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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
8章 そうだ。共和国に行こう
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433話 変態死すべし

 




 あれから適当に誤魔化して母を宥めたが、上手くいった気はまるでしない。

 あの人はチート魔力感知ばりに人の考えを読んでくるので、納得したそぶりを見せてもそれはこちらを安心させるための演技に思えて仕方がないのだ。

 たぶん今は聞き出せないから一旦矛を収めてくれているだけで、いつか真相――魔女様に殺されたこと――を突き止めそうで怖い。

 この人も私への愛情が深すぎて魔女様を敵認定しそうなんだよ。もしくは魔女様に私が殺される事を怖がりすぎて精霊様に謀反とかしそうなんだよ。


 まあともあれ親父の説得には成功して翌日、朝の日課を済ませてからは留守にしていた間に溜まった書類の確認をして、子供らや母がお昼ご飯を作るのを手伝い食事を共にして、ミルク代表のところに政庁都市のお土産を持っていこうかというタイミングでケイさんがやって来た。



「来なさい」



 ケイさんは酷く不機嫌にそう言って、うちの道場に足を向けた。付いて行かないと殴られるので、無垢で素直な私はその後ろを歩いた。

 どうも長くなりそうなのだが、もしかしたらまた代表のところに行く時間なくなるかな。パウンドケーキ痛みそうで怖いな。一応、買う時にお店の人から一週間は日持ちはするって聞いたけど、早いにこしたことはないよな。

 まあでも仕方ないか。ケイさんは怖いし、たぶん大事な理由で怒っているし。


 ケイさんは乱暴に道場の扉を開くと、昨日同様座禅を組んでる親父のところまで歩き、その顔面を蹴り飛ばした。


「親子そろって何を考えてんのよこの不敬者」


 あ、察した。

 察しました。

 なんで来て早々不機嫌なのかわからなかったけど、不敬者のセリフと親父が無抵抗に蹴られたので察した。

 とりあえず具体的な事を口にしない理性がギリギリ残っているケイさんの肩を叩いた。


「いや、すいません。何かお話があったんですよね」


 私がそう言うと、肩に触れている手を通してケイさんではない声が頭の中に響く。


「ここでは耳目が多すぎます。まずは出なさい」


 その声音は落ち着いていて、ケイさんのようなあからさまな不機嫌さはない。

 とはいえ喧嘩の流れで忘れていたが、アリア様は魔女様よりな発言をした私に不信感を持っていてもおかしくはない。

 だから出頭命令が出てもおかしくはないし、アリア様の言うことを聞けばいいと言った馬鹿親父がそれを私に伝えなくてもおかしくない。

 いや、親父の奇行はおかしいんだけど、親父は頭がおかしいのでつまりおかしな事をするのはおかしな事ではないのだ。


 ともあれ腰の重い親父が唸ったので、私も蹴って早く行くぞと声をかけた。

 ケイさんは怒りで頭がいっぱいになっているようで、心配そうに見つめるアールさんの様子にも気づいてない。

 昨日に引き続きこれだと、アールさんにはだいぶん邪推されそうだよな。ただほんのちょっとアリア様のご機嫌を損ねたかもしれないってだけだし。

 いや、精霊様の不興を買ったかもしれない人はリンチしてオッケーってお国なので邪推されると困るんだけど、まあいいか。帰ったらフォローしておこう。

 ……無事に帰って来れるよな。たぶん、大丈夫だよな。



 道場を出て、ブレイドホーム家を出て、少し歩いたところで先導していたケイさんが口を開いた。


「あんたら本当にふざけんじゃないわよ。せ――あの御方のお言葉を何だと思ってるのよ」


 ケイさんは理性を総動員して精霊様という単語を避けたが、皇剣様なケイさんがあの御方と呼んでいる時点で聞こえている人には精霊様か至宝の君なのだとわかってしまう。つまりケイさんの理性残量はカツカツなのだ。

 私は割と被害者なので責められるのは遺憾なのだが、それを口にしても反感を買うだけだろう。

 そんな訳で心の広い大人な私はいつかのタイミングでやり返すことにして、大人しく怒られつつも建設的に前向きな話をする事にする。


「すいません。それで、どこに向かっているんですか?」

「……それは教えられない」


 不機嫌なケイさんはそう言って私の手を取った。

 そして再び、ケイさんのものでは無い声が頭の中に響く。


「守護都市、その権能の中枢。先に教えたセーフハウスです。

 ああそれと、あなたたちは目立ちます。人払いの結界を張って人目を避けなさい」

「はい、わかりました」


 私は頭の中で返事をして結界を作る。さすがに街中という事で魔法の行使に気付いた人が三人ほどいたが、三人とも上級の戦士だったので私たちの顔見知りだ。

 三人には揃っているメンツ的にも使われた魔法からしても害のあるものじゃないと分かってもらえたようで、チラ見されただけですんだ。

 意識を外してさえもらえれば結界の力は正しく作用し、上級の戦士も完全にこちらを気にしなくなった。

 そうして人目を気にせずに歩けるようになって、ケイさんは目的の場所へとずんずんと進む。


「……なんで黙ってたんだよ馬鹿。精霊様に従うって言っておいて」

「ふんっ」


 ケイさんの後ろで親父に尋ねたが、返事は不貞腐れたような鼻息だった。

 態度の悪い馬鹿親父を蹴ると、それを察したケイさんが振り返った。


「ここで喧嘩なんて始めたら本気で怒るからね」

「あ、すいません」

「……わかった」


 そんなやり取りを経て、黙って歩く。

 守護都市の中枢という事で庁舎や軍の施設から入っていくのかと思ったら、向かう先は住宅街だった。もっとも住宅街と言ってもアパートでは無く戸建ての家が建っていて、名家の本宅や有数のお金持ちが住まう貴賓街だ。

 そんな貴賓街の中にある公園の小ぎれいな公衆トイレの影にあるマンホールの前にケイさんは立った。

 ケイさんは少しの逡巡を見せた後、意を決した様子でマンホールの蓋を開いた。


「くさっ」


 漏れ出た匂いに私はついそう言ってしまった。


「……来なさい」


 ケイさんはそう言ってマンホールの中へと降りていく。


「最後にちゃんと閉めておきなさい」


 思い出したようにそう言って、暗闇の中に完全にその姿を隠した。

 親父もその後に続いてマンホールの中に降りていく。

 残された私はマンホールの蓋を手に持った。

 臭いのも汚いのも嫌だな。この蓋を閉めて商会にお土産を持って行こうかな。

 本当にやると後でどんな目にあわされるかわからない現実逃避(もうそう)は止めて、仕方なく悪臭という現実に立ち向かうとする。

 ……服に臭い染みつくだろうなぁ。



 ******



 下水道は予想通り臭かったが、思ったよりも広く整備用の通用路も整備されていて下水の中を進む必要はなかった。

 とは言え通用路も清潔とは言えず、そもそも充満している悪臭は酷く耐えがたい。

 そんな中を渋面でしばらく歩き、とある壁の前でケイさんは立ち止った。

 特に変哲は無く、何かしらの目印があるわけでもないその壁にケイさんが手を触れる。

 ケイさんが何事かを呟くとその壁は綺麗に消えて道が開けた。


 探査魔法を使っていれば何をしたか分かっただろうが、明らかに隠し通路で隠し扉なところでそれをやるのはちょっと躊躇われる。

 こうして案内されたのだから気にしすぎなのかもしれないが、嗅ぎまわっていると疑われるのは避けたいところだ。

 こういう時もスーパー魔力感知が無くなって不便になったと感じてしまう。


 私たち三人が隠し通路の中に入ると、自然と再び壁が発生して下水道への道は塞がった。

 通路の先には螺旋階段があり、それを昇った先は壁があって行き止まりだった。

 先ほどの壁は下水道の中にあるコンクリート製の汚れた壁だったが、これはレンガ仕立ての小綺麗な壁だった。

 ケイさんが同じように手をかざし、何事かを呟くとその壁も同じように消えた。

 そして壁の先では、全裸のアリア様が待っていた。慌てるケイさんにはどこ吹く風で、開口一番こう言った。


「まず靴を脱ぎなさい」


 ケイさんはアリア様に着せようとジャケットを脱いだ姿勢で凍り付き、私と親父は言われた通り靴を脱いだ。

 アリア様は頷くと、スプレーボトルを手に持ってその中身を私たちにこれでもかと吹きかけた。

 ボトルの中身は衣料用の消臭芳香剤(殺菌成分入り)だ。魔法を使って解析したわけでは無く、ボトルのラベルにしっかり描かれていた。

 前世の感覚だとワンコインあれば十分買える消臭芳香剤だが、それは学園都市で開発された量産の難しいお薬なのでかなりの高級品で、高級レストランのディナーが楽しめるような値段だ。


 話を戻すとケイさんがアリア様の肌を隠したいが、しかし下水の匂いが染みついたジャケットは着せられないと葛藤し、そのうえで命令に従ってガチガチに体が固まっているのが面白い。

 とは言えあまり他人事でもない。

 初めてその姿を見た時もそうだったが、アリア様は肌を見られることに抵抗が無いというか、そもそも関心が無いようだ。しかしだからと言って不躾に観察してはケイさんに目を抉られかねない。

 薬品が目に入るのを防ぐ意味でも、目を閉じることにした。


 そうしてしばらくすると、アリア様から声がかかる。


「もうよいでしょう」


 その言葉を受けて私が目を開けるとケイさんは変わらず面白い姿勢で固まっている。そしてアリア様も全裸のままだった。

 ケイさんとしてはアリア様に肌を隠してほしいが、服を着て出迎えることが出来る状況であえて素肌を晒していることには何か理由があるだろうから、隠すように進言する事が不敬というか、余計なお世話になると思っているのだろう。

 その葛藤はたぶん杞憂だろうから、私はストレートに問いかける。


「お召し物は、着ないんですか?」


 それを聞いて、アリア様は面倒臭そうな顔をした。

 しかし私の呆れた視線と、ケイさんが混乱しているさまを見てため息を吐く。


「必要ないと思いますが、まあ仕方ありませんね」


 そう言うと通路の奥に入っていき、タンスからワンピースを引っ張り出すと頭から被った。


「入りなさい。ああ、靴は履かず、そのままで。間違っても下水の汚物を床に落とさぬよう気を付けなさい」


 アリア様がそう言うので、その意を酌んで私は低位の火魔法を使う事にした。

 私たち三人の全身を包んで炙るが、あくまで低位なので誰も火傷をする事は無い。

 同時に展開した探査魔法で衣服や靴に着いた微小の汚物を見付けて焼き尽くし、その灰を通路の奥へと風魔法で流した。


「……便利な魔法ですね」


 アリア様はそう言って手に持ったスプレーボトルを微妙な顔で見つめる。

 心なしか悔しそうだった。


「服の繊維の奥に入り込んだ微細な汚物は残っていますから、芳香剤での消臭は意味があったと思いますよ」


 私のフォローにアリア様は静かに頷いたが、表情が晴れる事は無かった。

 まあたぶん献上品ではなく自前で購入したものだろうし、支払ったお金が戻ってくるわけじゃあないのだから当然か。

 ともあれ私たちはレンガ仕立てのこじゃれた一室に通された。

 私たちが入った事で隠し扉は再び生成され、下水道に繋がっているとは分からなくなった。

 部屋の広さは8畳程度で、印象は一人暮らしの若者向けの一室と言った感じだ。部屋の中には椅子に机に箪笥と生活に必要なものが揃えられており、部屋のスペースを圧迫している。

 目を引くものとしては机の上で横に3枚並べられたモニターだ。

 映画のようなスクリーンへの投影はあっても、家庭向けのテレビが無いこの世界では物珍しい品だった。


「ここが以前教えたセーフハウスであり、守護都市での生活拠点です。あちらの扉の先にトイレとシャワールームが。あちらには小さいですがキッチンスペースが有ります」


 アリア様はキッチンスペースを紹介する際、しっかりと私の方を見た。

 いや、まあ、最初から小間使いにされるのは覚悟しているけど、それはそれとして別の問題があった。


「食材を持ってここに来るんですか?」


 アリア様に羞恥心は無いようだが、まっとうな衛生観念はあるように見受けられる。新聞紙などで丁寧に梱包するにしても、下水道を通ってきた食材を口にするのは抵抗があるのではないだろうか。


「いえ、ケイに案内させたのは緊急時の抜け道です。いくらあなた達でも私の案内なしには入っては来れないでしょう」


 なるほど。隠し扉に目印は無かったし、そもそも下水道は暗くて似たような道が続いて隠し通路を見つけるのも難しいが、それ以外にも道を惑わすような仕掛けが施されているという事か。


 ……何でそんな道がある事を教えたんだろう。

 いや、信用されてるんだろうし、それ自体は喜ぶべきことなんだろうけど、私は魔女に助けられたって白状したよな。

 いつか敵になるかもしれないと警戒されたんじゃないかと思っているのだが、アリア様の考えが良く分からないな。

 いや、私がそう思っていると見越して、警戒するつもりは無いと手札を明かしたのか。

 わからないな。


「ともあれここはあくまで私の居室です。世話を焼く以外の目的で入らないように」


 ……掃除や炊事のためなら入って良いと言っていないか、この国主様は。

 いや、国主様なんだから使用人の出入りもやむなしなんだろうけど、私に暗殺されないかとか警戒を……。

 ああ、いや、これに関しては頭の悪い邪推もいい所だな。

 私がやろうと思えば暗殺はもう出来てしまう。アリア様の立場からすれば、私からの暗殺を防ぐ事よりも私に暗殺をされない立ち回りに重きを置いて当然だ。

 そして当然のことながら、私もその信用に応える必要がある。具体的に言うと掃除や料理を頑張るという事なのだが。


「あなた達に見せたいのはこちらです。付いて来なさい」


 そう口にしたアリア様に付いて行った先で、ケイさんは抜刀した。

 その切っ先は、私と親父に向けられている。

 ああ、だがそれはケイさんが悪い訳じゃあない。

 あくまで私たちから殺意とも呼べる強い怒りの魔力(かんじょう)が漏れ出たから、アリア様を背中に庇って警戒したのだ。

 でも仕方のない事なのだ。

 だって案内されたその部屋は、いつかの(if)で見た姉さんが殺された部屋だったのだから。





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[良い点] 前章で荒野に家出してた時、 セージと自身の死をジオも夢で見てたけど、 他の子供たちのifも見てしまったか。 二人の逆鱗なのに、二人以外には理解しえない皮肉。 [一言] ホルストがなぁ。 …
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