429話 妖精種のお姫様(笑)
狙いすました一矢が、額を穿つ。
長距離から木々の隙間を縫うように音を超えて走るそれは、反応する事も許さず一匹の魔物の命を奪った。
「ふっ」
それを成し遂げた緑髪の戦士は勝ち誇った笑みを浮かべ、
「またアリス一人でやった!」
仲間から罵倒された。
「ふふふ、これで五匹」
だがそれが聞こえた様子もなく、戦士は中級中位への昇級規定数を思い浮かべて暗い笑みを浮かべた。
守護都市が接続した東の農業都市近郊にて、カインという主力メンバーの一時離脱を迎えた〈黄金の新世代〉は新メンバーと共に小遣い稼ぎの狩りに出ていた。
新メンバーとは基礎能力こそカインに劣るものの、騎士養成校にて荒野の基礎をしっかりと教え込まれているセルビアの学校の先輩マックス。
そしてギルドスタッフを解雇され、無職で里帰りは嫌だとセージに泣きついてギルドメンバー中級下位に推薦してもらったアリスだ。
そのアリスは守護都市に乗ってもうすぐ帰郷をする。
ちなみに中級下位とは国内においては一端の実力者という扱いだが、守護都市においてはようやく一人前の戦士になったという扱いである。
口にしても誰も信じる事は無いが、故郷でのアリスは部族の長の孫娘として多くの期待を寄せられ、それに応えて厳しい訓練の日々を乗り切った才媛である。
そんな彼女は部族のみならず母国においても指折りの実力者として認められ、尊敬と憧れの眼差しでこの国へと送り出された。
そうだというのに最低格の戦士として帰れば、プライドが高く外聞を重視する故郷の部族がどんな態度をとるか。
考えないようにしても脳裏をよぎり毎夜悪夢としてアリスを苛んでいた。
魔力量は上級下位で身に付けている技能も高い水準にある彼女だが、ギルドにおけるランクとは基本的にギルドへの貢献度であり実績である。
実力が水準を満たしていてもギルドランクを上げるには既定の実績が必要で、ランクが上がればそのランクでの活動実績も必要となり、特別な功績でもあげない限り一足飛びでランクを上げる事は出来ない。
セージは幸か不幸かその特別な功績を積む経験をしてきたため、わずか数年で上級中位となった。
しかし真っ当にランクを上げようと思えば一つ上げるのに数年かかるもので、精力的に働いている〈黄金の新世代〉の面々も結成から二年の現在でランクは一つしか上がっていない。
なおこの一年、修行に専念している――産業都市で実戦経験は重ねているが、外縁都市であるため実績の加点値が低い――カインにいたっては、新人戦優勝の副賞として授与された中級下位から変わっていない。
そんな中、アリスは一年でランクアップを成そうと必死になっているのだった。
「私だって早く上がりたいのにっ」
必死なアリスに、セルビアが不満の声を上げた。
新人戦で表彰台を逃した彼女は下級上位からのスタートで、今は中級下位だ。
そしてそのランクに上がったのもここ最近で、昇級予定はアリスやカインよりも遅いのだ。
ちなみにマックスはまだ下級上位なのだが、マックスは自分より下で当然だと思っている。
「……今の私は、遠慮なんて出来ないの」
アリスは遠い目をしてそう言った。ちなみに言いながらも妖精種としての技能――森林から情報を得る――をフル活用して次の獲物を探している。
その姿を見て、ミケルがため息とともに呆れた声を零す。
「すごい人なんだけどねぇ」
アリスは障害物が多く見通しの悪い森林での活動を主とするエルフであり、そのため保有する上級相応のスキルも斥候に偏っていて、後方からの狙撃や支援も得意としている。だから〈黄金の新世代〉にとって喉から手が出る程に欲しい人材だった。
アリスとしてもセージたちのような同等の実力者と組めばランク差の関係差から減算される実績を、そのままかあるいは若干の水増し(事実上の引率役をしてもらっているため、パーティーリーダーのミケルがアリスの功績値を多めに報告している)してもらえている。
そんなすごい実力者のはずの、ミケルたちにとって目指すべき上級相応の戦士が、ランクに執心している姿を見るとなんだかとても残念な気持ちになるのだった。
「そんなんだからアニキに相手にされないんだよっ‼」
「ちょっと、言って良い事と悪い事があるからね‼ 相手にされてないんじゃなくて清い交際してるだけだから‼」
「嘘つきっ! 付き合ってないじゃん」
「付き合うもん。故郷に帰ったら婚約者ですって紹介するんだもん」
「気持ち悪いっ‼ アリス凄い気持ち悪い‼ アニキは絶対それ知らないじゃん‼」
「気持ち悪くないもん‼ セージ君だって有名人なんだから早いうちから女の子と付き合った方が良いし、私はセージ君にお似合いなエルフのお姫様だもん」
「お姫様はあんたみたいなビッチじゃないっ‼ あともんとか言わないで。あんたもう50のババアでしょ‼」
「ババアって何よ‼ ほんの30年もしたら私の方が若くなるんだからね。その時は覚えてなさいよ」
そして残念な戦士は12歳の女の子相手に本気で口喧嘩をしている。叫ばれる言葉には少なからず魔力が宿り、その音量と共に周辺一帯を騒がせる。
「……これ以上の狩りは難しいかな」
「そうでしょうね」
「俺は何をしに来たんだろうな」
都市周辺に生息する魔物は強くても下級上位だ。漏れ出た強大な魔力を感じ取れば、距離を取るか身を隠すだろう。
荒野での狩りもそうだが、大規模な人員を投入するのではなく少人数のパーティーが基本となるのは、この程度の数なら襲って殺せると魔物たちに誤認させる目的がある。
そんな囮じみた真似をする必要があるぐらいには、逃げに徹する魔物を狩るのは難しい事なのだ。
そんな訳でこれからの狩りは労力と時間に見合わない結果となると予想ができ、その予想は正しくその通りになるのだった。
◆◆◆◆◆◆
さて姉さんのホームステイの打ち合わせも、ダイアンさんとの進展のない面会も終えて、首都のお土産を買って我が家に帰ってまいりました。
今回守護都市が接続しているのは東の農業都市ということで、生鮮食品では無く無難に日持ちするお菓子を買う事にした。
預かっている子供たちにも振舞うので小さなお饅頭がたくさん入ったのを10箱と、あとはミルク代表の商会やマージネル家といったお世話になっているところ向けにドライフルーツの入ったおしゃれ包装のパウンドケーキをいくつか買った。
家に帰ったのは二時頃で、もうすぐおやつの時間だったのでちょうど良いと保育士さんたちにお饅頭を渡した。
妹たちはギルドで仕事をしているらしい。
農業都市で受けられる仕事という事だから、そう危険は無いだろう。荒野での仕事でもアリスさんとマックスが入った事で、次兄さんの抜けた穴は埋まって余りあるものになった。
まあアリスさんの実力が上級相当だから当然なんだけど、そうでなくても経験豊富な人格者なのでいい監督役になってくれているようだ。
……いや、素直に人格者と呼ぶには奇行が多い人なんだけど、それはそれとして面倒見のいい人だから信用は出来るし、社交的な人だからパーティーの潤滑役にもなってくれる人なんだよね。
妹たちのパーティーが休みの時は私と一緒にギルドの仕事をする事もあるが、足手まといになる事は無い。私としても取り分は減るもののデス子の加護が封じられた事を考えれば、むしろ高いレベルの斥候技能を持つ彼女には助けられている。
まあ私としてはなるべく稼ぎたいし、アリスさんとしてはお金よりもギルドへの貢献値を稼ぎたいから、パーティーを組むことは少ないんだけどね。
それはさて置き、荷物整理も落ち着いたところで代表のところに首都のお土産を持っていきたいところだが、残念ながら私は国主様ことアリア様から勅命を頂いている。
ぶっちゃけちょっとぐらい休憩してからというか、兄さんが来てから(私とは別に荷造りをしてからバスでやって来る)説得に乗り出したいのだが、勅命を出した本人が馬鹿親父の中からこっちの様子を見ていないとも限らない。
兄さんの手を借りるにしても、それまでに何のアクションも起こさなければアリア様の心証は悪くなるだろう。
今の親父はいつも以上に面倒くさいのだが、これも宮仕えの責務だ。
馬鹿親父の説得をするか。