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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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78話 新たなショタスキー

 




 ブレイドホーム家を後にしたスノウ・スナイクの足取りは軽かった。

 これまでの経験上、ジオレインは誠意を示せばそう無体なことを言い出す人物ではないとわかっていたが、同時に彼は独自のルールで生きていることも知っていた。

 そのルールに悪い形で触れれば彼はスノウを殺す。

 それがどれほどのデメリットであっても、どれほどのリスクであっても、必ず殺すという事を知っていた。


 そんなジオレインへの謝罪がつつがなく終わったというのは、多くの胃痛薬の手放せない交渉事の経験を積んでいたスノウにとっても、心が晴れやかになるものだった。

 そしてさらに言えば、足取りが軽くなったのにはもうひとつ大きな理由があった。


「……随分と、ご機嫌だな」


 いい気分で歩くスノウの背中に、かけられる声があった。地獄の底から響いてくるような、ひどく恐ろしい声音だった。

 スノウは錆びた歯車のようなぎこちない動作で、ゆっくりと声の主に振り返る。

 その声はよく知っていた。ともすればこれまでの人生の中で最も多く聞いている声なのだから、それは当然の事だった。

 振り返ったスノウが引きつった笑みを向けた先にいたのは、兄のラウドだった。


「名家の当主が護衛もつけずに出歩くだけでなく、あのジオのところに行くなど、何を考えているんだこのバカがっ!!」

「ははは……、いや、まあ怒るのはもっともなんだけど、中途半端なことをすると逆効果になるからねぇ。

 それにちょうどいいタイミングだったんだよ。謝罪っていう大義名分があって、あのシエスタ・トートや商会の主にも邪魔されない状況でジオとセージに会えるって思ったら、ついね」

「ついじゃない、バカめ。せめて俺には相談しろ」


 ラウドにそう言われ、はっはっはと、スノウはわざとらしく笑った。


「言ったら止められるか、ついて来るじゃないか」

「当たり前だ」


 反射的に答えるラウドに対し、スノウは落ち着いた様子を崩さず目線を細めて声音を落とした。


「だめだよ、兄さんとジオは会わせられない。

 いや、会うぐらいならいいんだけど、今回みたいに火種がある状況で会うのは許可できないよ。

 仮にジオが全盛期と同等の力を持っているとしたら、ふたりが戦えば巻き添えで守護都市が半壊するだろうからね」

「お前が殺されても俺は報復するぞ」

「その時は戦う場所を選べるでしょ。

 兄さんが勝ったとしてもスナイク家は零落するだろうから止めたいところだけど……、その時に僕は死んじゃってるんだよね。

 まあ少なくとも守護都市やこの国への被害は最小限に抑えてくれるって信じてるから、少なくともいきなり二人が殺し合うよりはまだマシな展開だよね」

「スノウ!!」


 語気を強めるラウドに、スノウは降参とばかりに頭を横に振った。


「ギルドの信用問題が関わってたんだ。放置はできないし、時間もかけられない。少しばかり思うところがあったから、誰かに任せるのも怖かった。まあセージと今のジオをこの目で見たかったっていうのも本音だけどね」

「……チッ」

「それより兄さん、歩きながら話そう。聞き耳を立てられるのが怖い」


 スノウに促されてラウドは渋々と歩き始め、スノウはその横に並んだ。

 ちなみにスノウとしては盗み聞き云々だけでなく、決済待ちの書類が昨日から溜まっているので早く帰りたいという理由もあった。


「昨日からバタバタしてたからちゃんと説明してなかったけど、ギルドの最重要金庫からジオの戦利品である竜の角が盗み出された。

 前回の定期検査には僕も立ち会ったから、それからの間に盗まれたんだと思う」

「……思う?」

「僕が幻術で騙されたり、精神操作の魔法でそう思い込んでいる可能性もある。帰ったら検診を受けるけど、その結果次第では当主の権限は一時兄さんに預けるからね」


 ラウドはスノウへの心配半分と、当主の仕事をしなければならなくなる嫌悪感半分を顔に浮かべた。


「ふふっ、まあこれは保険だから、そうはならないと思うよ。もっとも盗まれたかどうかについても僕は疑問を持っているけどね。

 ――ギルドの最重要金庫を開けるには三つの鍵がいる。

 その内の一つはスナイク家が保管しているし、残りの二つも信用できる相手が保管している。こじ開けた様子も魔法が使われた形跡も無いから、鍵を使ったはずなんだけどね。それはありえないとしか思えないんだ。

 だってその金庫を開ける鍵は、スナイク家の金庫に大事にしまってたんだから」


 鍵の三つがそれぞれ別の場所に保管されていることもそうだが、それ以外にも最重要金庫を開けるには色々と面倒な事務手続きがあるため、預けたものの返却には最低でも一日、最長で一週間かかる。

 ジオはその説明を聞いたのが九年前だったので完全に忘れており、ギルドの担当者はジオが知った上で早く出せと脅していると思ったので、取り急ぎスノウのもとに使いを出した。

 この時のスノウとしてはまあジオだから特別に融通を利かせてもいいか』と、それぐらいの気持ちで手間のかかる手続きをサクサク進めて最重要金庫を開き、目当てのモノがなくなってることを目の当たりにした。


 思考が現実逃避したのは一瞬で、スノウはそれから全ての仕事を放り出して奔走し、今日を迎えたのだった。

 スノウがその長くて濃い一日を思い出しながら疲れた様子でそう言うと、ラウドは疑問を口にする。


「……どういう事だ?」

「盗まれたのは最重要金庫の中でジオの戦利品である竜の角だけ。それだけが無くなっていて、他のものは全部無事なんだ。うちの金庫からも盗まれたものは何一つないよ。鍵もちゃんとあったし、一緒に保管してた兄さんが狩った竜の角も無事だった。

 わかる? 犯人はジオの狩った九年前の竜の角だけを盗んで、盗むのに必要な鍵は元のところにちゃんと直してるんだよ。それも前回の定期検査から、ジオが偶然に名工カグツチに言われて取りに来た、この数ヶ月間のタイミングで。どういう偶然だよ、これ。

 一応、ジオの熱狂的なファンや趣味の悪いコレクターと、その手の人間が利用してるオークションの元締めたちを探っていくけど、見つかる気はまるでしないんだよね」


 文字通りお手上げだとジェスチャーで示して、投げやりにスノウは言った。


「お前の想像を超えるような天才的な盗賊か、あるいはギルドの最重要金庫を簡単に開ける超常の魔法使いが関与しているのか」

「簡単に言うとそんな感じかな。

 スーパー魔法使いだと僕は思ってるけどね。ギルドの監視装置の類を全部無効化できるだけのね。まあ折角の機会だからギルドの綱紀粛正にも乗り出そうと思ってるけど、今回の件を解決する手がかりは得られそうにないかな」

「随分と弱気だな、珍しい」

「なんていうかね、勘が働くんだよ。

 この件は深入りするべきじゃないって。ジオに許してもらえたんならそれで十分だって。

 ……いやまあ、簡単に投げ出したら怒られそうだから、ちゃんと調査はするんだけどね。

 そうそう、家にあった竜の角だけど、ジオに渡したから」

「そうか。わかった」


 ラウドは頷いて了承を示した。竜の角はラウドの狩ったものだったが、スナイク家の資産だ。当主がどうしようとそれほど気にはならなかった。

 ただし――


「それで、ジオとセイジェンドはどうだった」


 ――その問題は、別だった。

 確執のあるジオはもとより、これから頭角を出してくるであろうことが確実であるセージのことを気にするのはスナイク家の武門筆頭として当然のことだった。

 ラウドの突き刺すような視線を受けて、スノウはしかし、ただ困ったような笑顔を返すだけだった。


「んー、よくわからなかった」

「あ゛?」

「いやっ、待って。ほら、ジオの実力なんて僕が測れるもんじゃないでしょ。それにセージだって、ろくに話ができなかったからね。

 ……ただ」

「……ただ?」


 ラウドの訝しむような目を受けてスノウの笑みは深くなり、視線は鋭くなる。


「ジオとは本当に親子のような、気のおけない関係に見えたね」

「……そうか」

「そうだね。……まあ実力云々は得意な人間に任せるとして、僕としては負けたって思ったけどね。

 兄さんは独り者で、僕の家族は仲が悪いわけじゃあないけど、僕の顔色を窺ったり、次期当主の座や皇剣を意識してギスギスしてるから……。それを悪いとは思ってないんだけど、父親としては負けたって、そう思っちゃったな」

「……なんだ。子供を作れという話か」

「うん。そうだよー」


 ラウドがギロリと睨み、スノウはあっさりと話題を変える事にする。

 スノウとしては最強の皇剣となった兄に子を持って欲しいと思うのは正直なところなのだが、この話題を兄が心底毛嫌いしているのも良く知っていた。


「この一年のセージの実績は中級のギルドメンバーとして問題のないものであるけど、単独で仕事を行う姿勢は若かりし頃のジオと重なるものがある。

 さらに彼のところにはジェイダス家の傍流の子がいてね。幼い頃は神童って呼ばれてた子なんだけど、その子のおかげかな。

 ここ数年でジオの経営する託児所は軌道に乗って、新しく騎士養成校に入った子供たちの中にはジオの道場の子もいる。さらには優秀な成績のセルビア(むすめ)もね。

 順調に、ジオは名家に入ろうとしているよ。

 父親として負けていても、政治(こっち)の分野で負けるわけにはいかないんだよね」


 スノウはそう言って笑った。

 この時、スノウは少しだけ嘘をついた。スノウがセージと接したのはわずかな時間で、交わした言葉は短かったのは本当のことだったが、セージに対して何も感じなかったわけではなかった。

 ただそれは根拠のない直感的なもので、そんな不確かな感覚を兄に話す必要はないと思ったからだった。

 ただもしかするとそれは、もう少しだけ今感じている気持ちを大切にしたかったのかもしれない。



 ラウドはジオに対し、片思いにも似た想いを抱いている。

 ラウドは才気あふれる名家の長男として生まれ、両親の期待を上回る形で実力を身に付けていった。だが才能に恵まれすぎたラウドには、同年代にライバルと呼べる人物がいなかった。ジェイダス家にも、マージネル家にも、そしてシャルマー家にも。

 そんなラウドが、家のバックアップを十全に受けて望んだ皇剣武闘祭決勝で出会ったのがジオレイン・ベルーガーだった。


 その頃にはジオの名はある程度高まっていたし、後見人であるアシュレイは顔の広い男だったので噂程度は耳にしていた。

 だがそれは目新しい話題に飢えている暇人たちの話のタネとしか思っていなかったので、ラウドは真剣には聞いていなかった。


 そうして、決勝で出会った。

 ラウドはその戦いでジオに勝利したが、決して気持ちのいい勝利ではなかった。

 ジオの動きは精彩を欠いたものであり、勝って当たり前の相手だった。こんな小僧が決勝まで勝ち上がってくるなど、どんな不正をしたのかとその時は思った。


 不正をしたのは自分たち名家の側だと知ったのは、後になってからだった。

 それからもラウドとジオには縁があった。その縁は機会として見ればそう多くはなく、年に一度顔を合わせるかどうかといった程度だったが、好敵手として認めるには十分だった。


 対してスノウ・スナイクは今でこそ辣腕の当主として知られているが、過去の評価はそう立派なものではなかった。

 名家という血統と環境に恵まれた中で育ちながら中級どまりの実力、しかも天才的な実力を持つ兄がいたから余計に口汚い悪評にさらされることも多かった。

 その兄が皇剣の座につき、不動になるはずだった当主の座をスノウに明け渡したことによって、スノウの評価は最低のところまで落ち込んだ。


 兄のおこぼれにすがった不出来な弟。

 兄に才能の全てを奪われた出がらし。見せかけだけのお飾り当主。

 その時こそがスノウの評価が最低に落ち込んだ時であった。

 そしてそこから徐々に、スノウの評価は覆っていった。


 名家の直系に生まれながらも、肩身の狭い思いをしながら育ったスノウは他人の視線というものにとても敏感だった。

 悪意や敵意というものには特に敏感で、成人する以前はとにかく臆病者だと蔑まれたものだった。

 そうした過去は、スノウに人を見る目を与えた。

 そしてそれこそがスノウが当主になってからの最大の武器であった。


 その目が、スノウに漠然とではあるもののセージをただの――強さや才能ではなく、人間的な中身において――子供ではないと教えていた。

 そしてあの(・・)ジオを平然とたしなめる姿に、こいつだと直感した。


 政界の若き竜であるシエスタ・トートではない。シエスタを支援する財界の新星ミルク・タイガではない。ミルクから直々に教えを受けているかつての神童アベル・ブレイドホームでもない。


 ジオを旗頭にし、名家を立ち上げ、この守護都市に新たな波乱を呼ぶのはこいつだと直感した。

 セイジェンド・ブレイドホームこそが僕の(ともだち)だと、スノウは浮かべた笑みの下で確信していた。



 ◇◇◇◇◇◇



「結局、角は彼の手に渡っちゃうんですね~。何考えてるんでしょうね、あの馬鹿は」


 誰にも聞こえないところで、黒い服の女が呟いた。

 その手には、ジオが受け取ったものとは別の竜の角があった。


「……ああ、馬鹿だから何も考えてないんですよね、きっと」


 忌々しさや諦めを孕んだ声で、呟いた。

 その手の竜の角は、端から塵になって消えていった。

 死に通じる女によって弔われ、塵となって世界に還っていった。





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