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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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94話 心は死んでいる

 




 私にとって、それは魔法の言葉だった。



 生前、お前はクズだと父に言われてきた。お前は性根の腐った人間のクズだと。


 父はそれ以外にも多くの言葉で私を罵倒した。

 教育に力を入れる両親は私を進学校に入れた。

 その頃には好成績さえ出していればうるさく言われないと学んでいたので、学業の傍らで部活動に精を出すこともできた。

 部活の大会でいい成績を出すと、父は決まってそんなものは大したことがないと言った。

 お前を育てた教師が立派だっただけだ。お前なんか大したことがない。お前は本当の努力をしたことがない、と。


 受験が近づく二年の終わりぐらいからは、学業に絡めた罵倒も増えた。

 今時大学も行ってない奴はクズだ。国立や名門大学ぐらい簡単に入れ。模試の偏差値六十や七十でいい気になるな。もっと上がたくさんいるだろう。お前は大学に落ちるのが怖いから真面目に勉強する気がないんだろう。


 罵倒のどれもが的外れで、それでいて耳障りで不快だったが、実のところ私は家族の中で父親が一番嫌いというわけではない。

 嫌いは嫌いだが、父は昔のドラマや漫画で流行った厳格な父親像に憧れを持っており、厳しい言葉には怒りや憎しみという成分が薄くとても表面的であった。

 だから父には暴言を吐いても私に嫌われるという覚悟がなく、その薄っぺらさがとてつもなく嫌いだったが、その言葉を発した理由が私にやる気を出させたいという一点において、まだ許すことができた。


 私が家族の中でもっとも嫌いだったのは、母だ。

 父が私を罵倒するのは日常的なものになっていた。

 当時の私は表情のない無機質な人間で、感情を表に出すことが少なかった。

 母はそんな私を見て、みんな貴方を愛しているから言うのよと、そう言った。

 それがとてつもなく嫌だった。


 私には両親以外にも兄弟がいたが、私は彼らからもよく罵倒されていた。そういう立ち位置だったといえばそうなのだろう。理不尽に怒られることはほとんど毎日のようにあった。

 その度に、母は私にみんな貴方を愛しているから言うのよ、とそう言った。


 貴方を思っての言葉だから、叱ってくれているのだと。

 貴方に悪いところがあるから、みんな怒るのだと。

 貴方だけが悪いのだから、家族の仲が悪いなんて周りに思われないようにしてと。

 貴方は愛されているから、もっと家族を愛しなさいと。

 そんな思いをにじませながら、みんな貴方を愛しているから言うのよ、と母は私に常々言い聞かせた。


 子供だった私はそんな言葉の裏に気づかないふりをして、母の言うとおりにしようとした。

 私が我慢すればそれでいい。

 私が結果を出せばそれでいい。

 ああでも、そんな努力どれだけ重ねたところで、私の立場は変わらない。

 そうして、心は擦り切れていった。



 心は死んでいる。



 それは、私にとって魔法の言葉だった。

 心が死んでいるから辛くなどない。

 辛いなんて感じているはずがない。

 そうやって私はやるべき事だけをやる、人形のような自分を作り上げた。

 その後、紆余曲折を経て私は血の繋がった家族と縁を切り、多くの他人との関わりを経て人形から人間に戻ったが、それは別の話だろう。



 ******



「心は死んでいる」


 ぼそりと呟く。

 誰かに聞かせるための言葉ではない。

 それでも口から吐き出すことで、はっきりと私の心は無味乾燥したものへと変わっていく。


 斬られる痛みはある。殺される恐怖は変わらずある。

 それでもそれは他人事のようで、ついでに言えば魔力感知の力で俯瞰した風景を眺めて、私はゲームのキャラクターを動かすように自分を操作する。


 不思議なことに、目の前のケイは一合を経るごとに強くなっていって、私はそれに追いすがるのがやっとだった。

 いいや、一合ごとに殺されて、デス子の魔力になんとか救われている私は追いすがれてもいない。

 だがこうして耐えていればケイが自滅するのは簡単に察することができた。


 私の魔力感知はケイの内部を正確に理解している。

 内側から自傷と再生を繰り返す体は、魔力による度重なる再生のせいでおかしな不具合が生まれ始めている。

 それが表に現れるにはまだ時間がかかるが、無理なオーバーブーストのかかっているケイの肉体が限界を超えたとき、坂を転がるように一気にその反動を受けるだろう。

 そしてそうなれば供給される過度な魔力を放出することもできなくなり、そのままケイは内側から引き裂かれて息絶えるだろう。


 だから、助けるなら早くしなければならない。


 ケイの左腕には刺青が彫ってある。

 そこから魔力が溢れ出し、血管を通ってケイの全身を巡っていた。

 狙うのはそこだ。刺し違える一撃でいい。いや、斬りつけたときどんな反応があるか試し、正確な切除法を把握するにはむしろ刺し違えたほうがリセットされて丁度いい。

 その発想がおかしくて嗤い、何がおかしかったのだろうと考えている間に三度殺された。

 この思考をしている一分間に、三度殺された。


 より最適にケイの動きに対応できるようになって、しかしそれでも決定打がない。私にできるのはケイの攻撃を躱すだけ。ケイの自滅を待つことだけ。

 攻撃に移っても圧倒的な速度の違いのせいで、相打ちにも持っていけない。


「私の心は、死んでいる」


 改めて、私は魔法の言葉を口にした。

 理解をしていたわけではないけれど、確信に近い予感があった。

 扉を開けと、助けてやると、私の心臓の奥で仮神(あくま)が囁いていた。


 だから、開いた。


 どうなるかは知らない。

 だが力が手に入るのは間違いない。

 予想通りに扉は開いて、予想通りに力が溢れてくる。

 全身を引き裂くような心地よい痛みに満たされる。



 さあ、それじゃあ助けよう。

 他人(ひと)を助けよう。

 生まれてくる価値のなかった私が、生きているものを助けよう。

 生きたいと願っているものを助けよう。

 家族に愛されながら、家族を憎んだ人間のクズが救済をなそう。

 愛を示そう。

 愛のある家族に育てられておきながら、それでも自分の幸せのために裏切った贖罪をしよう。

 ああ、至福の一時だ。



 ◆◆◆◆◆◆



 均衡は少しずつ崩れていった。

 それまではケイがセージを一方的に蹂躙し、それをかろうじて凌ぐだけだった。その事に変わりはなかったが、セージが仮初の死を体験することは激減していた。

 そこにはケイがわずかながらに正気を取り戻し、セージを殺したくないと、このまま戦い続けたいとブレーキがかかったのもあるが、それ以上にセージの動きが変化したのが大きかった。

 生きるか死ぬかの限界の中で、セージは自身の持つ能力の全てを百パーセント出して、それに掛かる肉体の負荷は無限に溢れる魔力でごまかして、なんとかケイの放つ死線をくぐり抜けていた。


 そして今、セージは自分が生き残ろうという意思を捨てていた。

 正確にはそれは捨てたのではなく、ゲームをする上での達成条件の一つ程度に優先順位を落としていた。

 殺される実感とその恐怖から肉体のリミッターが外れるのは変わらず、その状態の自分を客観的に、どこか他人事のような心地で操作した。

 それは滅私や無我の境地と呼ばれる、この場においては最高の精神状態であった。


 そこにはデス子の加護も関与していた。

 セージの肉体に封じられているのは死に通じる仮神の瞳。その瞳の持つ力が封印越しにではあるがセージを助ける力となっていた。

 その最たるは生まれる前に口頭にて教えられた魔力感知だが、それ以外にも助けとなる力は数多く秘められており、また実際に助けられてきた。

 その一つとして、夜間という今の時間帯がある。

 夜や闇は死に近い概念をもっており、今までは日が暮れてから戦闘をする機会がなかったため気づかなかったが、夜間や暗闇の中でセージの能力は向上した。


 ただしその力の本質はやはり死にこそある。

 セージは自身の心を守るために、その言葉を口にした。心を守るということは死を恐れているということであったが、同時にそれは死ぬことを認めてもいた。

 訪れる自身の死の運命に全力で抗いながら、同時にそれは仕方のないことだと諦めてもいた。


 そんなセージは、しかしケイに訪れる死の運命だけは受け入れなかった。助けられるのならば助けたいと願った。そのための力が欲しいと願った。

 その願いはあらゆる死を肯定するものに届き、セージは自分の心臓(たましい)に異物が封じられていることを理解した。


 そしてセージは、幾重にもかけられた封印の檻を一つ外した。それがそこにあると解ってしまえば、今のセージにとって封印を解くことはそれほど難しいことではない。

 だからこそデス子は加護を与える際に全ての真実を伝えなかった。


 それはひどい自殺行為なのだ。

 ケイの体が許容量の限界を超えた魔力を受け止めているせいで自壊に向かって突き進んでいるように、正しく段階を踏まない力の解放はセージの肉体を食い破ることに繋がりかねない。

 さらに真っ当な死ではなく、死の神力によって与えられる死や痛みは、そう容易く覆せるものではない。


 だがそれによって得られる恩恵は、莫大なものだった。


 ケイが正面から振り下ろす大剣を、これまでと同じようにセージは持ちうる最強技である貫散らしで対応する。

 だがその結果はこれまでとは雲泥の違いだ。

 かろうじて大剣を逸らせていたこれまでと違い、貫散らしはしっかりと大剣を弾き、さらにはケイ本人も吹き飛ばした。


 その光景に傍観者と成り下がったリオウたちは一様に驚きの声を上げるが、吹き飛ばされたケイに動揺はなかった。

 こうして正面から互いの武器をぶつけ合っているのだ。セージの何かが変化したのは察していた。

 これまで殺すのが難しい獲物だった相手が、ともすれば自分を殺しかねない敵に変わったのだと、直感で理解していた。

 その事に、与えられ続ける魔力(こころ)には恐怖が混じりはじめ、反してケイの内側の深い所からは喜びと興奮が湧き上がる。

 そうしてケイの正気がまた少しだけ取り戻された。


 吹き飛ばされたケイは即座に立ち上がり、殺意だけではない理由で大剣を振るいセージに突っ込む。

 もっと見せて、今度は何をしてくるのと、ずっと欲しがっていたおもちゃを与えられた子供のような興奮を交えながら、大剣という凶器をセージに振るった。

 そうしてセージに向かって突撃するケイの足元に、大きな穴があいた。

 ケイのように――いや、ケイよりも膨大で凶悪な死の魔力にその能力を底上げされたセージは、今ならばケイの動きをまともに見ることができた。


 ケイの得意とする戦闘スタイルは近接戦闘だが、セージは本来オールラウンダーであり、相手の苦手な分野で戦闘することこそが得意スタイルだ。

 ケイ相手にそれが今まで出来なかったのは、その圧倒的な身体能力差が原因だった。

 まともに反応する事もできず、殺されてようやく身をもってタイミングを掴むぐらいのことしかできなかったそのスピードに、離れて戦うなどということができなかった。

 だが今のセージなら未だに身体能力で劣るものの、かろうじてケイに対応することができる。


 小さな家屋ぐらいは簡単に飲み込むだろう大穴に落とされるケイに、無詠唱で上級の魔法が叩き込まれる。それも一発ではなく、無数に。

 未だに疾空の使えないケイは衝烈波で己の体を吹き飛ばし、落ちる前に穴から抜け出す。セージの魔法はしかし退避したはずのケイを追尾して、迫る。


 ケイは大剣を振るって襲いかかってくる混成魔法の矢を叩き落とすが、空中でバランスが悪いこともあって、叩き落とせたのはひとつだけだった。

 一発受ければそこからは痛みに仰け反り、二発、三発と続けて受けてしまう。それでも急所はさけ、さらに直前でガードを固めることでダメージを最小に抑える。

 都合七発の上級魔法の矢を受けて、しかしケイは五体満足で地に足を付ける。能力が底上げされたといってもセージとケイの能力差には未だに大きな開きがあった。そもそも存在する天才と称されるケイとセージの、八歳という差はやはり大きい。

 だがまるでダメージがないわけではない。回復を阻害する呪い効果をもった矢は、確実にケイの体力を奪っていた。


 ケイは近接戦闘に特化した戦士であり、苦手な相手は遠距離型だ。そして遠距離型でも特に搦手を利用して距離を詰めさせない相手が苦手だった。

 セージもそれに気づいてはいた。

 ケイは高い魔力を持っていたが、その制御技術は中級のせいぜい下位か中位といったところだった。疾空はつかえないし、セージやジオのように衝弾や衝裂斬などの闘魔術を武器を介さずに使うこともできない。このまま距離をとりつつ魔法で仕留めるのが、最善の殺し方だということは理解していた。


 だがセージは魔法ではダメだと判断した。

 ケイに当たった七発の魔法のうち、一つは腕の刺青に直撃している。だがそれではなんの変化も無かった。

 契約というものへの理解がセージにはない。死に通じる仮神の瞳は見通したその内容を現時点のセージに許される範囲で情報化して教えていたが、それを理解するための知識や経験がセージには不足していた。


 初見の問題に最適な答えを導き出すのは、秀才の延長にいるセージには難しい問題だった。

 だからシンプルにこの魔力を流し込もうと思った。最悪腕ごと切り飛ばしてもいい。血の気は多いようだから、腕の一本ぐらいならば死にはしないだろうと、そう思った。


 セージは腰だめに槍を構え、真っ直ぐにケイを見つめた。

 次で終わりにしようと、その姿で雄弁に挑発する。

 ケイはそれを見て歪に笑いながら大剣を肩に担いで構えた。

 ケイが戦士としての矜持を見せた形だが、セージとしては本当にこの一合で終わらせる気はない。

 むしろこの一合は刺し違えて様子を見るためだけのものでしかなかった。

 それは暴走の反動に苦しむケイを助ける、その為に。



 だが、そんな事はケイには分からなかったし、端から見ていたリオウたちにも分からなかった。



 両者が激突するより早く、セージに向けて、上級の魔法が雨霰と押し寄せた。





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