74話 明答を得た
私はご飯をたくさん食べるようになった。
まあ、なんだ。私は子供だ。毎日が成長期だ。そして成長するには十分な栄養が必要になる。
私はギルドでの体力仕事に就いているから、成長するのは私にとって仕事の一環だ。努力義務が発生している行為だ。
だからご飯をたくさん食べるようにした。うん。他意はこれっぽっちもありません。
「……吐くなよ」
夕食を終えて、次兄さんがそんなことを言った。
ふっ。馬鹿な次兄さんだ。私はギルドでも商会でもちょっとしたアイドル扱いされてるんだぞ。ゲロを吐くとか、そんな下品な機能はそもそも付いていないんだ。
……あ、自分で言っててなんだか気持ち悪くなってきた。
「……セージはたまに馬鹿だよね」
「しみじみと言うのは止めて欲しい」
ちなみに言ったのは兄さんだ。
「背丈なんてそんな簡単に伸びるもんじゃないだろ」
「違うし! 気にしてなんかないし!! ほら、小さいうちは女の子の方が発育良いのは常識だし! 妹の方がよく食べてたからとかそんなこと全然気にしてないし!!」
妹がポンと私の肩に手を置いた。
「ごめんね、アニキ」
……私はその日、早々に部屋に戻って眠りについた。
宿題手伝ってくれるっていったのにと妹が怒っていたが、私は寝ているので気付きませんでした。
ええ。気付かなかったんです。だから体をゆすらないでください。まだちょっと気持ち悪いんです。
これはもちろん嫌がらせとかそんな意図はまるでありません。だって寝てるだけなんですから。
そして次の日の朝に親父と兄さんに怒られたけど、僕は全然悪くないんだヨ?
******
身長に関する問題はそうそうどうにかなることでは無いので、先送りにしよう。
今の私にできるのはよく食べ、よく体を動かし、よく眠る事だ。
そんな訳で、身体を動かしにギルドにやって来ました。
「おはようございます」
「おはよ~」
いつものアリスさんの所で受付をする。別にこだわっているつもりはないし、アリスさんが休みだったり、極端に混んでいたりした時には他の受付の人にお願いする。
ただギルドの仕事は開示されている一部の物を除き、大半はギルドスタッフの方で管理されている。
まあギルドの仕事は国防が絡む問題になるので、各々が好き勝手にやりたいことをやると問題があるのは簡単に想像できる。
それを解消するために、受付事務の人間が各パーティー(私はソロだからパーティーじゃないけど)の適正に合わせてやって欲しい仕事を見繕う。
ギルドメンバーとして働く上での利点は、斡旋された仕事のやるかやらないかの最終的な決定権が労働者側にある事だ。騎士になると軍隊なので、基本的に命令に対する拒否権が無い。
まあその結果として時にはギルドメンバーと受付のスタッフとの間で色々と面倒事も起きるのだけど、自分たちの事を知っている信用できる相手に仕事の斡旋をしてもらう方が良いのは確実なので、受付相手はある程度は固定するのが常識になっている。
ちなみに上級メンバーになると専属の調整役が付き、ギルド本部に顔を出す必要が極端に減る。
ただし拒否できない仕事もたびたび押し付けられるようになるとのこと。
「ちょうど良かった。セージ君に指名の依頼が入ってるから、お家に行こうかと思ってたところなんだよ」
「……指名、ですか?」
はて、私を指名とは何だろう。
指名依頼は個人や企業が出すものと、ギルドやその上位組織である行政が発するものの二種類がある。どちらにしても言える事は、お手当がおいしいという事ぐらいだ。
しかし指名を受ける心当たりがまるでない。考えても仕方のない問題の答えは、アリスさんがすぐに教えてくれた。
「セルビアちゃんの学校からだよ。産業都市に接続してる間に実地訓練やるから、その護衛補助だって。お兄さんなら子供たちも安心できるだろうからってさ」
「……えーと、色々と言いたいことがあるんですけど、とりあえずお断りしますね」
「ふえっ!?」
変な声を上げる残念美人のアリスさん。
「妹にはギルドで働いてること内緒にしてるので出来ないです。そもそも学校はどこでその個人情報掴んだんですか? 入学の申請書類には書いてないですよ。それに僕の年齢もちゃんと知らないでしょう。同い年の子なんて面倒見きれないですよ」
「ちょ、でも、すごく報酬良いんだよ!?」
――っ!!
いやいや、少しだけ、ほんの少しだけ心が動かされたが、現実的に考えて受けて良い仕事では無い。
妹が同い年の私がやっているから、自分が荒野に出ても大丈夫なんて思い込んだら危ない。そしてそれは妹のクラスメートたちにも言えるだろう。
妹はともかく他所の子が死んだとしても私のせいだとは思わないが、だからと言って小さい子供が死ぬきっかけにはなりたくない。
「それは断ります……けど、日程は教えてくださいよ」
「ぇえーー!? 指名の依頼を断られると私の評価が下がるんだよ。それなのにそういうこと言うの? ちょっとひどくない? この前のジオ様とのだって結局バレて、私すっごい怒られたんだよ?」
「ひどくないです。今回のは断ってもおかしくないでしょう。日程だって、妹が心配だからこっそり影ながら見守りたいんですよ。今回は変な事にはなりませんって」
そう説得しても、アリスさんはあまり納得した様子も無く頬を膨らませた。
「……わかりました。日程の方は妹から聞くので良いですよ。それで、普通の仕事見繕ってくださいよ」
「――もうっ。わかったよ。確かにちょっと変な依頼だなぁって思ってたし、仲介手当てもやけに高額だったし……。
うん、それじゃあお仕事なんだけど、近場は下級の魔物しか出ないからちょっと遠出してもらっても良い?
サンドリザードが多く出そうなエリアは嫌われてるから、セージ君が引き受けてくれると助かるんだけど」
サンドリザードは荒野の風景と同色の鱗に覆われたでっかいワニの魔物だ。
等級は中級中位で、鱗は固いが、中級の魔法で十分に貫通できる程度の硬度であり、鱗に覆われていない腹はむしろ柔らかい。
噛砕く顎の力こそ強いものの、スピードはそこそこで攻撃パターンは噛みつきが基本で、たまに口から固有の魔法を使う事もあるが大した威力では無いし、魔力量の関係で連発もしない。
ぶっちゃけ個体としてはたいして強くは無いのだが、それなりにタフなので数に囲まれると厄介だ。
さらに迷彩色な外見の上に地中に潜っていることもあって見つけるのが難しく、常に奇襲を警戒をしなければならないので、獲物の中では不人気な相手だ。
さらにハイオークのように持って帰ればお得になるような部位もほとんど無いので、報酬の面でもそう美味しくない。
「ええ、そこでいいですよ」
もっとも私の場合は仮神印のスーパー魔力感知があるので簡単に見つけられるし、奇襲をかけてくるタイミングすらつかめるので、割と相手にしやすい。
隠れているサンドリザードが私に飛びかかってくるタイミングで足元に下級上位ぐらいの土魔法をセットして軽く後ろに下がれば、飛びかかってきたサンドリザードの腹に土槍ででっかい風穴があくという寸法だ。
「うん、ありがと。それじゃあ手続きしちゃうね」
アリスさんが花も恥じらうような可愛らしい笑顔を浮かべてそう言い、そしてあっと少し間抜けな声を上げた。
「そう言えば忘れてた。セージ君はもう中級中位にランクアップ出来るけど、どうする? 簡単な筆記試験があるから予約入れないとだけど」
「――ん? ずいぶんと早くないですか? 僕が中級に上がったのって一年前ですよ?」
「うーん、年齢で言えば当然だんとつに早いんだけど、登録経過年数で言えばそこまで早くは無いよ。あのケイ・マージネル様はセージ君よりも早いくらいだったし。
ただケイ様はランクアップ試験の条件を上級パーティーでクリアしてるから、ソロでクリアしてるセージ君の方がずっとずっとすごいんだけどね」
我が事のように誇らしげに胸を張るアリスさんは可愛いし嬉しい。ただしちょっと不安要素でもある。
「最年少の皇剣様の方が僕よりもすごいですよ」
ケイ・マージネルは最も新しい英雄様で、大人気の天才美少女戦士様だ。
自分の方がすごいとは思わないが、私の立ち位置は最年少の中級ギルド・メンバーで、英雄の息子だ。
そしてそのお馬鹿な英雄は反社会的で皇剣に唾を吐きかけるような生き方をしてきた、馬鹿親父だ。
ケイ・マージネルに対抗しているような噂が立てば、この都市のお偉いさんの反感を買うだろう。少なくとも私は喧嘩を売る気はないとアピールしていきたい。
「ランクアップ試験の方も見送らせてもらいますね。今のところ特に中級下位で不満は感じてませんし」
「むぅー、喜ぶと思ったのになぁ。わかったよ。
でもあんまりのんびりしてると、次にクライスに会った時に呆れられちゃうからね」
******
そして、お仕事してきました。
あれこれ準備して朝の八時過ぎに守護都市を出て、九時ぐらいから指定エリアをうろついてサンドリザードを十二匹ほど、あとコウヤオオカミに見つかって六匹ほど狩りました。
この一年で私の魔力量はそれなりに上がってきたけど、魔力が無くなると一気に弱体化してしまうのは変わっていない。
午後二時ぐらいになったあたりで残魔力量が半分を切ったので、お仕事を切り上げる事にしました。
まあ帰ってシャワーを浴びてギルドで清算をすると三時を過ぎるし、それから軽い食事をして夕食の材料を買って帰ると四時は過ぎる。
預かっている子供たちの迎えがちらほらとやって来る時間帯なので、だいたい私はいつもそれぐらいに帰る。
まあ保育士さん雇ってるんだから、その時間に帰らなきゃいけないってことはないんだけど。
そこでふと、気が付いた。
ギルドでお仕事をする場合は守護都市に帰るまで何も食べない。そして帰るとお腹が空いているので何か食べる。でも夕食前なので軽い物だけだ。
でも中途半端にお腹に物が入っているせいで、夕食はそれほど――具体的には、妹よりも――食べられない。
そうか。それが原因だったんだな。
今度からお弁当を持って荒野に出て、ちゃんとお昼にご飯を食べよう。そうしよう。