434話 共和国に行こう
「その殺気、抑えなさい」
ケイさんにそう言われて、私は我を失っていた事に気が付く。遅れて親父も我に返ったようで、漏れていた物騒な魔力は落ち着きを取り戻した。
しかしケイさんはわずかに安堵した様子を見せたが、すぐに気を引き締め直した。
そんな彼女に、アリア様が声をかける。
「ケイ、剣を下げなさい」
「しかし――」
「彼らはどうやらここであった事を感じ取ったようです」
言われて、私は顔が強張った。
アリア様のセーフハウスから隠し扉をくぐった先にあったその部屋は、いつかの夢でホルストがマギーを拷問し、レイプし、惨殺した部屋だ。
夢の時に見た拷問器具は見当たらず、それどころか部屋の中には何もない。円形の広い部屋で隠し扉を除けば大きな扉が一つあるだけ。
その扉の向こうには外に出る昇り階段があり、その先は官庁で部外者立ち入り禁止の重要区画のはずだ。
「察しの通り、ここでは――」
「知っていたのか」
「――不躾ですね、ジオ。私の言葉を遮るとは」
親父は魔力の漏れこそ収めているが、怒りを鎮めたわけでは無い。その表情は酷く険しく、アリア様を射殺すように睨んでいる。
「答えろ、アリア」
「その不敬。見過ごすつもりは無いぞ、ジオ」
「構いません。確かに私はここで無辜の民すら殺しました。
私が直接手を下したわけではありませんが、私の目的のため殺めたのです。
それを責めるというのであれば、責めるがよいでしょう。
もっともその権利はセイジェンドにはあっても、あなたには無いのではありませんか」
ケイさんに庇われながら気丈にそう言い返すが、よく見るとアリア様の体は震えている。
親父は怒気を収めるつもりは無く、私も姉さんを殺したことをふんぞり返るのなら同じ気持ちだ。
だがそれが引っ掛かる。
アリア様もやり直しをしているが、しかしそれは私の見た夢とは違う。ホルストが姉さんを殺したことは知らないはずだ。
だがだとすればどういう事だ。
親父が夢での事を知っている様子なのは、神子だからという理由がある。契約者である私と違い神の血を継ぐという意味での神子だが、神様の力の一部を仕えるという意味では同じだ。
それに一年前、人に絶望を与えるのがライフワークという悪趣味な魔女様には手ひどくやられた。もしかしたらその時に何か仕込まれた可能性もある。だから私と同じ夢を見ていてもおかしくない。
もしかしたらアリア様も何か理由があってあの夢、魔女様に国を滅ぼされた後やり直したらやらかしまくって自分で国を滅ぼそうとするのを知ったのかもしれない。その可能性はゼロではない。
だがそう考えた場合には明確に違和感がある。
もしそうならもっと私たちを警戒をしていている方が自然なのだ。
なのにアリア様の態度は、そう捉えられるなら残念だが仕方がないといった程度だ。
警戒は確かにしているが、殺し合いを覚悟するほどではなく、話し合いが成立すると信じている。
だとすればこれは勘違いなのでは無いだろうか。
私は親父を手で制してアリア様に質問をする。
「ここで殺された方のお名前を覚えていらっしゃいますか」
「……全てではありませんね。一般市民に関してはなるべくその経歴に目を通しましたが、死罪になっていた者に関してはあまり関心を抱いていませんでしたから」
「なるほど」
以前に私がデイトの心臓の中身を見た時のような追体験、あるいは度を超えた共感をしたと、アリア様はそう考えたのだな。
アリア様はさきほど無辜の民をと言ったが、あくまでそれはごく一部だったのだろう。たとえばいつかのシエスタさんのような、円滑な行政のための犠牲者だ。
……姉さんじゃなくてもだいぶん気分悪いな。
まあでもそれは分かっていた事か。
「ここで親父の呪いを解くための儀式をしていたんですね」
「ええ。ここは霊脈に繋げるための接続地。政庁都市より送られるこの都市を運行するための膨大な魔力を受け取る重要施設です。
だからこそ、竜の呪いをはぎ取るに相応しい怨念の集約と圧縮にちょうど良かったのです」
デイトが行った惨殺を見たのは一瞬だったからちゃんと覚えていなかったが、ここで行われたものもあったような気がする。逆に言えば、ほとんどが別の場所で行われていた。
だとすると集約と圧縮という、死者の怨念をあいつの心臓へ封じ込める魔法をここでやったのだろう。
そしてそれは時間や場所を変えない方が都合がよく、なるべくここで儀式をするようにしていたという事だろうか。
夢で姉さんが惨殺されたのは、おそらく政庁都市で監禁していた親父への実験か何かだったのだろう。
「アリア様。ここで犠牲になった人の中に、私たちに縁の方はいますか」
「……私の知る限りはいませんね」
私は親父に流し目を送った。
親父は大きなため息を吐いた後、わかったと口にした。
……これで矛を収めるという事は、やはり親父は夢の出来事を知っているな。
まあ、おかしいとは思っていたんだ。
アシュレイさんの事を知った時も大して動揺して無かったし、振り返って思えばむしろ私が親父が殺された夢を見た後こそ親父らしからぬ態度だった。
親父の性格を思えば、アシュレイさんの事を教えて欲しければ皇剣武闘祭で優勝しろと言われて、素直に従うのもおかしい。
いや、精霊様の言う事に素直に従わない方がおかしいのだが、それはそれとして親父ならすぐに話せと暴れ出したっておかしくない。
今だって私やケイさんがいなければまずアリア様の胸倉をつかんでいただろうし、アリアさんが反論するたびに一発か二発ぐらい殴っていてもおかしくはない。
そんな愛国心も信仰心も、女性に優しくしようという紳士力も持ち合わせていない親父があの時の精霊様の言葉に素直に従ったのは、もうすでにアシュレイさんの死の真相を知っていて動揺していたのが大きいのだろう。
そう言えば母さんが死んだ夢を見た後も、親父はちょっと変だったかな。それまでは不満はあっても私の好きにさせるって感じだったのに、いきなり何とかしろって言いだしたし。
「ジオ」
そんな事を考えていたら、ケイさんが声を荒らげて親父の無作法を咎めた。
「まあまあケイさん」
私はそう言ってケイさんを宥めるために肩を叩き、そして目の前にいるアリア様に心の中で語りかけた。
「この親父、置いて行って本当に大丈夫ですかね」
「不安を掻き立てるような物言いは止めなさい」
ケイさん経由で言い返すアリア様は、ちょっと涙目になっていた。
******
それからアリア様からこの場所について説明を受けた。
大きな地脈の上を通っている時は良いが、離れてしまえば守護都市は機能停止をしてしまう。守護都市内に備蓄できる魔力はあるが、移動だけに費やしたとしても一時間も持たないとの事だ。
まあ考えてみれば十万人以上が生活する都市を浮かして移動させるエネルギーなのだ。それはもう莫大なものになるだろう。
生命線であるエネルギー供給が断たれた際にリカバリーするのに、アリア様と守護都市の皇剣である親父が必要となるのだ。
政庁都市から膨大な魔力を吸い上げて、受け取ったそれを守護都市の動力炉へと流し込む。そんな送受信装置となる必要があるのだと。
他の皇剣でも代替は効くのだが、エネルギー効率は落ちるし肉体への負担も大きくなる。それは普段の狩りであれば無視できる範疇だが、共和国という遠隔地へと赴くならそのロスは無視できないほど大きくなる。
それはカナンさんでは耐えられないという程の、大規模な魔力行使なのだと。
ちなみに普段の狩りで緊急事態に陥った際はラウドさんやワルンさん、アリーシャさんといった古参の皇剣が代役を務めていたとの事だ。
カナンさんが皇剣だったころはその体を気遣い、親父に代わってからは重要機密を教えるのが憚られたんだろうなぁ。
話を戻すと、魔力を送るのも受け取るのもこの接続地からある程度離れていても可能だとの事だが、やはり効率が落ちるらしい。
下水道から入った隠れ家との距離感がその効率が落ちないぎりぎりの距離らしい。
アリア様は有事の際にはすぐに政庁都市側の接続地に行けるようあまり首都で遊び歩くなと、親父に厳命していた。
親父はわかったと言っていたが、私もアリア様ももちろんケイさんも信じていはいなかった。
ちなみに政庁都市側の接続地は官庁ではなく、アリア様とサニア様が生活している皇宮の地下にあるという。
そしてそれはつまり、親父が皇宮で生活するという事である。
私はその話を聞いて、何も言わずケイさんの肩に手を置いてこう口にした。
「親父を置いて行って大丈夫ですか」
「何で口にしたのよ」
いや、だって、つい。
「そのためにもマギーにホームステイをお願いしたのですが、確かに、そうですね。万が一にもくだらない理由でサニアたちが害されてはやるせない」
「なんだ。どういう意味だ」
「いや、そのままの意味だよ。
守護都市じゃないからな。首都だからな。それも色んな所のお嬢様やお坊ちゃまが集まってる皇宮だからな。
お上品に生活しろよ」
「任せろ」
親父はそう言った。
私はそれを信用しない。
ケイさんもそれを信用しない。
そしてもちろんアリア様も信用しない。
そんなこんなで、政庁都市には親父だけでは無くマリアさんも残る事が決定した。
ちなみにこの場で決めたので当然本人の意思は確認していないが、まあマリアさんなら嫌とは言わないだろう。