1-02 プロローグ
いつぞやとも知れぬコンサートホール。照明は既に落とされており、ほど暗く迫り来る開演の時を今や遅しと待ちわびる人々。
分厚いカーテンと行き場の無い抑え切れぬ高揚感を今すぐどこかに消し去りたいと願う心はまるで子供の様。
手元のパンフレットに僅かな光を求めれば、付随されている記念品にいましばらくの辛抱を願う
「(ビーーーー!)」
始まりの笛が鳴り響き世界のフタが幕を上げ、大地はゆっくりと創造されていく
『ワァァァァ!!!!』
『チンカイーー!!』
『パオーーン!!』
地鳴りの様な声援を受け
「(ペコリ)」
軽くおじぎをした男性が配置に付き、スポットライトの丸い光が不器用にピアノへと向かう
「……」
「(ピン…ピピン…)」
「(ビピーン!)」
ピアノに向け試し打ちする男性。彼はそこで一呼吸置き、逆光の中に目を細めた。時折迫りくる咆哮も、砂塵を天井からパラパラと震わせる。
「……」
「(――神様どうか)」
「(ピン…)」
「(ズガガーン!!!)」
「(ドゴパゴドゴパゴ♪)」
彼の股間から放たれる本演奏は次第に勢いを増して行き、薄暗い空間を熱気と共にいづれ引き返せない形へと変えていく
『(…ピリ…ピリッ)』
フィルムを開封するかすかな音でさえ今は演奏の一部
『ハァ‥ハァ…』
『あっ‥あっ……!』
記念品の端を破り、ゴム状の中身を股間に装着した観客達。ある者は股間をしごき、またある者は胸を揉み自らの指で世界を探求し創造していった
「(ダンッ!!)」
「(ダダンッ!)」
「(ドゴパゴドゴパゴ♪)」
「(ビーン!!ビビーン♪)」
暗きの中、スポットライトに反射した汗が世界を彩る。フローリングを蹴り飛ばし、空中で回転し、あるいはきりもみしながらも奏者の男性は 股間を振り下ろす
『いい”っ・!!・・イクっ!!』
『う”っ”!!』
何人かの観客が終着点に達し、喜びの涙を流した。彼ら、もしくは彼女らは演奏の一部となり、果てしなく溶けていく
『(パパーーーン!!!)』
ふいに防音扉の向こうからかすかな銃声が混ざる。幸福のままにこの世から旅立つ人達だ。誰に文句を言われるでも無く、誰に勝手に裁かれる訳でもない世界へと旅立った2人。この先なんびとたりともこの愛し合う男女を阻害することは出来ない
「(ズガガーン♪)」
「(ズンドコ♪ズンドコ♪)」
『あっ!あっ!!』
『い”っ…イぎっ…!』
『――!(銃声)』
「(ズンドコ♪ズンドコ♪)」
ピアノに打ちつけられる股間はよりいっそう激しさを増し、交わる観客同士の甘い吐息や、快楽のリズムによって『劇場内の全てがひとつの作品』となり 極らかに奏でられていく。
微笑みの中、鈍い重たさを持つ人殺しの鉄の塊を互いの口に優しくあてがう恋人達。
快楽の内に、祝福の鐘が鳴る。誰にも犯されまじと
― アプリ坊主 ― 第一片『奇は可を越すdiary』開幕