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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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85話 だいたい親父が悪い

 




「ひっ!!」


 妹が悲鳴を上げる。

 その魔力(かんじょう)は強い恐怖で満たされている。

 その恐怖は涙と悲鳴とひきつった表情と下半身からの粗相で現れた。


 ああ、そうだ。そうだった。だから通信魔法を使おうと思ったんだ。危ないから、見せたくなかったから。

 私がなにか弁明しようと一歩近づくと、妹は泣きそうな顔で逃げようとする。妹は親父に肩車されていて、必死な顔で動くわけだから落っこちそうになって、それを親父が足をしっかりと掴んで支えていた。

 私はそれを見て足を止めた。

 そうしたら私の横を衝弾が走った。いや、極小に圧縮されたそれはそれこそ銃弾のようで、私を後ろから殺そうとしていたハイオークの額に小さな穴を穿ち、殺した。親父の放った〈衝弾変異・刺弾〉だった。

 私はそこで周囲にまだハイオークたちが大量に居るのを思い出した。戦わないといけない。綺麗に殺さないといけない。


 だが周囲にいたハイオークたちは全て親父が無数の刺弾を放って殺し尽くした。思わず親父を、その足の呪いを見る。活性化はしていなかった。親父にとってはハイオークの群れを瞬殺するのに本気を出す必要はないらしくてホッとする。

 ハイオークはまだまだ数がいて、ロードの力も弱まっているもののまだまだ健在だ。だが一息つくだけの間は親父が作ってくれた。


 私は魔法で水を作って頭からかぶり、体にまとわりついた血をできる限り落とした。

 そしてなるべく優しい笑顔を浮かべて、もう一度妹に向けて一歩歩み寄った。


「いやぁぁぁぁああああ!!」


 妹は泣きじゃくって暴れ始めて、さすがの親父も足を掴むだけでは安定させられなくて、妹を優しく胸に抱えた。

 妹は親父の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。私はポリポリと頬をかいた。


「なんだ、すまん」

「いや、本当にね。なんで連れてきたの」


 私を心配して助けに来てくれた親父が謝罪しているのに、その返事が責めるような声音になったのも理解して欲しい。

 そうこうしているうちに新手のハイオークたちが姿を見せたので、この問題は一旦後回しにする。

 私が鉈を構えるが、親父が妹を抱えていない方の手を挙げて私を制した。そしてその手が腰元に差した刀を抜き、振りかざす。


「風と土の力、俺に従え」


 刀に親父の魔力が溜まる。そして親父が見据える大気中の魔力、そしてハイオークたちが踏みしめている大地の魔力が鳴動する。


「落ちる三日月が喰らう」


 親父はその言葉とともに刀を振るった。

 それと同時に視界にあるすべての大地が吹き上がり、まるで土石流が家や人を飲み込むようにハイオークもろとも木々や草などありとあらゆるものを飲み込んでいった。

 それはほんの数秒のことで、大地の隆起はすぐに収まった。

 ただしそれまで草木とハイオークで埋められていた視界は、まるで建設作業前の更地のようにまっさらになった。ハイオークは、何の抵抗もできずに大地に飲まれていった。

 魔力感知を地下に向ければ、その中でもまだ生きているハイオークはわずかにいた。もっともそのどれもがまだ生きているというだけで、ほどなく死んでいくのは間違いなかった。


「――あ、槍」


 そういえば途中で短槍を手放してより手に馴染んでいる鉈で戦ってたんだ。

 いや、前に戦ったのが鉈だったからイメトレではいつも鉈で戦ってたんだよね。

 だから鉈の方が戦いやすいだろうなって思って切り替えたんだけど、手放した短槍は私が殺したハイオークたちもろとも地面の中に飲み込まれてしまった。


 私は魔力感知で地面の中を精査する。親父の魔力がジャミングになって探しにくかったけど、短槍には私の魔力もいくらか残っていたのでなんとか見つけ出し、土魔法で引きずり出した。


「……よく見つけたな」

「いや、本当にね。貰って数日で失くすなんて体裁の悪いことにならなくてよかったよ」


 その頃には妹は鳴き声も大分収まっていて、その顔を私が覗き込むと、全力で顔を背けられた。親父がバツが悪そうに眉を曲げていた。


「それじゃあ、帰ろうか」


 視界は開けていてその範囲にハイオークはいないが、親父の凶悪技も流石にすべてのハイオークを範囲内に収めたわけではなく、退避していたハイオーク・ロードを含めて二百体以上のハイオークが残っていた。

 逆に言うと、親父は今の一撃だけで六百近いハイオークを殺していた。


 親父の呪いに変化はなく、これでも本気ではないということで、つまりは私が最初から間違えていたわけ……でもないか。

 親父に任せっきりにしていたらハンターさんたちは助けられなかっただろうし、さらにおかしな陰謀があるとしたら妹が人質に取られるパ●ス的なイベントが起きたかもしれないし。


「いいのか、さっきまでは全ての魔物を殺してやるなんて顔をしてたが」

「そんな顔してないよ。まあ、気がそがれちゃったしね。ここまでやれば十分でしょ。

 避難してないのは私たちを待ってるグライさんたち一部の人だけみたいだし」


 ここまで数が減れば――っていうか、別に減ってなくても親父一人でロードを含めてどうとでも出来そうだけど、そんなことをする義務はないし、帰ってお風呂入って寝たい。明日になったら妹もちょっとは落ち着くだろうし。

 ……今日は妹は姉さんといっしょに寝てもらおうかな。私と一緒だと怖い夢を見そうだし。

 そんな会話をしながら守護都市に足を向けると、魔力感知に反応があった。


 それは遠くへと逃げているハイオーク・ロードからではなく、守護都市からだった。

 親父も妹もここにいるので、もう守護都市の方は魔力感知をロックしてまで気にかけてはいない。それでも魔力感知が反応したのはそれが膨大な魔力を発していたからだ。

 敵意も悪意も魔物のほうを向いているので怖くはないが、その魔力量はもしかすると本気を出した親父にも匹敵している。


「なんだろう?」

「――この魔力、ラウドだな」


 ラウドって言うと、皇剣のラウド・スナイク様か。憧れの東の農業都市の力を持っているという。

 皇剣様はそれぞれ八つある主要都市の、どれか一つの都市から力をもらっているらしい。なので対応する都市の近くだと強くなるらしい。

 そして守護都市は上級のギルドメンバーも多く在籍しているので、皇剣が八人全員守護都市にいても過剰戦力になってしまう。

 そんな訳で皇剣様は対応する都市に防衛任務で長期滞在することも珍しくないのだ。


 つまりラウド様はあこがれの東の農業都市に住まわれているのだ。お米や醤油や味噌の和食文化が根付く東の農業都市に、業務命令という大義名分を得て長期滞在しているのだ。

 もしも将来、私が周りに期待されるように皇剣の座を手にするとしたなら、迷うことなく私はラウド・スナイク様に挑戦するだろう。この感じだと勝算は皆無っぽいけど。


 ラウド・スナイク様らしい魔力はしばらくそのまま魔力をこねて何やらして、唐突にバビューンと飛んできた。

 いや、そんな音がしたわけではないんだけど、これきっと音速超えてますよねって速度で飛んできて、反応するまもなく私たちの頭の上を通り過ぎて、衝撃波と遅れてやってきた轟音に晒されてるうちにハイオーク・ロードがいる方に突っ込んでいって、地面が大きく揺れた。


 それから再度、ハイオーク・ロードたちがいた方から衝撃波と轟音が私たちに襲いかかってきた。

 ただし今度は土煙や小石の礫が混じっていたので、親父は妹をかばって衝撃波から背を向け、私は目を閉じ身体活性で小石などから体を守りつつ、魔力感知でその惨状を把握する。


 ハイオーク・ロードもその周囲にいたハイオークも、ラウド・スナイク様の一撃で完全に消し飛ばされていた。

 いつぞやの親父の神技と違って魔力感知で構成が見えなかったわけではないのだが、あんまりにも速すぎて構成の中身を読み取ることがまるで出来なかった。ちぇ。

 ただ爆心地には当のラウド・スナイク様がいるので、今のは遠距離砲撃ではなく遠距離からの突撃技のようだ。


「片付いたみたいだし、帰ろっか」

「うむ」


 今の衝撃に怯えてまたぐずり始めた妹の頭を撫でながら、親父が答える。むぅ。そこは私のポジションだったはずなのに。

 親父はジャケットの肩周りやあるいはお腹のあたりなどを妹の粗相で汚してしまっているが、嫌な顔一つせず、優しく妹をあやしている。そしてさりげなく魔法で匂いを散らしたり、妹のズボンも含めて乾燥させたりもしていた。

 何も言わずにそういうことができるのは男前だけど、そこは私のポジションだったはずなのにな。


 それからは何事もなく守護都市までたどり着いた。特に急がず歩いて帰ったので、そこそこに時間が掛かり、泣きつかれたのだろう妹が親父の胸の中ですやすやと寝息を立て始めた。親父はそんな妹を気遣ってさりげなく振動の少ない歩き方をしていた。

 本当にね、そこはね、私のポジションだったのにね。


 まあそんな事はさておき守護都市にたどり着くと、待ってくれていたグライさんやケシアナさん、それと助けたハンターさんたちに出迎えられた。

 そしてその後、私は自宅に帰ることはできず、騎士たちに拘束されることになった。



 ◆◆◆◆◆◆



 こわかった。

 赤い色はきらいじゃないけど、その赤い色はこわかった。

 こわかった。

 ま物はこわかったけど、ま物がころされてるのもこわかった。

 こわかった。

 アニキは大好きだけど、アニキの笑がおは大好きだけど、あの時はすごくこわかった。



 ******



「うわぁ!!」

「わっ!」


 セルビアは飛び起きて、同じ部屋で髪をとかして身支度を整えていたマギーが驚きの声を上げた。

 セルビアは辺りを見回す。自分の部屋ではなかったけど、よく遊びに来るマギーの部屋にも慣れてはいたので、すぐに落ち着きを取り戻していった。


「怖い夢でもみたの、セルビア?」

「……うん」


 昨日、課外授業に出た先で魔物の軍勢が襲って来る都市防衛戦に巻き込まれたということはマギーも知っていた。そこで怖い思いをしたのだろうと、なるべく優しい声をセルビアにかけた。

 セルビアは素直に頷いた。怖い夢の中身は魔物に襲われることではなく、魔物を殺すセージの夢を見たからだったが、それを口にすることはなかった。


「そっか。着替えは持ってきてるから早く着替えちゃいなさい。ほら。もうすぐ朝ごはんの時間よ」

「え」


 ご飯はだいたいセージとカインと、そしてセルビアが作っていたが、朝ごはんに関してはセージが一人で作ることが多く、カインやセルビアは早起きが出来た時だけ手伝っていた。

 朝ごはんができているのならセージがいる。朝ごはんの席にセージがいる。そう思うとセルビアは心臓がドクドクと大きな音を鳴らした。


「でもまだセージが帰ってないんだよね。お父さんは心配ないって言ってたけど、どこに泊まったんだろ。セルビアは知ってる?」

「し、知らない」

「……?」


 そして身支度を終えたセルビアはマギーと一緒に食卓に行って、みんなと一緒に朝ごはんを食べた。

 ジオと一緒にご飯を食べた。アベルと一緒にご飯を食べた。マギーと一緒にご飯を食べた。カインと一緒にご飯を食べた。

 ジオとアベルが作ったご飯は美味しくなかった。

 セージはいなかった。

 セージがいない方がいいと思っていた。

 セージの顔を見るのが怖かった。

 でもセージがいなくて、だれもセージのことを口にしなくて、セルビアは悲しくなった。


「なんで、セージいないの」


 美味しくないご飯を食べながら、セルビアはポツリとそう言った。

 もしかしたら昨日、セージに嫌なことをしたから出て行っちゃったのかもしれないと、そう思った。

 もうセージは帰ってこないのかと思った。

 セルビアは泣き出した。

 大きな声を上げて、泣き出した。





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