47話 決勝戦
皇剣武闘祭最終日。
私は今日も今日とてバイトに出ます。
「え、今日も?」
朝食の席でそう言うと、兄さんに驚かれた。
だいたい私の予定は皆が集まるこの朝食のタイミングで話すのだけど、働きすぎとか、今日は休んだらとか、遊びに行こうとか、そう言うツッコミを入れてくるのはだいたい姉さんと妹の役目だったので、ちょっと新鮮だった。
「うん。まあ稼げるうちに稼いでおこうかなと思って」
ここ連日働きに出ているし、よく食べるのが二人いないのもあり、さらにはその二人がもう使い切っているだろうお小遣いを補充しに行ったんだけど結局渡さなかったので多少は蓄えが出来た。
ただし今日で皇剣武闘祭も終わりで、それに合わせて精霊様をたたえるこのお祭りも一気に下火になるという事なので、稼げるだけ稼いでおこうと思うのだ。
最後の税金の支払いも近づいてきていることだしね。
「最終日なんだから休んだら? 仕事に出るって約束をしてる訳じゃあないんだろ?」
「まあ、それはそうだけど」
ギルドを介せば日雇い契約してくれる仕事はたくさんある。なので家や親父たちに何かあるといけないからと、日をまたぐ仕事は避けてきた。
ただやっぱりどこも人手不足で、仕事終わりには明日も来てくれって頼みこまれてはいるのだ。
「今日は家の仕事も休みだろ。ちょっと付き合いなよ」
「二人で出掛けるの?」
聞いたのは姉さんだ。そうすると家に残るのが姉さんと妹の二人になるので、そんな事はできない。
もちろんそれは兄さんも分かっていて、首を横に振った。
「いや、違うよ。四人で出掛けようって話。
父さんとカインも楽しくやってるだろうから、たまには家族で遊びに出ても罰は当たらないでしょ」
……うーん、まあ残っている私たちが遊びに行ってもいいか。
税金を支払う目途はついているし、家族サービスの時間も必要だろう。
妹は私が家にいないことを分かってはくれるのだが、帰ってくると一目散に突っ込んでくるぐらいには寂しがってくれてる。
「そうだね。いいけど、それでどこに行くの?」
何やら行くあてが有りそうなので、兄さんに聞いてみる。
「皇剣武闘祭だよ。と言っても、会場には入れる訳じゃあないけどね」
会場には入れないという事は、パブリックビューイングの方か。あっちも有料なんだよね。しかも結構高い。
その中でも一番人気があって手に入りくい、今日の決勝戦を良く四人分も……って、そうか。
「もしかして兄さん、そのためにお金を貯めてたの?」
「やっぱり気づかれてたか。そうだよ。ほんとはちょっとお金が足りなかったんだけど、運よく二人分浮いたからね。何とかなったよ」
そう言って苦笑する兄さんにつられて、私も同じように苦笑した。塞翁が馬と言ったところだろうか。
******
兄さんが入手したチケットは政庁都市にある公営施設で、音楽ホールでの放映だ。
売店で取り扱っている物なら持ち込んでの飲食も可能という事で、ポップコーンとジュースを買って中に入った。
映画館に来たみたいだけど、魔法による映像はお世辞にも綺麗とは言えない低画質で、音も無い。
正確には実況や解説の音声は飛んでくるのだけど、実際の試合会場の音自体が無く、歓声などが聞こえてこないのでちょっとさみしい。
とはいえそんな贅沢なことを思っているのは前世で豊富な娯楽に触れていた私だけで、他の三人は素直に楽しんでいた。
試合の中身としては玄人好みするような格闘技の試合を予想していたのだけど、実際には魔法や闘魔術があることに加え、選手たちも見られていることを意識してるようで、派手な技の応酬が繰り広げられた。
今日が最終日で、順位決定戦は決勝までの前座という扱いだから、選手たちもサービスしてるのかもしれない。
派手な技の一々に、妹をはじめ同じホールにいる子供たちが歓声を上げていた。
姉さんは、みんなが楽しんでいるのが楽しいと言った様子で、にこにこしている。
疲れがたまっているのか、妹のように声を上げてはしゃいだりはしていなかった。
そう言えばここのところ託児のお仕事や家事で負担をかけっぱなしだったなーと反省する。
朝の九時から始まった試合は、一試合おおよそ三十分で、合間にはインターバルを挟んで進んでいく。
順位決定戦の下の方から決めていき、お昼を過ぎたぐらいで九位決定戦が終わった。
特にお昼の時間と言うのは設けられていないので、このインターバルでやって来た売り子さんを捕まえて昼食を購入した。
内容は軽めにサンドイッチセット。それとお菓子も少し買った。関係ない話だけど、売り子さんがタチアナさんに似ていた気がする。
訓練生はみんな良い所の出の人たちだって聞いているから、ただのよく似た人だろうと思うけど。
そうしてインターバル中のチアダンスを眺めながらお昼を食べていると、映像が急に切り替わる。
スカートを翻しながら踊る可愛い女の子たちから一転、現れたのは渋いイケメンと美貌のイケメンと、普通の少年だった。
「おやじー!」
妹が立ち上がって叫ぶ。恥ずかしいので座らせた。
『今期の皇剣武闘祭ではかの伝説の英雄、ジオレイン・ベルーガー様も観覧に訪れており――』
親父を映しながら、実況が過去の偉業を並べていく。
まあ有名人だしこういう事があるのは仕方ないと思うけど、親父の許可はとっているのだろうか。
とってないとすると……
映像の中の親父がこちらを見据える。鋭い視線からは機嫌の悪さがうかがえる。
……ああ、これはとってないな。
そう思ったところで、映像の親父から裂帛の気合いが飛んできた。
それで映像は消え、実況の声も途切れた。相変わらずとんでもない親父だ。
「何やってるんだよ、父さん」
「大丈夫だよ。これぐらいならすぐに復旧するから」
魔法を使っている人には多少の負荷がかかっただろうけど、その程度で済んでいるはずだ。あとは親父を映さないようにしてくれれば問題は無いだろう。
◆◆◆◆◆◆
「何をやっているのかな、ジオ」
アーレイが呆れを隠さずそう言った。皇剣武闘祭の会場内には大きなパネルがいくつもあり、運営がピックアップした映像が映し出される。ただし今はそのどれもが不具合を起こして何も映し出してはいなかった。
不具合を発生させた犯人は言うまでも無くジオである。
「鬱陶しかったからな」
その一言で済ませるジオに、アーレイは深いため息を吐いた。父親がパネルに映り、さらにはこんな大勢の前で褒め称えられるのを見て興奮していたカインも、それはちょっとどうなのという顔をしていた。
「べつにいいだろう。ほら、直ったぞ」
パネルの映像が復旧する。映されているのはジオたちでは無く、ダンサーたちだった。ただし実況は変わらずジオの事をしゃべっている。
『数多の偉業を積み上げてきた英雄ベルーガー卿が初めて観覧されるこの皇剣武闘祭。優勝の栄誉と皇剣の座を掴むのは弱冠十四歳の新世代の魔人、ケイ・マージネルか。
あるいは十九歳にして上級の壁を突破した天才剣士、アルバート・セルか。最後まで目を離すことなく今日のこの歴史的瞬間をご覧ください』
実況の口上にジオは口元をへの字に曲げる。
慣れによって高いスルースキルを獲得しているジオだが、基本的に他人から注目を浴びるのはあまり好きでは無い。
だが運営はあの程度で映像転送の魔法行使に支障をきたすほど未熟なので、実力行使はしづらい。
これも家族のためだと我慢をしながら――八年前のように独り者なら我慢せず実力行使に踏み切り、結果として起こる面倒事もすべて腕力で解決していた――舞台上を眺めていると、決勝を争う二人のうち片方が、ジオを見据えていた。
気のせいでは無い。自らに向けられた感情を見抜くジオのスキルは、その類の方面に適性を開花させた加護持ちのセージにすら優っている。
自らに向けられたしっかりとした視線に、ジオはわずかに口元を緩ませた。
あいつは勝つと、そう思った。
******
昼から始まった後半戦は、予定時刻を超過して進んでいく。
一試合の予定時間は三十分だが、決着がつかず延長戦に突入する事もあるからだ。
また試合が苛烈を極めていく事で会場のダメージも深刻となり、その修復のための時間も試合を重ねるごとに長くなった。
三位決定戦を終えて、決勝の準備が整ったのは午後の四時頃だった。
係員から呼び出しを受けて、その少女は決勝の舞台に上がる。
同時に、今日最大の歓声が場を包んだ。
金色に染め上げた髪をなびかせ、少女は一歩、また一歩と大切に踏みしめながら舞台の上を進んでいく。
少女の名前はケイ・マージネル。
わずか十二歳でギルドに登録し、上級の兄弟子とともに荒野でその身を鍛え、たった一年で中級に駆け上がって現在は中級上位にまで等級を上げた。
その実績より最優秀新人賞に選ばれ、もし中級へとランクを上げていなければ新人戦の優勝を確実視されていた。
何故ランクを上げたのかと、マージネル家を批判する声があった。
ケイには来期の優勝候補になれるだろう素質がはっきりと有った。新人戦優勝者は来期の皇剣武闘祭にて最終予選のシード権を得る。今期はそれを狙うべきではなかったのかと。
そして本選にエントリーする事が知られて、マージネル家ははっきりとした批判にさらされることになった。
英雄ジオレインとマージネル家の確執は一般に広く知られるものだった。
そしてジオがギルドに登録したのは十三歳で、初めて皇剣武闘祭に出場し準優勝を果たしたのは十六歳の事だ。
それに対抗意識を燃やし、一人の天才の未来を危うくしていると、批判された。
皇剣武闘祭では死者が出ることも珍しくない。
その後の生活にすら影響を及ぼすほどの大怪我をすることもある。
皇剣武闘祭で権力者が不正をしているという噂は昔からあり、そして事実だった。そのせいで一般参加の者はケイのような名家の出に対して容赦がない。
取り返しのつかない不幸な出来事が起こる可能性は高かった。
だがそんな批判も日が進み、試合が進むごとに萎んでいった。
確かに不正は行われた。予選から多くのマージネル家門下の戦士が数多くエントリーし、ケイと戦う事になれば不戦勝と言う形になったし、あるいはケイと戦う可能性のある戦士に対しては死に物狂いで挑んで消耗を強いた。
だが内容的にはその程度だ。
ケイ自身が悪辣な裏工作を好まないこともあって、それ以上の介入はむしろ逆効果になるとマージネル家首脳陣は判断したのだ。
そうしてケイは勝ち進んだ。
ケイはいまだに中級であり、上級の怪物と比べれば一段劣る。だが対人戦闘に特化したマージネルの技は、その一段を覆す大きな助けとなった。
そしてケイにはもう一つ、マージネルだけでは無い技を持っていた。それが切り札となり、彼女を決勝の場まで導いた。
そして実力と経験に勝る格上との数々の真剣勝負を経て、ケイはその実力を大きく高めていった。
静止の声がかけられ、ケイは立ち止まる。
正面を見据えれば、対戦相手がいる。
「やっと、ここまできた」
ケイが小さく呟く。
世間で言われているように、確かにマージネル家のケイは初出場で準優勝と言う結果に対して思うところがあった。だがその内実は世間から噂されているものからは程遠かった。
「今この瞬間を迎えられたことを、偉大なる精霊様と祖父母に感謝します」
瞑目し、祈りをささげる。
支援があったとはいえ、ケイがこの場に立っていることは奇跡に近い。
家族の反対を押し切って今期の皇剣武闘祭に出場したが、実力を弁えるのなら決勝まで来れるなどとは思っていなかったし、そもそも本戦に出れただけでもケイ本人としては満足できるもののはずだった。
「そしてこの身この心を支えてくれた師に、感謝します」
瞼を開け、正面の対戦相手から視線を切って、高く。
ケイは貴賓席に当たる一角に座したその男に、視線と想いを向けた。
来ているとは思わなかった。見ていてくれるとは思わなかった。
それは九年前から続くケイの一方的な片思いで、それを告げるには皇剣ぐらいになってからでないと釣り合わないと、そう思っていた。
ケイは大剣を抜き、構える。
相手はシャルマー家お抱えの上級の戦士。年齢も実力も経験もケイを確かに上回っているはずなのに、不思議と敗ける気がしなかった。
この日、優勝を果たし皇剣の座に就いたのは史上最年少の少女だった。