92話 二人の出会い
注意
作者の英語力は中学二年生レベルです。
「お嬢様。ご加減が優れないようですが、いかがいたしましたか?」
「うん? 別に何でもないですよ。いきましょう」
養父であるアールの側近中の側近である剣士のリオウに心配されて、ケイはそう答えた。
ケイに付き従っているのは、リーダーである剣士のリオウ、中衛と遊撃手を担う槍兵のベック、同じく遊撃手であり斥候もこなすリム、後衛の魔法使いであり同時に体術使いであるガスターの、四名だった。
四名は誰もが上級でも上位に位置する実力者であり、皇剣という反則級の加護をもらったケイをしても勝てない強者達だ。
そんな彼らにマリアへ挨拶できなかったのが寂しいなどと正直に漏らすのは、恥ずかしいことだった。
産業都市に降りたケイたちはまず都市の中枢である官庁へと赴き、着任の挨拶をした。
歓迎をしたいという都市代表の言葉をやんわりと断って、ケイたちは荒野と繋がる大門にほど近いホテルにチェックインした。一週間という限られた滞在であり、期間中は魔物の活性化が予想されていて忙しくなるであろうことから、それぞれに荷物は少ない。最低限の衣類とあとは予備の武具や手入れのための用品だった。
ホテルでは男たち三人と、女性であるリムとケイで二つの部屋を取った。
「お嬢様と同じ部屋というのは失礼かと思いますが、有事の際の連絡を考えてこの形をとらせてもらいました。窮屈かと思いますが、どうぞご協力をお願いします」
「いえ、リムこそあまり気を使わないでください。私は成人したばかりの若輩者ですから、リムたちの良い様にして貰った方が助かります」
ケイがそう言うと、リムははっきりとわかるようなホッとした表情を見せた。
ケイはマージネル家のお嬢様であり、皇剣の座を獲得したマージネル家の大事な戦士だ。さらにはもしも産業都市が竜に襲われれば、リムたちはケイの盾として戦うことになる。その際はケイの働きがパーティーの生存確率を大きく左右する事は間違いない。リムとしては極力機嫌を損ねたくない相手だった。
「ありがとうございます、お嬢様。今はリオウが騎士団に足を伸ばして、今後の打ち合わせをしています。
今はくつろいで下さって問題ありませんが、どうしましょうか。お休みになりますか? それともなにか退屈しのぎになるものでもご用意しましょうか?」
「あ、いえ……。その、私はくつろいでますから、リムさんもゆっくりして下さい」
困ったようにケイは笑った。いつものことだと笑った。
物心付いたぐらいの小さな頃から、ケイの周りには他人しかいなかった。
嘘くさい作り笑顔を浮かべて、ご機嫌を取る大人たち。その陰で、まるで大人たちの隠している本音を表すように嫌悪と憎しみと、そして恐れの表情を向けてくる同年代の子供たち。血の繋がりがあろうとなかろうと、ケイに接するものは全てそうだった。数少ない例外はマリアと祖父だけだった。
だからリムの、敬意という隠れ蓑で距離を取る態度もケイにとっては慣れたものだった。
ケイは大人しく部屋の中で時間を潰すことにした。
この国で八人しかいない皇剣であり、さらには名家の令嬢でもあるケイが泊まっているホテルには相応の格式があり、またチェックインした部屋もケイの立場に相応しいスイートルームだ。
ケイは自室よりも広いリビングのソファーに身を委ねると、手近なマガジンラックに置かれた新聞に手を伸ばした。
他には雑誌なども用意されていたが、その薄い新聞の大きな見出しに『本当の後継者Saythend』と書かれており、Saythendってどういう意味だろうと、興味を惹かれたからだった。
「これは低俗なゴシップですよ。お嬢様が読むようなものではないです」
ただケイがその号外紙の内容に目を通すより早く、リムが取り上げて丸め、さらには魔法で燃やして暖炉にくべた。その号外はケイを非難するような事が書かれていたので、その目に触れさせないようにしたのだった。
本来なら名家の直系で、それも皇剣にまでなったケイのことを検閲の入る新聞で非難することは珍しいが、おそらくはこの一年間で力を取り戻したマージネル家に他の名家が妬んで手を回したのだろう。
その号外の内容は魔人の子を英雄と呼び、ケイを偽物と蔑んでいた。
「あっ」
「さあお嬢様。せっかくだからコーヒーを飲みませんか?
産業都市はコーヒーが名産なんですよ。それにここのホテルにはコーヒーに合うお菓子も置いてあるんですよ。
わざわざ他所の都市から取り寄せた有名店のチョコレートやクッキーです。ほら、美味しそうでしょ?」
呆気にとられるケイだったが、リムは気にせず畳み掛けるようにまくし立てた。人並み以上には甘いものに目がないケイは、リムの言葉に素直に頷いてコーヒータイムに入った。
(Saythend、だったよね。無理やり人の名前にしたみたいだったけど……、もしかしてsay the end? 終わりを言え……終わりを認めろ。んー、死を受け入れろって意味かな。だとしたら守護都市で付けられそうな名前だ。
――ん? もしかして、Saythendって読むのかな。
ふーん。産業都市の新聞に載るようになってるんだ、あいつ。頑張ってるんだな
でも私なんてKなのに、顔に似合わないカッコイイな名前じゃない)
ケイはカインの顔を思い浮かべながら、不満げにそんな事を思った。ケイはいまだに一年前からの勘違いに気づいていない残念な子だった。
******
「お嬢様、仕事の時間です」
日が暮れた頃合になって、ケイたちの部屋にリオウが入ってきた。
「防衛戦ですか?」
「いえ、共生派が見つかりました」
その言葉に僅かな期待が砕かれて、ケイの心臓は痛いぐらいの音を立てる。
共生派の悪評はケイも聞き及んでいる。つい一年前には多くの女性がゴブリンの慰みものになり、さらには生きたまま食われる凄惨な事件が発生した。
そんな事件を起こす共生派のテロリストは決して許してはいけないと頭ではわかっていたが、これから自分が人殺しをすると思うと、しかも聞かされているそのターゲットが自分よりも幼い少年だと思うと、どうしても心が揺れた。
「目標は現在、緑地を越えた先の荒野で魔物を誘き寄せる工作を行っているとのことです。目標は中級相当という事ですので本来は我々全員でかかる必要はありませんが、万が一にも逃がさないためにフルメンバーでいきましょう」
リオウの言葉に、ケイは頷いて答えた。覚悟を決めようと、そう思った。
そして産業都市の大門をくぐり、緑の生い茂る防衛ラインを超えて、荒野までやってきた。夜も更けて辺りは暗くなっていたが、ケイたちの視力は魔力で強化されている。
さすがに日中と同じようにとはいかないが、行動に支障はなかった。
防衛ラインで哨戒任務に当たっている騎士やギルドメンバーたちとすれ違う時はケイたちの様子はまだ普通だった。
ケイは緊張した様子を押し隠していたので最初から普通ではなかったが、それ以外のリオウたちにも同様に緊張が伝染していた。
最初はリオウだった。彼はこの中で唯一アールの嘘を知っている人物だった。
おそらくこれが終われば、どんな建前があってもジオに殺されると覚悟をしていたから、緊張が抑えきれなかった。
他の三人はそんなリオウの態度――といっても、付き合いの長い彼らだからわかる些細な変化でしかなかったが――から、これが普通のテロリスト討伐ではないと察して、得体の知れない不安を感じていた。
リオウは仲間たちの不安に気づいていたが、何も知らずアールやリオウに騙されたままならジオの報復から逃れられる可能性が少しは上がると考えて何も教えなかった。
ケイたちはそのまま管制の誘導に従って荒野を進む。
すると唐突に、目標である少年が飛び出してきた。
「こちらは――」
セージが口を開くよりも早く、リオウは剣を振るった。存分に力を込めた衝裂斬。彼に喋らせてはいけない。ケイに真相を知られてはいけない。
情報通りの中級ならばこの一撃で方がつく。
だがリオウの目論見は、あっけなく砕かれた。
セージは奇襲とも言えるタイミングの衝裂斬を、上位技である三日月で蹴散らした。セージが射程の短い三日月をあえて選んだのはリオウの動きに反射で合わせた仲間たちの動きを警戒してのものだった。
三日月には中級のセージが放ったとは思えない膨大な魔力が込められており、それに狙われたベックは全力での防御を余儀なくされた。
セージはその間に後ろに飛んで姿を隠す。その際にイヤーセットを外すのが辛うじてリオウの目に止まった。
さらにそもそも最初からこちらの動きを見越していたような一連の対応の意味を理解して、リオウの心中は焦りで溢れかえった。
セージは魔力を隠蔽し、岩陰に隠れて姿が見えない。
ガスターが散弾の礫を放ってセージをあぶりだそうとする。周囲一帯に高威力の礫が飛び交えば、反射で魔力を高めて防御の姿勢を見せるか驚いて飛び出し姿を見せるはずだ。
しかしセージの魔力は感じられず、礫はむしろリムが直接追いかける邪魔にしかなっていなかった。
セージが死んでいるから魔力が感じられないなどという楽観はできない。
おそらくダメージ覚悟で魔力を押さえ込み、隠れながら逃げているのだろう。
悪手だった。こうなるのであれば足跡を消してしまうような礫は使わず、リムの斥候の能力に任せて追撃するべきだった。幸い守護都市も産業都市もここからは遠く、身体活性を抑えた状態のセージがそこまでたどり着くには時間がかかるだろうから。
だが今更そんなことを考えても仕方がない。全てはセージの能力を侮り、さらには後ろめたさから十分な打ち合わせもせず、この場で的確な指示が出せなかったリーダーであるリオウの責任だ。
この任務は失敗だと、早々とリオウは悟った。
まだ時間はあるし追撃はできるだろう。だがリオウは早々に失敗だと諦めた。あるいはもしかしたら、最初から失敗してしまいたかったのかもしれない。
こうして襲いかかっただけでも、ある程度の目的は達せられているのだから。
そんなリオウの横を、稲妻が走り抜けた。
いや、それは正確ではない。
まるで稲妻のような勢いと速さで、ケイが走り抜けた。
構えているのはその細身には不釣合いな大剣。その切っ先を前に向けて走り抜けた。
眼前には大人の人間ぐらいの大きさをした岩山が乱立している。ケイはしかし、迷いなく走り抜けて、一つの岩山を砕き、貫いた。
その後ろに隠れていた、セージの心臓を貫いた。
Saythendをセイジェンドとは発音しないというツッコミは受け付けておりません。