75話 産業都市のひいおじいちゃん
妹の実地訓練の予定日は簡単にわかった。
そもそも妹が保護者へのお知らせの話を伝え忘れていただけで、ひと月以上前に周知の話が来ていた。
ちなみに紙媒体には税金がかかるためプリントを配ることが出来ないので、妹がノート――紙そのものには税金がかからないのでノートは比較的良心的な価格で手に入る――に先生の話を書き込んだものだ。
七歳児の妹の字は歳相応で読みづらかったが、必要な事は読み取れた。
日程は今から一週間後で、都市から近い場所で魔物を実際に見てもらう事が目的だそうだ。
結界の外に出ると言っても護衛をたくさん準備し、安全には万全を期すので遠足なようなものなのでご安心ください。
なお十分な配慮がしてあるのだから、それを上回る不測の事態が起きたとしても学校側に責任はありません。なんて事も遠まわしに書いてあった。
……とりあえずその日は、影ながら妹の護衛で決まりかなぁ。間違いなく私情を挟んでしまうと思うので仕事として受ける気はないけど。
ちなみに連絡要項の中には、お弁当とおやつを持ってくるようにとも書いてあった。妹はこれを伝え忘れたままだったら悲惨な事になったんじゃないだろうか。
さて大きな発見をした翌日なので、つまりはギルドでお仕事した翌日なのでお休み日だが、練習がてらお弁当を作ってみる事にした。
生まれ変わって七年が経過しており、今まで様々な場面で前世の記憶にはたいへん助けられている私だが、前世ではお弁当を作った経験が無い。
学生時代は購買のパンか学食で済ませていたし、社会人になってからは社員食堂か近場の定食屋を使っていた。
自分が食べる物だけなら、おにぎりとあとは卵焼きやウインナーあたりを包んでおけば良いのだが、妹に持たせるとなると話は違う。
妹は女の子だ。学校では友達も多いだろうし一緒にご飯を食べるだろう。
その時に粗末なお弁当を広げてはイジメられてしまうかもしれない。ここは偉大な兄として、ちゃんとしたお弁当を作るべきだろう。
弁当の基本は冷めてもおいしく食べられるものが基本だという事で、色々とお弁当に詰めれそうなものを作ってみた。
ミートボールにから揚げにコロッケにハムで包んだゆで卵のマヨネーズあえ、そして定番のだし巻き卵やたこさんソーセージ。しかし作れば作るほど、タンパク質になるようなものしか思いつかない。
ポテトサラダぐらいは作ったが、もう少し野菜が欲しい。しかし妹はピーマンの肉詰めやレンコンのはさみ揚げが嫌いだ。まあそもそもどちらもメイン寄りで副菜としては味が強すぎるけど。
ポテトサラダ以外だと、茹でたニンジンかミニトマトぐらいしか思いつかない。千切りキャベツなんかはお弁当では食べづらそうだ。おかずとおかずの仕切りにレタスを入れられるが、やはり野菜類が足りない。
ほうれん草のおひたしでも作ってみようか。今まで作ったことがないのでお弁当の中でベチャッとしないか不安だ。そして妹がちゃんと食べるかどうかも不安だ。
ちょくちょくとつまみ食いに来る子供ら――預かっている子に、卒業した不良さん達の代替わりに入ってきた新不良さん達や、姉さんもそこに含まれる。他の兄弟が来ないのは仕事や学校が理由です――に試作弁当を見せて意見を聞くと、別にいいんじゃないと気のない合格点を頂きましたが、私としてはやはり少々不満です。
やはり作り手としては見た瞬間にテンションが上がるようなお弁当を作りたいし、あっと驚かせたい。
お昼には大量に作った惣菜セットとパン、野菜スープを出す予定なので、一緒にご飯を食べる保育士さんたちに相談してみようか。
そんな風に台所で試行錯誤をしていると、親父がやって来ました。
「アベルが早めに帰ってきたからな。出掛けるぞ」
そして接続中の産業都市に連行されました。
******
そしてやって来ました、産業都市です。
身分証を求められてギルドカードを提示した際に私の年齢と親父の名前を見て、出入都市管理官さんがびっくりしたりというお決まりの騒動がありましたが、まあ大した事では無いのでスルーです。
「それで、何しに来たの?」
「武器だ」
そう言って親父は柄しか残っていない、いつぞやの大剣のなれの果てをズボンのポッケから取り出して見せた。
「壊れても直すと言っていたからな、ついでにお前も武器を新調しとけ」
「……いや、それ絶対直らないと思う。まあ新しい武器は見てみたいとは思うけど、それならお金を下ろしてこないと」
私のまっとうな要求は、しかし親父の別にいいだろの一言で一蹴された。まあ買うもの決めてから後でお金持ってきてもいいか。
そんな風に、思っていた。
「おう、ジオか」
「ああ、ジジイ。直せ」
「…………………………は?」
産業都市は工業などが盛んな都市で、鍋やらフライパンの特産地だ。いつぞやの無加水鍋や雑貨屋で売っている便利グッズなんかも産業都市製だ。
ホームセンターのような雑貨屋も多く、園芸用品なども充実しているようなので、今度の休日には妹と見に来ようかなと思う。
親父と私はそんな産業都市で多くの工場が立ち並ぶ工業区画に入っていき、その中でもマッチョな男が多く密集しているエリアに突き進んで来た。
マッチョは守護都市でもよく見かけたが、守護都市のマッチョは血の匂いがする戦士で、産業都市のマッチョは汗のにおいがする職人だった。
そして辿り着いた工場兼お店のアトリエに入り、出迎えたマッチョと親父の会話である。
ちなみにマッチョさんは私と同じぐらいの背丈ですが、肉厚が三倍以上あります。顔もいかついおっさん顔で、いわゆるドワーフという種族だった。
「おい、ジオ」
「なんだ」
店内はきちんと整理されており、並べられている商品の数も少ない。ただし並んでいる武器はどれも綺麗に磨き上げられていたし、一つ一つが綺麗に見えるよう展示のされ方にも気を使われていた。
ドワーフの武器屋というと雑多に物が置かれゴチャゴチャしている昔の駄菓子屋さんみたいなイメージがあったので、ちょっと意外だった。
そんな清潔感溢れる高級店のような店のカウンターまでズカズカと入っていった親父は、カウンターに柄だけになった大剣のなれの果てを置いた。
カウンターにいたマッチョなドワーフさんの声が苛立たしげなのは、仕方のない事だと思います。
「ワシの目にはこれは柄にしか見えんぞ。柄しか残ってない様にしか見えん。
ああ、この柄には見覚えがあるぞい。昔おぬしが持っていきやがったあの大剣じゃ。ワシの魂が籠った大作じゃった。確かにワシはあんとき折れたら打ち直してやるから持ってこいっつたぞい。
だがのう、いくらおぬしが馬鹿だと言ってものう。折れた刃先がなきゃ打ち直せないって事ぐらいわかるだろ、ん?」
額に青筋を浮かべるドワーフさん。
「なんだ直せないのか」
「あ゛?」
「――いや、直せるわけないだろ」
私が冷静に突っ込むと、ドワーフさんの青筋が大きくなった。
「なんじゃと!! ワシに直せんもんなどないわっ! このガキが!!」
ぇえーー!?
「まったく、親が親なら子も子じゃな。ほれ、貸してみぃ。
――なんじゃぁこりゃあ!!
柄もボロボロじゃないか。むぅ。こりゃ剣は折れたんじゃないのぅ。
ふむふむ。魔力に耐えれんかったか。ぬう。使った技が見えてこん。
……ワシの最高傑作じゃったんじゃが」
親父から柄だけになった大剣のなれの果てを受け取ったドワーフさんは、芸人さん並みのリアクションを見せ、しげしげと柄を眺める。
「いや、すまんかった。しかしこりゃワシには直せんな。
同じ大剣を打ち直しても、おぬしの腕に見合うもんにはならん。そんなもんはワシは打ちとうない」
「そうか」
頷く親父。何となくよくわからないやり取りだが、二人は通じ合ってるようだった。
「おいガキ、ちょっと来い。手を見せい」
「え、あ、はい」
何となく怖かったのだが、親父に背中を押されたのをきっかけにドワーフさんに近づき、両手を見せた。
ドワーフさんはその大きなごつい手でしばらく私の手をもみしだくと、
バッチ~ンっ!!
唐突に大きな音を立てて、私の手を叩いた。
「いったぁ!! 何するんですか、一体!?」
「かかか、ガキの癖に良い手をしとるじゃないか。毎日ちゃんと鍛錬しとる手じゃ。
ふんふん。やっぱり親が親じゃと子も子じゃな。ジオがハナタレじゃったときに良く似た手じゃ」
「ふん」
親父が面白くなさそうに鼻を鳴らした。どうやら照れているらしい。
「さてと、たしかセンジじゃったか」
「セージです。僕の事を知ってるんですか?」
「おお、そうじゃそうじゃ、セージじゃった。そこのジオに聞いたぞ。ぬしが――ホブシっ!!」
殴り飛ばされて転がるドワーフさん。犯人は親父だった。
「余計な事は言うな」
偉そうにドワーフさんを見下ろす親父の後頭部は、私が全力でぶん殴った。
「すいません、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないわい。まったく年寄りに優しくないハナタレじゃわい。
……しかしのう、ジオがこんな顔するとは、本当にワシも歳をとったもんじゃて」
かかかと、気持ちよく笑うドワーフさんから、やりにくそうに親父は目を逸らす。
だから連れて来たくなかったんだと、そんな言葉を小さく漏らしていたが、まあ心からの声という訳ではなさそうでした。
「うむ。それじゃあ、ぬしの武器を作るとするかの。なんぞ欲しいもんはあるか? ワシが何でも作ってやるぞい」
「えっ、良いんですか?」
「おう、そこのハナタレジオとの約束での。子がいっぱしになったら武器を贈ってやるとな。ぬしは合格じゃ。何でも好きなもんを言うがいい」
そう言われて少し悩んで、答えを出した。
「では、槍を。それも取り回しやすい短槍がいいですね」
「……槍か」
意外そうに親父が呟く。ずっとメイン武器として鉈を使ってきた私だが、特に鉈にこだわるつもりはない。
王道の直剣にも憧れるし、シンプルにナイフもいいと思う。重量のある斧やハンマーなんかも相手によっては有効だろうし、私は体重が無いのでそれを補う意味でも手を伸ばしてみたい。
槍はそんな使ってみたい武器の中でも上位にランクインしている。体格で劣る私のリーチ不足を補えるし、スーパー魔力感知で急所を見つけて一突き、なんて戦い方も私と相性がいいように思えるのだ。
まあクライスさんの必殺技が使えるようになったからというのが、一番の理由だけど。鉈だと突き技って相性が悪いのですよ。
「うむ、面白いかもしれんな。帰ったら試してみるか」
試すと言うのは親父相手の模擬戦の事だろう。
本気で魔力を込めない限り、真剣で突いても親父は怪我をしないのでこちらとしては気兼ねなく新しい武器を試し、手に馴染ませることが出来る。
まあ側から見ると子が親に凶器を振り回す猟奇的な絵面になるのだけど。
「それで俺の武器は?」
……諦めてなかったのか。
「おぬしのは十日やそこらじゃ無理じゃわい。なんぞ適当に置いとるのを持ってけい。次に来るまでにはあっと驚くようなもんを打っとくわい」
「そうか」
「それじゃあセージ、どんな槍がええか詳しく聞くからついて来い。ジオ、くれぐれも置いとるもんを壊すんじゃないぞい」
ドワーフさんに言われて、アトリエの奥に進んでいく。
親父は店内に陳列されている武器を次から次へと手に取って、その感触を確かめるように振り回している。どうやら親父も武器にこだわりは無いようで、大剣以外にも長剣や斧にハルバートと節操無く試しては、何か違うと言う顔で元あったところに直し、新しいものに手を伸ばしている。
そう言えば家にも大剣以外にも多くの武器があったなぁと思い、そもそも代用の武器っているんだろうかと思った。
******
「カグツチさんは親父と長いんですか」
カグツチというのは、ドワーフさんの名前だ。
教えてもらえそうになかったのでストレートに聞いたら、そう言えば名乗ってなかったの、かかか。カグツチと呼べい、と笑って教えてくれた。
そのカグツチさんと私の短槍について意見を交わし、設計図面が出来上がった。
元となる穂先は出来上がったものが流用でき、柄も同様に既製品を使えるとの事で、二時間程度で出来上がるから見ていけと、カグツチさんが槍の穂先を研いだり模様を掘ったりするのを眺める。
カグツチさんの作業を邪魔しないように黙っていようと思ったのだが、別にしゃべっていても仕事の邪魔にはならないようなので、雑談をしていた。
「おう。アシュレイが拾ってからじゃからもう三十年近くになるかのう。あんの悪ガキがぬしみたいな子を連れてくるんじゃから、時間の流れちゅーのは早いもんじゃい」
「ははは、それじゃあカグツチさんはアシュレイさんともお知り合いなんですか」
「うん? なんじゃい、アシュレイさんなんぞ、他人行儀だのう。アシュレイはぬしからすればジジイみたいなもんじゃろ。
……まあ、あのジオが昔話なんぞする訳も無いし、仕方ないんかのう。寂しいのぅ」
本当に寂しそうに肩を落とすカグツチさんに、申し訳なさがこみ上げてくる。カグツチさんの手先も鈍ったように感じる。
「あ、あの、アシュレイおじいちゃんの事を教えてくれませんか」
「おう。あやつはなぁ、エロい男じゃった」
それが孫に語る祖父の姿か。
「いや、待て。気の良い男じゃったが、どうしてものう。エロかったとしか思い出せんでのう……。
うむ、あやつはエロかった。ぬしのジジはエロかった。ワシは嘘はついとらん」
それが全てだとカグツチさんは言いきり、それっきり会話は途切れた。
そうか、親父を育てたアシュレイ・ブレイドホームはエロかったのか。
カグツチさんが穂先を要望通りの形に研いで魔力強化率を上げる呪錬を施し、柄には重量変化の特性を呪錬してもらい、二つを組み上げたところで、槍が完成した。
親父が工場に入ってきたのは、ちょうどそのタイミングだった。
「決めたぞ、ジジイ。これにする」
親父が子供のような声を上げて持ってきたのは、日本刀だった。
作中補足~~二年前のある日の会話~~
「ジジイ。武器をよこせ」
「おお、ジオかなんじゃい藪から棒に。おぬしはもう武器なんぞいらんじゃろ」
「俺のじゃない。息子のだ」
「息子じゃと。おぬしみたいのが子育てする訳ないじゃろ、なんの冗談じゃ」
「うるさい。武器をよこせ」
「むぅ、まあ作ってやるのはええが、その子はどこじゃ」
「家にいる」
「……連れてこんかい」
「いやだ」
「なんでじゃ!!」
その後、何のかんので鉈を貰って帰ったジオだった。