82話 騎士からの嫌がらせを警戒していたら魔物に襲われる不思議展開
走り出したハンターさんたちに気がついたハイオークの数匹が、群れの行進からそれてそちらに向かっていく。
まあ頼んでおいてケアをしないのは人としてどうかと思うので、そいつらを優先して狙わせてもらいます。ちょっともったいないけど中級魔法でスナイピング。さくっと抹殺完了。
魔力は隠蔽してないので発生源である私の位置は簡単にバレまして、ハンターさんたちに向かう個体はいなくなって、ちゃんと全部こっちに向かってきます。
うんうん。せっかくこっちが殺る気出してるのに、浮気されるとかありえないよね。
さてハイオークの足はそう速いものではないけど、さすがに七歳児たちと比べればかなりの差がある。
さらにあっちは集団で、パニックを避けるために詳しい状況説明をしてないからイマイチ緊張感が足りなくて歩みも遅い。
そんな訳で、しばらくは足止めに徹する必要があります。
「まあその前に、と」
魔力感知を伸ばして、ハンターさんが向かっていない方面のギルド・パーティーを捉える。近いところなら走っていけないこともないけど、全部は無理だ。
近くのパーティーに声をかけて伝言お願いできれば楽なのだが、さっきの件を考えれば断られる可能性が十分にあるし止めた方がよさそうだ。
よくよく考えるとこの状況下って今回の依頼が定めている危険度を大きく超えているんだから、さっさと逃げ出すのが賢い選択だ。
そう考えると、さっきのハンターさんはとても良い人たちだった。
最初に断られたとき、助けたんだしそんなに危ないこと頼むわけじゃあないんだからと思ってしまったけど、危険の度合いなんて私のようにチートな魔力感知をもらってないと簡単にわかるもんじゃない。
こんな状況で仲間の命を預かっているリーダーがピリピリしてるのも、慎重な選択肢をとるのも当然のことだった。
無理を言ってごめんなさい。
さて人にそんな無理なお願いをした私だが、他のギルドパーティーに連絡を取る方法は、実のところ存在する。
まず外回りの仕事に出る私たちに貸与されるイヤーセットだが、実はこれに通話機能は存在しない。
全くないわけではないのだが、これはあくまで所有者の魔力を吸い取って管制にその位置情報を送るマーカーの意味合いが主となる。
実際の通信機能は管制に置いてあるごちゃごちゃした装置や大仰な魔法陣とかで行われる儀式魔法の領分で、それだけだと通信魔法を使うのがとても難しいと思ってしまうのだが、別にそんなことはない。
管制で敷かれている儀式魔法は常時ジャミング状態の荒野にも魔法を届けるための出力アップだったり、周辺の地形や魔物の情報を収集する探査魔法だったり、マーカーが発する微弱な魔力をしっかりと見つけるためのレーダー機能の強化だったりと、多岐に渡っている。
もちろん通信魔法を届けるには相手の正確な位置がわからないといけないので、全部込みで通信魔法と言えなくはない。
さて、ここで私のことを説明しよう。
私には胡散臭い自称仮神の喪服女からもらった魔力感知があります。超強力です。ジャミングのかかった荒野の中でもばっちり対象の正確な位置情報がわかります。
そしてそんな魔力感知を利用して成長してきた私は、魔力制御というものにちょっとばかり自信があります。
一度見たものはどんな魔法もコピーする忍者とかキセキのバスケットマンとかと似たようなことができます。いや、私は一度だけじゃあ無理なんだけど。
そして音声を繋げる通信魔法の難易度はそう高くなく、さらに言えば仕事のたびに私に向けてそれは使われている。そんな訳で自然に覚えました。
……嘘です。私は今、嘘をつきました。
あれはある日のことでした。財布の中から小銭が数枚抜かれていることに気づいたとき、ふと思いついたのです。
メリーさんごっこをしてみたいと。
メリーさんごっことは電話して『私メリーさん、いま○○にいるの』という声をかけて、電話相手にちょっとずつ近づいてその度に電話をかけなおす遊びです。
最後のセリフは『私メリーさん、今あなたの後ろに立っているの』です。
え? 遊びじゃない? いえいえ、楽しければそれは遊びなのです。
まあしかし、対象を選ぶ遊びなのは確かです。親父はすぐに気づいて『私メリーさん、その反応はつまらないの』と口にする羽目になりそうだし、兄さんはストレスで頭髪が薄くなりそうだし、姉さんや妹は怖がらせたくないので除外です。
なんということでしょう。
そうなると私がメリーさんごっこで遊ぶ相手は次兄さんしか残っていません。
まあ次兄さんは我が家のリアクション芸人みたいなものなので、ちょっとぐらい怖がらせても良いでしょう。というか、むしろ怖がれば良いのです。
こんな状況で緊張感のない回想を持ち出したが、そんな訳で私は通信魔法を会得した。
難しいのは相手の声を拾うことと、距離と通信時間に応じて消費魔力が増えていくこと問題だ。
まあ最大の問題は法律の壁なんだけどね。
紙媒体に税金がかかるように、この国では情報系の技術には大きな規制がなされている。
通信魔法もその対象で、調べてみたら第一級の規制が掛かっておりました。資格が無いと取得してはいけない魔法だ。
まあ親父も規制されている魔法の何種類かは使えるし、そもそも国民の誰がどんな魔法を取得しているかなんて把握されていないので、使えるというだけで罰せられることはない。
そもそも攻撃に使うシンプルな魔法と違い、情報系の魔法は技術的な難易度の関係でちゃんと学校で学ばないと覚えられない。
資格を得るのと魔法を覚えるのはセットメニューなので、要資格という扱いになっているだけだ。
ただ使えることに問題はなくとも、使うことには問題がある。
ぶっちゃけ資格があっても通信魔法はややこしい管理下でしか使用は許されていない。
そして許されているのも情報管制室や、精霊都市同士でのホットラインを維持する議事堂など、国防や国政に関わる重要業務に従事する際に限られている。
つまり何が言いたいのかといえば、今ここで私がギルドパーティーと通信魔法で連絡を取り合えば、例え人命救助や国防のためだとしても、立派な犯罪になるということだ。
いや、まあ、やるんだけどね。
ただ生まれ変わってからそれなりに長いけど、私はもともと日本人で、労働者上がりの中間管理職者だ。
結果のためならコンプライアンスは踏みにじって良いという考えには少々抵抗感がある。親父みたいに前科持ちになりたくないし。
まあ以上が連絡は自分で取れるのにハンターさんにお願いした理由というか、言い訳です。
ごめんハンターさん。君たち命かけて走ってくれてるけど、私一人でもなんとか出来た。
いや、魔力の温存とかの関係で無駄にはならないけど。
……これがバレたらすごく怒られそうな気がする。
◆◆◆◆◆◆
「ケシアナ、暇」
「子供と遊べる仕事だって聞いてたのに」
「……しょうがないだろ、私だってそう聞いてたし。人手が足りないからって防衛網の方にいつの間にか変えられたんだよ」
「ケシアナ、それ騙されてる。初等科の子に悪い影響があるから私たちみたいなギルドのゴロツキはいつも全員哨戒任務」
「知ってるって。知ってたけど、私たちは特例になるからって聞いてたのに」
「……だから、それ騙されてる」
「なんだよ。あなたたちだってそう思うんなら反対しろよ」
「だって、セージくんもこの仕事受けるって聞いたから」
「――ちっ、まあ、そうなんだよな」
地べたに座り込んで、ケシアナのパーティーはのんきに雑談をしていた。
やる気のかけらも見られない勤務態度だが、一応仕事はちゃんとやっている。指定されたエリアの掃除は済んでいるし、警戒魔法を敷いているので新たな魔物が現れても見逃さない。
そもそも子供らの護衛には騎士が張り付いており、この仕事はあくまで補助的な下級上位向けのもので、中級上位に位置するケシアナたちにとっては物足りない仕事であった。
ランクに合わない仕事を選んだのは、小遣い稼ぎをしつつ外を歩きたいという息抜き半分と、小さな子供たちにすごーい、つよーいと讃えられながら戯れたい息抜きが半分だった。
「――と」
ケシアナが不意に声を上げ、自らの耳に手を当てる。その耳にはイヤーセットが装着されており、通信が入ったのだと周りは理解した。
「こちらS。管制に代わり緊急連絡を取らせていただきます。現在、ハイオークの軍勢が守護都市、ひいては産業都市を目指して行軍中。あなたたちは避難を開始した養成校グループに合流、以降はグライ教頭の指示に従ってください」
「は、ちょっと、S? 管制に代わってって?」
「その質問には答えられません。あなたたちのいる場所はハイオークの行軍ルートからは逸れていますが、安全が確保されているわけではありません。速やかに行動を」
「おい、ちょっと待てよ」
「魔力消費の都合上、通信時間が確保できません。繰り返しますが、早く養成校の集団に合流してください。ハイオークの集団は守護都市昇降口から見て東五キロの地点にいます」
そこで一方的に通信は途絶え、それ以降は通常の管制につながるだけで、Sという管制官もハイオークの軍勢も知らないの一点張りが返ってくるだけだった。
「どうするの、ケシアナ?」
「依頼を受けているんだから簡単に持ち場を離れるわけにはいかないけど、何か起きてるのは確かみたい。リエッタ、探査魔法飛ばして」
「もうやってる。
Sって人の言うとおりハイオークがたくさん、――あ、撃ち落とされた。
あー、だめだ。二年前とかが冗談に思えるぐらいの数のハイオークがきてる。正面は誰かが足止めしてたけど、数が違いすぎて迂回されて抜かれてた」
パーティーの魔法使いであるリエッタがそう答えた。
その時にはケシアナたちの顔色は完全に真剣なものに切り替わっていた。
「養成校の子供たちは大丈夫?」
「それは大丈夫っぽい。迂回した分、避難は間に合いそう。それでどうする、合流する? それとも逃げる?」
「合流するに決まってる。あっちにはセージ君や妹ちゃんが居るわけだし、助けてもらった恩が返せるかもだろ」
ケシアナの言葉に反対する者はなく、パーティーはすぐに行動を開始した。
ふと、ケシアナは思った
Sの声は、そのセージの声に似ているような気がした。もっとも記憶に有るよりも大人びていて冷たかったので、他人の空似だろうと片付けてケシアナはその余計な考えを頭から消した。
◆◆◆◆◆◆
全てのギルドパーティーに連絡を終えて、私はこれからの戦闘に集中する。
正面から、ハイオークがやって来る。バカ正直にやって来る。
私の現在の主装備は短槍だ。短い槍といってもその全長は私の身長に迫るものがある。
これまではリーチの関係上相手の懐に入る必要があったが、ハイオークの手足が短いこともあってむしろリーチの問題は私に優位に傾いている。
先頭のハイオークが踏み込んでくるのに合わせて、私はその太ももに槍を突き刺す。
ハイオークは手にした斧を振り下ろすが、足を突かれて踏み込みきれなかったためその間合いに私は入っていない。
ただそのハイオークが斧を握る手を緩めるのを察知して私は横に避ける。
私が避けたのとほぼ同時にハイオークの手から離れた斧が飛ぶ。
当然空を切った。私の短槍はハイオークの足の骨まで断ち切っており、私が短槍を抜くと同時に崩れ落ちる。その目は変わらず狂気の炎を宿し、戦意は一向に落ちていない。無事な片足と両手で這ってでも私を殺そうと襲い掛かってくる。
武器を失い負傷したハイオークにとどめを刺すことは簡単だが、私は後ろに飛んで仕切りなおした。
相手は千に届くかも知れない魔物の軍勢だ。私一人でどうこうできるなどと思い上がってはいない。私の目的はあくまで時間稼ぎだ。
倒れたハイオークは後続のハイオークたちに踏まれて潰されていく。
ロード種がいなければ、その狂気に飲まれていなければ、避けて通るなり負傷した個体を安全なところに連れて行って治療するなりの知性を持っているハイオークだが、今は仲間を殺してでも目の前の人間を殺そうと躍起になっている。
「下品だね」
さて、ここからは綱渡りだ。
極限まで集中する必要がある。
私は頭の中に妹を思い浮かべた。親父がそばにいるからには妹には万に一つの危険もないだろう。
それでも私は妹の危険を頭に浮かべた。
ハイオークが妹を殴り殺す姿を思い浮かべた。
生きたままかじりつかれる姿を思い浮かべた。
血まみれになって絶叫をあげる姿を思い浮かべた。
いいね。血が滾ってくる。
私は嗤った。
作中補足・今回のセージの罪状
ギルド・メンバーへの命令ととられる要請。その結果による哨戒任務の不備の発生。
ギルドからのペナルティーとして、高額の罰則金及び強制労働とランクの引き下げなどが一般的に適用される。
禁止魔法の未認可習得。
行政処分として罰則金の支払いと技能習得証明書類の提出が命じられる。
未許可の通信魔法の使用。
精霊の令への重大違反として、十年以上二十年以下の禁固刑が適用される。初犯であっても執行猶予はない。