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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
2章 お金は大事
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52話 いつか見た夢

 




 あれからしばらく様子を見ていたけど、次兄さんが血気はやってギルドに登録しに行くことは無かった。

 どうやら兄さんと話し込んで落ち着いたらしい。流石は兄さんだ。

 とりあえず体を動かせば何とかなると思ってる脳筋の親父や、身体は子供で頭脳は大人、でも探偵業とかできない私とはまるで違う、頼れる兄さんだ。


 さてさて時間はまたいくらか流れて、最後の税金もつつがなく払い終えました。

 いやなんだ。

 二か月前はこんなの払いきれるかと思ってたけど、やってみれば意外と何とかなった。ちなみに親父の恩給には手を付けてません。

 クライスさん達の助けもあったので、なんとかなりました。たいへんお騒がせいたしました。


 そして親父の恩給の支給日は今日なのです。

 いや、税金の支払いは支給日以降に遅らせることもできたんだけど、お金もある事だし、いつまでも滞納したままというのはおかしなイベントの温床になりそうなので、早めに済ませておいたのです。


 そしてギルドで恩給を受け取った親父は、帰ってそうそう私にこう言いました。


「ほれ」


 そして投げ渡される高額紙幣の束。百枚は無いけど、それに近い枚数がある。


「ちょっと、これって貰った恩給の全額じゃない?」

「……? ああ、それがどうした」


 いや、全額下ろすなよ。ギルドカードに残しとけよ、防犯的な意味でも。いや、そうじゃなくて――


「僕に全部渡していいの」


 ――どうやって徴収しようか悩んではいたけど、何も言わないうちにあっさりとこうして全額手渡しされると、良いのかななんて不安になってしまう。


「ああ、俺は金勘定はよくわからん。お前とアベルで決めろ」

「……んー、そっか。……うん。いやそれはそれでどうかと思うけど、わかった。とりあえず、これ」


 そう言って私は札束から十枚ほど抜いて親父に渡す。

 お小遣いです。


「今月分だから考えて使ってよ」


 忠告しておくのは忘れない。たぶん一週間ぐらいは持つだろう。

 そして手元に残った札束に目を落とす。


 これが毎月手に入ると思うと、ついつい涎が出てしまいそうになる。無駄遣いしないようにしないといけないけど、どう使うのがいいかな。


 衣食住の生活水準は今のままで問題ないと思うから、兄さんを含めて皆にもお小遣いを渡した方がいいかな。

 姉さんや妹も親父や兄さんと一緒に外に出ることはあるし、その際に自分のお金を持っていると視野が広がると思う。次兄さんの手癖をなおすのにも役に立つだろうし。


 ……相変わらず私の財布から小銭を盗っていくんだよ、次兄さんは。

 家のお金には手を付けないし、外でもおかしなことはしないけど、何度注意しても私の財布からは盗っていくんだ。

 この前のアレで仲良くなったと思ったんだけどなぁ……。


 まあそれはおいといて、子供たちへのお小遣いだけでは到底使い切れる額では無いので、他には設備投資かな。

 それともいっそ、人を雇おうかな。教材を揃えるだけでは無理があるし、そもそも子供が子供の面倒を見るというのにも無理がある。今更だけど。


 兄さんは器用だからいいけど、姉さんは子供たちの面倒を見るのに全力を注いでいるので、それを少しでも和らげてあげたい。

 将来の事を考えたら、姉さんも自分の時間を持って趣味を見つけた方がいいと思うんだ。

 ついでに女性の日に理解があるというか、そういう時に助けてくれる女性が来てくれると助かる。


「金の使い道だが、最初はお前の装備にあてろ」


 そんな事を思っていたら、急に親父がそんな事を言い出した。


「えっ、急に何?」


 いや、親父の言葉はだいたい唐突だけど。好きに使っていいって言わなかったっけ。


「今の装備で荒野に出るな。今後は一人で出るんだろう。せめて使い捨ての呪錬兵装は揃えておけ」

「えっ?」

「ん?」


 ちょっとびっくりしてしまったが、そう言えば親父には今後の私の予定を伝えていなかった。それを考えれば親父の言いたいことは理解できる。

 使い捨ての呪錬兵装というのは魔法の力が入った道具のことだ。マジックアイテムと言えば分かりやすいだろう。

 いざというときの備えになるし、さらに魔力の消耗を抑える大きな手助けになる。私が今後も荒野で仕事をするなら、備えておかなければならない最低限の装備だろう。

 荒野で仕事をするなら、だが。


「いや、もうギルドの仕事はしないよ」

「お前それは……、本気か?」


 親父が面食らったようにそう言った。でもそんなにおかしなことを言ったつもりはないんだけど。


「そりゃあ、まあ……。そもそももう無理してお金を稼ぐ必要はないわけだし、僕は家にいた方がいいでしょ?」


 例えばブレイドホーム家の食糧事情が改善された最近では、預かっているお子さんたちがお弁当を忘れることが多くなった。

 最初は本当に忘れただけだと思うんだけど、そんな子たちに食事を分けていたら忘れる子が多くなった。

 そしてそんな子たちの目の奥には暗い闇が宿るようになっていった。


 前に言ったことの繰り返しになるけど、(うち)に子供を預けている家庭はだいたい貧乏だ。

 だから食費を浮かせたいという気持ちは、わからないでもない。

 しかしこれは良くありませんという事で、緊急の保護者会を開催いたしました。


 そして嫌われたりブーイングを受けることも覚悟で、今後は食事を忘れたお子さんにご飯を出した場合は月会費と合わせて食費を徴収する主旨をお母さま方に説明した。

 いやね、一人二人がたまにっていうのなら構わないんだけど、毎日何人も忘れてこられると食事を作る量もはっきり増えるし、後ろめたいのかギリギリまで忘れていることを言い出してくれないから作る段取りも狂ってくるし、大きい額では無いとはいえ実費もかかっているので、私の心の健康にも悪いのですよ。


 親父はのんきに今はもうそれぐらい構わんだろうなんて言ってきたので、じゃあお前が作れと返したら口をへの字に曲げた。

 悪かったな、心が狭くて。


 さて保護者会だが、明細表はちゃんと作ってお渡ししますなんて説明も終えたら、お母さま方から反論が起こりました。

 それは要約すると、お金は払うから食事を出してくださいお弁当作るのが面倒なんですとのことだった。

 ……食費を浮かすためにわざとお弁当を持たせなくなったと邪推してしまったが、ただ作るのが大変だったという事実が判明しました。

 まあどっちにしろこっちで用意するのを見越しているんだから、迷惑なんだけどね。


 その後も保護者会は迷走を極め、結局、今は子供を預かる朝方に食事の準備が必要かどうかを伝えてもらっている。

 その際には私が料理当番から外れるかどうかを必ず聞かれるのだが、きっと深い意味は無いと思う。

 うん。姉さんが最近変な目をして私に良くそのことを聞いてくるけど、深い意味はきっとないんだ。


 ともかく食事の事だけを考えても私は家にいる方がいいと思う。


「まあ年会費とか既定の仕事量とか問題もあるから、外縁都市に接続してる間ぐらいは働くけど、それでいいでしょ?」

「……引退間際のジジイみたいだな」


 親父が心底嫌そうにそう言った。まあ、確かにこの仕事の仕方は嫌われる。

 中級になると下級扱いのハンターよりも仕事に優先権が与えられるし、同じ仕事をしても割増しのお手当がつく。

 中級以上になるには守護都市に所属しなければならないし、荒野で仕事をする危険を考えればそれぐらいは当然の権利というのがギルドメンバーの考え方だ。

 しかしだからこそ荒野に出るリスクを避けて安全にお金だけ稼ごうとする私のような輩は、卑怯な鶏野郎と蔑まれる傾向にある。


「まあ将来的にはちゃんと荒野に出て……ああでも、大人になってもギルドで働くかどうかは微妙か……」


 仮神様(デス子)との約束があるので、街一番の魔力保持者になるまで訓練は続けていくが、無理に実戦に出続ける必要はないんじゃないかとも思う。

 いや死にかけるようなきつい戦いを経た後だと、大きく成長(レベルアップ)しているのを実感できるけど、それでもそんなリスクはなるべく避けて成長したい。


 そして上手く街一番になったら争いごととは無縁の生活を送りたい。

 いやね、それには親父越えとかあるので遥か遠い未来になるのは目に見えているんだけど、それでも平和な暮らしを夢に見たっていいじゃないですか。


「……むぅ。ちょっと待て、アベルを呼んでくる」

「えっ、なんで?」


 私のツッコミは無視され、少しの間をおいて親父は兄さんを連れて戻ってきた。


「今度はセージか……」


 やれやれと言いたげに兄さんがそう零した。

 別に心配をかけるようなことは言っていないし、迷惑をかけるようなわがままを言っているつもりも無いけど、それはそれとして次兄さんを心配していた時と態度に温度差がありませんかね。


「ああ、ごめんごめん。ただお前の場合は心配しても無駄になりそうだから、ついね」


 心を読まれたっ!?


「わかりやすく、ぶーたれてたよ。そこらへんはセルビアに似てるよね。

 それで、何の話なの……?」


 ああ、親父に聞いてきたわけじゃあないんだ。

 とはいえ雰囲気で色々察しているあたり、さすがの兄さんだ。



 かいつまんで、先ほどの親父とのやり取りを兄さんに説明する。


「……セージは、それでいいの?」

「えっ? そりゃあまあ。悪い評判がたつかもってのは心配だけど、それぐらいかなぁ、怖いのは」


 英雄である親父の名を汚すなと怒ったギルドメンバーの人に折檻されるかもという不安はあるけど、それだけだ。

 私はむしろ最善のプランを提示していると思う。


「……まーたカインが荒れそうだけど、まあいいか。

 お前が本当にそれでいいと思うんなら反対はしないんだけどさ、セージはギルドの仕事は楽しくなかったの?」


 ……?

 何を言っているんだろう。

 まあいいか。

 私は正直に答える。


「楽しいのは楽しいよ。死ぬかもしれないってリスクにさらされてると特に。でも家でご飯作って、みんなが喜んでくれるのだって楽しいよ」


 楽しさの種類は違うけど、この言葉は嘘偽りなく私の本音だ。

 ランナーズハイというか、自分の全てを出しきった時の楽しさが命がけの仕事にはある。

 でもそれは普段の生活でも感じ取ることはできる。流石に命の危機に瀕したほどでは無いにしてもだ。


「うーん。じゃあ父さんが反対している理由は分かる?」

「期待されてるからだとは思うけど、僕としてはもうちょっとのんびりやっても問題ないと思ってる。

 そもそも実力だって本当は中級に届いてないんだし」


 魔力を惜しみなく使えば一時的に中級下位、瞬間的には中位ぐらいの力を発揮することはできるけど、私が一日を通し安定して力を出せるのは下級中位ぐらいだ。


「……そっか。でもどうせすぐにお金がいるからって、仕事に出ることになるんじゃないかな」

「え? ちょっとやめてよそんな不吉なこと言うの」


 おかしなフラグがたったらどうするんだ。ただでさえ今生は予期せぬ出費が多いのに。


「不吉っていうかさ、セージはほら、欲が深いだろ」

「ええー? そんなことないよ」


 そんな。私が金の亡者みたいに言うのは止めて欲しい。否定できない気もしないではないけど、きっと違うはずだ。


「だって税金にしたってパーティーのあのきっちりした服だって、無理してどうにかしなきゃいけない訳じゃなかったろ」

「いやいやいや。税金は払わないといけないよ」

「うん。それは正しいことかもしれないけど、父さんなら踏み倒せるし、実際今までは払ってなかったでしょ。

 でもお前はそういう楽が出来ないじゃん」


 いや、まあ……。できない訳じゃないんだけど。


「それはただ、後々の面倒が少ない方を選んでるだけだよ」

「そうかな? それじゃあ絵本とか学校の案内とか、あとはフットサルのゴールとかは? みんな喜んでるけど、どうしてもいま必要だったわけじゃないだろ。父さんのお金が入るのを待ってからだってよかったじゃないか」

「……」


 いや、まあ買えない訳じゃあなかったし、フットサルに関してはお金が無くなる前の話だし。


「お前は僕たちよりも頭がよくて色んなものが見えてるから、欲しがらずにはいられないんだろ」


 そう言って兄さんは私の頭を優しくなでる。


「僕にはお前が強くなるのを楽しんでるように見えるし、ギルドの仕事も楽しくやってるように見えるよ。

 家の事はさ、もう大分マシになってきてるし、無理してお前がやらなきゃいけないってわけでもないんだから。

 本当に、お前がやりたいようにやれよ」


 完全に子ども扱いされていることと、視界の端の方で親父が俺もそう言いたかったと頷いているのにイラッとくる。


「べつに我慢してる訳じゃあないよ」


 兄さんの手を払ってそう言った。

 払った後で、むしろ子供っぽい反応かと思った。

 まあいいか。一応は子供なんだし。


「ははっ、悪い悪い。でもまあギルドの仕事を辞めるなら、カインにはお前から上手く言えよ。たぶんあいつ泣くぞ」

「なんで泣くんだよ、次兄さんは泣くんじゃなくて――」



 殺される。



 ――喚く、と言おうとしたところで、唐突に頭の中に変な言葉がよぎった。

 背中に冷たい汗が流れる。

 何の根拠も脈絡もない言葉だ。

 怪しげな電波を受信したかと、冗談を思い浮かべるが全然心が晴れない。


「――次兄さんは、今どこにいるんだっけ」

「セージ、急にどうしたの?」

「昼過ぎに出ていったな。政庁都市に遊びに行ったんだろう」


 私の雰囲気が変わったせいか、兄さんは訝しげになる。答えをくれたのは親父だった。


「ゴメン、ちょっと出かけてくる」



 ******



 良く分からない不安にかきたてられて、政庁都市にやって来た。

 魔力感知を広げても、政庁都市は人が多くて次兄さんを見つけられない。それなのに私の足は自然とある場所へと向かって進む。


 向かった先はいつか見た馬鹿馬鹿しい夢の場所。

 今まで一度も訪れたことは無いはずなのに、たしかに知っているその場所で、次兄さんと大剣を背負った金髪の少女、ケイ・マージネルは向かい合っていた。

 そして次兄さんの手には、少女の物であろう財布が握られていた。

 私は感情(まりょく)と足音を消して、二人に忍び寄った。





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