42話 知られたくなかった
朝方、次兄さんがこっそり出ていきました。
まあ昨日の今日だし、なにかするかなーと魔力感知でロックオンしてたので気付きました。
こっそり後をつけて出ようしたところで親父に遭遇する。
「カインか?」
「うん。家出したから見守ってくる」
親父は相変わらず言葉が少ない。
たぶん気付いていて止めなかったのは、次兄さんが男の子だからだと思う。
可愛い子に旅をさせるとか、谷底に突き落とすとか、若いうちに苦労させるとか、そんな感じで男児は放置気味にして経験を積ませるのが親父の教育スタンスなので。
まあ止めても何も解決しないとは私も思っているので放置するのは賛成なのだけど、それでも外は危ないのでこっそり見守っていこうと思います。
次兄さんは喧嘩っ早いしね。
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朝方そんなやり取りをして、次兄さんをストーキングし続けて、途中ちょっと危ないというか飛び出しかかったりもしたけど、何とか最後まで手出しせずに済んだ。
もしも私が助けに入っていたら、事態は余計ややこしくなったと思う。
そして私が聞いたと知られると面倒臭くなりそうだなーなんて話も盗み聞きしてしまいながら、次兄さんはお客さんを連れてお家に帰りました。
「セージ、何やってるの」
私が帰るかどうかで迷っていると、兄さんと鉢合わせした。
「え? いや、まだ帰らない方がいいかなって思って」
「……セージも朝からいなかったけど、もしかしてずっとカインに張り付いてた?」
兄さんが変な事を聞いて来た。
「うん。親父に聞いてない? 言ってから出てきたんだけど」
「聞いてない。
……はぁ。知ってれば普通に仕事に行ってたのに。
父さんが全然心配してないからおかしいとは思ってたけど……」
肩を落とし、疲れたような笑みを見せる兄さん。
「セージには苦労ばかり掛けるけど、カインの事頼むよ。
わがままで馬鹿だけど、可愛い弟なんだ――っと、ゴメン。僕はもう行くよ」
「うん。気を付けてー」
兄さんを見送って、家の方に意識を戻す。
よくわからないけどなにがしかの話を終えて、親父と次兄さんは訓練生さん達を連れて道場の方に向かった。
さて私はどうしようか。
仕事に出るという気分では無くなったし、お客さんも来ている。
次兄さんと私は外でご飯を食べてきたが親父たちは別で、訓練生さん達もまだっぽい。
「ご飯でも作ろうか」
呟いて、ブレイドホームの門をくぐった。
「あ、セージどこ行ってたの。カインが家出してて大変だったのよ」
そしてさっそく姉さんに捕まり、延々と愚痴を聞く羽目になった。
……ところで私も朝からいなかったんだけど、心配はしてくれませんか?
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買い物はしてないので食材はありあわせの物だ。
とはいえ家は大家族なので買い置きしてある量もそれなりに多い。
独り暮らしだったころはちゃんと使い切れるように、野菜なんかはなるべく買い置きしないようにしてた。
それを思えば食べる口が多いのは便利だ。
お中元やお歳暮での貰い物とかで、賞味期限切らさないようにしばらくそれしか食べないなんてことも無いし。
ただ後で食べようと残しておいたデザートが、だいたい誰かに食べられてたりもするんだけど。
しかし食材的な制約は少ないが、時間的にはかなり急がなければならない。
もう普段のお昼の時間は過ぎているのだ。妹なんて、さっきから私の背に抱き付きながら、ご飯~ご飯~と、急かしてきていてとても可愛い。
いつもは姉さんもこっちに来て一緒に料理をするんだけど、今日は兄さんが外に出て親父と次兄さんは道場にこもっていて預かっている子らを見る人がいないので、そっちを担当している。
それはさておき手早く作れるもので、しかしお客さんもいるので手抜きにはならないもの、少なくともおいしいと思ってもらえるもの。
さてなんにしようか。
ここで何を出したらいいかなーと、訓練生さん達の顔を思い浮かべる。
なんとなく育ちが良さそうに感じるが、しかし上品な料理を出せるだけの時間と料理の腕は無い。
むしろ逆転の発想で庶民料理にしよう。うん。ジャンクフードとかなじみがなさそうだし。
なので今日のお昼はハンバーガーにしました。
手抜きじゃないかというツッコミは気にしないことにします。
お肉はなるべく薄くして焼く時間を短縮して、そのかわり枚数を大量に作って重ねてボリュームを出す。
家のキッチンは無駄に広いので一度に大量のお肉が焼ける。
ソースもいくつか種類を作り、レタスやチーズ、トマトなどを入れたり入れなかったりして多種多様のハンバーガーを作った。
付け合わせは定番のフライドポテトと、あとはベーコン入りの野菜スープ。
フライドポテトで大量に食用油を使ったので、今日の夕食も揚げ物が確定だ。
一回の調理で油を廃棄するなんて贅沢はできません。
ハンバーガーなんてすぐに作れると思ったし、妹の協力もあったのだが、それなりに時間がかかってしまった。
急いで庭の方に持っていくと、預かっている子らは先にご飯を食べ始めていて、面倒を見てる姉さんは食べているところを見ないように遠い目をしていた。
マヨネーズたっぷりのテリヤキバーガーを渡すと、姉さんは肉食系女子に早変わりした。
将来ショタコンにならないことを心から願っています。
「お昼持ってきたよー」
姉さんに食事を差し入れ終えたあと、道場にハンバーガーとフライドポテトの山を持って行った。
取り分けてもらうよりたくさん食べられると思ったのか、妹もこっちについて来た。
「うむ。では、休憩にするか」
親父がそう言った。
道場では死屍累々と言った様子で、訓練生さん達が突っ伏していた。
今から休憩みたいなことを言ったけど、私が来なければ無理やり立たせてしごいたのだろうか。
しごいたんだろうな。
親父は割とスパルタだ。
「た、助かりました」
よろよろと立ち上がった訓練生さん達。確か名前はレストさんとタチアナさんと、ポッ……、止めておこう。
ハリーさんだ。ハリーさんは衝弾で倒した人。訓練生のトップスリーがわざわざ親父の指導を受けに来たみたいだ。
いや、親父は英雄なのできてもおかしくないんだけど、ちょっと意外だった。
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。
お食事がまだでしたら、多めに作ってきたので食べていってください」
「ご丁寧に、どうも……その、セイジェンド君で、よかったかな」
「ええ。セージと呼んでください」
にっこりと営業スマイルを浮かべて、三人それぞれに冷やしたタオルを渡していく。
魔法があるとこういう気配りがすぐにできて便利です。
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レストさんとハリーさんは当初手づかみで食べるハンバーガーとポテトに面をくらっていたが、タチアナさんが気にせず食べるのを見て、それに倣って食べはじめた。
もしかしてものすごく失礼な食事を出したかもと心配になったが、二人はお坊ちゃまだから気にしなくていいですよとタチアナさんに言われた。
政庁都市にはハンバーガーショップもあって、友人と食べに行くこともあるらしい。
そのお店よりもおいしいよ、なんてお世辞もいただきながら和やかにお昼を食べ進める。
レストさんとハリーさんも不味いとは思ってないらしく、口元や手にソースをつけたりしないよう丁寧に、しかし結構いい速度で食べていた。
そしてうちの家族はと言えば、
「カインっ、三個目!! あたしまだ二個!」
「うるせーな遅い奴が悪いんだよ。スープでも飲んでろ!」
いつも通りの、和やかなブレイドホーム家の食事風景です。
ハンバーガーの数、ちょっと足りなかったかな。
親父もお酒飲みたいなー、なんて雰囲気出しながら景気よく食べているし。
持ってきた弁当を食べ終えた子たちも寄ってきたし。食べて良いけど喧嘩はしないでね。
しかし次兄さんには外で食べて来たでしょと、言いたい。
言うとストーキングがばれるから言わないけど、でも言いたい。
……次兄さんが私のお金をくすねているのは知っている。
ただ金額が小さいし、お小遣いをあげておらず、今は特に外へ出ると誘惑が多いので見逃して来た。
教育に悪いとは思っているのだが、注意するにしてもどう言えばいいのか悩んでいる。
お小遣い自体は来月ぐらいから渡そうと思うけど、あと一か月我慢させるのもなーと、思ってしまうのだ。
守護都市には娯楽が少なくて、まあお金の心配がなくなれば他の都市に接続する時なんかに遊びに出れるようになるだろうけど、それにしたって月に一度か、多くても二度の事だ。
幼い子供にとっての一か月は長い。
我慢しろと言うのは簡単だけど、それもどうかと思ってしまったのだ。
そんな理由で注意するのを先送りにしているうちに、昨日と今日のイベントだ。
いま叱っても逆効果になりそうで怖いので、ちょっと保留しようと思っている。
次兄さんは正義感も道徳観念もちゃんと持っているので、万引きとかスリなんて犯罪には手を染めないと思う。きっと。たぶん。
……信じてるからね、次兄さん。
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食事を終えた後、妹は姉さんたちのいる庭の方に行った。
あっちのほうは小さい子が多いので、食事の後はお昼寝をして、その後は読み書きや簡単な計算の勉強と、あとは姉さんが物語の朗読なんてのをやる。
朗読は守護都市で人気の魔人伝だ。
もっともそれは子供向けに簡易化された絵本版で、えぐい描写は取っ払ってある。
全二十巻のシリーズもので、今は折り返しの十巻ぐらいだった。
……ちなみにこれはいつぞやとは別の日に妹と兄さんと私で政庁都市に出かけた際に買ったものです。
かなり高かったので買うにしても先送りにするつもりだったのだけど、妹のおねだりに負けてしまった。
後悔はちょっとした。
道場では訓練生さんたちがお礼にと子供たちの面倒を見てくれた。
立派な装い――今は訓練の邪魔になるので上着を脱ぎ、シャツも着崩している――でやって来た三人に相手をしてもらえるとあって、子供たちのテンションは急上昇だ。
特に強くて年上の女性であるタチアナさんは大人気だった。
子供らに囲まれるタチアナさんもまんざらではなさそうで、楽しそうに打ちこまれる剣をいなしていた。
……うん。
子供はかわいいよね。
今の私は道場にいる子たちよりも背丈が小さいので普段は意識しないのだが、それでもふとした動作に心安らぐことがある。
ただタチアナさんはとある二人に似ている部分があるので、ちょっと注意が必要だと思う。
今のところ鼻息を荒くしているなどの不審な様子は無いのだけど。
……いつぞやのとき、かろうじて名誉が守られた私をトイレに案内する際は当然のように手を引いていたし、汗を流すのにシャワールームへと案内した際は、洗ってあげますと女性用の方に連れ込もうとした。
六歳児が相手ならそうおかしくない気もするけど、とにかく注意が必要だ。
しかし心配していたような事は何も起きず、午後の訓練も終わりになって子供たちに迎えがやってくる。
その見送り終えたあと、タチアナさん達も帰るという事で私と親父と次兄さんの三人で見送ることにした。
姉さんと妹は片付けや洗濯物の取り込みをしています。
「しかし驚きました。まさかジオレイン様に会えるとは。それも実際に指導までしていただけるなんて」
「ええ。帰ったら自慢が出来ますね」
折角なので夕飯もごちそうして騎士養成校の話とか聞かせてもらいたかったのだが、夜になると守護都市と政庁都市の行き来が出来なくなる。
外泊の許可はとっていないので、三人とも帰るとのことだった。
「騎士連中は良い顔をしないんじゃないか?」
親父が返したのは、この冷めた言葉である。
悪意はゼロなのだが、親父を良く知らないと突き放されたように感じるだろう。
「……年配の方々は、そうかもしれません。
ですが私はこうしてジオレイン様に手ほどきを受けたことを、得難い経験だっと思います」
だからお偉いさんから眉を顰められても気にしない、と言葉の裏にそんな思いを込めて、レストさんが言った。
親父もそれを感じ取ったのか、むぅと唸った。
「そういえば今日はセージさんにリベンジをしようと思っていたのですが、すっかり忘れていましたね」
「え? 親父に用があったんじゃねぇの?」
レストさんが続けて、次兄さんが尋ねた。私も気になったので、耳を傾ける。
「ええ。それでセージさん、改めてよろしくお願いします。今回の指導料とは別に、ギルドの方には指名依頼として登録しておきますので」
さわやかなレストさんの発言に、身体が硬直する。
そうか。
今まで話題に出さなかったからクライスさんに口止めされていると思ったけど、違ったのか。
ギギギと、恐る恐る次兄さんの様子を窺う。
次兄さんは、えって感じで私を見た。つい視線をそらしてしまった。
「ずるい!」
次兄さんが叫んだ。
「セージ! ギルドに登録してんのかよ! なんだよ隠したりして! 親父も知ってたのか!」
高速で目を逸らす親父。一方でレストさん達はオロオロとしている。
「いつもいつもセージばっかり! 俺だって登録したいって言ってたのに! 訓練も俺の方が遅かったし!」
目を潤ませながらそう叫ぶ次兄さん。
結局、機嫌を直してもらうために皇剣武闘祭の観戦チケットは譲ることになりました。
……しばらくクライスさんに会いたくないなぁ。