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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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87話 大丈夫じゃなかった・前編

 




 マルク・べルールという男がいた。

 マルクは学園都市の名門大学在学中に難関とされる国家公務員資格試験に合格し、卒業後はそのまま学園都市の国家公務員として十年間の実績を積んだ。

 マルクが取得した国家公務員資格は特殊な魔法技能を必要とする特別なものであり、上級国家公務員と呼ばれるエリートに分類された。


 そのマルクは三年前に守護都市へと異動となった。

 表向きは人手不足に悩む守護都市への派遣だったが、実情は権力争いに負けた上での左遷だった。それも魔法技師としての実力ではなく、人脈の差でライバルに蹴落とされた。

 マルクはその屈辱をバネに守護都市では最大派閥の片割れであるシャルマー家に取り入り、異例の早さで出世を果たした。

 情報管制室室長という、栄誉と責任ある役職に出世した。



 ******



「それで、そのマルク氏が何の用だったのでしょう」

「さてな。私が聞いたのは共生派の嫌疑がある少年について、だったな。守護都市の治安を守るマージネル家として早めに処分するべきではないかとな」


 マージネル家の本宅の一室で二人の人物が話し合っていた。

 時刻は夕暮れに近く、今朝早くにマージネル家を訪れた来客についての内容だった。


 一人は四十代の仕立てのいい服装に身を包んだ目つきに鋭い男性だった。

 名前はアール・マージネル。マージネル家の当主の長男であり、ケイ・マージネルの養父でもある次期当主筆頭候補であった。


 もう一人は二十代後半の、メイド服に身を包んだ胸元が豊かな女性だった。

 名前はマリア・オペレア。マージネル家の外部指導員としてケイ・マージネルを教育してきた元上級の戦士であり、メイド服を着ているのは趣味だった。

 二人の話の内容は、マルクがアールに持ちかけた話の内容についてだった。


「……嘘ですか」

「さてな。私は知らんよ。ただ共生派の嫌疑がかかっているならば拘束し取り調べるのが当然だろう。抵抗され捕縛するのが困難ならば、やむを得ず殺す事になるだろうな」

「私はやりませんよ。そんな汚れ仕事をするためにこの家と契約しているわけじゃあありませんから」


 アールの遠回しに暗殺の真似事をしろとの言葉に、マリアは露骨に眉を顰めて言い返す。


「そうか、それではケイに任せるか。あれもそろそろ人を斬って良い年頃だろう」

「お嬢様は、マージネル家にとって重要な旗頭となったはずですが。あの子にそんな事をさせるのですか」

「何を勘違いしてるのかは知らんが、あくまで我々は密告のあった共生派のテロリストの捕縛を行うだけだ。

 そして密告をしたのは情報管制室の室長を務める立派な社会的立場を持つ人物。対象がテロリストで間違いないという言質を取ったし、その言葉も録音した。

 我々はこの都市の治安管理を任された身として、犯罪者の捕縛を行う。そしてその際に死者が出るかも知れないと言っているだけだ」


 アールの目つきは険しく、意見を変える気がないと見てとってマリアは心の中でため息をついた。


「それで、対象は」

「君が引き受けてくれないのなら教えられないな。なにせ共生派のテロリストであり、産業都市に魔物の軍勢を引き寄せた凶悪犯だ。関係のないものに教えて情報漏えいのリスクが高まるのは避けたい」

「……ちっ。

 わかりました。

 お嬢様に任せるぐらいなら私がやります。ですが、あくまで犯罪者の嫌疑がかかっているから捕縛を行う。そうでしょう?」


 マリアが我慢しきれずに舌打ちしたが、アールは鷹揚な態度でそれを許した。


「そうだ。その通りだ。必要なら殺して構わんがね。それでは対象の説明をしようか。

 名前はセイジェンド・ブレイドホーム、先日の出来レースで英雄などともてはやされている七歳の少年だ。十歳ではなくな。

 昨日から監査室に拘束されているが、今日には解放されるだろう」


 アールが十歳ではないと強調したのに、マリアが軽く眉をひそめた。一年前にケイとマリアは、カインをセイジェンドと勘違いした。

 マージネル家としてはジオの娘であるセルビアの騎士養成校入学に合わせて身辺調査をし、その勘違いに気づいていた。

 しかしマリアは今朝方の号外新聞を読むまで勘違いに気付かなかった。

 そのことを揶揄されたのだが、反応したところでアールを喜ばせるだけなので、マリアは腹が立つのを我慢して話を進める。


「監査室が解放するなら、共生派というのはデマでは無いのですか?」

「監査室の責任者はシエスタ・トートと言ってな。ジオレインの愛妾だ。身内の捜査ごっこで真実はわからんさ」

「ちっ‼」


 マリアはもう一度大きな舌打ちをした。盛大な憎しみのこもった舌打ちだった。

 アールは寛容さ以上に危機管理意識を発揮して、再び聞き流した。


「いいでしょう。それで、お嬢様はこの件には関わらせないのですね」

「ああ、約束しよう。あれは大事なマージネル家の戦力だからな。ああ、竜の襲来が危惧されているからな、念の為に産業都市に駐留させるように依頼が来ている。およそ一週間ほどだな」


 今日の昼過ぎには産業都市との接続は切られ、守護都市は救援要請のあった東の農業都市に向けて急行している。

 マリアはケイの姿が昼過ぎから見えなかったことを思い出して、舌打ちを重ねる。

 もうとっくにケイは守護都市を離れており、先程のはマリアに汚れ仕事を押し付けるための方便だったのだと思った。だがマリアが何もせずに一週間後を迎えれば、その方便は誠になるかもしれない。


「その間に、この問題を終わらせろということですね。いいでしょう」


 マリアは話は終わったと理解して部屋を出るが、最後に一言、


「これは、復讐ですか?」


 そう問いかけの言葉を残していった。

 残されたアールは険しい目つきのまま、


「罪には、罰を与えねばな」


 と、誰に言うでもなく答えをこぼした。



 ******



 シエスタがその日の仕事を終えて家路をたどったのは夜遅くになってからだった。

 仮眠は一時間ほどで切り上げたので寝過ごしたわけではなく、純粋に仕事が長引いた結果だった。

 普段ならば日が落ちるまで職場に拘束された際は安全のために仮眠室で一晩を明かして、明るくなってから家に帰って簡単にシャワーを浴びて身支度をし、朝ごはんを食べてまた職場に戻るというホリックなワーキングをする。


 だが今日は伝言を頼まれており、またセージのいないブレイドホーム家の状況が心配だったので、一回ぐらいならいいだろうと夜道を歩くことにした。

 そしてそんな甘い考えを後悔する羽目になった。


「ちょっと、放してください」

「ははっ、かわいーね。そういう態度。まあすぐに終わらせるから付き合えよ」


 守護都市で夜間帯に開いているお店は盛り場ぐらいで、シエスタは空腹を我慢しながらまっすぐにブレイドホーム家を目指した。だが家に着くまであと半分といったところで、ガラの悪い酔っぱらいに絡まれた。

 酔っぱらいは片手でシエスタの腕を乱暴につかみ、もう片方の手で体中をいやらしくまさぐる。

 密着された酔っぱらいの口からはアルコールの臭いが吹きかけられ、お尻には固く汚らわしいものが押し付けられて、シエスタは涙目になって抵抗した。

 だがいかんせん一般人と戦士の腕力の差は明白で、振りほどくことは出来なかった。


「汚らわしい(けだもの)ですね」


 泣きながら悲鳴を上げるシエスタとそんな態度すらも愉しむ酔っぱらいに、冷たい声がかけられる。


「あん、メイド? なんだよ、新手の娼婦か? 俺はこのねーちゃんと遊ぶって決めてんだよ。どっか行けよブス」

「あ゛?」


 メイド服に身を包むマリアはそう声を上げると、一足で酔っぱらいに間合いを詰める。


「なっ!!」


 酔っぱらいは咄嗟にシエスタを放し、防御の構えを取る。酔っぱらいはマリアが放つ拳を手のひらで受けるが、衝撃はその手のひらを貫通して顔面に通った。大きく仰け反った酔っぱらいの股間をめがけて、マリアは容赦のないミドルキックを叩き込んだ。


「けっ。お前みたいな雑魚がでかい顔するな、この不細工」


 マリアは悶絶し股間を抑えてうずくまる酔っぱらいに、侮蔑の言葉と唾を吐き捨てた。


「さて危ないところでしたね。見たところ文官の方のようですが、あなたのような綺麗な女性が夜分に護衛もつけずに出歩くのは問題ですよ。

 襲って下さいと言っているようなものです。

 ……ん? もしかしてそういうプレイだったのですか? 

 嫌よ嫌よもと、言いますものね。これはお邪魔をいたしました。

 次は邪魔をしませんので、ちょっとだけ見学させてもらってもいいですか?」

「あ、いえ、その、えーと、助けてくれてありがとうございます。さ、先を急ぎますので、失礼させていただきますね」


 爛々と目を色欲で輝かせるマリアに、シエスタはそう感謝の言葉を口にして、踵を返し走り出した。

 それはもう全力で走った。


「いえいえ、そうですか。プレイではなかったのですね」

「ひぃっ!」


 マリアはついてきた。たとえシエスタが全力で走ったとしても、マリアの実力は上級相当の変態(せんし)

 追いかけられれば簡単に追いつかれるのは当然だった。


「なんで付いてくるんですか!!」

「いえ、私もこちらの方角に用事がありまして。折角ですので、無事にご自宅に帰れるよう送り届けようかと」


 そう言われて、シエスタの足運びはいくらか緩んだ。

 変わった人だけど助けてもらったのは事実だし、かなり変わった人だけどどうやら良い人そうだと、そう思った。


「ところで、おしりがキュッとして可愛いですね。走ってるのを見ると、なんだかムラムラしてきます」

「ひぃぃっ!!」


 シエスタは再び全力で走った。やっぱり夜は出歩いてはいけないと思った。生涯でこれ以上の速度は出せないという必死さで走った。この時、シエスタは地味に身体活性という闘魔術を身に付けもした。

 しかしそれでも上級の変態(マリア)を振り切ることはできなかった。



 結局、ふたりの追いかけっこ――というか、嫌がるシエスタにマリアが付きまといセクハラ発言をする嫌がらせ――はブレイドホーム家に到着するまで続いた。

 マリアはシエスタと比較されてブスと呼ばれたことを、それなりに根に持っていたのだ。


「――ここは」

「私が間借りさせてもらっているお宅です。もう大丈夫ですから、お礼はいつかちゃんとしますから、その、どうぞお引き取りください」


 そう長い距離ではなかったのでそれほど汗はかいていないものの、全力疾走をしたシエスタは息を切らせつつも、なるべく相手を刺激しないようにそう声をかけた。


「いえ、私が用のある家もここですね。名前を聞きそびれていましたね。

 私はマリア・オペレア。見ての通りの瀟洒で清純なメイドです」

「え、あ、わ、私はシエスタ・トートです。公務員です」

「知ってますビッチ」


 いきなり暴言を吐かれたシエスタは驚きに身を固くするが、マリアは気にせずジロジロとシエスタの全身を舐め回すように見つめて値踏みする。

 ちなみに整った顔やきゅっと引き締まった腰元やすらりと長い脚からは、すぐに視線を外した。


「な、なんなんですか。

 ――きゃぁぁぁぁあああ!!」


 身の危険を感じるシエスタがおずおずと尋ねると、マリアは無造作に手を伸ばし、シエスタの胸を揉んだ。

 シエスタは顔を真っ赤にしながら咄嗟に距離をとり、胸を抱いて身を守った。マリアはそんな様子を見ながらも腕を組み、自らの身体の一部分を強調させて、勝ち誇ったような笑みを向けてきた。

 シエスタはそんなマリアの行動が理解できずに盛大に混乱する。

 余談ではあるがシエスタは女性的なふくらみは持つものの、全体的にスレンダーなモデル体型だった。


 そうこうしているうちに、本宅からはジオをはじめとしたブレイドホーム家の人間がシエスタの悲鳴を聞きつけて姿を現した。





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