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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 政庁都市も危険な都市
63/459

60話 お出かけしよう

 ゴブリン・ロード編、スタート。

 




 もうすぐ、政庁都市との接続が終わる。

 最終日はでっかいお見送りがあって、守護都市デビューする人とその家族や仲間に先生たちが涙ながらのお別れをして、それを花火でお祝いするらしい。


 立派な大学に通うため独り暮らしを始める学ランの子が電車に乗り、もんぺを着たお母ちゃんが涙ながらに発車した電車を追いかけながらも学ランの子と否応なく距離を開けられて、お母ちゃんは膝から崩れ落ち号泣して、学ランの子はそれを窓に張り付くように見ながら、かあちゃーんと泣き叫ぶ。

 そんな錆びついたテンプレとか想像してみた私は、きっと暇人。


 それはともかく、次兄さんが花火を良く見れるスポットとか探してきたので、その日はお弁当を作ってちょっとしたピクニックでもしようかなーと思っている。

 まあまだそれは少し先の話なんだけど。



 さてさてシエスタさんが離れの邸宅で暮らすようになってから、いくらか時間がたちました。

 綺麗な女の人が離れとはいえ同じ敷地で生活するという事で、男性陣はちょっと浮かれ気味です。浮かれポンチです。

 そしてそれを見た姉さんがちょっと黒くなりました。

 まあそれはさて置き、引っ越しなんかはシエスタさんが手配した業者さんが全部やってくれましたので、手伝う隙はありませんでした。

 ちぇっ。仲良くなれるチャンスかと思ったのにな。


「……セージもお父さんたちと同じなんだね」


 いやっ。ただ新しい隣人と仲良くしたいだけだよ。エロ親父とは違うよ!



 ******



 離れには一通りの設備が整っており、トイレもキッチンもお風呂もある。まあ本宅のそれと比べるとこじんまりとしたものではあるのだが。

 しかしシエスタさんは料理がそれほど得意ではないと言うか、好きではないと言うか、キッチンはあるものの料理をすることは少ない。

 出来合いのお弁当やお総菜を買ってきて済ませる事がほとんどだった。

 自炊をしないのは新しい職場で忙しいので、手抜き出来るところはなるべく手抜きをしたいのだそうだ。


 それならば外食でもよさそうなものだけど、妹や弟が大学に通っているのでちょっと多めに仕送りをしているとのことで、なるべく節約したいとのこと。

 そんな会話をしたときにちょっと目に入ってしまったお弁当には、値引きシールが大きく貼ってあった。

 閉店間際のタイムセールで安くなったのを買っているんだと察して、何となく高級官僚(エリート)へのイメージが悲しいものになった。


 同時に前世での独り暮らしの苦労――いやね、独り暮らしって確かに気ままで自分の時間を全部自分のために使えるんだけど、誰かが自分の為に時間を使ってくれることも無いわけで、家事全般はどうしたって負担になるのですよ――を思い出して、ついつい一方的に共感(シンパシー)を持ってしまう。


 なのでシエスタさんが良ければという事で、こっちで食事を用意することにしました。ただし実費(材料費)は頂きます。

 これはケチっているわけでは無く、シエスタさんは家族では無く他人なのです。そして貸し手と借り手と言う契約関係なのです。

 ちょっと冷たく感じるかもしれませんが、お金を対価に貰っておいた方が、シエスタさんも気兼ねなくご飯が食べられるというものなのです。


 そんな経緯で同じ食卓を囲む――シエスタさんは仕事の都合で一緒でない日もあります。私が食事当番をしない日と重なることが多いですが、きっと気のせいです――ことにもなりまして、いやまあ食事をシエスタさんの離れに持っていくという事も考えたのですが、シエスタさん本人から面倒でしょうしご迷惑でなければ……、なんて話があって一緒にご飯を食べてます。


 そしてその結果、シエスタさんとは大分仲良くなれました。

 どうもシエスタさんは誰かと一緒にご飯を食べるのに飢えていたようで、ずいぶん楽しそうにおしゃべりしてました。


 我が家は男四人、女二人で男勢が少し強い。

 妹もそのせいでちょっと男っぽいしゃべり方をしてしまう事があるし、めったに私をお兄ちゃんと呼ばない。

 そこにシエスタさんが混じってくれたことで、良い方向に変化があった。


 シエスタさんは美人で、振る舞いに女性らしさが際立つ可愛らしい人です。

 親父たちが機嫌良さそうにしているのもあって、姉さんや妹もその所作を真似はじめました。食事の作法云々は教えられても、女性らしい立ち振る舞いは教えようがなかったので、そう言う意味でも随分と助かっている。

 ちなみにちょっと前にお赤飯炊きました。そしてその時も大分助けられたけど、私は一切関知してないので説明とかしません。あしからず。



 さて私は今ギルドでのアルバイトを完全にやめて、身体を鍛える事に専念している。

 そしてそのためにやって来た道場には、私と兄さんで捕まえてきた不良がたむろして床に座り込んでいます。


「アルヨアルヨ、ゴハンアルヨ。オカネアルヨ。イイコイルヨ」


 そう誘ったら何故か逃げられたので、兄さんが親父の名前を出して半ば無理やり連れてきました。

 その不良さん達は親父がさんざんしごいているので、何もできずにぐったりと床に座り込んでいます。

 朝早いから寝ているのではなく、朝早くからしごかれてぐったりしているのです。

 とりあえず数日間はこんな感じで心を折って、それから私と兄さんで社会常識を刷り込んでいこうと思います。


 ちなみにこのカリキュラム期間中は不良さんたちは道場から出れません。道場にはトイレもシャワールームもあるし、ご飯はこっちで用意するから大丈夫だよね。

 ……いや、これくらいやらないと更生とか無理っぽかったのですよ。

 最初はもうちょっと人道的にやろうとしたんだけど、道場に唾を吐くわ、ちっちゃい子を脅して泣かせるわ、家や道場においてある物を盗んで逃げようとするわ、親父がひき肉を作ろうとするわで、大変だった。


 まあそんな訳で只今道場は親父と兄さんと私以外、使用不可の立ち入り禁止です。一緒に寝泊まりしている親父には、殺さないことだけはしっかりと言い含めておいた。たぶんちゃんと守るだろう。

 預かっている生徒さんは、庭で兄さんと次兄さんが面倒を見る手はずになっている。

 ただまあそれは日中の話で、今は朝だ。

 そして話を戻すが、私は自分を鍛えようとしている。


 朝食前に不良さんをギャラリーに道場で軽く親父と立ち合い訓練――親父は卑怯者なので、最近は負けそうになると本気を出す。なのでここ最近は勝ち星が全然ない――をして、それから朝食。

 託児のお仕事は姉さんやミルク代表に紹介してもらったアルバイト保母さんに任せることにして、私はランニングに向かった。



 ◆◆◆◆◆◆



 最近とっても運がいい。

 白馬の王子様ことアベルに助けられてから、シエスタは何もかもがうまくいっているような気がしていた。

 派閥にこそ入れなかったが、職場ではおしゃべりできる友人ができた。


 友人と言ってもミルク代表と縁のある人物だったり、シエスタの動向を探るために送られてきた者だったり、あるいは損得勘定に聡い者だったりと、心から友人と呼ぶには難がある。

 それでも誰からも避けられ続けたぼっち生活よりはましだった。利権がらみの人間関係なんてそもそも政庁都市でさんざん経験しているので、忌避感も無い。


 私生活も順調だ。日中騒がしいと言ってもシエスタは仕事に出ているし、休日である土日は託児のお仕事も休みなので実質影響がない。

 内心で不安だった街のストリートチルドレンたちも初日こそ多少は暴れていたが、それ以降はしっかりと隔離されている。

 何故か話の合うセージや、高い教養と興味深い見識を持つミルク代表などと仲良くさせてもらい、ついでにちょっとしたイベントがきっかけで可愛らしいマギーやセルビア達とも仲良くなれた。仕事が終わってからも、毎日が楽しくてしょうがない。


 さらに食生活も充実している。

 出来合いの総菜やお弁当と違って、野菜がたっぷりと使われた素朴だけど栄養たっぷりの家庭料理を毎日格安で頂けている。

 味付けこそ実家とは違うものの、何となく母親に作ってもらうご飯を思い出すシエスタだった。

 それにここ最近不規則な食事と過度のストレスで肌荒れを起こし、化粧でごまかしていたので、野菜たっぷりの料理は重ねて嬉しい事だった。


 シエスタは心のどこかでセージを不気味に思っていた。

 六歳のはずなのに大人びた精神を持ち、育った環境に見合わない高い教養を思わせる受け答えをする。

 もしも帝国の魔族が若返りの魔法を使って忍び込んでいるのだと言われたとしても、シエスタは疑わずにその言葉を信じただろう。


 だがもしもセージの正体がそんな得体の知れない何かだとしても、彼の人格は善性であり、尊敬できるものだった。

 ならばそれほど気にすることは無いのだろうと、今は思っている。

 そもそもジオレインの家に住んでいる時点で不安など腐るほど湧いて出てくるので、ちょっと変わった子がいるくらい大した事では無い。何よりセージの作るご飯はおいしいし。



 とある朝、出勤前にそのセージとばったり出会った。

 朝食の席でも顔を合わせているので、出会ったという表現は間違いかもしれないが、その時のセージの装いは普段とまるで違っていて、別人のような印象を受けた。


 普段は使い古したシャツとくたびれたズボンの、可愛い外見が少しもったいないようなラフで安っぽい格好をしている。

 しかしその時のセージは使い古している事こそ変わらないものの、長く大事に使い込まれてきた立派なローブを纏い、その下に着ているシャツやズボンも動きやすく丈夫そうでいて、くたびれた印象がある。

 さらに足元は編上げの立派なブーツで、腰にはセージの体格には不似合いな大振りな刃物と実用性の高いナイフを帯びていた。


「……カッコイイね、それ。お父さんのお古?」


 一瞬思考の止まったシエスタだったが、ギルドメンバーのごっこ遊びをしているのだろうなぁと結論付けて、そう言った。ごっこ遊びにしては随分と様になっていたが。


「いえ、大半は新しく買ったものですよ。父や先輩たちから貰ったものもありますけど」

「――、え?」

「――、ん?」


 シエスタはセージの回答に首を傾げて、セージはそんなシエスタの反応に首をかしげる。


「そ、そうなんだ。きっと良い人がくれたのね」

「はい」


 良く分からないままシエスタは無難な言葉を口にして、セージはそれに迷うことなく肯定の返事を返した。


「ところでセージさんはこれからどこかにお出かけするの? ジオさんに言わないと心配するんじゃない?」

「ちょっとしたランニングなので、父は心配なんてしないですよ」


 愛想笑いを浮かべながらそう言うセージに、シエスタの顔にも自然と笑みが浮かぶ。


「そうなの。セージさんがしっかりしてるからかな?

 ……もうちょっと早かったら、私も一緒に走ったんだけどね」

「――え?」

「――んん?」


 今度はセージが変な声をあげて、シエスタが首をかしげる。


「そう言えば、シエスタさんは朝早いですよね。毎朝外を走ってるみたいですけど、日課ですか?」

「うん。朝がちょっと苦手だからね、身体を起こすためにもちょっと走ってるの」


 へぇ~と、感心した様子のセージに、シエスタは気分を良くする。朝が弱いのは本当の事なので、嘘は言っていない。

 ただ本当の目的は体型維持(ダイエット)なのだが、それはトップシークレットなのだ。


「……あの、変に誤解して欲しくないんですけど、今度からは兄さんか、次兄さんを誘って走った方が良いかもしれないですよ。

 その、朝早くは割と安全なんですけど、毎日習慣でやるのなら変な事を考える輩に目を付けられかねないですし、シエスタさんはかわいいジャージで走ってますし……」


 そう言われて、シエスタはハッとした。

 そういった話は守護都市を調べた時にさんざん耳にしたし、実際痛い目に遭いそうにもなった。

 しかし安全な家で順調な毎日を過ごすうちに危機意識が薄れかけていたようだった。


「そうよね……、うかつでした。教えてくれてありがとう。その、走る格好ってもっと変えた方がいいかな?」

「いえ、そこはむしろ変えないでください。姉さん達にもいい刺激になってますし。それにシエスタさんは綺麗だからどうしたって目立つので、護衛がわりに誰かうちの男衆か、良い人に傍にいてもらったほうがいいと思います」


 セージの表情は真剣だったが、しかし六歳である。

 中身はあるいはそうではないのかもしれないが、可愛い少年の顔でそんなことを言われて、シエスタは笑いの衝動が抑えられなかった。


「ふふっ、そうだね。それじゃあこれからはアベル王子様にお願いするね――と、あの子って、朝早いの大丈夫なのかな?」

「兄さんなら大丈夫ですよ。いつも道場で床磨きやって、僕と父の稽古を見たりして、暇ですから」


 それは暇と言ってはいけない事柄ではあったが、ツッコミは不在だった。


「そっか。それじゃあお願いしようかな。セージさんはまた今度一緒に走ろうね。今日はどのあたりを走るの?」

「とりあえず訓練がてら山の方に。あのへんに農村があるので、あそこまで」

「え?」

「ん?」


 セージが指さしたのは山間の農村だった。

 東の農業都市につながる国道に近いこともあって、政庁都市以外にもその方面の力の恩恵をいくらか得ている。

 特産品はわさびで、それ以外にも多種多様な農作物や山菜に、量は少ないが川魚が採れ、政庁都市に出荷されてくる。


 だがその農村と政庁都市までは四十キロ近い距離が有り、さらに国道から外れてその村に向かう道は山道だ。

 十分な舗装がされていない悪路で傾斜もある。子供の足では一日かけてたどり着けるかどうかといった場所だった。

 ランニングに慣れているシエスタの足でも、気軽に行くのは無理である。


「――あっ、冗談か。ごめんちょっとわからなかった」

「え?」

「ええっ?」


 なんとか納得できる答えを口にしたシエスタに、セージがまたも驚きを示すものだから、シエスタは思わず声を張ってしまう。


「いやいやいや、ジオさん心配するでしょうそれは。街道にはゴブリンみたいな魔物も出るし、子供が一人で外を出歩いたらいけないのよ」


 だからそんな立派な装備しているのかと思ったが、しかし装備を良くしたところで、子供がどうにかなるものでもない。


「いや、昼には帰るので父は心配なんて……」


 ジオの心配するのは昼食の内容だろうから心配いらないと説明しようとして、セージはポンと手を叩いた。


「シエスタさんには、そういえば言ってなかったですね」


 ゴソゴソとセージが懐から取り出したのは、シエスタにも見覚えのあるカードだった。

 銀色のそれは中級(ガーディアンランク)を示すギルドカードだった。裏表を見て、そのギルドカードが誰の物で、そのギルドカードが間違いなく本物だという事を理解して、シエスタは言葉を失った。


「姉さん達には内緒ですよ」



 ******



 今日の夕飯は山菜の天ぷらにしますねーと言い残し、走っていったセージをシエスタは呆然と見送って、


「……仕事に行こっ」


 努めて明るい声でそう言った。


 世の中には理解しないほうがいいことがたくさんある。シエスタは自分自身をちょっと勉強ができるだけの公務員だと認識しているので、深入りしてはいけない世界があることを理解していた。

 ……ジオレイン・ベルーガーの住まいを借りている時点でとうに手遅れだし、ようやくその事にも気づき始めたが、きっと気のせいに違いなのでシエスタは仕事に現実逃避することに決めた。

 セージの事を、やはりさん付けせざるを得ないと、改めて思いながら。





(久しぶりの)シリアス編、スタート。

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