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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
2章 お金は大事
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51話 兄弟

 




「ふざけんなーっ!!」


 開口一番、私はそう言った。


 いや、ひどいだろう。

 なんだあの最後の超加速。

 今まであんな反応見せたことないよ。

 親父の奥に隠されていた魔力が活性化したと思ったら、赤い角でも付けたみたいな三倍速になりやがった。


 手加減されてるのは知っていたけど、あのタイミングで本気出すとか卑怯だろう。

 いやまだ底がありそうで嫌気がさすけど、そんなことよりあれだけお膳立て整えた後なんだから、もう素直に殴られろよ。


「む、復活したか。すまんすまん」

「あそこで兄さん使うのは卑怯だろしかもアベルガードって何だ完全にふざけてるじゃないか」

「早口でまくし立てるな。聞き取りづらい」


 こ、この馬鹿親父はっ!


「お前だってカインを盾にしただろう」


 親父がクイッと首で示した先には、茫然と膝をついている次兄さんがいる。うるさいな、後で線香あげとくよ。


「わたっ、僕はちゃんと言ってますぅー! 楯になってって言ってますぅー! 親父みたいに無理やり楯にしてないですぅー!!」

「なんかむかつくしゃべり方だな。俺だって言っただろう。アベルガードと」


 ふざけて技名を口にしただけじゃないのか。いやそれはどうでもいい。


「あんなの言ってないのと同じじゃないか。危うく兄さん殺すところだったぞ」

「はっ、俺がいてそんなことになるか。未熟なお前とは違うんだよ」


 うわっ、むかつく。親父むかつく。


「四則計算もできないくせに偉そうなこと言うな馬鹿親父」

「ぬ、俺は掛け算も割り算も出来るぞ。たまに間違えるだけだ」

「三桁超えたらバンバン間違えるじゃないか。そんなの出来てないのも同じですぅ!」


 ぬぅと、呻く親父。ここで畳み掛けてやる。


「それにこの前のは何? あのホテルで女の子囲ってたの。羽を伸ばすにしたって趣味悪すぎるでしょ。姉さんに言いつけるよ」

「なにっ、お前それは今更おかしいだろう。それにあれは向こうから勝手に来たんだぞ、俺は知らん」


 何だよ女の子とお酒が勝手にやってくるって。ああ、そうか。VIP(えいゆう)だったなこの馬鹿親父。

 でもだからと言ってそれで私が納得すると思うな。


「そんなこと知りません。姉さんだってそう言うと思うなー。怒ると思うなー。エロ親父なんて嫌いって言うかもなー」

「ふざけんなよ。もし告げ口したらお前がギルドで危険な仕事してるのもばらすからな」


 ちょっと、それは洒落にならないだろう。


「言って良いことと悪いことがあるだろう馬鹿親父っ」

「知るか。お前が言うな」

「こ、この……っ、だれのおかげで毎日おいしいご飯が食べれてると思うんだ」

「それとこれとは関係ないだろう。それにお前はいちいち料理に野菜を入れ過ぎだぞ」

「栄養が偏らないよう気を付けてるんだよ。文句があるなら料理の本読んで自分で作れ!」

「馬鹿め、俺にそんな事ができるか。また塩味の料理に戻るぞ」

「胸を張って言うセリフかぁぁああああっ!!」



 ――三十分後――



「はぁはぁ、それで、何の話をしてたっけ……」


 思う存分親父を罵ってすっきりした後、何に怒っていたのかよく分からなくなってきたのでそう尋ねた。


「何の話だったか……ああ、料理の味付けじゃあないか。醤油とソースのどちらが優れているか」

「ああ、そうか。ステーキは大根おろしと醤油で良いじゃないか。ちゃんとしたステーキソースって作るの結構面倒臭いし」


 私と親父はそこにワサビも入れるけど。


「前に一回作っただろう」

「いや、そりゃあ作れるけど面倒臭いんだって。玉ねぎやニンニクすりおろすのもそうだけど、赤ワインにオリーブオイルにっていろんな調味料使うから、足りないのも確認して買い足さないといけないし」


 そういうと親父は不満そうに口元を曲げる。駄々っ子か。


「……ああ、もうわかったよ。今度ステーキにする時はちゃんとソースも作るよ。いつになるかわからないけどさ。

 とりあえず今日は……そう言えば、姉さんに任せっきりにしてるけど大丈夫かな。メインは煮込み料理だからもう調味料を足すことは無いけど」

「戻った方がいいんじゃないか」


 サイドメニューがマヨネーズ過多になっているのが簡単に予想できる。別にマヨネーズが嫌い子はいないんだけど、姉さんは入れ過ぎているから胸焼けするんだよね。


「うん、そうだね――って、親父が無理やり連れてきたんじゃないか」

「うん? そうか、そうだったな。すまんすまん」


 はははと、二人で笑ってると、急に寒気を感じた。

 背筋に湧きあがったソレに反応して振り向くと、そこには幽鬼のように佇む兄さんがいた。


「え、なに兄さん、どうしたの」

「……どうした?」


 ゆっくりと私の言葉を繰り返す、兄さんの雰囲気が怖い。


「うん、ちょっとお前らそこに座れ」

「「えっ?」」


 私と親父の声がハモる。


「座れ」

「「はいっ」」


 逆らってはいけないという本能が働き、二人してその場に正座する。


「うん、君たちが非常識なのは良く知っているんだけどね。よ~く知っていたんだけどね。ここまでとは思わなかったよ」


 口調は穏やかだけど、そこはかとない怒りが伝わってくる。兄さんの額に幻の青筋が見える。


「ねえ、セージ。カインは危うく大怪我するところだったんだけど、なんであんなことしたの?」

「え、いや、親父なら止められるだろうし……」

「でも止められなかったかもしれないよね」

「え、あ、うん。まあ、その可能性もあったかな……」

「それで父さん。僕は危うくセージに殺されるところだったんだけど」

「いや、大丈夫だったぞ?」

「はぁっ!?」

「あ、うん、すまん」


 二人揃って素直に兄さんに頭を下げる。


「それで、二人して話す内容はおいしいご飯の話? ふざけんなよ、てめぇら」

「ちょ、兄さん。言葉遣いが悪いよ」


 いつもの優しい兄さんに戻ってよ。


「そうだぞアベル。それにメシは大事だろう」


 あ、馬鹿親父。その話を蒸し返すな。


「……うん。わかった。せっかくの機会だし、ここでちょっと話をしようか。前々から二人には思うところもあったし」

「えっと、僕は遠慮しておこうかな。ほら、ご飯の支度もあるから、とりあえず親父だけ聞いておけばいいと思うよ」

「待て待て待て。俺も、そうだ。俺も確かつけないといけない帳簿がたまっていたから忙しいんだ。話はむしろセージにしてやれ。たまには兄弟水入らずで過ごした方が――」

「いいから座ってろ」

「「はいっ」」



 ……それからしばらく、二人で兄さんのお説教を聞く羽目になった。途中で姉さんが夕飯に呼びに来たんだけど、私たちの様子を見て、何も言わずに去っていった。

 僕だけでも助けてと目を潤ませて訴えかけたのに見捨てられてしまった。

 男の子っていいなーって顔だったけど、これはそう言うんじゃないと思うんだ。



 ◆◆◆◆◆◆



 ビーフシチューとマヨネーズ尽くしの夕食と、入浴も終えて、カインは自室に戻った。

 心地よい疲れと体の痛みもあってすぐに寝るつもりだったが、今日は明りを消してベットに入っても、眼が冴えてまるで寝付けなかった。


 頼むと、あいつに言われた。

 その目が真っ直ぐに、自分を捉えた。

 いつもとは違って、その目は本当にあいつの目だった。


 カイン・ブレイドホームは明朗で快活な性分からアベルやセージに比べて浅慮に見られがちだが、けしてそうでは無い。

 ただ養父のジオより受け継いだ直感が優れており、それに従っているためにそう見えてしまうだけだ。


 そしてその秀逸な直感は、これまでセージに対して違和感を覚えていた。

 それはセージが己を偽善者と呼ぶ表面的な部分であり、時折見せる醒めた眼差しであった。

 カインはセージに尊敬の念を持っていたし愛情も持っていたが、それらをおぼろげに感じ取っていたためにセージと無意識に距離をとっていた。

 セージはセージでそんなカインの様子を察して距離を測りかねており、それが遠慮に繋がっていた。


 だがあの瞬間にはそんなものは何もなくて、胸の熱さは何でもできそうなくらいにカインを突き動かして、それを思い出して、また眼が冴えてしまう。


 カインが眠れぬ夜を過ごしていると、コンコンコンと、ノックが響いた。


「起きてる?」


 扉越しに聞こえたのはアベルの声だった。


「ああ、なに?」

「入るよ」


 そう言ってアベルは扉を開けてカインの部屋に入る。


「暗いね。もう寝るところだった?」

「いいや、寝れなかったから別にいよ。つーか、急にどうした?」


 カインは枕もとのナイトスタンドに魔力を通す。

 備え付けのそれは与えられた魔力を吸収し蓄え、それが尽きるかスイッチを切られるまで明かりを灯しつづける高価な魔道具の一種だった。

 カインはベッドから体を起こし、アベルはそのベッドに腰掛けた。


「特に用って訳じゃあないんだけどね、父さんには何の話をしてたの?」

「あ? あー、それは……」


 そう言われて、カインは自分が道場にはもう行かないと言った事を思い出した。

 カインは決して浅慮な子供ではないが、記憶力も父親によく似ていた。


「なんでもねーよ。大した話はしてねー」

「そうは思えないんだけどね……」


 アベルはそう言って苦笑した。実はその内容についてはあらかじめジオから話は聞いていた。

 もしここでも道場にはいかないと言うようなら、思い直すように説得するつもりだったが、カインの様子を見てその必要はなさそうだと思った。


「そういや、アベルもすげーよな。親父やセージにあんだけ言えるんだからさ」


 カインは思いついたようにそう言った。

 ジオに拾われる前の記憶を失っているカインだが、それでもアベルが実兄だという事はなんとなく覚えている。

 そして己の実兄だと知っており、年長であるにもかかわらずセージに勝てない事もあって、カインのアベルへの評価はそれなりに低かった。

 それが今回の件で大きく見直すことになった。


「うん、そうだね……」


 そんな弟の表情を読み取りながら、アベルは意地の悪い笑みを浮かべた。


「でも、セージの方がすごいでしょ?」

「え、それは――」


 カインが珍しく言いよどむ。

 はっきりそうだと思っていたが、面と向かって言うのはさすがに気が引けた。そんなカインの様子に、アベルは声をあげて笑う。


「ははは。いいよ。僕もそう思ってるから。

 うん。

 それでいいと、思ってるんだ」


 アベルはかつてセージに嫉妬していた。

 だがその嫉妬にアベルなりに折り合いをつけて、それからはセージをよく観察して、その真似をするようにした。その良い所を取り入れようと、努力してきた。


 今日二人を叱ったのも、もとはセージの真似をしたものだ。

 見た目もそれ以外も怖い(ジオ)に怒られても、胸を張って自分の意見を言うセージの姿をみた事があった。

 例え父が息子(セージ)の身を案じて怒っていても、セージは家族の為にと考えて、一歩も引かなかった。

 それを見て真似た事があったから、それは大事なことだという実感があったから、今回も――多少怒りに任せた部分はあったが――死にかけても臆することなく非常識で恐ろしく強い二人にはっきりと物申すことが出来た。

 そして物申された二人は、アベルをとっても恐れていた。


 他にもミルク代表のところでバイトしていた時に、何度となく困る事はあった。

 そしてその助けになったのはセージが何をしていたかだった。

 いや、ミルク代表のところだけでなく、預かっている子供たちやその親御への対応も、セージを真似ている部分が多い。


 家族を含め多くの人たちがセージが自分(アベル)に似ていると言うが、アベルに言わせれば自分がセージに似せているのだ。

 そのことに恥ずかしさや後ろめたさに似た感情はある。だがそれでもいいと、アベルは思っていた。


「そっか……」


 カインはそう呟いた。

 アベルの言いたいことがすべて伝わっているわけでは無い。それでもカインなりに真剣に自分とセージの事を考えていた。

 セージを見ていると、皇剣にはなれないと思う自分がいる。

 それはきっと正しいと思う、自分がいる。

 だが不思議と、今までのようにそのことに焦燥の気持ちは浮かんでこない。


 アベルはポンポンと、カインの頭に手を置いて優しくなでた。気恥ずかしさはあったが、カインは抵抗せずに撫でられるにまかせた。


「なあ、ニイチャン。俺は皇剣になるよ」


 口にした言葉は、思いのほかあっさりとしたものになった。


 皇剣になりたい。


 それはカインの正直な夢だ。

 親父のように強くなりたいという憧れだけでは無い。

 今日ジオに挑んだ時、今までに見たことも無いような数の衝弾に襲われた。

 セージなら軽々と潜り抜けるだろうそれに手間取り、痛い思いをして、結局は前に進んだだけで力尽きた。


 でもあの瞬間、胸の熱さに従って突き進んだあの時、いくつかの衝弾を木剣で弾いた感触、身体を撃たれながらも前へと進んだ時の実感。

 自分が成長していると、昨日よりも強くなっていると感じた。


 皇剣になりたいというのはカインの夢だ。

 親父のようになりたいというのは根っこの部分に刷り込まれたものだ。

 しかしそれだけでは無く、カインは戦う事が好きだし、強くなるのが大好きだ。

 だからギルドで働くのは無理だとセージに言われた時、理屈ではそれでいいと思っていたのに、気持ちが反発を感じていた。


 気付いてしまえば簡単な事で、カインは戦う仕事がしたいのだ。

 皇剣はその先の目標でしかない。そもそもジオは皇剣になっていないのだ。

 化け物(セージ)みたいな弟がいるのだって、考えてみればむしろ良い事だ。理想となる目標が身近にいるということなのだから。それにセージだってまだまだ成長途中で、それを見るのはきっといい勉強になる。


「ふふっ、そうか。でもそれなら今度こそセージに勝たないとね」

「お? おうっ。今度は親父の力なんか借りずに……いやでもハンデ欲しいな……」


 アベルがジオから話を聞いた時にはセージも同席していたし、その際にセージがカイン達に危ない仕事について欲しくないと思っていることを知った。

 そしてその際にお前が言うなと小一時間、今度はジオも加わってセージに説教することになったのは余談である。


 ともかくカインがギルドに登録するには、セージを納得させる必要がありそうだとアベルは思った。

 そんな事はカインは当然知らないが、セージに一度勝ちたいとは確かに思った。

 ただどう考えても勝てそうになくて、弱気な言葉が漏れてしまった。

 アベルはそんなカインを笑い、ハンデを付けるなら何が良いかなと話題を振る。

 そのまま夜遅くまで二人は話し込んだ。



 そんなカインの部屋の扉の前には、仲良く盛り上がっていたため割って入るタイミングを掴めず、ぼんやりと話を立ち聞きしている親子がしばらくいた。





セージ「……(ごそごそ)」

ジオ 「何だ、変な座り方をして?」

セージ「ずっとスタンバってました」

ジオ 「???」

セージ「兄さんが出てきたら言ってみようと思って」

ジオ 「……またおかしなことを(ごそごそ)」


体育座りするS&J

   「「ずっとスタンバってました」」



 夜も更けて、アベルがカインの部屋に泊まる流れになったことに二人が気付くのは、それからおおよそ一時間後だった。

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