76話 日本が無いのに日本刀がある件について
「だめじゃ。それはだめじゃ。だめじゃぞ。しまっとたのにどうやって持ってきたんじゃこの悪ガキが!!」
「ピンとくるのが無かったからな。大層な箱を見つけたから、開けてみた」
カグツチさんは怒り狂っているが、親父は悪びれる様子も無く素直に応える。
なんとなく世話焼きのおじいちゃんとジジコンないたずら小僧なんて言葉が思い浮かび、口元が緩んでしまった。
「鍵がかかっとたろ! 壊したんか!! 壊したんじゃろ!!! この悪ガキが!!!!」
「壊してない。開けようとしたら壊れたんだ」
「それを壊したっちゅーんじゃ、この馬鹿力が!! とにかく、その刀はやれんぞ」
「いや、俺はこれが良い」
私はとりあえず親父の頭を叩いて、日本刀を取り上げた。
鞘は銅っぽい赤黒い何かで、柄の部分は時代劇や子供向けのおもちゃでもよく見かける布を菱形模様にまいたあんな感じ。どんな感じと思うかもしれないが、日本刀の事なんて詳しくないのでちゃんとした説明とかできないのです。とりあえず赤銅色の鞘の刀です。
親父から取り上げたそれをカグツチさんに返そうと思うのだが、好奇心に負けてちょっとだけ刀身を抜いてみた。
僅かに覗いた鈍い色の光が、私の目に飛び込んでくる。
これはダメだと思ってすぐに刀身を鞘にしまって、カグツチさんに差し出す。
「うむ、よくできた子じゃわい。
……、待て。
なんで手を離さん。
放さんかセージ、ええいっ、やっぱりぬしも悪ガキかっ!!」
いや、違うんだ。ちょっとだけ、ちょっとだけちゃんと抜いて見たいとか、一回だけでいいからそこら辺の魔物を試し切りしてみたいとか思っただけです。
それが終わったらちゃんと返しますから、しばらく借りてていいですか?
ダメですか?
ダメですね。わかりましたよ、ちぇ。
「ふ~、ようやく放しおったわい」
カグツチさんは大事そうに日本刀を抱きかかえ、私と親父が物欲しそうにそれを眺める。
「な、なんじゃ。そんな目をしてもダメじゃからな。ジオ、おぬしは知っとるじゃろうが。こんの帝国式ブレードはめったに流れてこん上に、こいつはそん中でも特上品じゃ。そう簡単に手放せるわけないじゃろ」
「……帝国式ブレード?」
日本刀じゃないの? いや、日本は無いんだから、名前が違ってもおかしくないんだけど、見た目がまんま日本刀なんだけど。
「ん? なんだ、気付かずに欲しがったのか。
魔人伝に出ていただろう。初代魔王が敗戦の後に放浪し、伝承を頼りにいくつもの試練に挑み、その果てに出会った〈偉大な人〉から賜った特殊な形状の刀だ。
オリジナルは神剣として帝国に眠っているらしいが、同じ形状の武器は帝国でいくつも作られているな。製法が特殊らしくて、このジジイにも作れんらしい。
……俺も一本持ってたんだがな、最初に出くわした竜に折られて食われた」
珍しく饒舌に語る親父が、わなわなとその時の事を思い出したのか静かに怒りを見せていた。
そうか、親父は武器マニアだったのか。だから使う予定が無いのに離れにあんなに武器を置いていたのか。いや、今は地下室に移してあるけど。
ちなみに魔人伝は一通り読んだので、その話のくだりは知っていたけど、話の中では当然のことながら日本刀なんて表記は無かったし、武器の形状の表記もほとんどなかったので目の前のこの武器とは結びつかなかった。
「そうじゃ。思い出した。そん時もワシんとこから盗んでいったんじゃ。弁償せい!!」
「うるさい、終わった話を蒸し返すな。あれは竜が悪い。今ソイツをよこせば食われた刀の無念も晴らしてやる。さあよこせ」
「無茶言うなよ、親父。そういう事ならむしろ僕が預かるよ。なんていっても僕はブレイドホームだし。ブレードが帰ってくるのは僕の手の中が正しいよ」
「やかましいわっ!!」
******
「……はぁはぁ」
「これだけ言っても無理か」
「しつこい奴らじゃのぅ……」
しばらく言いあっていたけど、カグツチさんは折れなかった。日本刀……じゃなくて、帝国式ブレードは惜しいけど、夕飯の買い物や支度を考えれば、そろそろタイムアップだ。
そう私が諦めかかったところで、
「わかったわかった。こいつはやれんが、代わりにワシが究極のブレードを作ってやるそれでよいじゃろ」
「……むぅ」
不満そうに呻く親父。なんて失礼な奴だ。
――あれ? そう言えば私も槍を作ってもらったばかりのような……。うん、まあいいか。気にしない、気にしない。
「なんじゃい。まあよい。聞いて驚け。なんと竜の牙を削りだすんじゃぞい」
…………削りだし。
「な、なんじゃい。すごい事なんじゃぞ。竜の牙を加工できるなんてこの国にドワーフ多しといってもワシぐらいなもんなんじゃぞ。ワシは凄いんじゃぞ」
「まあ、確かにすごい事だな」
私と違い、親父はカグツチさんの言い分に納得した様子で頷いていた。
「うむ。今のおぬしなら竜の素材と相性がいいじゃろ」
……?
「うん? うむ。竜の素材はの、ちょっとややこしくてのう。硬すぎて加工しづらいうえに魔力の通りが面倒での、皇剣や上級上位の一部のもんが趣味で使っとるが、メインの武装としては使っとらんの。
じゃが竜を独力で殺して呪いを受けたおぬしの魔力は変質しとるからの、上手く親和するかもしれんじゃろ。そうなれば全盛期に近い力を発揮できるんじゃないかの?」
「……ジジイ」
しんみりとした雰囲気で笑うカグツチさんと、何とも言えない表情の親父。
もしかして私、お邪魔な雰囲気ですか?
「わかった。じゃあそれまでの間、その刀を借り受けておこう」
「なんでじゃ!!」
……親父。
「な、なんだセージ、その目は」
お前はさっきまで仲間だっただろうと、裏切り者を見るような目で私を見るが、無いわー。
親父今のは無いわー。
「確かに仮の武器を持ってってもええとはいったが、おぬしは借りたもん返さんじゃろ。他のにせい、他のに」
借りパク常習犯とか、四十も過ぎてるくせに質の悪い学生みたいな親父だ。
……ん?
ちょっと嫌な発想が湧いて出てきたぞ。
「あの、もしかして父は今までカグツチさんにお金を支払ってないんですか?」
「うん? うむ。一回もないの。まったく質の悪い悪ガキじゃわい」
「……ふん。ジジイの方が持ちかけてきた賭けの結果だろ」
ああ、一応理由はあるんだ。とはいえ――
「その、僕が払いましょうか。すぐにという訳にはいきませんけど、時間をかければちゃんと全部支払えると思います」
――私がそう言うと、親父とカグツチさんは露骨に嫌そうな顔をした。
「なんじゃいおぬし、子供に気を使わせおって。ダメなオヤジじゃのう」
「俺のせいじゃない。コイツはちょっと変なんだ」
「えっ、何その反応。まるで僕が常識ないみたいに言うのはやめて欲しいんだけど」
私がそう反論すると、オヤジは鼻で笑い、カグツチさんは大きなため息をついた。
「よいよい、子供がそんなこと気にせんでええ。ぬしの父親はバカで手癖の悪い悪たれじゃが、それだけでもないからの。ぬしもそれくらいは知っとるじゃろ」
「まあ、それは……」
家の前に捨てられてる赤子を、自分が食べるものにも困っているのに拾って育てるお人好しで、見た目と中身が食い違うおかしな子供を自分の子供として愛情を注げるような器のでっかさだから。
「……ふん」
「ふふん、まあええわい。とりあえずこいつは貸しておいてやる」
カグツチさんはそう言って日本刀あらため、帝国式ブレードを親父に差し出した。
「いいのか、ジジイ?」
「うむ。おぬしがバカなりにちゃんと父親やっとるようじゃからな。祝儀代わりに貸してやるわい」
……祝儀なのに、あくまでレンタルなんだ。いやまあ、刀身をちらっと見ただけだけど明らかに普通の武器じゃなかったもんな。
デス子に貰った魔力感知は、大抵のものを見通せる。つい先日に例外があったが、これまでその力に何度も助けられてきた。
そしてその異能の力が、私に刀の素晴らしさを教えた。
カグツチさんのところに置いてある武器はどれも一級品だったが、この刀はそれらを簡単に凌駕していた。
「ああ、そうじゃ。おぬしは竜を殺した記念に角を貰っとったろ。それをブレードにするからもって来い。一年ぐらい時間をかければ納得いくブレードに仕上げられるじゃろうから、来年の接続んときにその刀を持ってやって来い。わかったな。その刀と交換じゃからな」
「ああ、わかったわかった。竜の角はギルドに預けてあるからな。今度持ってこよう」
「いまいち信用できんのぅ。まあええわい。ぬしも竜を狩ったらワシんところに角でも牙でももってくるとええ。いい武器を作ってやるからの」
「ははは。そんな日がいつ来るかはわかりませんけど、その時はお願いしますね」
「なんじゃい、覇気がないのう」
そんなやり取りをして、私と親父はカグツチさんのお店を出ることにした。
「それじゃあ、槍をありがとうございました」
「おう。ジオも早めに持ってくるんじゃぞ。あと今度はなくすんじゃないぞ。ちゃんと返すんじゃぞ」
「ああ、……ところで知ってるか。俺の手は二本ある」
私はそれでピンと来てしまったが、カグツチさんは何を当たり前のことを言っとるんじゃという顔をしていた。
あえて今ここで口にすることでもないので、そのまま店を出た。
帝国式ブレードと竜角のブレードで二天一流でも始めるつもりなんだろうか、うちの親父は。
セージ(まあいいか。親父のものになれば将来的には私のものになるし)
ジオ 「何かまた変なこと考えてないか、お前」
セージ「気のせいだよ」
ジオ 「そうか?」
セージ「気のせいだよ」
ジオ 「……そうか」