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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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88話 大丈夫じゃなかった・後編

 




「で、何の用だ」

「開口一番ご挨拶ですね。私はお客様ですよ。お茶を出しなさい」

「こっちはこれから晩飯なんだ。用がないなら帰れ」

「ああ、いいですね。私も夕飯まだですから。ご馳走されてあげますから出しなさい」

「なあアベル、あいつすげーこと言ってねえ」

「しっ、大きい声出しちゃダメ。ああいうのには関わっちゃいけないんだ。父さんに任せるんだ」

「私、あの人嫌い」


 大人しく帰りそうにないマリアを、渋々ながらジオは家に上げて話を聞く。どうにも(ジオ)と浅からぬ関係がありそうな若い女性の登場に、ブレイドホーム家の子供たちは興味津々で聞き耳を立てていた。

 子供たちのヒソヒソ声は二人にもバッチリ聞こえており、実は子供好きな変態(マリア)は密かに傷ついていたが、完全に自業自得だった。



 一方その頃、シエスタは疲れた体にムチを打ってセルビアと一緒に夕飯を作っていた。

 食材は買い足されていないが大食漢の多いブレイドホーム家なので買い置きしてある食材も多く、そう問題になることはなかった。


「アニキ、かえってこないの?」

「うん、まあちょっとの間だけね。ちゃんと帰ってくるから泣いちゃダメよ」

「……うん。うん。あのね。あたしアニキにひどいことしたの。こわかったから、来ちゃいやってしたの」


 泣きベソをかくセルビアを、シエスタは可愛いなーなんて思いながら、抱き締めて慰めた。


「大丈夫。セージさんなら優しいから分かってくれるよ」


 そう言って、セージが帰りたくなさそうにしてたのはこれだなと察した。そして英雄(ジオ)(マギー)に弱くて、その息子(セージ)(セルビア)に弱いと考えて、くすりと笑った。

 今度セージと顔を合わせたら心配させてないで早く帰れと、たまには年長者らしく叱ろうとそんなことを思った。

 一年前、シエスタは身の安全や家賃の安さという打算からこの家に身を寄せた。そして今ではすっかりこの家が気に入ってしまっていた。



 ******



「ご飯できましたよ。マリアさんの分も作りましたから、一緒にどうぞ。アベルたちは食器並べるの手伝って」

「あ、ごめん、任せっきりにしちゃって」

「いいよ。セルビアちゃんが手伝ってくれたし、ねー」

「うん。あたし手伝った」


 和やかな雰囲気が包む中、面白くなさそうに悪態をつく人物がいた。


「ふん。愛人のくせに妻気取りですか」


 その言葉に、場が凍りつく。

 はっきりとした怒りの感情が、溢れ出して室内の全てを満たした。

 大抵のことは許してきた。だがそれは許されないと、決して許してはいけないという怒りが、その場を支配した。

 そして空気の入りすぎた風船が破裂するように、そのたった一言で臨界を超えた怒りは爆発する。

 悪名轟くジオレイン・べルーガーに向かって。


「どういう事っ、お父さん!?」

「は?」

「親父何やってんだよ! シエスタさんに変なことするとか、見損なったぞ!!」

「いや待て、お前らは何を言っている。アベル、お前からも――」

「――父さん」


 底冷えのする声に、歴戦の英雄ジオレインの背筋が凍りつく。それだけの怒気が、アベルの全身から吹き出していた。


「シェスに何をしたんだ!!」



 ブレイドホーム家における英雄(ジオ)の人望は初対面の変態(マリア)よりも低かった。



「嬉しそうですね。若い男を捕まえてるからっていい気になるんじゃありませんよ」

「ふふっ、負け惜しみですか」


 話を聞かせろ説明しろと言われながらも、ジオは弁明の隙なく一方的に子供たちからなじられ続けた。そんな彼を助ける事のできる二人は、そんな会話をしていた。

 アベルを見ながらニヤニヤするシエスタにマリアが悪態をつき、それに言い返してたりもしていたが、お互いに険悪な感情はなかった。

 マリアの言葉は変わらずトゲがあったが、そこに含まれる感情ははっきりと変わっていたし、なぜ悪感情を向けられていたのか察したシエスタも、マリアをそれほど嫌いには思えなくなった。



 ******



「……ふぅ。悪くない味ですね。エリート料理ということでお高く止まったものが出てくると思ってましたが、さすが(けだもの)の食卓、粗野な庶民料理でした」

「食っておいてそれか」

「……こちらも色々と思う所があるのです。八つ当たりぐらいは受け取りなさい」


 マリアは食事中は本題を話さず、普通にジオたちと最後まで食卓を囲った。

 知らない仲ではないジオと助けてもらった恩のあるシエスタはともかく、アベルたちの感情は何なんだろうこの変な女性(ひと)は、というもので占められていた。


「それでセイジェンドはどこにいるんですか。私は彼に用があるのですが」

「帰ってないな」


 ジオはそう短く答えてシエスタの方を向いた。


「ええ、その、一週間ぐらい帰らないと」


 号外などですでに都市内に知れ渡っているとは言え、それでマギーやセルビアにセージがギルドの仕事をしていることを秘密にするという約束がなくなるわけではない。

 そのためシエスタは言葉を濁して答えた。

 帰らないという単語に反応して、セルビアがびくりと肩を震わせて涙目になる。マギーがその肩を抱いて慰めた。


「一週間とは、また都合の悪い。なんなんですか、親子で私に嫌がらせでもしてるんですか」

「知るか。俺も今聞いた。まったく。理由があるんだろうが、勝手なことを」


 帰ってきたら一言ぐらい言えと(なぐ)ろうと決意するジオに、シエスタが伝え忘れていたことを思い出す。


「そう言えばセージさんが怒ってましたよ。勝手に帰るなんてひどいじゃないかって」


 ブレイドホーム家の子供たちが一斉にジオを睨んだ。

 お前が帰る前に声をかけてこなかったから、セージが夜遅くまで帰ってこないのを心配することになったんだという、非難の思いが込められていた。ジオは小さくなった。


「ふふふ、これはいい気分ですね。しかし一週間ですか。本当に都合が悪い――待ちなさい、シエスタ(ショタコン)。セイジェンドは今どこにいるんですか?」


 シエスタはそれに答えようとして、


「ねー、マギー。ショタコンって何?」

「えっと、わからないから、今度アベルに聞いて」


 止めた。

 マリアがシエスタを睨むが、シエスタはそっと目を逸らした。


「ちっ。シエスタ監査官。私はマージネル家の正式な使いとして来ているのです。答えていただけますか」


 苛立ちを隠さないマリアに気圧され、シエスタは答えようとして、


「ねー、マギー。ショタコンって、かんさかんって意味なの」

「え? あ、うん。そうかもしれないね」


 自分の仕事を不当に貶められた気持ちになって、悲しくなった。


「シェス、僕はもうすぐ成人だからね」

「あ、うん。そうよね。そうだよね」


 ただしアベルが成人するには正確にはあと一年あるし、そもそもシエスタが生まれ育った都市の法律では成人は二十歳なので、ちょっと慰めの力は薄かった。

 マリアはここでもう一度大きな舌打ちをした。


「流石に場所を変えましょうか。真面目な話です」


 マリアは席を立って、ついて来いとシエスタに顎で指図する。

 シエスタは最初からそうしてくれればよかったのにと思いながら、その後に続いた。



 ******



「それで、セイジェンドは産業都市ですか?」

「え、ええ。知ってたんですか」

「気付いたんです。くそっ、あの男。最初から私をお嬢様から離すのが目的でしたね」


 マリアは傍から見て、はっきりとわかるほどに怒りに身を震わせていた。


「あの、セージさんがどうかしたんですか?」

「あなたたちには関係ありません。これはマージネル家と、私のプライドの問題です」

「――そうか、ならば無理矢理にでも答えてもらおうか」


 割って入った声に驚く暇もなく、マリアは首を掴まれ宙吊りにされた。


「がッ!!」


 音もなく気配もなく唐突に現れたのは子供たちと一緒に食卓に残っていたはずのジオだった。

 その指はマリアの首に第二関節まで深く埋まり、血を滴らせていた。


「余計な抵抗をするな。騒がしくなって子供らに気づかれたくない」


 ジオの声は今までにシエスタが聞いたことがないほどに冷たかった。

 上級の力を持つマリアは、しかし一切の抵抗がしたくてもできなかった。

 どのような闘魔術によるものか、首の皮膚を突き破り侵入するジオの指が、マリアから一切の体の自由を奪っていた。かろうじて動くのは、首より上の、つまりは頭だけだった。

 その頭にしても喉を強く圧迫されているせいで声を発する以前に呼吸もままならない状態だった。


「答えろ、マージネルはセージを殺す気か」


 マリアは答えない。そもそも答えられる状況ではない。

 シエスタは腰が抜けそうになるのをこらえながらジオを諌めようとするが、


「そうか」


 ジオがマリアの目で答えを察し、解放するほうが早かった。

 床に投げ出されたマリアは首元を押さえ、ジオを恨みがましい目で睨みあげた。


「きょう、ごほっ!! 共生派の嫌疑がかかっています。訴えたのは、情報管制室の、ゲホッ! ――室長です。

 恨みか何か、理由は知りませんが、その思惑にマージネル家は、アールは乗るつもりです」


 言い終える頃にはマリアの首に刻まれた傷は塞がっていた。


「なんで、マージネル家が……?」

「ふん、理由なんぞどうでもいい」


 そう言ってジオは玄関に向かって歩き出す。


「どこに行く気ですか、ジオ」

「産業都市だ。出立したばかりの今なら、飛び降りれば明日の朝にはたどり着けるだろう」

「ここの子供たちを置いてですか」


 ジオの足が止まる。


「あなたが子供たちを大事にしているのは分かりました。そういう報告も上がっています。だからこそ、あなたが離れれば彼らはここを襲う可能性があるでしょう」

「ならマージネル家を滅ぼしてから向かえばいい」

「ジオさんっ!?」


 無茶苦茶だとシエスタが叫ぶ。

 しかしジオが本気であり、あるいはそれが可能なのかもしれないと知っているマリアはその言葉に動揺しない。


「あなたの敵はマージネル家だけではないでしょう。私が行きます、あなたはここで家を守りなさい」

「お前がか?」

「私一人がマージネル家の手練たちを相手にするのは確かに難しい。ですがケイお嬢様を止めるのなら、私以上の適任者はいません」


 ジオが歯噛みする。己を狙うのではなく子供を狙うというやり口に、かつて恩師(アシュレイ)を失ったときのことを思い出した。


「あの、マリアさん。教えてください。マージネル家はなぜそこまでしてセージさんを殺そうと、ジオさんを目の敵にするんですか」


 共生派というテロリストにしたてあげれば、たしかに大手を振ってセージを殺すことができる。

 なにしろ共生派のメンバーが騎士に捕まれば拷問されて殺されるか、拷問で強要された自白に基づいて死刑が課せられるのだから。

 だがセージはテロリストではないし、調べればそれは簡単にわかる。その簡単にわかる調べ物をする間に、拷問で殺す事は出来るかもしれないが、テロリストだと偽証して仕立て上げることは共生派のテロリストとなるのと同じ国家反逆罪だ。その末路はテロリストと変わらない。


 情報管制室の室長という生贄(スケープゴースト)がいるにしても、小さくないリスクがマージネル家にある。

 さらに言えばジオと敵対することもそうだ。

 強いカリスマを持つ英雄として多くの戦士から崇められるジオに公正な理由もなくて害をなすのは、武門で力をなすマージネル家としてはデメリットが大きい。

 そして何よりそんな副次的なものを差し置いても、直接的な報復でどれほどの被害が出るかもわからない。


 セージの名が売れてきて目障りになったのかもしれないが、悪事を働いているわけでもない戦士を殺す理由には足りなさすぎる。

 ジオの行動が治安の維持に大きな悪影響を与えているといっても、それは過去のものだ。

 今では騎士への反抗的な態度も街中の喧嘩も守護都市の常識となっており、今更ジオをどうにかした所でこの街の雰囲気は変わらない。

 セージを殺すこともジオと敵対することも、マージネル家にとって明らかにメリットよりもデメリットが大きいはずなのだ。


「お嬢様の噂を聞いたことがありませんか、シエスタ」

「……噂?」

「そう。もう昔のことですもんね。お嬢様がまだ小さかった頃、手がつけられない乱暴者だった頃に言われていた噂ですよ」


 シエスタには心当たりがなくジオを見たが、ジオも知らないとばかりに肩をすくめた。

 そんな他人事のような態度に、マリアの頭は真っ赤に染まった。


「無責任な! あなたの娘のことですよっ!!」





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