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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 政庁都市も危険な都市
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57話 都市を駆けるシエスタ

 




 どうしてこうなった。

 理由は簡単だ。

 お金が無くて引っ越し先を安く済ませようと欲を出したからだ。


 善良な一官吏に過ぎないシエスタにはわからない理由で格安の公務員寮は使えず、かといって若いシエスタに高い家賃のマンションに入居することは経済的な理由で難しく、しかしせめて少しでも安全でかつ安い家賃の引越し先を見つけようと、休日返上で足を棒にして探し回った結果――


「守護都市なんて大嫌いだぁぁぁあああ!!!!」


 ――浮浪者と思わしき臭そうな男に、追い掛け回される羽目になった。


 浮浪者の男は声を上げずに血走った目でシエスタを睨み、はぁはぁと息を乱しながらも一心不乱に追いかけてくる。

 捕まったら何をされるかという想像はしたくもないが、浮浪者の目に宿るねっとりと絡みつくような情欲の火色を見ると、否応なしに生理的嫌悪感が掻き立てられる。


 泣きべそをかきながら必死に走るシエスタは自分が何処にいて、何処に向かっているかわかっていない。

 哲学的な話では無く、現実的な話だ。


 念入りに下調べをして守護都市の大まかな地形は頭に入れているし、絶対に足を踏み入れてはいけない区画も把握している。

 だがそれらはあくまで知識でしかなく、しっかりとした土地勘も無いまま走り回ったシエスタが道に迷うのは当然のことだった。


 せめて大きな通りに出て人ごみに紛れたいのに、どれだけ道の角を曲がっても曲がっても同じような薄汚れた建物が続くばかりだった。

 シエスタと浮浪者は一つの区画の中をぐるぐると回っているだけだったので、景色が変わらないのは当然のことなのだが、それに気づく余裕はなかった。


 シエスタは美容と健康のために毎日ランニングをしていたので、室内業務が基本の内勤で荒事には無縁の女性にしては基礎体力がある。

 さらにこの世界ではどんな生き物でもある程度は無意識的に潜在魔力を肉体の強化に当てている。

 だから一般的な女性よりは長く速く走れてはいるのだが、浮浪者は元ギルドメンバーで相当に衰えてはいるものの、それでもシエスタよりもよほど体力があった。


 ロングチェイスで息が切れて足も鈍ってきたシエスタの脳裏に希望がよぎる。

 それはありふれた物語だ。か弱い女性の窮地に駆けつける王子様。

 幼い頃には絵本で、大きくなってからも時折小説などで触れてきた都合のいい出会い。

 そんな都合の良い幸運が起きて欲しいと精霊様に祈りながら、懸命に足を動かした。

 そんなシエスタの祈りが通じたのか、曲がり角を抜けた先に彼らはいた。



「きったねぇおっさんがオレたちの縄張りで女漁ってんじゃねえよ」



 曲がり角を抜けた先に、女性の味方からは程遠いゴロツキたちがいた。

 ゴロツキたち総勢で十名ほどで、みんな若い。

 シエスタから見れば高校生ぐらいで、守護都市の基準で言えば成人したかどうかといったぐらいだ。

 ゴロツキたちの内、三人がシエスタを囲む。

 シエスタの顔を覗き込みヒュ~といやらしい口笛を上げる彼らだったが、もう足が限界にきているシエスタには抵抗のしようがなく絶望感に打ちひしがれた。


「おいおい、なんだよおっさん。この数とやるってのかよ。ギルドの仕事もできねぇ半端モノのくせによ」

「なんだと……ガキが」


 ゴロツキたちの数にひるんだ浮浪者だったが、リーダー格らしいゴロツキの言葉に怒りの色を見せる。


「へっ、いいのか? オレたちはブレイドホーム一派だぜ」

「……」


 聞き覚えのない家名を出され、浮浪者の男は困惑する。

 それを見たリーダーも内心で困惑していたが、ブレイドホームに心当たりのあったシエスタは思わず声を上げる。


「あなたたち、もしかしてジオレイン・ベルーガーさんのお弟子さんたちですか!?」

「――!!」

「お、おう。英雄ジオレインの一番弟子、カイン・ブレイドホームの一派にケンカ売ろうってのかよ」


 リーダーの言葉に、浮浪者の顔色が目に見えて青く染まっていく。そうしてきょろきょろと周囲を見渡し、逃げ出すきっかけを探りはじめる。

 そんな様子に気を良くしたゴロツキ達はにやにやと加虐的な笑みを浮かべて、浮浪者を逃がさぬように囲おうと動き始める。


 今までシエスタを襲おうとしていた浮浪者が、今度は意味の無い暴力の標的にされようとしている。

 だがシエスタの心は晴れはしない。浮浪者を痛めつけた後の標的は間違いなくシエスタであろうし、そもそも喧嘩のような争い事は嫌いだし、流血沙汰なんて見たくも無い。


 だがシエスタに何が出来る訳でもない。

 助けを求めるような浮浪者の目に心を痛めるが、それに気づかないようにそっと目を逸らした。

 誰か助けて欲しいと、そう願いながら。

 そして――


「ねえ、君たちなんて言ったのかな?」


 ――願いに応えるように、冷たい声が割って入った。

 音量こそ穏やかだったが、その声質は冷たく硬い。

 その場にいた全てが背筋を凍らせ、動きを止めるほどに。


 真っ先に我に返った浮浪者の男は一目散に逃げ出した。

 ゴロツキ達はそれで我に返ったが、浮浪者を追うことは無かった。彼らからすればメインの獲物はシエスタで、浮浪者を殴って遊ぶのはその前の余興のようなものだ。

 シエスタは確保できているのだから、浮浪者にこだわる気はなかった。


 ゴロツキ達は新たにやって来た闖入者に注意を払う。数は四人だった。

 十代後半のギルド・メンバーが三人で、そして声をかけてきたゴロツキ達よりも少し若い少年が一人。

 少年は守護都市育ちの雰囲気があったので、新人に道案内のバイトでもしているのだろうと推測できる。


「なんだよ、関係ない奴が首ツッコんでくるな! 聞いてなかったのか! 俺たちは英雄の息子で弟子の、カイン・ブレイドホーム一派だぞ!」


 ゴロツキ達のリーダー格が声を張って威嚇する。

 少年はともかく、三人のギルドメンバーを相手にするのは分が悪いと判断していた。

 守護都市で育ったゴロツキ達は都市の恩恵として戦闘系の能力に成長補正がかかっている。だがそれで訓練を重ね、実戦を経ているハンターのホープであろう新人たちに勝てるかと言えば、そんなことは無い。

 大きな声で威嚇するのは、新人たちが無用な怪我やトラブルを避けようと譲歩して欲しいからだ。


「ああ。やっぱり聞き間違いじゃあなかったんだね」


 答えたのはしかし、新人たちを先導する少年だった。

 普段から実弟のやんちゃに気苦労している、少年だった。



 少年ことアベルは、それ以上は何も言わず一歩踏み込んだ。それは何気ない動作で、ゴロツキ達は多少は訝しんだが特段の反応はしなかった。

 そしてアベルは二歩目でシエスタのそばまで一気に間合いを詰めた。


 周りが呆気にとられる中、掌底を顎に打ち込み、シエスタを囲うゴロツキの一人を昏倒させる。残る二人のうち一人は驚きながらも咄嗟にアベルに拳を繰り出すが、アベルはそれを潜り抜けて鳩尾に肘を埋める。

 それでくの字に曲がった相手の顔にショートアッパーを叩き込んで、意識を奪った。

 腰の引けた最後の一人は足を払って転ばせ、顔面をサッカーボールキック。

 ほんの数秒で三人のゴロツキを無力化したアベルは、冷めた眼差しでシエスタを見る。


「あっちに行ってもらえますか。彼らと話がありますので。

 すいませんが、すぐに終わらせるのでちょっとその人を守ってあげてください」


 前半はシエスタに、後半は新人たちに向けて、アベルはそう言った。


「くっ、この野郎――やっちまえ!」


 ゴロツキ達のリーダーがそう言って、口火が切られる。



 アベル・ブレイドホームは己を強いとは思っていない。

 セージを除けばジオの弟子の中で最も優れているが、ジオやセージとの差は大きく、また下からはカインがものすごい勢いで追いかけてきていることもあって、優れているのも年長であるからだろうと判断している。

 セージに比べれば才能など有って無いようなもので、さらにバイトや家の手伝いを始めた事で訓練の時間も以前より減っている。

 そんな自分が強いとは到底思えなかった。


 だがアベルの思いは間違っているとも言えた。

 確かにアベルはセージに勝てないが、素の身体能力は当然アベルの方が高い。セージはそれを魔力による強化で覆しているが当然その分燃費は悪く、結果として継戦能力の低さにつながっている。

 それらをふまえた総合的な能力値でもセージが優っているが、しかし能力のバランスで言えばアベルの方がよほど優れているし、ギルドのランクに照らし合わせればやや魔力が物足りないが下級中位と上位の間ぐらいはある。

 それは十三歳と言う年齢を考えればかなり高い水準であり、ここが守護都市で無ければ天才少年ともてはやされるレベルだった。


 そんな高い能力を身に付けた最大の理由こそが、訓練時間を減らしたことだった。

 アベルはがむしゃらに訓練することを止め、自身の成長が緩やかになったと錯覚しているが実際には逆だ。

 自分の肉体を限界まで酷使することから、少なくなった時間を効率的に使おうと頭を使うようになった。

 その結果、むしろアベルの能力は理想的な成長線を描くようになった。もちろんそれは自分の身体を限界まで酷使した経験があるからこそだった。


 そんなアベルの最大の強みは魔力の制御力にある。

 魂より生成される魔力は生命の活力であり、それは感情と密接に繋がっている。

 マージネル家をはじめとする大抵の道場では、子供を育てる際は魔力の制御は大雑把な教えで済ませ、その分他の教育に力を入れる。

 子供は感情の制御が下手で、無理に教え込めば子供の伸びしろに蓋をしかねないと言うのが通説だからだ。


 だがセージはその通説を覆す大人の精神(チート)があり、そんなセージを手本にし、また過去の悲惨な経験から子供らしくない精神を持つアベルもまた通説から外れている。

 そしてその高い制御力は高度な身体活性に繋がり、つまりは高い身体能力となる。



 アベルは襲い掛かってきたゴロツキ達を鎧袖一触で沈めていく。数で囲ってくるものの、たいした連携も無いゴロツキ達は簡単にのされていく。

 それを見て驚くのはゴロツキ達だけでは無い。

 シエスタは単純に目を丸くしているだけだったが、新人たちは冷や汗を浮かべていた。


 アベルは総合力では下級上位に近いが単純な魔力量は下級中位程度で、それを感じ取っていた新人たちははっきりとアベルを格下と思い接していた。

 だがこうして立ち振る舞いを見ればその実力が自分たちに近いものだと想像がつく。

 そんな新人たちの冷汗が、ゴロツキとアベルの会話でより一層に背筋を凍えさせる。


「なんだお前、何なんだよお前! わかってんのか! 俺たちはブレイドホームの! 英雄ジオレインの!」

「お前らはカインの仲間なんだから、父さんは関係ないだろ。あんまりふざけてると殺すぞ」

「な、とうさんっ!?」

「ああ。出来の悪い弟が世話になっているみたいだからね。あいつにお仕置きする前に、お前らからしっかりと話を聞かせてもらおうかっ!!」

「ひっ!!」


 心の折れたゴロツキのリーダはその後、あっさりと殴り倒された。



 ******



「つまり、(カイン)の名前は勝手に使っただけで、君たちとは何の関係も無いんだね」

「は、はい」


 アベルがゴロツキ達十人を地面に座らせてOHANASHIすると、割と簡単にその事実に行き当たった。


「ふーん。それならいいんだけど。もしもカインを庇ってるんだったら、ひどい目に遭わせるからね」

「し、してないですそんなこと。嘘じゃないです。本当です」


 必死そうな顔を見て、嘘はついてないと判断するアベル。カインに説教する前に(父親流に)話を聞いて良かったと内心でホッとしていたりもした。


「そう。それならもう帰っていいけど、もし次に僕の家族の名前を使って悪さしてたら許さないし、その時は父さんの力も借りるからそのつもりでね」

「は、はいっ!」


 返事をするや、ゴロツキ達は即座にその場から走って逃げだした。


「さて、道案内の最中なのに時間を使っちゃってすいません。安いアパートがあるのはこのあたりなんですけど、見ての通り治安があんまりよくないんです。

 他の場所って言うことなら、ちゃんとした商会で探してもらうのがいいと思うんですけど、どうしますか?」


 アベルは気持ちを切り替えて、新人たち三人に語り掛ける。


「あ、は、はい」

「いや、ここでいいです、ここで」

「そ、そうだよ。これ以上アベルさんに面倒かけられないし」

「……え?」


 今までのなれなれしい態度から一変して、なんだかとっても恐れられていることに困惑するアベルだが、これは仕方のない事だろう。

 単純に暴虐の英雄の息子と言うだけでも恐ろしいのに、先ほどまでその息子に相応しい荒々しさを見せつけられ、そうかと思えばまた態度を一変させて、出会った当初のような柔らかい物腰に戻る。


 怒らせてはいけない危険物に遭遇した気分だったし、ついでにいえば英雄の息子で弟子のアベルを一方的に格下と見下して……というと表現が悪いが、後輩のように接し、さらには気安く道案内なんて頼んだし、そもそも出会った当初は喧嘩腰だった。

 それらを思い出した三人からは血の気が引き、結果として必要以上にかしこまった態度になるのも当然と言えば当然だった。


「そ、それじゃあ俺たちはここらへんでいいや」

「そうだな。後はアパートの管理人と話しするくらいだもんな」

「そうそう。アベルさんは女の人を送っていってください」


 三人の新人はそう言ってアベルにシエスタを差し出し、その場から足早に去っていった。気分は美人を貢いで見逃してもらおうとする小悪党だった。

 差し出されたシエスタはと言えば、事態の急変について行けずポカンとしていたが、向き合ったアベルが何だか傷ついた表情をしているのがおかしくなって、小さく吹き出した。


 アベルはブレイドホーム家の長男だ。

 常にしっかりしていなくてはいけないというプレッシャーが付きまとっているし、自分よりしっかりしている弟からさらにプレッシャーを感じてしまう。

 さらにはその弟に平気で面倒をかける真ん中の弟もいれば、命の恩人でいざというときは頼りになるんだけど、いざで無い時は本当にもうちょっとしっかりしてくれと言いたくなる父親がいる。

 そんなアベルの心労は半端ないものがあるのだ。

 それはセージが兄さんは将来ハゲるんだろうなと、心配するほどだった。


 そんなこんなで年上に甘える機会のないアベルは、自分を子供として扱ってくれる新人たちに、なんとなく兄や先輩に向ける敬愛を感じはじめていた。

 だというのに彼らの態度の急変で、アベルの精神は結構なダメージを受けていた。

 そして先ほどまで幼いながら勇猛さを発揮していたアベルがしょんぼりするの見て、おかしいような胸にキュンとくるようなものが生まれるシエスタだった。


「……なんですか?」


 アベルにジト目で睨まれて、シエスタは慌てて笑みを消す。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと可愛かったから。

 助けてくれてありがとう。ジオレインさんのお子さんで、セージさんのお兄さんですよね」


 アベルの表情が訝しげなものになる。

 二人は直接の面識が無くアベルは当然シエスタの事を知らなかったが、シエスタの方は以前ジオの元を訪れた際に家族構成などを確認していた。

 細かい事柄までは覚えていなかったが、ジオの元にセージ以外の二人の男の子と二人の女の子がいる事ぐらいは覚えていた。


「父さんたちの知り合い……ギルドの職員の方ですか?」

「いいえ。同じ公務員だけどね。それより、ちゃんとしたアパートを持ってる商会に心当たりがあるの?」


 シエスタの問いかけに、アベルは訝しみながらも頷いて応えた。





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