79話 今日もお客さんが来た
今日も今日とてお弁当作りの練習です。
ただ雇っている保母さんや、妹と同じく課外授業に行く子のお母さん方(うちの道場に通っているので変わらず交流があります)には、サンドイッチでいいんじゃないと突っ込まれました。
荒野ほど危険じゃないとは言え結界の外なんだから、食べやすさ重視の軽食にするべきとの意見に、それはそうだよねーと納得してしまったのですが、しかし始めたからには納得できるところまでやってみたいお年頃なのです。あと正直、止めどきがわからない。
ここ数日、お昼の時間をみんなが楽しみにしているのだ。
小さいオカズを大量に作っているだけで特別高価なものや珍しいものは無いのだけど、いろんな物を摘めるのが受けているようだ。
普段はお弁当を持ってくる子が持ってこなくなったりもしているので、今日はもう普通のご飯に戻しますとも言いづらい。
まあそんな訳で少なくとも妹の課外授業が終わるまではお弁当作りの練習がてら、料理番として引きこもって過ごしています。
そうしたらまたお客様がやってきました。
「中級ギルドメンバー、セイジェンド・ブレイドホームさんですね」
壮年のメガネをした男の人が、何故かシエスタさんとアリスさんを連れてやってきました。
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とりあえずスノウさんの時と同じように応接室に通して、ギルドで働いていることは妹や姉さんには秘密なので隔離いたしました。
とりあえず相手を親父に任せてお茶の準備をします。台所で私も一緒にいようかなんて顔をしている姉さんに、預かっている子供たちの方を見ててとお願いして、紅茶とお茶菓子を持っていく。
スノウさんにもらったチョコレートは昨日のうちに全部無くなってしまったので、我が家に常備しているお茶菓子です。
そんなに安物じゃないよ。ほんとだよ。
「これはご丁寧にどうも」
「いえ、それでどういうご要件でしょうか、それにお二人も?」
壮年の男の人は軽く頷いた。
「私は守護都市騎士養成校で教頭をやっているクライブ・グライです。先日ブレイドホームさんにご指名をした件についてやって来ました。
アリンシェス嬢には案内をお願いした次第ですね。シエスタ女史については、さて、私はわかりかねますが」
「わからないふりって言うのは、良い大人としてどうなんでしょうね。私はお世話になっているお家の子が、おかしな約束事を結ばされないか心配してきただけですよ」
「おや、それでは今はプライベートなお時間ということですかシエスタ・トート監察官殿」
「ええ、勤務時間外ですから。ただし目の前で公的立場にいらっしゃる方がその権威を傘に着て不当要求をされれば、善良な一市民として口を挟ませていただきますけどね」
メガネを光らせる壮年のグライさんと、今まで見せたことのないような冷たい笑顔を見せるシエスタさん。
どうでもいいけどシエスタさんは美人なので、そういう笑い方をすると背筋がゾクッとする。
「さてそれでは早速ですが、改めて指名依頼を受けてはもらえませんか。金額的な理由で折り合いがつかなかったのでしたら多少は融通が利くと思いますが、どうでしょうか?」
そう言って私に笑顔を向けるグライさん。
「えっと、いえ。アリスさんにも伝えてはいるのですが、私は妹にギルドで働いていることを教えてはいません。
妹は私に懐いているので、ギルドの仕事をやりたいと言い出すと困るのです。
学校の方でしたら妹の実力がギルドで働くのに相応しいものでないということは、分かっていただけると」
「そうですね。そもそも成人していない子供が命の危険にさらされる仕事に就くことが、好ましくないとも思いますがね」
そういって、グライさんは挑発的な視線を親父に送った。親父はわずかに眉を上げて不快感を示した。
「私が仕事についているのは私個人の意思ですよ。父は止めましたが、私がそれを聞かなかったんです」
「……ほぅ。受け継いだ才能を理由に、魔人殿から無理強いをされているわけではないと?」
随分と、無遠慮に口を出すんですね。
「ええ。私もあまり聞き分けのいい子供ではないので。同じように活発な妹が考えなしに飛び出してしまわないか心配なので、ギルドでの仕事を隠しておきたいのですよ。
これ以上は家族の問題ですから、口を控えてもらえますか」
「――失敬。少々父君とは因縁がありましてね、礼儀を欠いた発言となってしまいました。許して欲しいですね」
なんだ、親父が悪いのか。それなら納得だ。私は頷いてグライさんに返事した。
視界の端で親父が微妙な顔になったが、気にしないことにした。
「さて、それでは話を戻しましょうか。セルビア君に仕事をしている事がバレないよう手配をすれば、ブレイドホームさんとしてはこの仕事を受けてもいいと思っているということでしょうか」
「結界の外に妹が出るのは、引率の先生や護衛の戦士がいるといってもいくらかの不安がありますから。近くにいる事が出来るというのは私にとってはメリットですね。
ただしちゃんと仕事をするかどうかわからない相手を特別待遇で雇おうとする意図は理解しかねますが」
私がそう言うと、グライさんは苦笑した。
「困りましたね。私の目の前にいるあなたは七歳の子供のはずなんですが、どうもそうではないように感じてしまいます」
「子供らしく言葉を崩したほうが良いですか?」
「いえ、結構。礼儀正しく振舞える相手は好ましいものですよ。今のはただの愚痴です。あなたに仕事を受けてもらいたい理由は、アリンシェス嬢やシエスタ女史に聞くといいでしょう」
それは私の立場では正直に答えることができませんって意味かな。
「セージ君は色々と注目されてるんだよ。クライスやアレイジェス代表が手を回してたけど、正直この一年で隠しきれないようになってきたから……」
「騎士養成校はマージネル家の傘下と言っていい組織ですから、こちらのグライ教頭はマージネル家から命令されてるんでしょう。実力や人柄を調べろと」
グライさんは苦笑するだけで否定しない。その感情も、困ったような思いで肯定を示していた。
まだ子供だから大人に混じって仕事してれば注目浴びるのはわかってたんだけど、シエスタさんの口ぶりがすごく深刻そうなのが気になる。
「……騎士養成校としては、こちらの道場出身の子達が他の道場の子に比べて躾が行き届いているので、良好な関係を築きたいというのもありますけどね。
どうも守護都市で育った子供は強さに重きを置きすぎるきらいがありましてね。
実戦経験のない教諭などは特に馬鹿にされてしまう傾向があるのですが、今年の新入生たちはセルビアくんが上手くまとめてくれているおかげでそういった問題が特段に少なくて助かっているのですよ」
えっ、妹が? マジで?
「本当ですよ。セルビア君は新入生の中では飛び抜けて高い実力を持っていながら、どんな教員にも一定以上の敬意を示していますから。
リーダーというわけではありませんが、友人も多く、仲間はずれにされている子に声をかける優しさもあるので、クラスのみんなに良い影響を与えてくれていますよ。
あとは、毎日元気のいい挨拶をしてくれるのも良いですね。朝と夕方に校門に立っているんですが、セルビアくんはいつも私が声をかけるよりも早く挨拶をくれますよ。
……本当に、何がどうすれば魔人の下であんないい子に育つんでしょうか」
「何が言いたい」
目線を細める親父に、グライさんは露骨にため息をついてみせた。これに関してはフォロー不可能ですよね。
「――失敬。ちなみにこの間、セルビアくんに頼まれましてね。兄と一緒に学校に通いたいと。
失礼ながらブレイドホームさんの実績は拝見させていただきました。正直なところ、ソロとしては上級にも匹敵しかねない高効率の戦果に、こうして会うまでは疑いを持っていたんですがね。
隠れて父親に助けてもらっているんじゃないかと。まあそれらへの監査はギルドの方で行っているでしょうから、邪推だとはわかっていたんですが。
実際こうしてみると、あなたが中級のギルドメンバーとして相応しい実力を持っていることぐらいは私にもわかります」
グライさんはそう言って、話を一度区切った。
「その上で言いますが、騎士養成校に入る気はありませんか。
授業は君からすれば退屈なものになるでしょう。察するに、君には既に十分な教養があるように見受けられる。
さらに実技の授業でも君に何かを教えられる教員はそう多くいない。
ですが同い年の子たちと同じ環境で同じ時間を過ごすのは、きっと君にとって有意義なものになるはずですよ。
セルビアくんに聞きましたけどね、君はもっと幼い頃から一人で過ごしていたというじゃないですか。
同い年の子たちが庭で遊びまわっている中、一人で稼ぎに出て、家にいても家事や訓練に追われてまともに遊ぶ時間も持てなかったと」
「……まあ、必要なことなので」
というか、むしろ同年代の子とは話が合わないから気を使ってしまって疲れるのですよ。
子供の相手が嫌っていうわけじゃあなくて、どうしても気を使ってしまうっていう話です。
だからそんな可哀想な子扱いされる筋合いはないんだけど。
確かに同年代の友達いないけど。仕事もボッチだけど。
別に、可哀想な子じゃないんだからねっ。
「君は確かに魔人やケイ様に匹敵する、あるいはそれ以上の才能の持ち主なのかもしれませんが、だからこそ学校という場で世の中の基本を学ぶべきだと私は考えるのですよ。
それについては保護者である魔人ジオレイン殿はどうお考えでしょう」
「――む。……任せる」
さくっと私に判断を丸投げる親父に、グライさんだけでなくアリスさんとシエスタさんの白い視線も突き刺さる。
「いや、どっちでもいいだろう。セージの好きにやらせれば」
「本当に、あなたの子供がなんで……。お二方はどうですか? 私としては、子供には社会を学び、利害の絡まない友人を作る専用の場が必要だと思うのですが」
グライさんはぼやくように言ったあと、シエスタさんとアリスさんに意見を求めた。
咄嗟に親父を責める視線を向けた二人だったけど、親父の言葉に頷く部分があったようで、グライさんに否定的な意見を返す。
「ええと、おっしゃる事はもっともなんですけど、その、セージ君だから……」
「そうですね。セージさんの事ですから、本人の意向にそぐわないことを勧める気はありませんね」
グライさんは提案に乗ってこない二人にわずかに落胆の気持ちを見せて、話を続ける。
「……いいでしょう。それでは依頼の件なんですが、今回の課外授業に参加をしてみませんか?
臨時生徒兼、いざという時の護衛役という形で。それならばそう不自然なことにはならないでしょう」
「それならば可能ですが、実力を見るためって理由で、変なのに襲われたりしませんよね?」
そう尋ねるとグライさんわずかな時間硬直し、すぐに笑顔を浮かべてそんな事はないですよと否定した。
ポーカーフェイスは崩れていないし、嘘をついているというはっきりとした確信は得られないが、動揺の感情が感じ取れる。
たぶんグライさんはそういう話を聞かされていないけど、そういう事態は十分に有り得ると思っているということなんだろうな。
「わかりました。条件付きで、そのご依頼を受けようと思います」
「ほぅ。それで条件とは」
グライさんは落ち着いた様子で、しかし警戒心をひた隠しながらそう尋ねてきた。
「いえ、大したことではないですよ。このままではあまりに私に都合が良すぎるので、依頼料の引き下げと、それと安全のために――」
グライさんは私の出した条件をしばらくの間、時間にして三十分くらい苦悶の表情で葛藤して、
「――わかりました。それで、いきましょう」
絞り出すような声で、了承する旨を吐き出した。