441話 こんなテンプレは回収しなくていいと思う
そんな訳でアリア様の隠れ家までやってきたところ、その一歩手前の霊脈との接続ポイントで一人の皇剣に出迎えられた。
ロマンさんだったら良かったのだが、残念ながらその人物はもう一人のファンキーな方の皇剣様だった。
「やあやあ遅いお帰り心千切れる想いでお待ちしておりました、我が皇よ。
そしてようこそマイソウルフレンド、あとそのおまけ。
この重要拠点は他ならぬ僕が守っていたのだ。安心して足を踏み入れくつろぎたまえ」
「……ふっ」
なんとも反応に困るネインさんだったが、それはアリア様も同じなのか気取った笑いを返答とした。
「だれがおまけよ」
「どうも」
ケイさんが返事をしたのを待ってから、私も軽く挨拶をしておく。面倒くさいのだが、序列で返事の順番があるので皇翼の私は皇剣のケイさんの後になるのだ。
自分も割と大雑把なくせにケイさんが口うるさいのだ。
「ふははははは。仕方あるまい粗野な獣よ。この美しき僕のフレンドとなるにはあまりにエレガンスが欠けている。キューティクルが抜け落ちている。そう。その絶壁からビューティフルが転がり落ち哀れな凡人んんっ‼」
あ、殴られた。
きりもみ回転して地面にバウンドしたところを蹴り上げられている。
一撃で終わらなかったあたりにケイさんの怒りの本気度を感じる。
そんなやり取りの陰でアリア様は魔力を通して部屋の強度を上げおり、私の肩を叩いた。
「私がケイと二人で帰らなかった理由、少しは察することが出来ましたか」
「あ、はい。ご苦労されているんですね」
たぶんケイさんがいなくてネインさんだけだったとしても面倒くさいのは想像にたやすい。
私のようなちょっと運が悪いだけの善良で平凡な常識人を皇翼にしたのには、きっとこういう理由もあったのだろうなぁ。
からかうのは程々にしておこう。
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「さて、何から話したものか」
そんな枕詞からアリア様の話は始まった。
四人で話すには手狭ということでアリア様の隠れ家には入らず、場所は接続地のままだ。
ただ立ったままでは疲れるということで壁の中の収納からイスとテーブルを出し、隠れ家に買い置きしているお茶とお茶菓子を出した。
ちなみにアリア様が給仕役をやろうとしたのでケイさんが慌ててティーセットを取り上げ、私に押し付けてきた。
いや、良いんだけどね。たぶんこの中で一番雑用慣れしてるし、立場も一番低いし。
……どうにかして皇剣の序列七位と八位より上に行けないかな。
「まずはこれからの話ですね。もうすぐ荒野の最奥とも言うべきポイントに最接近します。
この荒野の原因については話していましたね。今より300年以上昔に起きた偉大な人と魔女の争い、すなわち神々の戦いの結果です」
「いや、聞いてないです」
私が手を挙げてそう言うと、ケイさんに睨まれる。恥をかかせるなと言いたいのだろうが、こういうの分かった振りするのは危ないと思うのよ。
「そうでしたか? そういえばあなたには言ってなかったような気もしますね」
アリアさんはそう言ったが、たぶんケイさんも聞いていない。だって表情がそう言っているもの。
ネインさんの表情に変化はないので、この人やここには不在のロマンさんあたりは聞いていたのかもしれない。
「まあ、些事ですね。重要なのは足を伸ばして深奥を見に行くかどうかです。深奥にはそれに見合うだけの魔物が巣くっています。守護都市にも少なからず被害が出るでしょう」
「……見に行かないといけないんですか?」
アリア様は相変わらず言葉が足りていないので説明を要求する。
「必要という訳ではありませんが、何か得るものがあるかもしれません」
アリア様はそう言って私を見据える。つまり加護持ちだった私の経験に期待されているようだが、たぶんそれには応えられない。
「仮神の加護は封じられたままなので私が見ることにさした意味はないと思いますが、それとも何か特別なものがあるのでしょうか」
ラウドさんの技の詳細な解析からも分かるように、アリア様の魔法に関する知識や分析力は私とは比較にならないくらいに高い。
私に勝るところがあるとすればチート持ちだったころの経験で、何となく魔力の扱いが上手いとか何となく魔力の流れが詳細にわかるとか、漠然とした感覚的なところだろう。
まあ何かしらの違和感がアリア様のヒントになるかもなので無意味では無いのかもしれないが、都市や戦士の被害に見合う見返りを期待されると困る。
「いえ、これまでの調査隊は何も発見できていません。私と共に落ちてきた研究所も今では完全に破壊されています」
話がちょっと飛んだな。そう言えば前に神様の戦いに巻き込まれてこの世界に落ちてきたとかそんなことを言っていたな。
荒野の奥地に落っこちたのか。神様の戦いの余波もそうだけど、さっきの口ぶりからして上級の魔物もうようよいるだろうに、よく無事だったな。
破壊された跡にしろ少し見てみたい気もしてきたが、しかしリスクに勝る程の興味でもない。
「被害が出るなら、せめて帰りの方が良いのでは? 負傷者の治療や都市の修繕で共和国に協力を求めることになりそうですし」
「……そう、ですね。
イグに対し何かしら交渉の材料が増えればと思いましたが、期待できるほどではなく、むしろ負い目を作ってしまうと考えればその方が賢明ですね」
なるほど。そっちも目的だったのか。
やっぱり共和国というか向こうの精霊様とはあんまり仲良くはないようだ。まあ同盟国としての扱いは受けるだろうからそんなに心配は……
そこまで考えて、ふとファーキラヒルとのやり取りを思い出した。
エルフって、上の人間が嫌ってるからちょっと襲ってやろうとか考えそうな見せかけインテリ勢だったりしないよな。
アリスさんたちはいい人だし、きっと違うよな。
……何かあってからでは遅いし万が一も許されないので、アリア様の護衛は真面目にやろうと思う。
いや、加護のない私の護衛スキルってそんなに高くないんだけどね。
まあ顔立ちが似てるから影武者ぐらいはできるだろう。
「では、次の話をしましょうか。
セイジェンド、あなたには女装をしてもらいます」
「え? 何を馬鹿なことを言ってるんですか」
お戯れをと言うべきだったのだが、気が付けば飾らない言葉が漏れていた。そして私は拳骨を落とされて顔面が床でバウンドすることになった。
床に穴が開かないようとっさに魔力を通して強度を上げるアリア様の反応速度はとてもすごいと思います。
それはそれとして私はバウンドした勢いを利用して背筋を伸ばした立ち姿を取り、真面目な話なのですとアピールをする。殴られるのは別にいいのだが訳の分からない流れで女装を押し切られるのは嫌ですよ。
「失礼、何故そのような事を? 影武者ということであればアリア様が男装された方が自然ではないでしょうか。
待った。
ケイさん、ステイ。拳を下ろして。真面目な話だから。あとここで暴れるのは本当にやめて。修繕費がいくらになるか分からないんだから」
前半はアリア様に向けた説得で、後半は不敬罪を執行しようとしてくるケイさんを宥めるためのものだ。
アリア様は少し遠い目をしているが、もしかして通じていないだろうか。私の言い分が理解できないのは単細胞なケイさんだけだと思うのだが。
いや、そのケイさんもここが重要施設だということを今更ながらに思い出し、そしてネインさんの時と合わせて二度この部屋を壊しかねない暴れ方を思い出して顔を青くしている。
「も、申し訳ありません。この不始末はどのようにでも罰してください」
「落ち着きなさい。咎めるつもりならば一度目にそうしています。ネインにしてもセイジェンドにしても、この部屋を壊さないと分かっていて受けたのでしょう」
それはまあそうだ。軽口で殴られるのは慣れっこだが、そのせいで莫大な借金なんて背負いたくない。アリア様が事前に強化していなければ床にぶつかるタイミングで衝撃の緩和をしていただろう。
それはネインさんも同じだったようで、ケイさんに勝ち誇った笑みを向けていた。
「それよりも今はセイジェンドの思い違いを正すべきです。その疑念、話しなさい」
ぐぬぬと悔しさを堪えるケイさんを尻目にアリア様がそう言った。
「はい、アリア様。私の女装はアリア様を守るための影武者となれということでしょうが、表向きの立場を考えれば私がアリア様に姿を似せることは無理が出ます。
アリア様の素性を勘繰られるリスクを上げてしまうことを鑑みれば、アリア様が男装なされた方が周囲の目を晦まさられるのではないでしょうか」
「ふっ、そのような事でしたか……」
アリア様は不敵に笑い、視線をそらした。
自信のある佇まいだが、私の言い分は間違っていないと思う。
皇翼の私が変装をしてまで守ろうとする貴人など数えるほどだろう。それでなくとも演技下手のケイさんが側にいて違和感が爆上がりしているのだ。
おそらくアリア様の正体にブレイドホーム家の大人たちは気づいているし、妹だって違和感を覚えている。ほんの少し接しただけでもそうなのだ。
世間様から割と注目を集めている私が女装までしてアリア様を守れば、存在している事すら秘匿されているアリア様が守護都市では公然の秘密みたいなことになりかねない。
「……ああ、ケイ。いつまでも俯くのは止めなさい。あなたの行いによる被害はありませんでした。そして私はあなたの奔放な所を好いています。
顔を上げなさい」
「は、はいっ」
ケイさんは頬を紅潮させ背筋を伸ばした。
そんな寸劇を挟んでから、ゆっくりとアリア様は私の疑問に答える。
「確かに、あなたの言う通りです。
あなたが女装をすれば目立つでしょう。その傍らに私がいれば余計な詮索を招きます。
ええ、その予想は正しく、私の正体が多くの者に知られるのは望ましくありません」
私は懸念が正しく伝わっていることを理解して頷いた。そして続く言葉を待つ。
「そうですね……」
アリア様はそこでネインさんに流し目を送った。
ネインさんは心得たとばかりに大きくうなずいて声を上げる。
「そうつまりそんな事よりも大事なことがあるのだよソウルフレンド。
君は美しい。ならばその美しさを美しく飾り立てるのは当然の事だろう。
最も美しき皇剣たるこの僕のライバルよ。華麗なドレスを身にまといその実力を示すがいい」
うん。
なるほど。
うん。
とりあえず、無視で良いかな。
「それでアリア様、どのような理由があるのでしょうか」
「――はっ、ああ、そうですね。理由でしたね。
ネインがあまりにおかしなことを言うので言葉を失ってしまいました。
もちろん理由はあります」
アリア様はそう言って鷹揚に頷いて見せたが、態度が少しおかしい。
これはどうも、思いがけず追い詰めてしまっているのだろうか。
影武者云々は建前で、理由は言えないがとにかく女装をさせたいということか。
しかしアリア様が身バレのリスクを負ってまで私に女装させたい理由は何なのだろう。
気にはなるが、まあいいか。
後からうるさい事を言われそうだから顔見知りに女装姿を見られたくないと言うだけで、そもそも女装への抵抗感はそんなにない。
もちろん女装願望も無いが、化粧は式典の時なんかにやっているし、スカートを穿くのもコスプレと思えばまあ気にならないだろう。
「ああ、もしかして女装をするのは共和国に着いてからという事ですか? よくよく考えれば先方はアリア様の事をよく知っているはずですもんね。
もうバレているなら、確かに影武者は必要ですね」
「――っ、ええ。ええ。
共和国から……ええ、ええ。それが良いでしょうね」
ちょっと寂しそうにアリア様は言った。
いや、アリア様の身バレの事もあるし、守護都市ではやらないよ。周りがうるさいのもあるけど、それ以上に妹に見られたくないし。
「共和国に入るのはごく一部だけですからね。確かにその方がよいでしょう」
「え?」
意外な言葉に私は思わず声を上げた。
共和国って入国制限があるの? オフの日は妹と観光するつもりだったんだけど。