69話 七歳
砂と岩が広がる荒野の中で、一つのパーティーが窮地に陥っていた。
一年前に守護都市に上がり、最近になって中級下位に昇級した五名ほどのパーティーだ。
パ-ティーメンバーの全員が一軒家よりも大きな岩の上に上って身を寄せ合い、その岩に上ってこようとするサンドリザード――荒野に生息する大型なワニの魔物。砂と同色の鱗を持ち、普段は地面の中に息をひそめている――の群れを必死に落としていた。
「管制っ!! 聞こえてんだろっ! 救援はまだか!!」
「話がつきました。八キロほど離れた位置より中級下位のギルドメンバーが撤退支援に向かっています。それまで持ちこたえてください」
「そうかっ、それでいつやって来る。数は何人だ!?」
救援要請をしてからしばらく、パーティーリーダーの青年はようやく色よい返事が返ってきて、焦りの中に嬉しさを混じらせて管制に向かって問いかけた。
「時間はわかりません。数は一人。中級下位でソロで活動している方です」
「――っ!! ああ、いや助けてくれんだもんな。文句はねぇ。
早めに頼むって伝えてくれ。無事に戻れたらいくらでも酒をおごるからって」
「承知しました」
その返事で管制との接続はいったん切れる。
パーティーはリーダーを含め全員が余力を失っていた。彼らは最近になってそれぞれの教育係に引き合わされて組んだ、経験の浅いパーティーだった。
当然のことながら無理をする気は無く、守護都市から近いエリアを指定して下級上位の魔物――人食い兎とも呼ばれるオオグマウサギ。肉質は悪いが毛皮が好事家に高く売れる――を狙っていた。
連携がうまくいかずに毛皮は傷めてしまいほとんど取れなかったが、最低限の稼ぎになる量を狩り、さあ帰ろうと言うところで、中級中位のサンドリザードから奇襲を受けた。
直前で斥候役が危険察知し、楯役の前衛が抑えている間に運よく近くにあったこの岩に上ることが出来た。
しかしサンドリザードの固い鱗は前衛の武器では刃が通らず、かと言って魔法で有効打を与えようにも十数体も集まってきたサンドリザードが岩の上に上がってこないようにするのに必死で、十分な威力を発揮できるだけの精神集中に入れなかった。
これが即席のパーティで無ければ魔法使いも仲間を信頼して精神集中に入れただろうが、こうも絶え間なくサンドリザードの大きな口に迫られている中では恐怖心が強すぎて、目先の対応をするのに精一杯だった。
あるいはリーダーである青年がしっかりと指示を出し、魔法使いを守るように陣形を作れば独力でも切り抜けられたかもしれない。
だがパーティーが防戦に徹している場所が守護都市に近い事もあって、リーダーの青年は他のパーティーが助けてくれると信じ、それまで自分の身を守る事に心を支配されていた。
「――返答、来ました。これから支援爆撃を行うと。それとお礼はお酒はよりも食材、特に新鮮な野菜が好ましいとのことです」
「は?」
待ちに待った管制からの返答に聞き覚えのない単語と見当違いな要求があって、リーダーが呆気にとられて開くも、そこからの声はかき消されて形にならなかった。
パーティーがいる岩の周辺に、いくつもの魔法が降り注いできた。
種類は単一で、どれも火系統の魔法だった。パッと見の形状は火矢だったが、その魔法は着弾と同時に爆炎をまき散らして数体のサンドリザードを焦がし、あるいは吹き飛ばした。
そんな魔法が何発も降り注いでくる。
それは正確には複数の魔法ではなく、十数発の焼夷弾を放つ単独の上級魔法だったが、そんなことは彼らにはわからなかったし、あまり関係もなかった。
リーダーを除くパーティーの面々はこの魔法が支援だとはわからず、頭を抱えてその場にうずくまった。火の手こそ岩の上には迫ってこないものの、轟音と衝撃は絶え間なく襲い掛かってくる。
時間にしてそれは十秒あまりの短い時間だったが、リーダーを含め五人はまるで生きた心地がしなかった。
降り注いだ魔法は一つ一つが中級相当の威力を持つ魔法で、直撃を受ければ死んでしまう。しかもその魔法には魔力の気配に隠ぺいが施されており、視認することこそできるものの、魔力感知では察することが出来ない。
そしてその魔法の弾速は、視認した次の瞬間には着弾をしているほどの速さだった。
結果として、パーティーは何が何だかわからないままに周囲に破壊の炎が撒き散らされる、恐怖の時間に耐えることとなった。
「――こちら管制。伝言です。支援終了しました。数匹はまだ息があるので、処理をする際は注意して下さい、との事です。
またその場にいるサンドリザードの討伐報酬は、全て救援を行ったギルドメンバーに権利があります。規定の処理をしたのち帰還して下さい。何か質問はありますか?」
「あ、ああ……」
リーダーの青年は茫然と管制から伝えられる言葉に頷き、足を震わせながら立ち上がった。
岩の上から周囲を見渡せば、その光景は黒く焦げた凄惨なものだった。先ほどまで餓えた目で岩に取り付き涎を垂らしていたサンドリザードは、そのほとんどが原形を失っていた。
サンドリザードの討伐証明部位は尻尾だが、無事に残っているものは少ない。剥ぎ取ればいくらかの金になる革も焼け焦げていて価値は無さそうだ。
こういう場合はまともな尻尾だけ持って帰り、ギルドで説明をすることで持って帰れなかった分を認めてもらう形になる。ただしギルドメンバーの言い分が完全に認められるケースは稀で、満額が支払われることはほぼ無い。精々が五割程度だ。
それが常識だとリーダーは教育係だったベテランのギルドメンバーに教えてもらったが、同時に金に汚いギルドメンバーはよくそれが理由でもめ事を起こすとも聞いていた。
俺は魔物を殺したのに何で払うモノ払わないんだと、怒ると。
リーダーはもう一度、周囲を見渡した。
凄惨な焦土が広がっている。
全力でギルドスタッフに説明しよう。
助けてくれた誰かに満額が支払われなかったら、パーティーの財布からひねり出そう。
リーダーはそう固く心に誓った。
「……わかった。その、わかりました。色々と聞きたいことはあるっすけど、助けてくれた方のお名前を聞いてもいいっすか?」
「問題ありません。彼はセイジェンド。セイジェンド・ブレイドホームです」
◆◆◆◆◆◆
「終わったよー。セージ君、今日も救援要請受けたんだねー」
「ええ。なんだか最近多いんですよね。今日なんて結構距離があったのに。周辺に他のギルドメンバーもいたんですよ?」
私は一仕事終えて帰ろうかなって時に追加でお仕事引き受けまして、それも終わってギルドに帰りまして、いつものようにアリスさんの所で今日のお給金を清算してもらいました。
「あはは。セージ君は断らないからねー。管制の方でもセージ君がいたらとりあえず聞いてみようって思ってるんじゃないかな」
ああ、便利屋扱いか。私は人助けが趣味だけど、それを他人に強制されるのはむしろ嫌いだ。まあそうは言っても今日みたいなのを見捨てる気はないけどね。
それに新しく覚えた上級魔法も試せたし、救援要請を受けるとお手当もいくらか増えるし、余裕があるときにお仕事のお誘いがあるのはむしろ良い事なんだけどね。
ただ救援依頼を受けるのが当たり前だと思われるのは怖いんだよね。余裕が無い時は断りたいし。
「そう言えばセージ君、ランクアップの試験受けないの? 実績値の確認討伐数と依頼数が規定値超えてるから、手続きしてくれれば一週間ぐらいで試験の準備が出来るよ?」
「ああ、そうなんですか?」
「……セージ君て、こういう所はジオ様に似てるよね。ジオ様も自分の戦績とか無関心で、試験は受けずに勲章だけでランクアップしたっていう話だし」
社会不適格者の馬鹿親父と一緒にしないでほしい。
「僕はただランクアップする気が無いから、条件を気にしてないってだけですよ。人並みに自分の仕事の成果や評価は気にしてますよ」
「……そうかなあ、セージ君て最低でも週に二回は絶対にギルドの仕事してるでしょ。近場ばっかりだけど、そんなハイペースで狩りに出る人っていないよ?」
あー、それはクライスさん達が私になるべく経験積ませようとそのペースで仕事してたから、習慣になっているのだ。
私の場合は怪我をすると簡単に死んでしまう貧弱な子供なので、逆説的に狩りに出ても怪我をすることも無いので、疲労さえ抜ければ問題ない。
その疲労にしたって、魔力や体力が空っぽに尽きるぐらいにハードな日もまあたくさんあったんだけど、たくさん食べてしっかり寝れば次の日には身体はちゃんと動くぐらいには回復したし、もう一日休めば体調は万全になった。
子供の身体って凄いよね。
「そう? まあ無理してる訳じゃあなさそうだからいいんだけど、ランクアップしないのかぁ。確かにちょっとセージ君目立ってきたし、落ち着いてのんびりした方がいいかもね」
「目立って……?
ああ、子供ですからね。親父も親父ですし。
……もしかして偉い人の反感とか、買ってますか?」
なんとなく親父を思い浮かべて、そんなことを連想した。いやね、ちょっと思い当たる事があるのですよ。
たしか最年少で皇剣になったお嬢様のお家に親父は嫌われていて、そこのお嬢様は勲章や大会の成績にギルドの昇級などの、それまで最年少だった親父の記録を塗りかえていった。
そして現在、私はそのお嬢様のギルド登録年齢と、中級下位昇級と、確認魔物討伐数100などの最年少ギルドレコードを塗り替えてしまっている。
そんな気はさらさらないのだが、お嬢様のお家に喧嘩売っていると捉えられていそうで怖い。
「あー……、うん。たぶん。
あっ、いや、そんなに深刻な話じゃあないよ。たぶんスカウトとかだと思うけど――」
「――ちょっとアリスっ」
私とアリスさんが話し込んでいると、横合いから声をかけられた。他の受付スタッフの女性だった。私には聞こえないように小声で、アリスさんに注意をしている。
内容的には忙しいんだからとか、いつまでも話してないでとか、そんな感じのセリフがちらほらと断片的に耳に入ってくる。
ギルドの受付が混み合うのは、だいたい夕刻だ。
特に今は教育係から卒業した新人上がりのギルドメンバーが日帰りの仕事を多く受けている時期でもあって、なおさらに忙しいと以前アリスさんの愚痴を聞いたことがある。
ギルドの仕事をする時、私はいつも夕飯の買い物や支度を見込んで、日の高いうちに帰ってくる。だいたい三時すぎぐらいの、事務スタッフの暇な時間帯だ。
だが今日は救援要請もあって、遠回りをした上に結構な魔力消費をしたので比較的ゆっくりとした足取りで守護都市に戻ってきた。
つまりそろそろ夕暮れ時で、ピークタイムが近い。
「すいません、お邪魔しました。それじゃあアリスさんも、お仕事頑張ってください」
「え、あ、うん。ごめんね、うるさいのがい――っ!!」
あ、わき腹を思いっきり殴られた。カウンターがあるので見えはしないんだけど、魔力感知で把握できる。魔力感知が無くても察することはできるけど。
忙しくなる時間帯に雑談してた私たちが悪いんだから、余計なこと言わなければいいのに。まあアリスさんは本気出すと上級並に強いという事なので、事務員さんに殴られるぐらい平気なんだろうけど。
……アリスさんって、美人で強くて優しくて人当たりが良くてついでにエルフなのに、なんで芸人みたいに見えるんだろう。不思議だ。
そんな不思議エルフのアリスさんの所には、帰ったばかりのパーティーが勢いよく飛び込んでいった。
そのパーティーは五人組で、その魔力には覚えもあったけど、声をかけても恩着せがましい事になるかもしれないし夕飯の支度もしたいのでさっさと帰る事にした。
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さて、私は今年で七歳になりました。
体や魔力は順調に成長してきたけど、いろいろと問題や悩みも多い。
その中でも大きなものは二つで、一つは妹の事だ。
妹は騎士養成校に通う事になった。
入学試験の結果はとってもよかったけど、将来の道を限定させたくは無いので奨学金はとらせなかった。
入学式の日は平日で託児の仕事は休めなかったので、代表して親父と兄さんが出席した。私も出たかったけど、私が保護者席に座っても周りが困惑するだろうし、留守役も必要だから泣く泣く我慢した。
そして入学式から帰ってきた妹は、大泣きをしていた。
とりあえず親父に何をしたと文句を言ったが、何をしたわけでもなく、何かあった訳でもなく入学式が終わった後、急に泣き出したらしい。
むしろ泣き出してから何かしそうになった親父を兄さんが必死に止めて、妹が泣きながら帰りたいと言ったので、取り急ぎ返ってきたとの事だった。
しばらく妹の頭をなでて落ち着くのを待ち、理由を聞いたところ、
「なんでアニキいないの?」
と、鼻声ながら怒った様子でそう言った。
最初は入学式を見に行かなかったことを怒っているのかと思ったのだが、どうやら妹は私も一緒に養成校に入ると思っていたらしい。
だが家を出るとき行ってらっしゃいと私が手を振るのを見て不思議に思い、入学式で隣に知らない男の子が座ってるのにムカムカして、式が終わってよくわからない説明とか先生のお話を聞いてるうちに私が学校に来ないことを理解して、迎えの親父と兄さんの顔を見たら涙が止まらなくなったということだった。
私と親父は妹を養成校に入れると言う約束はしたが、私も一緒に通うという約束は当然していない。
だがそんな正論で諭したところで、
「あたしがいくんだからアニキもいっしょでしょっ!!」
と、怒られるだけだった。
そして改めて私が入学する気が無いと理解して、
「じゃああたしもいかない!! アニキのバカ!!」
と完全にキレられた。
……正直、可愛いなぁなんて思ってしまったが、このわがままを許すのはよろしくないと思ったので、アニキ嫌いと罵られて何度も胸をえぐられながらも、兄さんや次兄さんに姉さんと一緒に頑張って説得した。
その結果、半ば無理矢理、養成校に通わせ続けることにしました。ちなみにこの問題に、我関せずと逃げていた親父は、三日間お酒抜きの刑に処した。
一年間は無理矢理にでも通わせて様子を見て、それでも嫌がるようなら退学させようと思う。
もっとも一緒に通う幼馴染の友達もいるし、さらには同じクラスに新しい友達もできたようなので、そんなに心配はしなくてもよさそうだった。
そしてもう一つの問題は親父だ。
この一年間、一度も親父に勝っていない。ここ最近の立ち合いはもう最初から本気モードで情け容赦というものがない。
もう少し子供に対して優しさというものを持ってほしい。
一応、私も強くなってはいる。その実感はある。
たぶん今ならハイオーク・ロードを一対一で狩れるだろうし、クライスさんともある程度は良い勝負が出来そうな気がする。まあ勝率は五割を切るだろうけど、少なくとも一年前と違って勝負にはなる。さらにクライスさんの必殺技も使えるようになったし。
パーティーメンバーが見つからず仕方なくソロでおっかなびっくり仕事に出て、デス子に貰ったハイスペックな魔力感知にも助けらながらも何とか一人でそこそこの成果が出せるようになったので、強くなっているという実感はある。
だがそれでも私の目標は親父なので、やっぱり親父に勝ち星がつかないのはやはり悔しい。
とはいえ勝ち目があるかと言えばまるでないのだ。
これまで何度か奇手、奇策で親父の裏をかき一撃をくらわせることに成功しているが、それは親父が魔力を抑え込んでいるから通じたものだった。
どうもその状態だと勘も鈍るし反応速度も大幅に遅くなっていたようで、それから解き放たれたこの一年間はどれだけの揺さぶりをかけても、まともに裏をかけた事が無い。
かといって正面から挑んでも、スペックに差がありすぎてまるで通用しない。
つまり必要なのは親父の手加減度合いだ。攻撃や身のこなしで本当の意味で本気になってないのはわかるが、それにしたってもうちょっと考えて欲しい。
一年たってもまるで通用しないようなスペックに挑むこっちの気持ちも考えて欲しい。少なくとも本気で魔力をまとうのは止めて欲しいのだ。
そんな不満が溜まっていたせいだろう。早朝の立ち合いを終えて、ついついちょっと愚痴をこぼしてしまった。
子供に本気出すとかズルいとか、大人気ないとかそんなことを。
「俺が……本気?」
そうしたら、不穏な雰囲気をまとって親父がそう呟いた。