89話 折角だから
「強制労働か~、大変だね」
「別に防衛戦に参加するのも、お給金が少ないのも、まあいいんですけどね。帰りが大変ていうのが辛いですよね」
現在、私は留置場から出てギルドにやってきました。時刻はお昼前です。
いつものアリスさんのとこで強制労働こと、防衛戦参加の説明を聞きました。
内容的には一日八時間の三交代の見張りへの参加と、有事の際にはサイレン鳴らして集合かけるから、そのときは三十分以内に所定の場所に集合。あとは持ち場で与えられた役割を果たせっていう内容だった。
仕事内容的には夜勤やりたくないなってぐらいだけど、皆やりたくないだろうから子供で強制労働な私は立場が弱くてやらされるんだろうなと、今のうちから諦めておく。
「帰りかぁ。普通は守護都市が再接続するまでそこで適当に働いて待つんだけど、セージくんはそういう訳にはいかないもんね」
「長くて一年も帰れないわけですからね」
そんなに長い期間、家に帰らないわけにはいかないのだが、そうなると移動している守護都市に追いついて飛び乗るか、あるいはどこかの精霊都市に接続している所を狙わなければならない。
守護都市の接続予定表というのは各都市のギルドや役所で調べることができるが、あくまで予定なので絶対ではない。特に今回のように防衛戦で引っ張りだこになる場合はまるで役に立たない。
一応、ギルドで問い合わせれば答えは返ってくるが、それにしたってたぶんあの辺にいると思うみたいな曖昧な返事しか返ってこないのだ。
守護都市は重要な防衛戦力なので都市の偉い人たちは把握しているようだけど、子細を私のような下々のものにまで公表していないのだ。
まあ守護都市も四六時中動きっぱなしではなく、荒野に出れば一週間から十日ぐらい一所にとどまって狩りを行うので、大体の場所だけでも聞いたらとりあえずそっちを目指して走る。そのあとは狩りに出てるギルドメンバーを魔力感知で捕捉し、話を聞けばなんとかなるだろう。
そんなふうに考えていたら、アリスさんがからかうような笑みを私に向けてきた。
「ホームシックになっちゃう?」
「いえ。一年も留守にすると、貯金や家財が全部なくなってしまいそうで怖いんです」
「……ジオ様って、そんなにひどいんだ」
私はその言葉に頷いて答えた。
******
さてやってきました産業都市。
私が降りてしばらくすると昇降口は閉ざされ、守護都市は宙に浮かんで旅立っていった。初めて見たけど、なかなか壮観な眺めだった。
守護都市が離れて行くと、産業都市の荒野へと抜ける大門が開いた。そしてその大門を通じて荒野から産業都市に向けて大きな魔力が流れ込んできた。
大門を通じてとは言ったが、正しくは流れ込んでくる魔力は地面の下を通っているので、周囲の人はその事に気づいていない。
よくよく見ると地面の下を通っている魔力にはあれこれと細工がなされており、その中には魔力の発生を隠蔽させるものも含まれていた。
隠蔽されてるのに私が気づいたのは仮神印のスーパー魔力感知のおかげです。
地面の下の魔力はまるで大河の流れのように淀みなく、一定の量が流れ込んでいる。
まあこんな大きな魔力の流れが四六時中地面の下にあると落ち着かないだろうから、感じ取れないように細工するのは当たり前なのかな。
魔力は大通りに沿って役所を経由して、国道沿いに政庁都市の方へと流れていた。たぶん結界の維持とか、何かふぁんたじぃな事に利用してるんだろう。
まあそんな事はどうでもいいか。
とりあえずギルドに到着報告をして、防衛軍の方に挨拶をして具体的な仕事の割り振りを聞かないといけないんだけど、その前にカグツチさんに挨拶に行こう。
カグツチさんはドワーフさんで鍛冶師さんです。
私は前回の戦いからそのままやって来たので、武器の手入れが出来ていない。
鉈は研ぎたいし、短槍はハイオーク・ロードに貫散らしをお見舞いした際に魔力を込めすぎたようで、どうにも中の方が傷んでいる気がする。詳しいことはわからないのだが持っていてなんだか頼りないので、ちょっと見てもらいたいのだ。
そんな訳で記憶を頼りに工房通りを歩き、途中で見かけた露店で軽食を取ってお昼ご飯にし、お目当てのお店を発見した。
「失礼します」
カランと、お店のドアを開けると音が鳴る。
私は一言断って店内に入るが、カグツチさんの姿が見えない。店内を一通り見て回るがどこかに隠れているということもない。
開店していてお店に姿がない。だとしたら工房にこもっているのかもと思うのだが、職人さんの工房に勝手に入るのは気が引けるので、店内から大きな声で呼びかけてみることにした。
「すいませーん」
「なんじゃ、今は手が離せんぞ」
「えと、ちょっと武器を見てもらいたくて、後できれば手入れの道具を貸して欲しいなと」
「ぁあっ!? なんじゃい、今忙しいんじゃ!! 後にせい!!」
……うーん。
どうも間の悪い時にお邪魔したようだ。
しかし私としても早めに武器の整備は済ませないといけない。早ければ今日から魔物と戦うこととなるかもしれないのだから。
「わかりました。今回は縁がなかったようなので、他所で済ませます。お邪魔しました」
「なんじゃと貴様馬鹿にしとるんか!!」
私がお店を出ようとすると、カグツチさんが工房から飛び出してきた。
「ぬ、誰かと思ったらセンジか。まったく、親子ともども失礼な奴らじゃの。この国でわしよりの腕の立つ鍛冶師なんぞおらんぞい」
「え、あ、すいません」
とりあえず謝ったけど、親父と同レベルで礼儀知らずという扱いはやめて下さい。
「まあヌシなら良いじゃろ。武器の手直しっちゅーことは昨日の防衛戦じゃろ、なんぞ活躍したとかしとらんとか聞いとるぞ」
「それはどっちなんですか。あと僕の名前はセージです。
……まあいいですけど、これです」
そう言って私はカグツチさんに短槍を手渡した。
「ほう。む、芯が砕けたか。ちとヌシを甘く見とったか。しかし親子で無茶するのう。いや――ぬ、むう……」
何が見えているのかわからないが、カグツチさんの目やら手やらの魔力が活性化し、短槍をしげしげと観察しながらそんなうめき声を漏らした。
「闇か夜か、輝きもあるの。ならば月や星じゃが――ワシらと同じ土の匂いもする。
訳が分からんが、どうせあやつの息子じゃからの」
カグツチさんはそう言うと店内に陳列されていた槍を私に手渡してきた。
「ほれ。全開で魔力込めてみぃ」
「――はい」
説明が一切ないのは不安だが、特に抵抗する理由もないので素直に従って槍に魔力を込める。
「ふむ、中級上位ぐらいかのう? 総魔力からすれば込められとるの。まあ、でもフツーじゃの。もっと気張れんのか」
「そう言われましても……」
「気概がないのう……。いっそ死にかければ本気になるんかの」
そう言ってカグツチさんが斧を取り出して、躊躇なく私に向けて振りかぶってきた。
私は槍に魔力を込めるのを止め、慌てて静止の声を上げる。
「何をする気ですか」
「いや、命懸けにならんと本気が出せんのかと思っての。まあよいか。使いこなせんのか、それとも一度限りの奇跡じゃったか知りたかったんじゃが。
……どっちにしろヌシに渡した槍じゃ物足りんようじゃったな」
カグツチさんは渋々と斧をしまった。
私としてもその件については確かめたい気持ちもあるのだが、もしも予想が外れていてそのまま死んだら間抜けすぎる。
「さて、それじゃあ侘びも込めてヌシに見合う武器を作るぞい。こっちじゃ」
「あ、はい。ありがとうございます。あの、忙しいんじゃなかったんですか?」
「ああ、よいよい。どうせヌシの親父のじゃからの。急ぎはせんし、ちと行き詰まっとったからの」
そうか、それじゃあお言葉に甘えさせてもらおう。
そんな経緯で、私は新しい武器、短槍を手に入れました。
うん、手の馴染み具合や使い勝手の習熟度の問題がありますからね。完璧に真新しい武器とかを作ってもらったりはしませんよ。
ちなみにデザインはほとんど同じでも素材や工法が違うらしくて、丈夫さや切れ味、重量などが上がっている。
******
そんなこんなで新しい武器を手に入れたのですが、今回もカグツチさんの好意――もしくは職人のプライド――からタダになりました。ついでに鉈も研いでもらってギルドに行きました。
子供ということで面倒ないつものやり取りはありましたが、それ以外は何事もなく手続きは終わり、紹介状というか証明書というか、これからここで働く人間ですよって感じのことをまとめた一通の封筒を渡されて騎士様がわんさか詰めている大門防衛軍までやってきました。
「おい、忙しいんだ。遊ぶならよそにいけ」
そして門前払いを受けそうになった。ええ、ギルドでも起こりましたよこの対応。
防衛戦直後で、さらに竜が来るかもしれなくて、それなのに守護都市はいなくなって再度の防衛戦も発生するかもしれないという事で、みんな殺気立っているのだ。
昨日の襲撃は守護都市の接続がなくてもなんとかなるレベルだったし、普段の防衛戦で遭遇するのとそこまで差のない脅威らしい。
でも竜が来るということは魔物の活性化が起きて、これから押し寄せてくる魔物はどんどん大規模になるか、あるいは複数種類の魔物が協力してくる危険性もあるのだとか。
詳しく言えば、都市防衛戦は最低でも月に一度は起こるらしいが、原則はどれもが各都市で対応できるレベルとなる(ただし昨日のように死傷者が出ない訳ではない)。
それは今回のように中級の魔物が単種でやってくるからであり、そしてその程度ならば救援要請も入らないから普段の守護都市は上級の魔物がロード種を生み出したりしないよう、過去の統計などをもとに荒野の魔物を狩って生態系のバランスをコントロールしているらしい。
普段やってる狩りは、つまるところそれです。
そして複数の種族の魔物が同時に押し寄せると単種だけに比べて脅威度は跳ね上がるので、守護都市に救援要請を依頼するのが基本的な対応マニュアルになる。
竜が現れると複数の都市で救援要請が起こるので助けてもらえるかどうか怪しいし、さらにはもしも竜が現れたら皇剣以外の戦士はほとんど死んで当たり前の捨て駒として前線に送られる。
そんな防衛戦と竜の襲来を警戒し、さらに産業都市は守護都市の情報管制機器を修理するために物資を融通したため、結果として管制機能に不具合が起きている。
誰だって不安を感じるし、そのせいで苛立ってしまうのは仕方のない状況だった。
「遊びにではなく、仕事に来たんですよ。セイジェンド・ブレイドホームです。ジオレインの息子で、弟子の」
ここに来るまでに号外を目にする機会があり、産業都市でもそれなりに話題になっているとわかっていたので、話をわかりやすくするためにそう伝えた。
「な、こんな子供が――いや、失礼しました。産業都市〈レイクシー〉の防衛への協力、感謝します。規則ですので、ギルドカードと斡旋証書の提示をお願いします」
「はい、わかりました」
態度が一変した門番の騎士様にそう言って、ギルドカードと、ハンターズギルドでもらった封筒を手渡した。
「確認しました。中級ギルドメンバー、セイジェンド・ブレイドホーム様。2階で担当者が詳しい話を致します。えー、あちらを右に曲がって、右はわかりますよね」
「……ええ、お箸を持つ方ですよね」
「はい。お箸を持っていただく方に曲がって頂ければ階段がありますから、そこを登って下さい。3階まで入ってはダメですよ。2と書いてあるところまで登ってください」
そう言って騎士様は2の数字を小手の甲に書いて教えてくれた。うん。本当に七歳児でも、そこはわかるからね。
「そうしたら大きな看板に産業都市防衛対策本部と、書かれているので、そこの部屋に入ってください。
――大丈夫ですか?」
産業都市防衛対策本部も同じく小手の甲に書いて教えてくれた。まあそれは七歳には分かりづらい文字だけど、私はわかるからね。
「……はい、大丈夫です」
そこからも多少の問答がありましたが、面倒くさいので割愛します。わかったと説明してもなお心配そうにこっちを見てくる騎士様はアレですね、もう普通に案内してくれたほうが早いんじゃないの、ってくらいでした。
まあ門番は一人だけなので持ち場を離れられないんだろうけど、ちょっと面倒くさかった。
守護都市では少なくとも仕事中はもう一人前の人間って扱いを受けることが多かったから、久しぶりに本気で子供扱いされて疲れましたよ。うん。私は早く大人になりたい。
そんなこんなの経緯があって、私は産業都市防衛本部に入りました。