1-13 万南無高校VS雲葛高校 08『恐怖!謎のパソコンショップ』
2人の次の目的地はスポーツ用品店だ。この世のありとあらゆる球が置いてあるので(誇張)戦略的には悪くない。
この戦いで失われた水分を補給すべく、翼子は近くの自販機でスポーツドリンクを購入した
カシュッ!とドリンクのプルタブを上に持ち上げて中身をごくごくと飲む心技タイ。ちらり、と翼子のほうを見るとすぐに視線を元に戻し様子を探るべく声を掛けた。
能力者同士の戦いは熾烈を極める。常人には到底理解できない過酷な心労や負担がその身に懸かる。
その身を案じ、心のケアをしてあげることも男性アプリ坊主の役割なのだ
「落ち着いたタイか?」
『うん…』
『もう平気だよ…』
翼子は少し困った顔で鼻の下を人差し指でこすりながらそう答えた
「それはよかっタイ」
「翼子、行くぞ!」
「0.3マイル…」
「ここから東に0.3マイルの地点だな」
心技タイは手元の端末を操作して、地図の詳細を表示していく
『メートルで言えよ』
『地味にわかりづれえよ』
口を開けたまま少しうつむいてから考えて答えた
自販機の横の、空き缶入れに飲み終えた缶を捨てて目的地に向かう2人。程なくして着いた2人が目にしたものは
スポーツ用品店ではなく、さびれたパソコンショップだった
「ぐっ…測量が間に合わなかったか」
アプリ坊主の端末の地図は通常、地元の有志達が測量して紙に書きとめ、それをアプリ坊主の総本山に提出する。
それを今度は、アプリ坊主が定規やら目視やらで測量し直すのだ。
それが端末に反映されるころには、地図と実際の建物が食い違っていることも珍しくはない。尚、間違っているところを指摘すると図書券が貰えたりする。
『あっ…!』
『でも、いろいろ置いてあるよ!!』
翼子は、さびれたパソコンショップの片隅に、”スポーツコーナー ”と書かれた垂れ幕が架かっているのを見つけた。どうやらこのお店は、雑貨屋らしい
「あっ…ああ」
「見てみるタイか?」
「(この衣服はいつ乾くタイか…?)」
店の中の、しっとりコーナーのしっとり衣服を見て放心していた心技タイだが、翼子に声を掛けられると、我に返り翼子の指差す方へと向かった
「在庫処分…」
スポーツコーナーは、在庫処分セールらしく、全品50%OFFの表示がされていた
「エアわらじ…」
心技タイはかごの中からわらじを取り出すと、興味深そうに商品を手に取った
「高っ…!」
値札には 24800円の文字が刻まれていて、それが半額になっていて12400円と書き直されていた。
確かに、前までの値段では考えられないことであった。
だが、アメリカだかどこかが、エアのはいっているわらじをブームにして値段を吊り上げると、日本もそれに呼応して
各社一斉に値段を吊り上げ始め、マスコミやニュースで宣伝してもらい、スポーツわらじの大幅な金儲けが始まった
始めはエアが入ってるわらじだけが高かったのだが、次第に普通のわらじまで高くなっていったのだ
{高くないよ}
ふいに、店の店主が声をかけてきた。白髪で白いひげを蓄えた老人だった。
{それはね、本場アメリカから取り寄せたものなんじゃよ…}
{アメリカって言えば、その、アレだ…}
言葉を詰まらせながらも、どうにか話をまとめようとする店主
{あ~!!そうそう!}
{お……}」
{お~じぃ~ビーフ?}
そう言い放ち小首をかしげた。心技タイと翼子はしばらく無言で考え込んだが、アメリカ製のわらじと、オーストラリア牛肉の接点がわからず、
「あ、あの、」
「オージィーはアメリカじゃ無くないタイか?」
心技タイは店主に聞き返した
{お、おじぃとは失礼な!!}
{それに、わ、わしゃ日本人じゃい!}
{タイ人でも無いわい!!!}
店主はすかさず反論した
「(おまえが言ったんタイが…)」
「いや、そうじゃ無くて…」
絶妙に噛み合う2人の言い争いをよそに、翼子がお目当てのサッカーボールを見つけた。彼女が頭上高くボールを掲げると、値札が重力に引かれて
「ピロッ」と下のほうに出た
『2万……』
翼子は、一瞬びっくりしたが、それがエアサッカーボールだと解ると少しがっかりした様子で売り場に戻した
{エアじゃからな…}
店主が自慢げに言い放った。
だが、翼子はすかさず、しっとりコーナーに走って行き、しっとりサッカーボールを手に取った。
そして、無言で店主の前に「ぐいっ」と、そのボールを突き出した
{それは、しっとりタイプじゃ}
{みんな好きなんじゃろ?しっとり}
以前、謎のせんべい屋がマスコミに賄賂を渡してしっとりせんべいを宣伝してもらった。国民はすぐさま洗脳され、世の中にしっとり
ブームが巻き起こったのだ。
湿ったパンや、湿った服などがしっとり品として社会的地位を築いていった。サッカーボールも例外では無かったのである
『うふふ~♪しっとり~♪』
翼子はしっとりサッカーボールが気に入ったようだ。
『味見しても?』
翼子はボールとスキンシップを図るべく、店主に聞いた。だが興奮した翼子は返事を待たずして舌を突き出し半分以上舐めかけていた。
{もちろんじゃ}
店主はにっこりうなずいた。
「待つタイ!!」
だが、隣にいた心技タイは、すかさずボールと翼子の間に割り込むような形で
「騙されるな!翼子!」
「友達をよく見てみろタイ!」
引き離した。
{騙すとは人聞きの悪い}
{それは紛れも無く良い物じゃよ}
せっかくまとまりかけた商談を邪魔されて店主もおもわず口をはさむ
『タッ…タイのいじわるっ!』
友達とのスキンシップを邪魔された翼子は怒り心頭で必死になってボールを取り返そうとしている。
ボールは2人によって掴み合いとなり、どちらの手にも完全には渡っていなかった。
『お…おまえは…』
身長差がありながらも、必死にボールに食らい付く翼子。さすがのサッカー好きのキープ 力
『おまえは私のアプリ坊主なのにっ…!』
『なぜ阻害するっ…!?』
少しあきらめかけた翼子はハァハァと息を切らして、一旦、ボールを追うのを止めて顔の汗を拭う。
だが、わなわなと怒りがまたよみがえってきたらしく、
『これはなんとした事だ!』
『おまえもその子がお好みか!』
『その子と私で三角関係か!!?』
心技タイに抗議する
{ワシはお嬢ちゃんが好きじゃあ}
店主がすかさず口をはさむ
『じゃあ四角関係っ!!』
翼子はすかさず店主のほうを見て、再び視線を戻し少し(3秒程)考えてから、もう一度決め台詞を言い直した
元スポーツ用品店は、しっとりボールを巡る攻防によって静まり返った。
「そうじゃない…」
「そうじゃないタイよ」
翼子が少し落ち着くのを待っていた心技タイは、
「翼子、…」
「値段を良く見てみるんタイ。」
諭すように翼子に語りかけた
心技タイの言われるままに、値札を確認した。値札はサッカーボールのタイル状のパーツとパーツの間に挟まっていた
『たっ…高!!』
値札には5万8千円と書かれていた
{高くないよ}
{これは、良い吸湿繊維でできておる}
すぐさま店主が反論する。翼子と心技タイは店主の話に耳を傾けた。
{しかも、洗って繰り返し使えるタイプなんじゃよ}
{…三千回じゃ}
店主はそういって指を3本立てて突き出した。
『さ、三千回~!?』
翼子と心技タイは驚きの声をあげる。続けて店主が攻勢に拍車をかける
{そう。三千回じゃ}
{しかも…}
そういって店主は店の奥に戻ると、
{今なら、この高枝切りバサミもつけてやろう}
{しかも、お値段そのまま!}
違う商品を持って帰ってきて、言い放った。
「ど…どうする翼子?…」
「あれさえあれば…高い木のお手入れもラクラク…」
「さらにあのビッグサイズ…」
「ハァ…ハァ…タ…ィ”」
アプリ坊主だからといってなんとかなるものでは無い。心技タイは、あの高枝切りバサミに惹かれていた
驚きを隠せない心技タイと翼子はどうしようか悩んでいた
彼らはアプリ坊主である前に、人なのだ。小さいころ小学校の帰り際にビッグサイズの消しゴムなどをエサに、怪しい商品を売りつけられる経験をした人はいると
思うが、ビッグサイズというのは、時に人の心を惑わせるものなのである




