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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 政庁都市も危険な都市
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56話 兄さんは十三歳

 




 最近、次兄さんがうるさい。

 いや、うるさいっていうと語弊があるんだけど、色々言ってきてうるさいのだ。



「なあなあセージ、俺にもバイト紹介してくれよ」


 ある日、割と唐突にそんな事を言われた。


「いや、それなら僕よりも兄さんに頼みなよ。もう商会には僕よりも兄さんの方が顔が利くんだから」

「頼んだよ、頼んだらセージに言えって言うんだよ。

 アベルのもお前が紹介したんだろ、俺も何か教えてくれよくれよくれくれよ~」


 兄さん、面倒臭いから押し付けたな。そんな事を考えていたら背後から声がかけられる。


「ミルク代表はお前の言う事は何でも聞いてくれるだろうからね。それで、カインは何がしたいの?」

「何でもって、そんなことは……。まあそれは置いておいて、確かに次兄さんって何が出来るの?」

「……ちょっと俺のこと馬鹿にしてるだろ、セージ」


 気のせいだよ。


「……ちぇ。何が出来るっつーか、アベルだって最初はうまくいかなかったんだろ。最初のころ結構ピリピリしてたし。俺もやりながら覚えっから、テキトーにやりやすそうなこと紹介してくれよ」



 こんなやり取りがあり、それ以降しつこくまだかまだか紹介まだかと、声をかけられ続けている。

 手癖の悪い次兄さんなので躊躇っていたが、その手癖の悪さの標的はあくまで家族というか、私に限られる。

 理由を聞いたところ、親父は気付かないのでつまらなくて、兄さんのは中身を見て可哀想になって止めたと言っていた。

 何故その思いやりが私に向けられないのかわからなかったので、とりあえず一発殴っておいた。


 それ以外の部分としては口は悪いけど根は真面目だし、子供の面倒を見てるので気配り目配りも兄さんほどでは無いけれどそれなりにできる。

 そういう事で任せられる理由もあるし、いい加減しつこく頼まれるのがうざく――間違えた、面倒くさく……また間違えた。なんというか、私は挑戦する子供を応援する善人なので、真面目に紹介先を探すことにしました。


 しかしぶっちゃけ紹介する気なんてなかったので、考えるのも探すのもこれからなのです。



 さてさて次兄さんのバイトだが、内容的には飲食店がいいと思う。それも接客では無く厨房の方。

 次兄さんは喧嘩っ早いので、接客全般は怖くて薦められない。

 十歳児にしては基礎体力が高いので肉体労働でもよさそうだが、訓練もしているのでバイトは体力仕事とは別ベクトルを選んだ方がいい社会勉強になるだろう。

 ついでに家での料理を任せられるようにならないかとも狙っている。


 次兄さんは自分の食べたいものばかり作るだろうから任せっきりには出来ないけど、私も少しは楽をしたいし、ギルドの仕事の関係で調理に時間をとれない日もある。

 荒野に出るころにはそういう日も増えるだろうから、ちゃんとした料理を作れる人が私の他にも家に欲しい。

 ……唐突に姉さんの顔が脳裏に浮かんだが、ごめんなさいと謝って、それ以上は気にしないことにした。


 さてそんな考えを前置いてから、兄さんにミルク代表に仲介よろしくと頼んだら、


「だからお前が頼めって。最近ミルク代表に顔を見せてないだろ」


 断られた。


 まあそれはあるかもしれない。

 買い物は距離はあるものの新鮮な野菜が安く手に入る政庁都市で済ませる事が多かったし、そもそもミルク代表も忙しそうにしていてたまに商会に顔を出しても不在なのが常だった。

 私もちょっと忙しかったので兄さんに任せようと思ったのだが、まあいいか。


 忙しいと言っても特に厄介なイベントごとが起きたわけでは無く、これまで金策の為にギルド仲介のアルバイトに精を出していたので、基礎トレーニングがおろそかになっていたのだ。

 その辺を反省して今はちょっと訓練に精を出しているだけなので自由な時間がないわけでは無い。


 それに託児のお仕事を手伝ってくれるアルバイトを募集することにしたので、ミルク代表には良い人がいないか相談もしたかったし。


「……そっか、じゃあ行ってくる」



 ◆◆◆◆◆◆



 セージを見送ってから、アベルも外に出かける。

 今日は日曜日で、自身の仕事も家での託児の仕事も休みだった。

 セージについて行っても良かったのだが、自分が横にいるとミルク代表も気兼ねなくセージで遊べないかと思ったので、遠慮した。

 ただまあ天気もいいし、四年に一度しかない政庁都市との接続中という事もあって、アベルは特に何の予定も立てず外をぶらつくことにした。

 しかし家を出た当初こそ政庁都市に行こうと思っていたのだが、守護都市も普段とは様子が違っていたので、住み慣れたこの町中を散歩することに決めた。


 町中の違いというのは活気だ。全体的に若い賑やかさが溢れていた。

 町を歩く人たちは変わらず人相の悪い荒くれ者たちだが、年若くまたその実力もアベルとそう大差ない者が多くなっている。

 そんな若者たちは強い意気込みと緊張を抱いていたり、憧れに浮かれていたりと表情や雰囲気こそさまざまだったが、その様子から新たにガーディンズギルドに登録しに来たハンターたちだと簡単に想像がついた。


「政庁都市との接続が終わるまで、あと三週間ないしなぁ……」


 ちょうど今はガーディンズギルドに新人が入って来る頃だ。


 四年前、アベルが九歳だったころにもこの変化はあったが、その時は町中を見て回る心の余裕はなかった。

 アベルは少しだけ年上の新人たちが自分と似たような実力だと知り、勇気を振り絞ってギルドに足を向けた。

 前から興味はあったのだが、登録する気はないし何より怖い大人がたくさんいるので踏ん切りがつかなかった。

 覗いてみたギルドの中は想像していたよりも整理されていて、受付も特に混雑している様子はなかった。


「いらっしゃい……って、アベル君か。珍しいね、セージ君なら来てないよ」

「ああ、アリスさん――って、どうしたんですか?」


 ギルドに入ったアベルを出迎えたのは、顔見知りのアリスだった。だがそのことにホッとすることもできずに、アベルはそう声をかけた。


 アリスはいつもの制服では無くずいぶんと露出の多い服を着ていた。

 肩や臍を出し体に張りつき体型を強調するタイトなシャツを着て、その上にさらに丈が短く肌を見せるジャケットを羽織り、生足を見せつけ太ももの奥につい目がいってしまうようなひらひらのミニスカートを穿いていた。

 公務員で貞淑なはずのエルフには似つかわしくないような刺激的な装いだった。

 そして肩から〈只今登録料二割引〉と書かれた、たすきをかけていた。


「えへへ~、セクシーでしょ。似合うかな? 今新規登録の割引期間中で、キャンペーンガールやってるんだよ。

 セージ君にも見せてあげたいんだけど、なかなか来ないんだよね」

「ああ、うん。似合ってます、とても」


 色々と年齢にそぐわない落ち着きを持っているアベルだが、女性経験があるわけでも無くそもそも交際経験だってない。

 さらには普段接するのは身内のマギーや年下の少女たち、あるいはその親に当たる一回り以上年上の女性たちだ。


 見た目だけは抜群に美人で、見た目だけは同年代のアリスが、露出の多い格好で迫ってくる(比喩的な意味では無く、話しやすい近い位置と言う意味で)のに、どうしても心拍数が上がるのを抑えられなかった。


「うん?」


 そんな反応が珍しくてアリスはちょっと首を傾げ、しかし歴戦の彼女はすぐにその理由に気付いて、にやぁと笑った。


「アベルく~ん。ちょっといいですか~?」

「え、なんですか、なんで近づいてくるんですか」


 いいからいいからとアベルの疑問を遮って、アリスはしな垂れかかるようにアベルに身体を寄せる。


「いま私ちょっと困っていて、出来たら助けて欲しいなぁーって、思ってるんですよ?」


 なんで疑問形? なんて思う余裕はなく、アベルは必死に何でもない表情を取り繕おうとするが、耳まで真っ赤なのは隠しきれなかった。

 完全に肉食獣に捕食された草食系男子(どうぶつ)だった。


「そ、そう言うのはセージの方が……」

「セージ君じゃあだめなんですよ。アベル君の力が、必要なんです」


 アリスの細い指が、アベルの胸元をつつーっと踊る。腰をかがめて上目遣いをするアリスの瞳と胸元を必死に見ないようにして、アベルは何とか声を絞り出す。


「そ、それで何をすればいいんですか?」

「うん。ギルドに登録してくれないかな」

「えっ?」



 聞けば、ギルドでは新規登録キャンペーン中で、受付で働くギルド・スタッフは新規登録数のノルマがあるらしい。

 だがキャンペーンガールなんて役割を負っているアリスは肝心の受付に座っている時間が少なく、登録数がまるでノルマに届いていないとの事だった。

 キャンペーンガールなのに受付の方でノルマがあるのかとアベルは思い、率直に尋ねてみたのだが、


「そういうものなのよ」


 疲れた声の答えが返ってきた。

 セージならば営業ってそういうもんだよねと、しみじみと相槌を打っただろうが、アベルとしては首をかしげるところだった。


「その恰好、止められないんですか?」

「……うん。

 もうやるって言っちゃった後だし、特別手当も貰っちゃったから……」


 そう言って肩を落とすアリスは悲哀を背負っていたが、アベルは何故だかまるで同情できなかった。

 ちなみにアリスはアベルをからかうのを止めキャンペーンガールを一時返上して受付に座り、カウンター越しにアベルと話していた。

 ただしあくまで一時的なものなので着替える事はせず、アリスは受付スタッフの中で一人だけ露出の多い恰好で、とっても浮いていた。


「まあでもギルドには登録できないですよ、父さんの許可も無いですから」


 付け加えると、アベルとしてもギルドの仕事に興味はあるが、しかしもうその仕事に就く気は大分薄れてもいた。


「くっ、ジオ様かぁー。でも、すぐに凍結しちゃえばいいんじゃないかな? お金預けたりとかはできるから、あると便利だよ。登録料はセージ君にツケておくし」

「いやいや、預けるほどのお金なんて持ってないし、これ以上セージに負担かけるつもりもありませんって。

 まあ友達が登録するときはアリスさんでって言っておきますから、それで勘弁してください」

「……仕方ないか―。うん、そうだね。ごめんね、無理言って。それじゃあ友達の紹介よろしくね」


 アリスに見送られて、アベルはギルドを後にした。アベルの友人――道場で一緒に学ぶ同い年以下の彼ら――が登録するのはきっと四年後だろうが、その時はきっとアリスの元へ行くように声をかけよう。四年後に、このやり取りをアベルが覚えていたら。



 ******



「おいっ、お前! アリスちゃんとどんな関係だ!」


 そしてギルドを出て、アベルはすぐにおかしなのに絡まれた。

 相手は三人組の男たちで、全員アベルの年上で、二十歳にはならないくらい。

 漏れている魔力量はアベルよりもはっきり多くて、いわゆるハンターのホープで守護都市の新人たちだった。


「ええと、弟がお世話になっている人ですね。ほとんど話したことは無いので、そこまで親しくはありませんよ」


 絡まれているのは明白だったが、人数が多いうえに三人ともアベルの格上で、ついでに言うと(カイン)のように血の気も余っていない。

 だからアベルは三人へ宥めるように言葉を返した。

 接客もやっているアベルは迷惑なクレーマー対応も経験あるのだ。


「ふんっ。……弟? 本当かよ」

「アリスちゃんはエルフのお姫様なんだぞ」

「お前みたいな汚い格好の子供が色目使って近づいたりすんなよな」



 この時、アベルの心によぎった想いは、理不尽な絡まれ方に対する怒りでは無かった。



「それ騙されてますよっ!」


 どうしても我慢できず、アベルはそう叫んだ。

 アリスがエルフのお姫様と初めて聞いて、驚きを隠せなかった。アベルの中のアリスとお姫様のイメージは、まるでかみ合わなかったのだ。

 アリンシェスは部族の族長の娘なので、姫と言ってもあながち間違いでは無いのだが、ともかくアリスからお姫様な空気を感じたことは一度だってないのだ。


「アリスさんってお金にだらしなくてギャンブルが好きで男の人が好きで小さい男の子も大好きなだめな――、その、ちょっと変わった女の人ですよ。お姫様なわけないじゃないですか」

「は?」

「はぁ?」

「まじか?」


 アベルの言葉に、新人たちも驚きの声を上げる。アベルの声や表情に嘘の色は感じ取れない。


 新人の三人が緊張しながら初めて〈ガーディンズギルド〉を訪れたとき、初めて見るような美少女(四十代)がすごく色っぽいっ恰好で、その上花も恥じらうような笑顔で出迎えてくれた。

 三人はあっさりとアリスに一目惚れをした。


 だからアリスがエルフのお姫様(正しくは族長の娘)だと聞いて簡単に信じ込んだが、改めて考えればお姫様があんな恰好で下働きをするはずがない。

 騙されたと、感じる素直な三人だった。


「守護都市って、女も怖いんだな……」

「あ、いえ、別にそんなことは」


 ついつい口が滑ってしまったアベルとしては、弟がお世話になっている女性の株が暴落してしまった事に気付いて声のトーンが落ちてしまうところだった。


「お前、もしかしなくても守護都市生まれか?」

「ええ、そうですね」

「「「おお~~!!」」」


 アベルが答えると、三人が一斉に声を上げた。


「うっそマジか、話と全然違うじゃん」

「俺てっきり新人が初級の登録だけしに来たのかと思ったぜ」

「バカじゃねえの。それで登録したって下級にあげる時に所属も変更になるじゃん」

「うるせーな。そう言うのが流行ってるって聞いたんだよ」

「でもマジでいんだな守護都市生まれって。つーか、お前まだ十五にもなってないだろ」

「えっ? ええと、そうですね。十三です」

「「「おお~~!!」」」


 再度上がる歓声。気圧されるようにアベルは一歩後ずさった。


「すっげーな、魔力だけなら一人前にあるんじゃねえか。だいたい中級ぐらいか?」

「バッカ、守護都市なんだから下級中位だろ」

「あー、はいはい。知ったかぶり乙。でもやっぱテンション上がんな」

「な、何がですか?」


 そろそろここから逃げ出したくなってきたアベルであった。


「いやさ、俺ら地元じゃ敵無しって……程でもないけど、まあ同い年だと競う相手もいなかった訳よ」

「そうそう、んでこのまま皇剣武闘祭の新人戦で優勝して、景気よく守護都市に乗り込んでやろうって思っててよ」

「まあ実際は途中で負けちまったんだけどな。まあそん時にこいつらと知り合って、ちょうどいいからパーティー組んで見たんだけど」


 知り合って間もないという事だが、随分と息が合っているなーとアベルは思った。


「やっぱ守護都市は特別だよな」

「そうそう、明らかにヤバそうな雰囲気持ってるやつが何の魔力も無いしな。先輩らに話聞いてなかったらぜってぇ舐めてたわ」

「それで俺らより五つも年下のお前がいっぱしの魔力だろ。びっくりするし自信なくすし燃えてくるしで、すげー気分上がってくるんだよ」

「……へぇ」


 なんていうか守護都市向きな戦闘狂(じんしゅ)だなと、しみじみとアベルは思う。そして家族に同種がいるので、若干この変な三人組に親しみを感じた。


「折角だから街の中、案内してくんないか? 代金ならちゃんと払うぞ」

「ああ、そうだな。時間あるなら頼む」


 頼まれたアベルは何の予定も無い事だし、これもいい経験かなと気楽な考えで引き受ける事にした。





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