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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
8章 そうだ。共和国に行こう
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422話 まあバレるよね

 




 豪華剣を背中に差して、政庁都市までやって来ました。

 そうしてまず向かったのは特別拘置所です。

 刑務所では無いので懲役は課せられておらず、そもそも主に刑が確定していない人が拘留させられる施設です。

 そしてただの拘置場ではなく特別な拘置所なので、ここにはごく一部の高貴な身の上の犯罪者しか利用できず、居心地はとても良いです。

 まあそれでも高貴な方たちはこんな不自由な生活できるかと、莫大な保釈金を払って自由を得るんですけどね。


 しかし残念ながらそんな高貴な身の上でも、保釈金をいくら積んでも出れない人もいます。その中でも特に厳重に脱走を企てないか見張られている人もいます。

 その人たちは刑が確定していない被疑者ではなく、刑が確定しておりその執行を待っている人たちです。

 懲役ではなく、命をもって贖えと判決を下された死刑囚が、拘置所にはいるのです。


 私はそんな死刑囚の一人に会うべく、面会の予約手続きを致しました。

 皇翼の権限で当日に会う事も出来たのだけど、相手に心の準備をさせたいのと、私の方でもちょっとまだ迷っている部分があるのでワンクッション置きたいというのが理由で、規定通りの数日後とさせてもらった。



 ◆◆◆◆◆◆



「だから、アベルはさっさと帰りなさいよ。私は一人で大丈夫だって」


 政庁都市のマンションの一室で、最近恒例となっている口喧嘩が始まっていた。


「だからマギーのためだけじゃないって。もうちょっとだけだから我慢しろって」

「嘘。絶対嘘。知ってるんだからね。共和国に行って何かするつもりだったって」


 ブレイドホーム家の長兄アベルは、将来の夢のために名門国立大学の卒業資格をたった二年で取った。

 本人としては無理をしたし、まだまだ大学で学び残したことがあると思っているが、妹のマギーからすれば無理をすれば何とかなるような事ではない。

 高校に通い大学進学を目指すようになったからこそ、アベルのやったことがどれほどすごいのか実感できるようになっていた。


 そうだというのに、アベルが夢を叶えるのためには時間が何より大事でその為に必死になったというのに、大学受験を控えた妹を心配して卒業を遅らせようとしていた。

 それはマギーにとって絶対に許せない事だった。


「確かに、出来たら良いなって思ってたことはあるよ。でもそれは大したことじゃないんだよ」


 対して、アベルにも言い分はある。

 これまでは最低でも月に一度はセージかジオが様子を見に来てくれていた。だが守護都市が共和国に行くとなるとそうはいかない。

 共和国での滞在日数だけなら一月も無いはずだが、途中の荒野で上級の魔物を狩る期間やそもそもの移動時間を考えれば最低でも二か月は国外にいる事になるだろう。

 何かあったとして、すぐに助けられるわけではないのだ。


 ヴェルクベシエス家が陰ながら護衛を付けてくれているし、セージの師であるクライスも気にかけてくれている。

 普通だったら何の心配もないのだが、どうにも妹はあまり普通ではない人を引き付ける体質らしい。

 加えて本人は大人しいと思い込んでいるようだが、少なからず守護都市で生まれ育ったが故の血の気の多さがある。高校に入ってすぐの頃には手芸趣味を馬鹿にされたと、剣道部の先輩相手に喧嘩まがいの試合をしている。

 それでいて本人は大人しいと思い込んでいるのだから、兄としては心配にもなる。


 それに最近ではどこがとは言わないが女性としての身体つきに魅力的な主張が育っているし、それでなくともブレイドホーム家との縁が魅力的なこともあって、よくない男から少なくない頻度でちょっかいをかけられている。

 護衛の人やクライスからその話を聞いているし、アベル自身も目の当たりにして助けに入った事がある。

 そうだというのに本人は自分がナンパされるなんてありえないと言い張っている。

 何故そうも鈍感になれるのか理解できないが、本人はいたって真面目にそう言い張っている。


 さらに付け加えれば、生活面も不安がある。

 放って置くと安いコッペパンにマヨネーズを大量に――見ているだけで胸焼けするような山盛りの量だった――かけた食事で済ませる。

 アベルも粗食で済ませる方だが、そのアベルから見ても栄養バランスへの頓着が無く、お腹が膨れてマヨネーズが取れれば良いという嗜好は常軌を逸しているようにしか見えない。

 つまり兄としては心配せずにはいられない妹なのだ。


「それに最初に決めただろう。一人暮らし出来るかどうかはこっちで決めるって。それに大学でやり残したことがあるのだって嘘じゃないんだ。もうちょっとだけ我慢しなって」

「だって……」


 マギーは悔し気に口を歪ませる。

 口喧嘩――アベルとしてはそのつもりは無い――では、この器用な兄に勝てそうにない。だがだからこそ都合よく言いくるめられているような不快感がある。


 そもそもマギーとしても一人暮らしに不安があるし、本音を言えば寂しいとも感じている。

 元々が騒がしい大家族で育ったマギーにとって、この二年間の二人暮らしだって寂しかったし、衝動的に叫んだり泣きたくなったことは何度もあった。実際に、枕を濡らしたこともある。


 二人暮らしで、そして足しげくセージやジオが様子を見に来てくれたのにそうだったのだ。

 一人になればもっと辛いだろうというのはマギーにも想像できている。

 だからアベルが残ってくれると初めて聞いた時、内心では喜んだ。

 喜んでしまって、だからこそそんな自分に怒りを燃やした。こんな自分がしっかりとした目標を持って努力を怠らない兄の邪魔をしてはいけないと、そう闘志を燃やしてその兄を睨みつけていた。


 アベルは睨まれながらも困ったものだと頬をかく。

 理詰めで追い詰める事は出来ても、それでマギーが納得するかと言えばそんな事は無い。

 そもそもマギーが自分を慮って行って来いと言っているのはちゃんと伝わっているのだ。

 行っても良いんじゃないかという気持ちは生まれてきているし、しかしそれに流されて妹の身に何かあってはどんなに後悔してもしきれないだろう。


 二人の意見はいつも通り平行線で、いつも通りただただ時間が流れるだけだった。

 いつも通りなら、このまま夕飯までぐだぐだの話し合いが続くのだが、この日はいつもとは違う事が起きた。


 ピンポーンと、来客を告げるインターホンが鳴り響いて、不毛な話し合いは遮られた。


「荷物かな?」

「セージかも。そろそろ守護都市がどこかの外縁都市に着くころだから」

「ああ、そう言えば」


 セージからは事前に共和国への出発前に顔を出すと伝えられていた。

 アベルはマギーを宥めて貰おうと、マギーはアベルを説得してもらおうと企んだところで、再度インターホンが鳴った。


 アベルとマギーは顔を見合わせた。

 セージは鍵を持っている。やって来たことを知らせるためにインターホンは鳴らすが、こちらが鍵を開けるのを待ったりせずすぐに鍵を開けて入って来る。


「違ったみたい」

「そうだね。今出ます」


 アベルは腰を上げて来客を出迎える事にした。

 来客は黒髪の美少女クロだった。



 ******



「アベル。セイジェンドと共に、皇宮に来なさい」


 リビングに通されたクロは、単刀直入に用件を切り出した。

 至宝の君と近しい人物からそう言われれば答えは決まりきっている。


「はい、わかりました」


 クロはその返事に満足そうに頷いた。


「何かあるの?」

「大したことではありませんが、いえ、大したことではないので、アベルに伝言を頼むのです。

 ケイたちでは大仰に捉えすぎますし、ジオは伝言に向きませんからね」


 クロがそう言うと、アベルはその顔色を僅かに曇らせた。


「どうかした?」

「あ、いや、なんでも。

 その、セージがいつ顔を出すかわからないんですが、それでもよろしいのですか?」

「ええ。共和国への出立に間に合えば問題ありません」


 クロにそう言われ、アベルは重ねて質問をする。


「僕もいっしょに、至宝の君にお会いするのですか?」

「ええ。一緒に来てください」


 具体的な事を口にしないのは機密もあるからだろうか。

 アベルはそう考えて、それ以上の説明を求める事は諦めた。

 そうしてふと、マギーが居心地悪そうにしているのが目に入る。


 クロは至宝の君の側仕えだが、同時にマギーの友人でもある。月に一度程度ではあるが外で一緒に買い食い等をしているようだ。数える程度ではあるが家に遊びに来たこともあって、アベルも顔を合わせたことがある。

 どうもマギーは遊びに来たと思った友達が自分と関係のない話をしているのが寂しいようだ。

 少しだけ不器用なところが目に付く妹だが、ちゃんと友達がいるんだなぁと安心した。


「……なによ」

「いや、何でも。それじゃあクロさん、良ければ一緒に夕飯どうですか。出来合いのものになりますが、妹の相手をしてもらえると助かります」

「ちょっとっ‼」

「ふっ、良いのですか。ではご相伴にお預かりましょう」


 夕飯の買い出しのため、アベルは立ち上がってリビングを出る。マギーの投げた卓上マヨネーズが、その背中を乱暴に送り出した。



 ******



 玄関を出て、鍵をかけ、エレベーターに乗ったアベルは何かを忘れた。

 何を忘れたのだろうと思いながら、まあどうでもいいかと何故か3人分(・・・)の食事を買ってこようという考えに動かされる。

 そうしてマンションの玄関ホールで、ばったりと弟のセージに出くわした。


「あれ、今から出かけるなんて珍しくない?」

「ああ、ちょっと買い出しに出るタイミングを逃してさ。入れ違いにならなくてよかったよ」


 アベルはセージがパンパンに膨らんだ買い物袋を両手に下げているのを見てそう言った。

 これなら三人分は十分にある――やっぱり何かおかしい、セージを入れて三人なのに、セージが来たと分かる前から三人分買おうとしていた――と思って、アベルは頭を振った。


「え? どうしたの?」

「いや、何でもない。何でもないんだ」


 そう言えばさっきも何か引っかかった。それは目の前の弟や父に関わる事だったようなのに、それが何だったのか思い出せない。

 思い出そうとすると鈍い頭痛に襲われる。


「何でもないようには見えないよ。とりあえず家に戻ろう。ゆっくり休んだ方が良いよ」

「あ、ああ。そうだね」


 アベルはセージと共に再びエレベーターに乗って自室へと戻った。掛けたばかりの鍵を開け、玄関に入ったところで忘れていたことを思い出す。

 人の記憶に作用する力を持ち、皇剣ケイやジオを呼び捨て伝言役に使うような黒髪の少女。

 そんな事が出来る少女はいったい何者なのか、その答えに辿りついて、アベルは愕然とした。


 そんな兄の様子を見て、そして家に上がり込んでいる黒髪美少女のクロを見て、色々と察したセージは兄の肩を叩いた。


「まあ、気にしないで」





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― 新着の感想 ―
[良い点] ブロッコリーにすらマヨネーズをかけずに塩茹でで食うぐらい、 マヨネーズは味が濃いと思っているので (しかしマヨネーズソースはセーフ)、 姉さんとは味覚が合いそうにないなぁ。 女性なことも…
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