62話 ゴブリン・ロード
今話以降、暴力表現と残酷な描写が続きます。
苦手な方はご注意ください。
「ゴブリン狩り?」
「その通りだ、騎士クライス・ベンパー」
上官に呼び出されたクライスは、用件を聞いて顔をしかめた。その顔にははっきりと俺に回してくるような仕事かよと、不満がありありと書かれていた。
「やれってんなら、そりゃあやるけどよ。俺が出るような事か? いやまあ、ガキ連中だけじゃあ怖いから引率しろって事ならわかるけどよ」
「騎士ベンパー、君も公務につく身なのだから、もう少し言葉遣いを……」
「ああ、そりゃお断りだ。そこらへんは契約ん時に言ったろ、蒸し返すなよ面倒臭い」
上官はこめかみを指で揉んだ。上官と言っても戦士としての技量も実績も、ついでに年齢もクライスの方が上で正直扱いづらい相手だった。
命令すればちゃんと聞くのだが、その態度が騎士団の規律に反しているので毎度胃が痛くなる想いで注意することになるのだ。
そうだというのにクライスの返答はだいたい今と変わりない様子で、ついでに言うと雇用条件の中に態度の悪さは許すという趣旨の文言が入っている。
優秀な人格者とは上官も認めるところだが、なぜこんな扱い辛い部下が自分のところに配属されたのかと人事を恨まずにはいられなかった。
「――話を戻そうか。今回の件はただのゴブリン討伐では無い。爆発的にゴブリンが増えている。規模からいってロード種の発生もあり得るだろう。
ただし最大の問題は短期間でゴブリンが大量に発生したという事だ」
「……共生派の仕業って事か」
「ほう、守護都市で暮らしていた君も知っているか。関与が疑われているのはその中でも過激な強硬派と呼ばれる連中だ」
共生派とは魔物との共生を掲げるテロリストの通称だ。
共生派内部では派閥争いがあり各派閥ごとになにやら大層な名前を名乗っているが、クライスもそこまで知らなかったし、そもそも興味が無かった。
テロリストたちが何処の誰であれ、精霊様の治世を否定し、外道な手段で世を乱す悪党どもであることには変わりはないのだから。
「守護都市でも被害は出てるさ。あいつらのせいで、飲み仲間が何人も殺された」
クライスは感情のこもらないあっさりとした口調で、そう言った。
「……そうか、すまない。
現時点では確証はないが、共生派が動いている可能性が高い。とはいえ、管制の方でゴブリンの巣は特定できている。君は訓練生を選抜し、そこに強襲を仕掛け、殲滅してくれ。
君がいる以上、ゴブリン・ロードだけなら問題は無いだろうが、先の通り共生派がいる可能性はある。奴らの戦力は通常ハンター上級程度だが、詳細は不明だ。撤退することも許可する。
万全を期すなら君と同程度の実力者のみで作戦に当たらせるべきだが、今回の一件では訓練生に実戦の経験を積ませ、共生派の行いを見せる事も目的の内だ。
それを踏まえたうえで行動したまえ」
「了解。あいつらが最低だって事も、俺たちの仕事が最低だって事も、なるべく早く知っといた方がいいだろうよ」
上官は口をへの字につぐんだ。上官はあえてゴブリンが大量発生した原因と、その原因の処遇について言及しなかった。
それは経験豊富なクライスなら言わなくてもわかる事であるし、口に出すことも憚られる行いだったからだ。
◆◆◆◆◆◆
体力と魔力の温存のために、私は軽い駆け足でそこへ向かった。
荒野と違い、この結界の中では魔力感知を邪魔するものは少ない。
私は目一杯に魔力感知を伸ばし、自分を中心に三百六十度ぐるっと回す。
これだとあんまり詳しい事はわからないけど、それでも生き物がどこにどれくらいいるかはだいたいわかる。その生き物が魔物かそれ以外かも、だいたいわかる。
私はゴブリンらしき魔物が多い方へと足を向け、襲い掛かってくるのを殺していく。
やっぱり消耗を抑えたいので全部は殺していかない。適当に距離を進んだら、もう一度同じように魔力感知で索敵する。
そうすると今までよりはっきりと大きな反応を感じたので、近づく前にまずその付近を中心に探っていく。
そこは洞窟になっていて、荒野に近い感覚が邪魔をして中はよく見えない。大雑把なところとして、ゴブリンの数は百に満たず、その中にひときわ大きい反応があった。
「ちょっとしたダンジョン攻略……RPGって感じだね。本当ならもうちょっと準備するべきなんだろうけど……」
たぶんゴブリン・ロードがいる事とその拠点の情報を持って帰るだけでも、ギルド・メンバーとしての義務は果たした事になるだろう。
それから正式な依頼として引き受け装備を整え仲間を募ってからの方が確実だし、時間的にも一日とかからないだろう。
私の手で解決することにこだわらなければ、今日の昼にはギルドに話を通し、夕暮れには守護都市の実力者が討伐に乗り出すだろう。
「でもまあ、これも何かの縁だしね」
洞窟という狭い環境で多数のモンスターを相手にするというのは、クライスさんからは習わなかった。親父はそもそも戦闘技術しか教えてくれない。
とはいえ相手はゴブリンで、荒野の魔物を相手にするよりはよほどましだろう。この一年で大分、体力も魔力もついたし、村でゆっくり休んでから来たので消耗も少ない。
まあやれるだけやって、ダメなら逃げだそう。
もしかしたらトレイン君になってしまうかもしれないけど、まあ私は子供だしきっと許してくれるだろう。
うん。きっと許してくれる。
私は何か面倒事を起こしそうな時は子供という事を盾にしてる気がするけど、きっと気のせいだ。
気のせいに違いない。
******
そして洞窟の前にたどり着いた。
そして洞窟の前に陣取っているゴブリン・ロード率いる五十匹ほどのゴブリンたちと相対しました。
うん。洞窟に入る必要とか、全然なかった。
仲間であるゴブリンを殺しながら近づく私を警戒し勇敢さを仲間にアピールするためにも打って出てきたのだろう。
納得はできる。納得できる理由だ。しかし不安と一緒に私の胸の中にあったワクワクを返して欲しい。
いや、本気で文句を言っているわけでは無いんだ。出てきてくれるんならその方が手間が省けるし、そもそもよく考えたら洞窟に引きこもったままなら、中級の火炎魔法を何発か放てば片が付くだろうし。
ダンジョン探検とかにロマンを感じてたけど、戦闘で崩落なんて危険もあるんだし、身軽さが身上なんだから外での戦闘に不満なんて無いったら無い。
まあ冗談はさておき、わたしはここで一応洞窟の中を魔力感知で探った。
道中は周辺の警戒に比重を置いていたので、洞窟の内部までは詳しく見てはいなかった。
最初に見たときは距離があったし、洞窟の中は若干だが荒野のように見づらくもなっていたので、魔物の魔力がたくさんあるかどうかぐらいしか見なかった。
大きい反応は目の前のゴブリン・ロードだけだったが、中くらいの反応もいくつかあった。ゴブリンにしては大きく、ロードとしては小さい。
たぶんメイジのような変異種だろう。そういった予備戦力が洞窟の中にどれくらいいるかを把握しておきたかった。
そんな軽い気持ちで、洞窟の奥を見た。
頭の中で、スイッチが入る。
偽善者の私から、優先順位が切り替わる。
頭の中が熱くなる。
胸が痛いぐらいに早鐘を打つ。
一匹のゴブリンが茫然と立つ私に襲い掛かってきた。
私はそいつを躱しざまに足をかけて転ばせ、その頭蓋を踏み砕いた。
可愛いなと、そんな事を思った。
私の憂さを晴らすために、襲い掛かってくる。そんなのが、まだたくさんいる。
大手を振って殺していい命が、目の前にたくさんいる。
「ギギャっ、ギギャギャギャァぁアアア!!!!」
ゴブリン・ロードが雄たけびを上げる。
私は知らず、嗤いを浮かべた。
しかし同時に冷静な部分が私を止めた。これを殺していては、あいつに逃げられる。
あいつは私がここにいる事に気付いていないようだが、しかしあいつは確実にこのゴブリンたちと関係がある。目の前のゴブリン達を殺しつくしては、逃げだすだろう。
洞窟の大きな入口は目の前の一つだけだが、人一人がようやく通れるような抜け道を、あいつは用意していた。
その出口に回り込んでやりたいところだが、私は洞窟の奥にも用がある。
「……ちっ」
私は無詠唱で火の中級魔法を放つ。直線的な火炎放射だ。相も変わらず正面から突っ込んでくるゴブリンの大半を焼き殺し、開けた道を私は駆けた。
ゴブリン・ロードは殺していない。魔法の効果範囲からはあえて外した。ゴブリンと言えど一応はロード種だから的にしても死にはしなかったかもしれないが、このゴブリン・ロードには配下を統率したままここから逃げ出してもらった方が都合がいい。
そうでなければ統制を失ったゴブリンが洞窟を徘徊し、奥にいる彼女を守る必要が出てくる。そんな事をしていてはあいつに逃げられてしまう。
私がゴブリン・ロードに肉薄すると、周囲から王を守ろうと配下のゴブリンたちが決死の覚悟で迫ってくる。
いいね。予定通りだ。
私はもう魔力を隠していない。ハイオーク・ロードの時とは違い、私はゴブリン・ロードと同等以上の敵とみなされている。これならば圧倒したところでゴブリン・ロードはカリスマを失わないだろう。
私は鉈を抜き放ち、そのまま一転する。
衝裂斬変異・円月。
衝裂斬の射程を短くする代わりに斬撃の幅を広げる衝裂斬変異・三日月の上位版で、己を中心に全方向に斬撃を放つ闘魔術だ。十分に魔力を乗せさらに斬撃の動作を加える事で、円月は迫ってきたゴブリンの全てを両断した。
その光景に腰を抜かすゴブリン・ロードに、増幅した魔力を叩きつけてプレッシャーを与える。
私は総合的な能力では中級下位として不足があると自認しているが、短期決戦においては中級中位に届いていると自負してもいる。
相性の良いペリエさんやドルチさんのような相手ならば、中級上位とだって互角に戦い得ると。
そして相性の良い下級上位のゴブリン・ロードが相手ならば、この結果はそれほど意外なものでは無い。
私が敗れるとするならば、ゴブリン・ロードが後方に控え、配下のゴブリンが波状攻撃を仕掛け私の体力と魔力を奪う戦術をとったときだけだろう。
それにしたって、限界を迎える前に私は撤退を選ぶ事が出来る。だからこそ私は単独で乗り込んできたのだ。
身体を震わせるゴブリン・ロードに、鉈を振りかざす。
覚悟を決めたのだろうゴブリン・ロードが刃こぼれの多い剣を振りかざして私に襲い掛かってくる。
私はゴブリン・ロードの一撃をすり抜けて、そのついでに剣を持った片腕を斬り落とした。
泣きながら残った片腕で吹き出す血を押さえるゴブリン・ロードの背を蹴り飛ばし、地べたに這いつくばらせた。
悲鳴を上げるゴブリン・ロードに、衝弾で追い打ちをかける。
速度はあっても威力はあってないような衝弾に追い立てられて、ゴブリン・ロードは走って逃げだした。
逃げ出す直前に大きく泣いて、未だ生き残っているゴブリンたちが私の前に立ちふさがったが、私は相手にせずに洞窟の中に入っていった。
背を向けた私に向かってくるゴブリンも五匹ほどいたが、目で見ていなくとも魔力感知で捉えている。下級魔法で五匹とも殺すと、残ったゴブリンは王族種の元へと逃げていった。
洞窟の奥には、小さな命があった。彼女の魔力量はゴブリンよりも大きかったが、その心はとても弱っていて、輝きのない黒い色をしていた。
ゴブリンの種族特性は知っている。だからその場にいたのが彼女だけなら私はここまで不快には思わなかっただろう。
彼女のそばには、食い散らかされた女性の遺骨もあったが、それも含めて納得は出来ただろう。
魔物は人に害をなすものだ。
私を含めギルド・メンバーが容赦なく魔物を殺すように、魔物が人間に対して残虐な行いをしようと理解も納得もできる。
この状況に責める点があるとするならば、突如としてゴブリン・ロードが発生するような異常なゴブリンの発生状況だというのに、物見遊山の軽いボランティア気分だった私の心の軽さだろう。
だがそれでも彼女を見下ろす反応があったのには我慢が出来なかった。ゴブリンに見つからない高い位置で、ゴブリンでは登れないような安全な高い位置で、あいつは彼女を見下ろしていた。
あいつの感情は、彼女が受けている仕打ちを見て喜んでいた。