421話 ハイセンスを見せつけてやる
守護都市は東の農業都市に接続予定だが、私は一足先に守護都市を降りて産業都市まで走ってやって来ていた。
そうして訪れた場所は馴染みのカグツチさんの工房だ。
「あっ、セージ様。いらっしゃいませ」
お店番をしているゼシアが頬を紅潮させて出迎えてくれる。
「どうも、こんにちは。カグツチさんは奥ですか?」
私も笑顔を返して、工房の奥へと入らせてもらう。
ゼシアは付いて来たそうにしていたが、彼女には店番の仕事がある。カグツチさんのところに私や家族以外のお客さんが来たところを見た事は無いが、それはそれとして店番は必要だろう。たぶん。
なので特に声はかけずに、一人で工房の奥の作業場へと足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆◆
「そうだな。決めてる。
怖い心を奮い立たせる炎。暗闇を切り拓く灯。先へと踏み込むための力。
勇壮紅蓮。それがこいつの新しい名前だ」
カインは手に持った竜角刀、片割れとなってしまった傷だらけの刃に新たな名を与えた。
カインの意志に応え、竜角刀は淡い紅の輝きを放つ。
その光は短い時間で収まり、名残のように白磁のようだった刀身を薄い紅へと変えていた。
「見事。刀も正しく主人と認めた様じゃの」
それを見守っていたカグツチが、短くも素直な賞賛を送る。
ろくに人を褒める事のない師から褒められて、カインは顔を赤くして頬をかいた。
「当たり前だろ、誰に言ってんだよ」
カインはカグツチから鞘を受け取り、勇壮紅蓮を納める。
そうして向かい合うのは打ち込み稽古用の人形。
カインは己の中に埋没し、人形を殺人鬼フレイムリッパーに見立てる。
居合に構え、頭の中を血と炎と殺意で赤く染める。冷静な自分はわずかでいい。そのわずかな自分が、今にも暴れ出しそうな自分を恐れる。恐れて、操る。
刀を抜く。
剣閃は走り、人形は二つに斬れる。
鞘も指も、斬れていない。
「うむ。合格じゃ」
カグツチが満足そうに頷いたところで、パチパチパチと気のない拍手と軽い声がかけられる。
「どうも、練習中ですか」
「なんじゃ、センジか」
「セージです」
セージはカインに歩み寄ると、その手にある竜角刀に目を止める。
「本当に名付けで変わるものなんですね」
「まだ疑っとったんかい。お主には信心が足りんぞ」
「ははは、すいません」
小言にも変わらぬセージの態度に、カグツチが熱を入れようと声を荒らげる。
「ばかたれが。魔法の神髄は信じる心じゃろうが。お主がそんなんじゃから折角の武具も臍を曲げて力を貸さんのじゃぞ」
「いや、言ってることは分かるんですけどね。性格の問題なので難しいんですよ」
セージのその言葉にカグツチはさらにヒートアップしかけるが、それはカインの言葉に遮られた。
「来たって事は、そろそろなのか」
「うん。明日の夕方か、遅くても明後日のお昼に東の農業都市に接続して、補給を終えたら出発だってさ」
セージが言及しているのは一か月以上に及ぶ守護都市の大遠征だ。
荒野奥地に生息する上級の魔物を掃討する。その目的は竜の襲来を遅らせることと、竜の弱体化のためだと言われている。
下級の魔物が増えれば中級の魔物が発生し、中級の魔物が増えれば上級の魔物が発生する。
そして上級の魔物が増えたときに発生するのが、竜だと言われているのだ。
その大遠征の合間に、守護都市は同盟国である精霊イグドラルが治める妖精種の住まう共和国に立ち寄って補給と交流を行う。
魔女と竜に先導された荒野の魔物はそのほとんどが都市連合〈エーテリア〉を目指してくるが、いくらかの例外が共和国を襲っている。
国土こそ連合国より広いものの、出生率の低い共和国は国民の数では連合国よりも少ない。
共和国の戦士たちは結界も無く広い国土を魔物から守っている。
それだけではなく、見目麗しく特別な力を持つ妖精種は人間の治める王国や魔族の治める帝国で高い価値があり、幼い子供や女性が攫われ奴隷として扱われていた。
魔物だけでなく、そんな外道たちから同胞を守るためにも戦士の力は必要とされていた。
守護都市は、そして守護都市の戦士たちは補給を受ける見返りに、そんな同盟国の負担のいくばくかを担う事になっていた。
「おう、ちょうどよかったぜ。今日は世話になった連中に挨拶して、明日には東の方に行ってくる」
もっともカインがそのような事情を知っているはずも無く、ただ純粋に初めての国外旅行を楽しみにしていた。
「そうして。僕はこれから政庁都市に行って、明日か明後日に守護都市に戻るよ」
「政庁都市? また呼び出しか?」
皇翼となった事でセージは何度か政庁都市に召喚されている。それは式典参加などの公務もあったが、ほとんどが未就学児であるセージを慮った教育指導であった。
精霊エルアリアを通して至宝の君から基礎学力も常識も問題ないと保証されてはいたものの、国家首脳陣からすれば特権と武力を併せ持つ皇翼が無知であるのは困る。そして守護都市の道徳しか知らないのはもっと困る。
そんな訳でセージはこの一年間、倫理のお勉強をしに政庁都市を訪れることが増えていた。
細かい内情は知らなくとも政庁都市の行き帰りにセージは顔を見せていたので、今回もそうなのかとカインは尋ねた。
セージは首を横に振った。
「ううん。しばらく会えなくなる前に姉さんと兄さんの様子も見るついでに、野暮用も片付けておこうかなって」
セージは笑ってそう言った。
カインはその野暮用の方が目的なんだろうなと直感したが、問いただす事は無くそうかと頷いた。
「それで。お前の方は決まったのかよ」
◆◆◆◆◆◆
「それで。お前の方は決まったのかよ」
次兄さんが愚問を投げてくる。
内容は私がラウドさんから譲り受けた、魔女を殺すための豪華剣の新しい名前についてだ。
「ふっ、もちろん」
だから私は自信たっぷりにそう言った。
なぜなら私はネーミングセンスについて妹から心無い誹謗中傷を受けた。
その傷は私の心を深く深く傷つけたが、それでめげる私ではない。妹から尊敬される兄の姿を取り戻すべく、必死で真面目に三日三晩よく寝て考えた。
カグツチさんからは早く決めろと言われていたが、そのアイデアをあえて一年間寝かせておいたのにはもちろん理由がある。
それは次兄さんの修行が終わり、カグツチさんから名付けの許可が下りるのを待っていたからだ。
次兄さんと比べることで私の素晴らしいハイセンスは一層際立つというものだ。
「じゃあ、聞かせてみい」
「飛花落葉」
「「は?」」
カグツチさんと次兄さんがそろって呆けた声を上げる。
とは言えそれは仕方のない事だ。
「だから、飛花落葉だよ」
「ひからくよう?」
だって私は日本語のままに口にしたから。
この世界の言語は英語っぽい感じの謎言語で、私は生まれた時から耳にしてきたのでネイティブに話せるようになったが、別に日本語を忘れたわけではない。
そしてこの国を作った精霊様ことアリア様はどうも日本の、それもサブカルを半端に齧ってる臭い。
というか、アリア様がいたという旧世界はもしかしたら日本なのかもしれない。
私の知る日本には生体人形も魔法も無いので、パラレルな日本か私が生きていた時代よりも未来の日本なのかもしれないが。
ともあれ私も日本を知ってますという匂わせを仕込むことで精霊様の関心を買うのが目的の一つ。
そして外人受けのする四文字熟語を刀身に浮かばせることで、妹からの尊敬と好感度も手に入れていくのだ。
「どういう意味じゃ、それは」
「え? 諸行無常とか盛者必衰とかかな」
今度の四文字熟語は日本語ではなく、普通に二人もネイティブなこの世界の謎英語で話しています。
「……意味があるなら、ええか」
「いや、意味わかんねえよ。折れた刃もそうだけど相棒に付ける名前かよ」
「そうは言うけどね」
豪華剣の元々の名前は獅子王覇牙。
最初は魔女様にも勝てそうな名前にしようかと、ライオン●ートにしようと思った。
ただ別に私は勇ましい心を持っているわけではないし、魔女様は何やらアリア様以上に日本のサブカルに詳しそうな雰囲気がある。
喧嘩を売っているだなんて思われたくないし、そもそも本編とは全然関係ない所で怒られそうな気もする。
そんな訳で私っぽい名前にしようと思い付いたのが、人生無情なのだが、これが格好良いかは難しい所だ。
妹の受けを狙うならたぶん駄目だろう。私としても別に自分の内面をアピールしたいわけではないし。
そんな訳で程よく自分らしさがありつつも、妹が何となく格好良いと言ってくれそうな四文字熟語にしたのだ。
つまりそれが、飛花落葉。
世の中変わらないものなんて無くて、どんなものはいつかは散るし無常に冷酷に平等に消えてしまうという虚しさと、むしろそれが良いって個人的な見解を込めました。
ちなみにケイさんはアリア様から貰った薙刀に〈カルンウェナン〉という名前を付けました。
どういう意味が込められているのかは分からないけど、物が物だけにアリア様と一緒に考えたらしく、本人はとても満足していた。
「じゃあ来い、おぬし相手に大仰にやっても疲れるからの。さっさと終わらせてしまうぞ」
「はい、お願いします」
そうして銘入れを終えた結果――
「え、なんで?」
――豪華剣の刀身の付け根には漢字の飛花落葉だけでなく、その隣にliving heartlessの文字も刻まれていた。
これはあれかね。飛花落葉をリビングハートレスと読めというルビでしょうか。
厨二力高くてちょっと恥ずかしいが、まあいいか。
どうせ豪華剣って呼ぶだろうし。