40話 家族会議
さてシエスタさんの来訪からひと月が過ぎて、固定資産税の支払いをいたしました。
守護都市では土地やら家屋やらにめいいっぱい税金が課せられていたので、素直に払うにはとてもではないがお金が足りなかったけど、ミルク代表や部下の税理士さんの助けを借り、守護都市の行政では手が回らない貧困層を支援しているという大義名分で大幅な免税措置を頂きまして、何とかなりました。
ちなみにミルク代表へのお礼と言うか報酬はしばらく待ってもらっています。
忙しい時期に税理士さんをお借りして、しかも支払いはツケでなのでとても心苦しいのだが、ミルク代表からはいつでもいいぞなんて言葉をもらってしまった。
なるべく早く支払えるように頑張ろうと思う。
そしてもちろんミルク代表だけでは無く、クライスさんからの仕事と言う形の協力もあったおかげで、大きな山場は潜り抜けて一安心といったところだ。
しかし来月には収益税の支払いが待ち受けている。
一応、道場も託児事業も薄利でやっていると認めてもらえているのだが、なにぶん八年間も溜めこんでいたのでこれも良い額になっている。
こちらも免税制度を駆使して親父の恩給で支払えそうなんだけど、楽観はできない。
具体的にこれ以上出費がかさむ予定は無いんだけど、生まれ変わってから何かと私は運が悪い気がする。
どれも親父の不始末から起きていることばかりなので気のせいと言えば気のせいなのだが、何となく気が抜けないというか不安が募るというか、頼むから変なイベントは起きないで欲しいと思っていた。
「なんでだよ! セージばっかりズルいじゃないか!」
頼むから、変なイベントは起きないでほしいと思っていた。
最近取り始めた新聞では、共生派だのアンチ精霊派だのがおこすテロ事件などに興味を惹かれていた。
こっちの世界でもいろいろ物騒なことがあるんだなーとか、そんな感じで。
その新聞の、皇剣武闘祭の最終予選開始の記事をななめ読みしていた時に、ふと思い出した。
そう言えばクライスさんから本選のチケット貰ってたなーと。
それでまあそのチケットは豪華ホテルで四泊五日宿泊付きプランという事なので、ちょっと家族からのお許しを貰おうと思って夕食後に会議を開いたのだが、次兄さんのこの発言となった。
うん。つまりは変なイベントが発生したというよりも、先延ばしにしてた問題と向き合ってます。
「いや、ズルいって言われても、僕が貰ったんだよ?」
「セージ……」
兄さんが呆れたように僕を見る。
いや、言いたいことはわかるよ。次兄さんは反対するだろうなーとも思ってたよ。
でも黙って親父と二人で出掛けるのもひどいかなって思うんだよ。
いやまあ……、先に兄さんと姉さんに相談しておいた方がよかったかなって思ったけど。
「セージばっかいつもいい思いしてっじゃん! 俺だって行きたい!」
目元に涙すら浮かべる次兄さん。
この事態に妹はよくわかってないらしく、不思議そうにしている。
親父と二人でお泊りで出掛けてくるよー。お土産買ってくるからいい子で待っててねーと言ったら、うんと気持ちのいい応えが返ってきた。
良い子だなーと思う反面、騙しているような後ろめたさを感じてしまう。
たぶん妹は豪華なホテルでの食事ってイメージできてないから。
「セージばっかり親父は構ってさ! 俺は外でバイトすんのだってダメって言うじゃん! いつもいつもセージは好き勝手やってるし、ずるいだろ!」
あー、うん。
私は仕事や家事があるので、訓練にあてられる時間は優先的に親父に相手をしてもらっている。
バイトに関しても次兄さんはまだ十歳だから到底許可できない。
兄さんは十二歳からはじめてるけど、兄さんはかなり特殊なので例外です。
まあその辺は仕方ないとはいえ、確かに次兄さんからすると面白くないよな。
しかし次兄さんも好き勝手に振る舞っているように見えて、普段はちゃんと我慢してるんだな。
……ちょっと気を付けよう。
「カインっ! セージはいつも家族のために苦労してるでしょ! それぐらい聞き分けなさい!」
「ほら! ほらっ! いつもみんなセージの味方すっじゃん! マギーだって親父だってアベルだって!」
ずるいずるいと、本格的に泣き出す次兄さん。
「なあ、セージ。お前とカインの二人で行くことは出来んのか」
「無理だよ。未成年だと保護者同伴じゃないとダメだから」
中級のギルドカードがあってもどうにもならないルールだった。
「それに親父だって行きたいんでしょ。皇剣武闘祭」
「む、うむ……まあな」
渋々と認める親父。
この一か月の間、親父が休みの合間に政庁都市の試合を見て回っているのを私は知っている。
ちなみに観戦料は自分で工面していた。たぶん賭けとかそういうので。
それに次兄さんの気持ちもわからないでは無い。
サッカーのワールドカップの観戦チケットが手に入れば、サッカー少年としては見に行きたいと思うのが当然で、それが父親とひいきにされている弟だけが行くと知れば文句も言いたくなるし、駄々もこねたくなるだろう。
しかし折角クライスさんが苦労して手に入れたチケットを、はいどうぞと簡単に渡すわけにもいかない。
私も興味がまるで無いという訳ではないし。
……まあ私が心惹かれているのは試合よりもホテルの食事とホテルの中にあるカジノなんだけど。
前世では国外に出たことが無いからカジノって行ったことが無いんだよ。
ここはふぁんたじぃな世界なので、きっとスライムのレースとか楽しめると思うんだ。
ホテルのパンフレット(有料)には書いてなかったけど、きっとあると思うんだ。
結局その日は結論は出ず、泣きじゃくる次兄さんを姉さんが宥めてお開きになった。
◆◆◆◆◆◆
守護都市で、とある三人が注目を集めながら歩いていた。
一人は女で二人は男。
年齢は十五で、少なからず戦闘訓練を受けていることが歩く姿から察せられた。
この時期、守護都市にはギルドを目指して二種類の新人が多数やってくる。
それはギルドに登録したばかりの新人と、経験と実力と自信を身に付けこれから荒野で稼いでいこうとする、ガーディンズギルドの新人たちだ。
歩いている三人はどちらとも言えた。
おっかなびっくり守護都市を歩く姿はいつかここで働こうと誓いに来た新人のようでもあるし、立ち振る舞いから察せられる実力は守護都市に登録しようと意気込むハンターズギルドの期待の星のようにも見えた。
しかし三人が注目されている理由は、どちらかわからないからでは無かった。
単純に服装が場違いだったからだ。
「見られてますね」
「見られてる」
「ええ、そうですね」
上から順にタチアナ、ハリー、レスト。セージが戦った訓練生たちであった。
タチアナは何かおかしい所があるだろうかと自身の服装を見るが、特に汚れも着くずれも見つからなかった。
三人が着ているのは騎士養成校で使っていた礼服だ。三人とも養成校は卒業しているが、士官学校への入学までの間は養成校に籍がある。
三人が向かっているのは守護都市の軍の本部や名家と言った仰々しい所では無い。
その家を良く知り、また地図を描いてもたせてくれた人が言うには、道場付きの託児所みたいな家とのことだが、同じくその人物からくれぐれも失礼にはならないように気を付けろとも言われた。
しかし失礼にならない程度の服装というのが三人には難しかった。
普段着よりも少し上等なおしゃれ着ぐらいの装いで良いのかもしれないが、ここは無難に学校の礼服が良いだろうという事で結論付けた。
ちなみに同じ学校指定の礼服でもその装いには差があった。
レストは名家の直系であるし、ハリーは大きな商会の三男坊だ。この二人の礼服は学校の規則が許す範囲で生地や刺繍に拘りぬいていた。
学校指定の売店で買ったタチアナの安い礼服と比べると、男女と言う性別の差こそあるものの同種のデザインであるため、二人とはその差をはっきりと感じさせた。
「……見られているの、私だけじゃないですよね」
タチアナは首席卒業の実力者だが、生まれは二人と異なり貧困層の生まれだ。
奨学金やアルバイトで生活している苦学生の彼女の礼服はくたびれてもいて、その辺が劣等感を大きく刺激していた。
「ええ。見られているのは私たち三人共ですね」
「気になるのなら新調すればいいのに」
レストがタチアナの言葉を肯定し、ハリーが続ける。
ハリーは嫌味で言っているのではなく、礼服を着ていくと決まった際に自分やレストがお金を出すという話が出て、それをタチアナが断ったことを蒸し返していたのだった。
「安い物じゃないのだから、お断りです。男に貢がせるのはいいけれど、ライバルに恵んでもらうのは大っ嫌いなので」
プライドの高さが覗くその言葉にハリーはため息をつき、レストは苦笑した。
そのプライドの高いタチアナだが、実は持っていた礼服を卒業式の日に彼女を慕っていた後輩に譲っていた。
士官学校の入学式では別の礼服となるため買い換えるのは必須となるし、思い出をとっておきたいと思う性格でも無いので、タチアナ同様に苦学生だった後輩に欲しいと請われて、何も考えずに譲っていた。
士官学校の礼服は着任先で支給されるためまだ手元には無く、養成校の礼服をわざわざこのために新しく買うお金も無く、学友に頼りたくもない。
タチアナは仕方なくその後輩の元に訪れて、一日だけ礼服を返してほしいと頭を下げた。その時の恥ずかしさは筆舌にしがたいものがあった。
ちなみにタチアナにはよくわからない交換条件で、次の休みにその後輩とデートにいく事になったのだが、それは全く関係のない話である。
「周囲の人たちとは毛色の違う服装ですからね。あまり気にしても仕方ないでしょう。それより、手土産は本当にこれでいいのでしょうか」
レストが指しているのは訪問する家に持っていくと決めたお菓子だ。
彼の基準からするとそのお菓子は安すぎたので、失礼になるのではないかと案じたのだった。
「教官が言うにはこちらの方が良いと。いえ、最初にお酒やお米を薦めてきたのでどこまで本気かわからないのですが」
「託児所のようなところとの事ですから、子供向けのお菓子で良いと思います」
レストの不安は、ハリーとタチアナの二人が否定した。
レストの感覚に従うと名家の本宅を訪れる時のような高級品がチョイスされる。
手土産は三人で割り勘だったので、常識的な金銭感覚を持つハリーと苦学生のタチアナは強く反対した。
「なあなあ姉ちゃんたち」
三人の中では最も世慣れしているタチアナが地図を見ながら先頭を歩いていると、薄汚れた格好の少年が声をかけてきた。
「探しもんしてんだろ。俺が手伝ってやんよ」
にひひと、小汚い格好の少年は笑いながら言った。
レストとハリーは眉を顰め、関わらないようにと目配せでタチアナに伝えた。
それが分からなかった訳ではないが、タチアナからすればこういった子供には親近感を覚える。
今でこそエリート街道を進んでいるが、魔法の才能があり親から捨てられるように養成校に入れられてなければ、きっとこの子のような生活をしていただろうと思うのだ。
政庁都市でも治安のよくないエリアに行けば、こういう子供はいる。
観光者の案内や雑用に精を出して、僅かばかりの硬貨でその日を凌ぐ浮浪児だ。
「ええ。この地図にあるお家を探しているの。わかるかしら」
「ああ、この家か。わかるよ……ええと」
「ブレイドホームよ」
書いてある文字が読めないのだろうと思いタチアナが助け舟を出すと、少年はああ、そうそう。ブレイドホーム、ブレイドホームと、声に出して確認し、付いて来てと言って歩き始めた。
「さあ、行きましょう」
「タチアナ」
咎めるようにハリーが声をかけるが、責められたタチアナは気にした様子も無い。
そのことが割増しにハリーの神経を逆なでした。
「別にいいでしょう。これも社会福祉の一環と思えば」
ハリーをなだめるようにレストがそう言い、渋々とだがハリーも苛立ちの矛をおさめて、三人は少年の後ろをついて行った。
「……ブレイドホームって言ったか、あいつら」
そんな三人の後姿を、別の少年が見つめていた。
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少年の後をついて行く三人だが、次第に薄汚れた区画に入っていき、その中でも日差しの届きにくい路地裏へと進んでいく。
最初はこっちの方が近道だからという少年の言葉を信じていた三人だが、このまま進むとまずいという不安をはっきり抱き始めていた。
しかし土地勘のない場所で、何度も小道を曲がってきたため自分たちが今どこにいるのか三人はわかっていない。
「タチアナ、君のせいだぞ」
「……そうみたいですね。すいません」
ハリーの小声に、タチアナも同じく小さな声で返す。
「それよりも、どうしようか。このままついて行くのは良くないことになりそうだけど」
「そうだな。とりあえずあの子について行くのは止めて、大きな道を探そう」
三人が小さくうなずいたタイミングで、道案内をしていた少年は振り返った。
「なんだ。バカみたいな格好してるからもうちょっと奥まで連れていけると思ったのに、けっこうまともだったんだな」
少年の顔にははっきりと嘲笑が浮かんでいた。
咄嗟に腰の剣に手を伸ばす三人だが、しかし抜くことは無かった。
「教官は絶対に抜くなって言ってましたよね」
「ええ。死にたくなければ、剣を向けられても抜くなと」
声を交わすうちに、三人がいる路地に人相も風体も悪い同い年ぐらいの若者たちが集まってくる。
二十名近い彼らは、一様ににやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。
「二人とも、こうなったのは私の責任よ」
タチアナがレストとハリーに向かって言う。
「私が突破口を開くから、あなたたちは逃げなさい」
言われた二人はタチアナを見て、その後互いに見つめ合って、そして二人でタチアナの頭をはたいた。
「痛っ。何をするの!」
「うるさい馬鹿」
「黙りなさい馬鹿」
二人に言われて、タチアナは素直に押し黙った。
「私たち三人ならば、これぐらいどうとなるでしょう」
「ちゃんと相手を見なよ。あの子みたいに魔力を隠してる訳じゃあないし、こいつらはただのごろつきだよ」
言われて、タチアナも集中力を高めて自分たちを囲う相手を見る。
確かに政庁都市にいるごろつきとそう変わらないように見えた。
どうも守護都市という事で――そこで育った特別な子供を知ったせいで――過大評価をしていたらしい。
「お前らみたいな平和な街のお坊ちゃんたちがこの数を何とかできると思ってんのかよ。
金と女を置いて行けば許してやるつもりだったけどな――お前ら、守護都市の怖さを思い知らせてやんよ!」
リーダーらしき男がそう言って、三人にごろつき達が襲い掛かって来た。