1-15 万南無高校VS雲葛高校 10『フルハウス』
ふいに訪れた幸運に胸を躍らせた事はあるだろうか?例えそれがどんな小さな出来事であっても構わない。
具体的な例を挙げれば、カルシウムを摂取した。骨が丈夫になるね!ラッキー!ぐらいの物で全然構わないのだ。そのくらい些細な事でも構わない。
なぜならば人は大きな幸運には巡り合えないからこそ、それを夢見て生涯を過ごすのだから。
手を取り合って喜ぶ2人。店主もそんな様子を目の当たりにして、少し照れたのか鼻の下を人差し指でこすり、頬を赤く染めた。
{わしについてきなされ}
{そこは段差があるから気をつけるんじゃよ}
店主に言われるままにカウンターの奥の居住区へと向かう2人。もちろん、高枝切りバサミとしっとりボールも一緒だ。
畳の上に、値札の付いたままのソファーなどが並べられている、半分倉庫みたいな部屋に2人は招待された
『お…お邪魔しま~す…』
「お邪魔するタイよ」
2人は恐る恐る店主の家に上がった。すぐに目的の部屋に到着し、部屋の電気を付ける店主。
中央に木製のテーブルがあり、その周りにソファーが配置されている。さらにその外側、つまり部屋の隅のほうには四方八方がらくた
の山が築かれていた。みな値札が付いたままで、商品だということがわかる。
{少し待つのじゃ}
店主はそう言うと、カラオケマシンの裏側に回り、電源をひっぱりだした。
{なにをしておる}
{ほれ、座った座った!}
催促されるままにソファーに座る2人。少し落ち着かない様子であたりをキョロキョロと見回す
{なにか飲むかの?}
{なぁに、お金は一切取らんよ}
{ドリンクサービスというやつじゃ}
注文を取る店主 ※パソコンショップです
『じゃ、じゃあコーラで』
{無い。麦茶ならあるでよ}
店主はひげをさすりながら答えた。
「じゃあワシはなんか炭酸のはいったやつでも貰おうかの」
{無い。麦茶ならあるでよ}
店主はひげをさらにさすりながら答えた。
『……』
「……」
心技タイと翼子はしばらく下を向いて考え
『じゃあ、麦茶で』
「麦茶でお願いしますタイ」
麦茶を注文した
{ほいほい、お安い御用じゃよ}
{その間に歌うものを選んでおいておくれ}
店主はにっこりうなずいて、台所へ向かった
テーブルの上には、選曲リストの本が置かれていた。
「うむう、何を歌いタイかのう…」
心技タイはぺらぺらとページをめくったが、旧式のカラオケマシンだったので最新曲どころか10年前の曲すら無く、知っている歌は
みんなの歌の項目の数曲というありさまであった。
「翼子から先にどうぞタイ」
とりあえず、一冊しか無い選曲本をいつまで占有している訳にもいかず、心技タイは翼子に本を明け渡した。
しっとりボールをちちくり回していた翼子は目の前に置かれた本を見て感想を漏らした
『うわ、なにこれ薄っ!』
翼子は選曲本の薄さに驚いているようだ
『え?嘘?これだけ?』
『ほかのやつないの?そこのやつは?』
「う~む」
「ほうほう…」
分厚い本を吟味する心技タイ
「こりゃあ、どうやら結婚の情報誌っぽいタイな」
それは、結婚したあとに女性に筋肉をつけさせる為に、わざと超重量級の分厚さにしてあるといういわく付きの本であった
装備するとはずせなくなるが、教会でどうにかしてもらえるらしい。
{へい、おまち!っと…}
{これはおつまみじゃ}
テーブルの上にさといもの煮っ転がしが置かれた。
無事に運搬作業を終えた店主が翼子の隣に座るとふいに、「ぐじゅっ!」という音がした
{冷たっ!}
慌てて飛びのいた店主の座っていた所には、しっとりサッカーボールがぺちゃんこになって潰れていた。中身の水分はほとんど
外にでてしまったらしく、しおれている
『ぎゃあああ!!』
『しっとり君が…』
翼子は取り乱したが店主は左手を体の前に出して制止すると、潰れたしっとりサッカーボールを机の上に置いた
{慌てなさるな}
そういって、置いたばかりの麦茶をつぎつぎに潰れたサッカーボールに注いでいく
「うそお!?」
「こっ…これは何タイか!?」
翼子と心技タイは驚いた。
今まで潰れていた元しっとりサッカーボールがみるみるうちに麦茶を吸って茶色く膨らんでゆく
{ふぉっふぉっふぉっ}
店主は、「どうだ!」と言わんばかりの得意気な顔をしている
『うわぁ…』
翼子は目を輝かせた。
{どうじゃ、この際、みんなで味見してみるというのは?}
店主がそう言う否や
『じゃあ、わったしがいっちば~ん!』
と言って翼子がまっ先にしっとり麦茶ボールに向かっていった。
だが、心技タイに頭をわし掴みにされて寸止めされ、ついでに胸を揉まれた
「ちょっと待つタイ」
「翼子、ここはひとつ…」
目をつぶり、呼吸を整える心技タイ。
そして、目をかっと見開くと続きの言葉を口にした
「3人で同時にしゃぶるというのはどうですタイかな?」
店主と翼子に衝撃が走った。
{さ、3人同時じゃと}
{うむ、しかし、ボールはひとつしか無いしのう…}
店主は下を向きながらひげを手でこすり、考え込んでしまった。
『じじぃ…』
翼子は、店主をいたわる様子をみせながら、心技タイのほうを見た。彼の真意を確かめる為である。
しかし、心技タイは目を再び閉じて腕を組み、沈黙している。2人がその意味に気づくまで我慢する気だ。
教えてもらってばかりでは真の成長は成し遂げられない。自分で考えることが大切なのだ。
心技タイは心の中でそう語っている様に見えた
{…はっ!まさか!}
店主が目を開き、心技タイのほうを見た。心技タイは黙ってにっこりうなずいた
翼子はなにがなにやらわからなかったが、とりあえず釣られて口を開けたままうなずいた
{ど、同時じゃ!!}
{3方向から同時に舐めるのじゃ!!!}
店主の号令の下、一斉に陣形を組む。
まず、心技タイがよつんばいになり、そのすぐ後ろに店主がよつんばいになり心技タイのお尻に顔を近づけた。そして、店主のすぐ
後ろに翼子がよつんばいになり、店主のお尻に顔を近づけた。翼子のお尻には心技タイが顔を近づけている。
3すくみの状態になり、お互いがお互いの尻を見てフォローし合う、完璧な布陣だ。もはや戦場は3つ巴の様相を呈していた。
だが、肝心のサッカーボールは置き去りになっていた。




