437話 最も強く、最も美しい皇剣
主観的には大きなトラブルもなく、しかし事前に何も言わずに大事な式典をボイコットしたことで馬鹿親父と同じだと囁かれたり、観覧に来てくれていた兄さんたちが来賓室で肩身の狭い思いをしたりした。
私は何も悪くはないのだが、まさか正直に精霊様が守護都市にいるのでそのお世話をしていましたなんて言う訳にもいかない。
まあケイさんを筆頭に皇剣勢が秘匿任務に従事していたとフォローしてくれていたので、私が責められることは公的には無い。
無いのだが、屋台の買い出しを見ていた人には不信感を覚えられたし、実は遊び歩いていただけだと噂も流された。
それに庇ってくれた当のケイさんも何も悪さはしなかったでしょうねとしつこく私を問い詰めた。
それらを見聞きした家族、中でも妹の不信感はそれはもう大きなものになった。
改めてシークレットな特別任務だったんだと妹に言い訳をしたものの、何を言うでもなくしかしその目ははっきりとまた嘘かクソ兄貴と語っていた。
以前だったら不満はあってもわかったお兄ちゃんと納得してくれていたのに、どうやら12歳になって恐れていた反抗期が始まってしまったようだ。
ともあれ守護都市は国を離れ、荒野へと出発した。
そして共和国に着くまではのんびり執事ロールプレイでアリア様との親睦タイムと思っていたのだが、そんなことは無かった。
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「やあマイソウルフレンド、セイジェンド。
僕のスイートな声は君の耳に、君のハートに確かに届いているから」
「……あ、はい。通信状態良好です」
おかしな人に絡まれているがこのおかしな人は変態さんではなく、それでいてただの変人というわけでもない。
というか私にとっては数少ない上役で、つまりは皇剣様だ。
今回の遠征に来ている皇剣は三人で、ケイさんやロマンさんはこんなふざけた物言いはしない。冗談ぐらいは言うが、少なくともこんな変態チックなセンスではない。
つまりこの人は残る最後の一人で、シャルマー家所属の皇剣だ。
名前はネイン・アンディードさん。
彼は偽物という悪評に晒されているアリーシャさんとは別の意味で残念な評価を受けている。
十四年前に現れた大竜の手によって皇剣から三名の空席が生まれた。ケイさんとロマンさんがその席を埋める前に、最初にその空席を埋めたのがネインさんだ。
当時は国がガタガタになっており、精霊感謝祭はかなり規模を縮小して執り行われたらしい。皇剣武闘祭も例外ではなく、予選は開催されず名家をはじめとした有力者に推薦された戦士が非公開で競い合って選出されたのだという。
いつもの事ながら名家の贔屓だ工作だという声は上がったが、最終的には至宝の君を通して精霊様が直接見定めて決めたということで、表立った批判の声は上がっていない。
しかしネインさんは魔力量こそ上級だったが、皇剣になるまでギルドでのランクは中級上位どまりで目立った実績も無かった。
加えて、前回大会ではアリーシャさんが準優勝ながら特例で皇剣となっていて、そんな彼女と同じシャルマー家で世話になっている戦士だった。
あまりいい呼び方ではないが大竜以前に皇剣となったものは旧世代、それ以降に皇剣となったものは新世代とも呼ばれる。
大会を荒らす親父が出場しなくなったことで、皇剣武闘祭はレベルが下がったと言われた。
過去の大会では親父に勝てる人材をと、上級上位の戦士が送り込まれていた。しかし近年の武闘祭では、多少ランクを落としてでも扱いやすく将来性のある若い人材が武闘祭に送り込まれていた。
ロマンさんやケイさんが旧世代の皇剣に劣るとは言わないが、しかし彼女たちが皇剣となったときに上級上位であふれていたかつての大会で優勝できる実力はなかったと評価されている。
私もそれを妥当だと思っている。ケイさんやロマンさんは確かに強く才能にあふれているが、それでも成長のための時間というのは大きい。
二年前はアルさんを圧倒したケイさんだが、六年前に同じことができるとは思えない。当時上級下位だったアルさんに勝つのだってやっとだったのだから。
そんな新世代の中でも推薦という形で皇剣となったネインさんは、着任当初から悪い噂を流されていた。
噂は多くあったが、それが発生する根幹は一つだった。
あのシャルマー家がまた不正に手を染め相応しくないものを皇剣にしたと。
その疑念がネインさんを色眼鏡で評価していた。
ある意味でそれは仕方のないことかもしれない。
私も幼い子供を英雄に仕立て上げるため実績を水増ししていると言われた。
だがそれは前回の皇剣武闘祭で実力を見せたことできれいさっぱり消えている。
そしてネインさんもそれは同様だった。
彼は魔力行使が不安定となる皇剣就任直後から大竜襲撃後の立て直しに尽力し、その活躍はあのラウドさんに勝るとも劣らない活躍だったと言われている。
竜による魔物の活性化の余波が残る中、外縁都市を東奔西走して中級や上級の魔物の群れを相手どって多くの戦士や騎士たちに、さすがは皇剣だと認められたのだ。
さて話を戻すが、そんな立派な皇剣のネインさんの残念な評価だが――
「そのエンジェルアイに焼き付けたまえ、この僕の美しい活躍を」
――残念な言動が原因である。
ネインさんは守護都市の騎士に相応しい戦闘狂でほとんど常に外縁都市に赴任しているし、守護都市に帰ってもすぐに荒野に出てしまい都市の中で落ち着くということがない。
だから平和で平凡な生活を愛する文化人な私とは顔を合わせる機会がないのだと思っていたのだが、単純にシャルマー家当主のクラーラさんがスケジュール調整していたのだという。
親父に恨みを抱いていたアリーシャさんと皇剣武闘祭まで顔を合せなかったように、ネインさんも私と会わせるべきでないと判断したのだと。
その理由もまた残念な評価と残念な言動であり、それを生んでいる彼の美的意識だった。
母のおかげで外見に恵まれている私は、最も美しい皇剣(自称)のネインさんと出会ったその日にライバル認定されてしまった。
その顔合わせに同席したクラーラさんはやっぱりこうなったかと、とても悲しそうな顔をしていた。
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とりあえず今日のお仕事は大きなトラブルもなく終わった。
戦闘中の皇剣のナビゲートしていたことから分かって貰えると思うが、私は管制で働いている。
魔物が襲ってきたのなら自分で出て自分で狩った方が報酬が高いのだが、アリア様からなるべく都市内にいるように言われているのだ。
皇剣と違って契約をしていない私は、アリア様から直接声を受け取ることができない。
イヤーセットを付けていれば管制に送られる位置情報をアリア様の方で傍受できるのでそれで通信魔法が使えるらしいが、傍受は少なからず管制官に察知されるリスクがあるらしい。
アリア様が違法な覗き見をしたとしてそれを咎められる人などいないのだが、しかしアリア様というトップシークレットがいるとバレるリスクはたとえ小さくとも無視できない。
そんな訳で傍受とか必要なく位置がわかる管制室で働いているのだ。
なお働いていない場合でもイヤーセットを付けて、緊急時に連絡が取れるよう仰せつかっている。なお、自宅にいるときは管制室同様にアリア様の方で場所を確認できるからとイヤーセットを外す許可をもらえている。
自宅を覗き見されるのかと思わないではないが、今は出来ないとはいえスーパー魔力感知を便利に使っていた私に覗き見を非難する権利はないだろう。
そもそも探知系の魔法を使わずともしょっちゅう遊びに来るケイさんの目から好きに家の様子を見れるわけだし。
話を管制室のお仕事に戻すが、前室長のヴァインさんを主とした管制室のメインスタッフがスナイク家のスキャンダルの関係でのきなみ異動となり、荒野での業務に不安が生まれていた。
私が管制の仕事をしているのは適性が高かったのもあるが、私が探査魔法を得意とし、戦士からの信頼が厚いのも大きな理由だ。
単純に管制室のスキルが落ちているだけならば――いや、大遠征の真っ最中だからそれも大問題ではあるのだが――現場の戦士や騎士がフォローすれば何とかなる。
だが戦士や騎士がフォローするどころか、レベルの落ちた管制は信じられないと好き勝手始めたら目も当てられないことになる。
そんなわけで精霊様からの信頼も厚い皇翼の私は管制という安全な後方から、言うことを聞かなそうな戦士のお目付け役兼、都市が襲われた際の予備戦力兼、お忍びで滞在している精霊様の護衛兼、精霊様の丁稚というなんともややこしい仕事をしているのだ。
ちなみに精霊様が守護都市にいるという痕跡は残せないので、精霊様の護衛とお世話は基本的に無給だ。
アリア様は経費を出してくれると言っていたが、たぶんそれは至宝の君ことサニア様の財布から出るので食費以外は請求しない方がいいだろう。いや、大食漢を何人も抱えている我が家としてはアリア様の食費は誤差なので経費の請求なんて面倒くさいことはするつもりはないのだが、しなければしなかったでアリア様とサニア様に気を使わせそうなので、一応食材の代金を書き残しているのだ。
また話がそれたが、私は軍の将校過程どころか一般都市の義務教育に当たる養成校の教育すら受けていない。そんな私が戦士や騎士の効率的な軍事運用を判断できるはずもない。
皇翼なのでその権限は持ってしまっているのだが素人が使っていい権限ではない。
ただそれでも私は皇翼で、強い人とは大体顔見知りな上級のギルドメンバーなので、偉かったり我がままだったりする厄介そうな戦士からクレームが上がればとりなしに口を挟むことになる。
そんな訳で私は管制室新室長の指令席の隣に特別席を設けられ、面倒なクレームを挙げた戦士の苦情対応に従事しているのだ。
「マイソウルフレンド、見えているかなこの華麗な槍捌きが。この美しさに、君は勝てるかな」
「あ、はい。頑張ってください」
そんな訳で中級下位の魔物の群れを相手に何の苦戦もしていないネインさんからのソウルフレンドの声が聞けなければやる気が出ないという何とも馬鹿なご要望を受けて、特に意味のない相槌を打つ大事な仕事に従事している。
「セージ様、ケイ様から至急お取次ぎをと」
「わかりました、回してください」
ケイさんならまともな用件だろう。これでようやく耳が腐りそうな暇人対応から解放される。
「待ちたまえマイビューティフルライバル。あんな粗野で素朴が取り柄の芋娘よりも――」
「セージ、聞きたいことがあるんだけど……ちょっと待った。今の芋娘って私のこと?」
あ、混線したっぽい。そしてネインさんとの通話が切れてついでに戦略マップからも魔力反応が消える。どうやら戦略マップと紐づけられているイヤーセットを外したようだ。
イヤーセットから送られる位置と魔力の反応は消えたが、しかし探査魔法では先ほどまでネインさんがいた位置の大きな魔力が健在で、周辺の魔物の反応を消していっているのでトラブルの可能性はなさそうだ。
ただまあ管制室のマニュアル的にはそれで済ませるわけにはいかないらしく、偵察鳥を飛ばして視覚でのネインさんの無事を確認にするべく努めている。
無駄な仕事をさせるお偉いさんだ。
「気のせいでしょう。それより何かトラブルですか」
「ああ、うん。仕事中にごめん。今日の夕ご飯って何?」
「いや、本当に仕事中に何を言ってるんですか」
隣の席の新室長が困った顔で笑うのをしり目に、私は反射的にそう突っ込んだ。
突っ込んだ後で、騎士としては生真面目なケイさんが軍務中にこんなことを言う理由に思い立って、一番のお偉いさんも自由だなと思った。
「あー、ハイオークの肩肉で生姜焼きがメインですね。あとは適当に日持ちしない野菜でサラダとスープ作ろうかなと」
「わかった。ありがとう」
その言葉でケイさんからの通信が切れて、守護都市ひいては母国の安全保障を担う管制室に何とも言えない弛緩した空気が漂う。
まあそれはそれとしてアリア様の存在を勘繰られないためにも、ケイさんは我が家で食事させないとまずいな。
まあ元々ケイさんは週に二、三回の頻度で家で夕食を食べてるし、それで十分誤魔化せるだろう。
たぶんきっと、大丈夫なはずだ。