両足、衣服からはみ出る長い毛。指先には、尖った爪。
あごや頬からは、長いひげが生えている。
いや、顔中が長い毛におおわれ、髪と一体化している。まるで、たてがみ。
男は、近くの泉を覗き込み、愕然とした。
そこに映るのは、人間とは程遠い、獣だった!
『誰にも愛されない、醜い野獣の姿となるがいい!』
意識を失う直前、ひんやりとした冷気とともに、怒りに満ちた、威厳ある女の声が聞こえた気がした。
それが、男の唯一の記憶だった。