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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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81話 課外授業中止

 今回以降、暴力表現、残酷な描写が続きます。

 苦手な方はお気をつけください。

 




 いきなり何を言い出すのかと思ったが、親父は私では足元にも及ばない英雄と呼ばれるほどの実力者で、さらに言えば親父の根拠のない直感的な言葉は、決して的を外さない。

 私は気持ちを切り替えた。


「方角は?」


 半径三キロ以内に魔物の群れが来ている様子はない。親父は言葉ではなく指で示して私に教えた。

 魔力感知を伸ばすと、七キロほどでその先頭を捉えた。そこから魔力感知を伸ばしきっても魔物の群れの最後尾が捉えられない。百や二百ではきかない、膨大な数の魔物の群れが押し寄せていた。


「グライさん」

「ブレイドホームさん、急にどうしました?」


 その反応で、グライさんがこの事態を把握していないことを理解した。


「魔物の群れ――いえ、軍勢が迫ってきています。おそらく都市防衛戦になるかと。今の手勢で結界の外に居続けるのは危険です。すぐに授業を中止して避難を開始してください」

「は? そんなまさか、そんな兆候は――」

「聞いていなかったとしても、ありえない事態だと思っても現実に起きています。すぐに行動してください。英雄の父がこの状況を察知したんです。魔物の先頭集団は七キロ先です。探査魔法でも十分察知できる距離でしょう。避難を優先して欲しいのですが、しかし調べれば嘘じゃないとすぐにわかるはずです。

 さあ、早く」


 グライさんはすぐに近くにいる騎士からイヤーセットを受け取り、管制と通信を始める。それと並行して付近にいた先生を呼びつけ短く指示を飛ばす。グライさんは管制とやりとりをする内にその顔色をどんどん悪くさせていった。


「管制は、そんな情報は入手してないと言っています」

「――まさか」

「ええ、いえ。魔人やあなたの言葉を疑っている訳じゃあありません。今やり取りした管制の対応は明らかにおかしいものだった」

「おかしいとは?」


 私は短い言葉で尋ねた。一刻を争う状況で、このやりとりはすごくもどかしい。


「もしかしたら、魔人を殺すために一芝居うっているのかも」

「――っ!!」

「いやっ。管制の方では最近、機器の故障があったという。それを誤魔化しているのかもしれません」

「どちらにせよまともな指示がこないのでは話になりません。今は現場の判断で生徒たちの安全を確保するべきです」


 私の言葉に、グライさんはわかっていますと頷く。

 そうこうしているうちにも魔物の軍勢は刻一刻と近づいてきている。一番近いギルド・パーティーは魔物の接近に気づいてすらいない。


「貸してください」


 返事は待たず、グライさんからイヤーセットをむしり取る。今回の仕事で私は生徒たちに紛れるためイヤーセットを貸与されていなかった。


「こちら中級ギルドメンバーのセイジェンド・ブレイドホームです。こちらの探査では確実に魔物の軍勢を補足しています」

「こちら管制、今度はなんですか。そんな脅威は迫っていません。それが管制室としての正式な回答です」

「いいですか? こちらには騎士養成校のグライ教頭がいて、特級の永久名誉ギルドメンバーのジオレイン・べルーガーもいます。二人はこの異変を既に察知し、管制に対して最適な指示を出すようにと要請しています。

 それを無視してあなたは何も起きていないというんですか。後々、この事件が表面化した時に責任を取るのはあなたですよ。わかっていますか」

「お、脅す気ですか。私は上から言われた通りに――」

「あなたの上司がちゃんとあなたを庇ってくれればいいですね。でも小さな子供たちを見殺しにするような指示を出す上司は、本当にあなたを庇ってくれますか? この報告をあなたが握りつぶしたと言って、蜥蜴の尻尾切りをするような上司ではないんですか?」

「――っ」

「事態を深刻に考えてください。

 100人以上の小さな子供がここにはいるんです。さらには周辺を守っているギルドメンバーたちも危ない。まともな指示がいるんだ」


 そこまで言って、私はグライさんにイヤーセットを返した。


「すいません、勝手に名前を使いました」

「いいえ、構いません。騎士たちの探査魔法でも魔物の軍勢は確認が取れました。私も同じ気持ちです。

 それでは撤収を始めましょう。ブレイドホームさんはセルビア君のそばにいるといいでしょう。こうして危険をあらかじめ教えてくれただけでも十分な仕事ぶりです。

 魔人――いや、ジオレイン・ベルーガー殿。すみませんが、騎士たちと一緒に子供たちを守ってやってください」

「お断りします」

「断る」


 私と親父が、同時にグライさんへ否定の返事をした。


「なっ」

「哨戒にあたっているギルドパーティーが危ない。私が打って出て魔物たちの出鼻をくじき、態勢を整える時間を作ります。騎士とギルドパーティーで陣形が整えばそう破れない。これで彼らを含めた全員が生還できる可能性が一気にあがります」

「まどろっこしい、俺が出る。全て斬り伏せればいいだろう」

「親父の足じゃあ無理だ。たどり着くまでに直近のギルド・パーティーが犠牲になるし、前面を押しとどめることができても迂回されれば討ち漏らす魔物も出てくる。そうなった時に残ってるのが私じゃあ子供たち全ては守れない」

「お前が出ても抜けてくる奴がいるだろう」

「わかってる。だから親父はここに残って、みんなを守って。それにもしこれが誰かの陰謀だとしたら、妹のそばには親父が必要だ。絶対に」


 そこまで言ったところで、私のところに班のリーダーの少女と、妹がやってきた。


「セージくん、先生があつまれって言ってるよ。か外じゅぎょうは中止だから、かえるんだって。点こするからこっちに来て」

「いえ、私は別行動です。君はそのまま先生と帰ってください。慌てずにゆっくりと、落ち着いて、ね」


 安心させるようにそう言ったが、そもそも危機感を持っていなかった少女はやや引き気味に頷くだけだった。うん、私は焦っているな。


「アニキはどうするの?」

「ちょっとね、困ってる人を助けに行ってくるよ。妹は親父のそばにいて。ほら、なんと言ってもバカ親父だから、妹がしっかり側についていてあげないと」

「わ、わかった」

「……こんな時にまでそれか」


 ぼやく親父は無視だ、無視。


「いいんですか、ブレイドホームさん」


 グライさんが近づいてきて話しかけてくるが、目的語がないので意味がわからない。


「何がですか。いえ、時間がないので行動指針に対することでないのでしたら後にして下さい。もう出ます」

「え、ええ。お気をつけて。ああ、これを」


 結局、グライさんの言いたいことはそれほど大事なことではなかったようで、すぐに解放された。

 渡されたのは一度返したイヤーセットだ。使えということだろう。言葉を発して確認を取る時間も惜しかったので、装着しながら軽く頷いて、感謝を示した。

 そして走り出した私に、声がかけられる。それは親父の声だった。


「セージ、手に負えない事態なら逃げろ。戦士として一人前なら、その判断を下せ」



 ◆◆◆◆◆◆



 多数の魔物が目の前に現れた。絶望的な数の魔物が目の前に現れた。

 魔物が襲って来るのがまるで察知できていなかったわけではない。だが産業都市周辺は初等科の子供らの授業に合わせて丹念に狩り尽くされたあとだ。

 この手の依頼ではたいてい小型の魔物ぐらいしか出てこない。管制との定期連絡でも異変は無いと言うし、平常通り産業都市周辺に現れる下級の魔物が群れて来たのだと思っていた。

 その時点でパーティーは足音などからやって来ているのが十体を超える程度の魔物の群れだと察知していた。

 これを狩れば特別報酬にありつけると、パーティーは楽観的にそんな皮算用をしていた。


 彼らはランクで言えば下級上位、正確にはハンター上級の、六名で構成された産業都市のギルドパーティーだった。

 年齢は若く、この依頼をつつがなく終えれば守護都市に上がることも考えている産業都市では新進気鋭のパーティーだった。

 そしてだからこそ、驕りと油断があった。

 魔物を察知した際に通常通り探査を魔法や魔法具を使っていれば、管制に報告することもできたし、逃げる時間もいくらかはあっただろう。

 だがパーティーは、それを怠った。


 産業都市の恩恵から生い茂る木々や雑草をかき分けて現れたのは、ハイオークだった。

 中級下位の魔物の登場にパーティーは浮き足立つ。

 現れたのが一体だけなら、彼らだけでも対処可能な相手だ。だか現れたのは三体で、パーティーが驚いている僅かな間に続々とその数を増やしていった。

 一体一体がパーティーメンバーと同格以上の魔物で、それが倍以上の数で狂気の目をして襲いかかってくる。そして視界に入るハイオークの数は一秒ごとに増えていく。


 パーティーは各々に得物を抜いたが、腰は完全に引けていた。

 戦って勝てるなんて気持ちはこれっぽっちもわかない。

 絶対に死ぬ、絶対に殺される、それを確信を持ってしまう光景だった。

 恐怖は一気に臨界に達した。


 それでも逃げないのはパーティーの仲間がいたからだ。自分が逃げ出せば、逃げなかった仲間から死んでいく。それが分かっているから、恐怖に震えながらも勝ち目がなくてもそれぞれが得物を抜いた。

 死ぬなら一緒になどと、思ったわけではない。ただ仲間を見捨てたくないという気持ちでパーティーはハイオークたちを迎え撃つ。

 だがハイオークのその圧倒的な数と狂気の暴力はパーティーを容易く飲み込み、彼らは生きたまま食いちぎられることになる。



 その助けが、間に合わなければ。



 高速でそれは飛来した。

 方角はパーティーの後ろから。魔力の隠蔽がされていないそれに、しかし眼前の危機に釘付けになっているパーティーは気付くことができない。気付いたのはパーティーの正面に現れたハイオークたちだった。

 ハイオークが呻くように警戒の鳴き声を上げるのと、パーティーの頭を越えたそれがハイオークに着弾するのは、同時だった。


 轟音と衝撃が、周囲一帯を震わせる。それは一度ではなく、十数回に及んだ。


 パーティーの面々はとっさに身をかがめ、目を背けてその衝撃波に対応した。ついで状況を確認しようと目を正面に向けると。燃え盛る炎が眼前を覆い、思い出したように肌を焼く風の熱さを感じる。


「……何が」


 炎は目の前に迫っていたハイオークたち全てを飲み込み、轟々と燃え盛って丸焼きにしていた。

 呆然とつぶやくパーティーのリーダーは、混乱する頭の中でどうにか助かったらしいと判断することができた。

 もっとも、その判断が誤りだという事にはすぐに気づくことができた。


 炎の中で動く影があった。

 直撃を受けたハイオークではない。その後ろにいたハイオークたちでもない。

 もっと奥の方から、焼け焦げ倒れたそれらを踏み越えてくるものがあった。燃え盛る炎の中でも爛々と狂気に瞳を輝かせながら迫って来る、新たなハイオークの姿があった。


「逃げろ! 逃げるぞ!! 早くしろ!! くそっ! 何がどうなってるんだ」


 パーティーのリーダーは指示を飛ばし、悪態を吐く。



 全力で産業都市に向かって走りながら、リーダーはイヤーセットに向かって怒鳴り散らす。


「おいっ! 何が異常はないだ、ふざけんな!! ハイオークが大量に出てきやがったぞ!! はやく、すぐに救援をくれ!!」

「待ってください。ちょっと、こちらでは、その。――室長!!」

「おい、おいっ!!」


 リーダーがどれだけ呼びかけても、それ以降管制からは沈黙しか帰ってこなかった。


「くそくそくそっ、何がどうなってやがる」


 管制を呪いながら、パーティーは懸命に足を動かす。

 そうして走り一分かそこらで呼び止められる。


「止まれ!!」


 後ろから声をかけられたのならば無視しただろう。あるいは振り返るぐらいはしたかもしれないが、足を止めることはなかった。だが声は正面から聞こえた。

 逃げる先から聞こえた声に、パーティーは足を止めた。

 雑草をかき分け走ってくる音がして、その声音の主は姿を現した。


「――子供?」

「子供ですが、守護都市のギルドメンバーです。管制と連絡はとりましたか?」


 そう言ってパーティーの目の前に現れた幼い少年は自らのイヤーセットを指で叩いた。常識と良識の多くがパーティーの脳裏に様々な疑問を浮かべるが、命の危機はそれらを容易く他所に置いた。


「ああ、とった。とったがありゃなんだ」

「どうやら混乱しているようですね。管制も、そしてあなたも。話が早くて助かります。

 現在、千に近いハイオークの軍勢が産業都市と守護都市を目指してやって来ています。都市防衛戦ってやつですね」

「な!?」

「いいリアクションですが、時間がありません。管制はどうも頼りにならないので、あなた方で二手に分かれて他のギルドパーティーにこの事態を教えてください」


 表情を変えず淡々と命令してくる少年に、リーダーは混乱しながらも怒りを覚えた。


「はぁ!? なんで俺たちがそんなことをしなきゃいけないんだよ」

「他のギルド・パーティーが危険だからですね。さあ早く」

「ふざけんな!! やらねえつってんだろっ、お前なんか相手にしてられるか、行くぞ!!」


 仲間のために死ぬのは良い。この仕事をしてるからにはそういう死に方をするかもしれないと思っている。

 だが見ず知らずの他人のために命を懸けるつもりはないし、そんな提案は蹴っ飛ばすのがリーダーとして当然の勤めだ。

 少年はわずかな時間、沈黙した。


「まあ、そうですね。すいません、足を止めました」


 少年はそう言うと歩き出す。リーダーとすれ違って、ハイオークのほうに向かって。


「お、おい、お前、何処に向かって……」

「――? いえ、初等科の子供たちが守護都市に辿り着くまで時間があるので、ハイオークの足止めを。

 何割かは抑えきれずに抜けられるでしょうから、早く逃げたほうがいいですよ」

「ちょっ、お前そんな簡単に――、もしかしてさっき助けてくれたのは、お前か?」


 背を向けた少年は、そのままの姿でポリポリと頬をかいた。


「ええ、まあ」


 肯定の言葉を聞いた瞬間、リーダーは大きな後悔と葛藤に苛まれた。

 命を助けてもらって、その恩も返さずに逃げようとしている。

 だがパーティーの実力を考えれば少年についていくのは無謀でしかないし、他のギルドパーティーに危険を知らせに行くのだって身の丈を弁えな大き過ぎるリスクだ。


「まじかよ。……悪い、でも、俺たちは――」

「恩に着せる気はないですよ。あなたたちが無事に子供たちに合流してくれれば、いくらかは安全の足しになるでしょうから」


 背中を向けたまま、その少年は気にするなとそう言った。命を大切にするのは恥ずかしいことじゃないと、命を捨てるような戦地へと向かう少年が気遣うようにそう言った。


「――それでいいのかよ、お前」


 リーダーは確認するようにそう言った。落ち着いて考えれば管制がおかしい事になっているのだから、ほかの哨戒に出ているギルドパーティーに声をかけに行くのはむしろ必要なことだ。

 それでもパーティーの実力を考えるとハイオーク一匹を仕留めるのにも時間はかかるし、その一匹に足を止められれば必然的に魔物の波に飲まれてしまう。

 他のギルドパーティーには同情するが、請け負うにはやはりリスクが大きすぎた。


「まあ、やり様は有りますから」


 リーダーは頭をガシガシとかいた。

 少年の言葉から、他のギルドパーティーへの連絡を諦めたのではなく、それすらも自分がやればいいと考えていると察したからだ。

 パーティーのメンバーたちはそんなリーダーを見て、困ったような、諦めるような苦笑を浮かべた。それでも誰もリーダーを止めようとはしなかった。


「二手に別れろってのは無理だ。でも片一方になら請け負える。あっちのほうが数は多いだろ。それぐらいはやらせてくれ」


 リーダーは哨戒の配置表をある程度覚えていた。自分たちの担当は真ん中からやや西によっている。ここから哨戒エリアの外縁を東に回っていって、最後は結界の中に逃げ込める位置取りをしながら守護都市の昇降口を目指すことに決めた。


「助かります」

「バーカ。助けられたのは俺たちだっつーの。俺にはあんたがどんぐらいの強さかわかんねえけどさ、無事に帰ってくるんだろ。そんときは飯ぐらい奢らせてくれ」


 リーダーはそう言って、パーティーメンバーを引き連れて走り出した。

 少年はその背中を見送って、楽しみにしていますと、届かない声音でつぶやいた。





ジオ 「……はぁ(しょんぼり)」

グライ「何を気を抜いているんですか。いざとなったらあなたが頼りなんですよ。しっかりして下さい」


~~ちょっと離れたところで~~


友人A 「セルビィのお父さん、おこられてるね」

セルビア「ぅぅ~~。……バカオヤジ」

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