411話 お金の話はもういいじゃないか
ギルドに入ってからはニルアさんに先導されて、レイニアさん共々一番立派な応接室に通されました。
途中で顔見知りのスタッフさんやメンバーさんから『皇翼おめでとう』とお祝いの言葉をもらったので、ありがとうございますと軽く手を振っておいた。
応接室に入るとイケメンのお兄さんが立ったまま待っていて、私の姿を見るなり優雅に一礼した。
「初めまして、精霊様の新たなる御使い。皇翼セイジェンド様」
「どうも」
イケメンのお兄さんはいかにも貴人ですといった雰囲気を身にまとっている。この人がライトニングさんだろう。
顔立ちはスノウさんには似ていないが、相手に見せたい自分を自然に表現できる辺りはよく似ているだろうか。
「私はライトニング・スナイク。大罪を犯した父になり変わりスナイク家の務めを果たすものです。どうぞお掛け下さい」
推定ライトニングさんはライトニングさんで間違いないようだ。そう言ってソファーに座るよう勧めてくる。
どうぞお先にと謙遜するとたぶん迷惑にしかならないので、失礼しますと一声かけてから素直に座る事にした。
「そちらも、どうぞ」
一拍だけ待ったのだが、自発的に座る素振りが見受けられなかったので着席を勧めた。
それでライトニングさんも席に着き、その隣にレイニアさんが座った。
ライトニングさんのこめかみがピクリと引くついた。
「ご苦労、下がって構わないよ」
「まあ。遠慮しなくてよろしいのよ、お兄様。
ねえ、セイジェンド様。私も同席してよろしいでしょう」
レイニアさんはそう言って流し目を送って来るが、素直には頷けない。
「いや、まあ、止めときましょうよ。
機密とか絡んでくるとややこしくなるでしょうし」
これから話し合う事がどんな内容なのかはわからないが、スノウさんが関わったテロリストにしても、あるいはラウドさんたちとボロクソにやられた魔女様に関しても、間違いなく国防上の重要情報となるだろう。
スナイク家の当主代理であるライトニングさんが同席を認めないと言っているのなら、私もそうした方が良いと思う。
だってレイニアさんはスナイク家での立場を考えないのであれば、あくまで将来有望な戦士の一人でしかないのだから。
「……そう。わかりました。ですが何かお役に立てることがあれば遠慮なくお声掛けください」
皇翼の私が許可を出さないのなら、この場に居残ったところで力ずくで退去させられることになる。
それが分かっているから、レイニアさんは渋々と立ち上がって部屋を後にした。
「愚妹が失礼を致しました」
「……任せた仕事をやり遂げたんでしょう。そんな言い方は感心できませんね」
家族の問題なので口を挟むのもはばかられるが、しかし勘当されたレイニアさんが非正式な形で――甚だ遺憾なのだが、危険人物扱いされる事もある――私の呼び出し役に呼ばれたことを考えると、彼女の身の上が少し心配だ。
なのでこの場ではあなたの顔を立てましたけど親しくしてるんですよ、というアピールを兼ねてそう窘めた。
するとライトニングさんは少し嬉しそうに頬を緩め、すぐに厳しいものへと引き締めた。
「重ねて、失礼を」
そして目配せでニルアさんを促す。
ギルドマスターの彼女はまだ立ったままである。
「俺も退室するが、その前に挨拶を。
ギルドマスターを辞することになった。依願退職って形だが、事実上の解雇だな。
スノウと縁のある役職持ちは退職か退任という扱いになる」
「ああ、それは……」
私はそれを聞いて咄嗟に立ち上がったが、気の利いた言葉は思い浮かばなかった。
スノウさんがテロリストと内通していたのなら、その周囲にいた人物も疑われて当然だろう。証拠があれば当然しょっぴかれるし、証拠が無くとも重要な役職に就けておくのは不安が残る。
ギルドは特に国防と関わりの深い組織であるし、テロリストの疑いは極力排除したいに決まっている。
「座れ。
俺はお前が立ち上がって見送るような立場じゃない。
……まったく。お前には立場に応じた振る舞いを教えたいところだが、それは俺には許されない。それだけが残念だな。
同情の必要はないぞ。真っ当に退職金はもらえるし、今後の生活だって監視は付いても不当な扱いを受けるわけでもない。口煩い護衛が付くようなもんだ。
だからまあ、なんだ。
お前みたいにおかしな奴の活躍に巻き込まれずに済んで、清々しているよ」
「あ、はい。それは……、ええ。
これまで大変ご迷惑をおかけしました」
座れとは言われたものの、私は立ったままそう言って頭を下げた。いくら立場を得たとはいえ、長いことギルドなんて厄介者の巣窟を纏めてきた人への敬意を欠くような真似はしたくありませんよ。
あ、念のために言っておくけど、私は品行方正な優等生だったので、ニルアさんに迷惑とかそんなにかけてないです。
いや、かけてない事も無いけどそれは全て必要なことで不可抗力だった。
でも私は親父と違って成熟した大人だから、頭を下げるのもやぶさかではないの。
……うん。
いや、なんか本当にご面倒お掛けしました。
「くくっ、こんな安っぽい嫌味ぐらい笑い飛ばせ。
大変だったのは事実だったが、刺激的で若返った気分だったよ。お前が登録してからの六年はな。
ああ、大変だったが楽しかった。これからは影ながら楽しみにさせてもらうさ。お前の活躍をな」
ニルアさんはひらひらと手を振って、部屋を後にした。
その背中を見送ってから改めてライトニングさんの方に向き直れば、ライトニングさんも立ち上がっており敬礼を解いたところだった。それは騎士がやる軍の敬礼だった。
「戦士ではなく、騎士だったんですか?」
「ええ。ニルア殿が、ですが。私に軍属の経験はありませんが、養成校時代に指導を頂きました。
それでは改めて、お掛け下さい」
私とライトニングさんがソファーに腰を下ろし、改めて話を始める。ギルドスタッフの立ち合いも無く、二人だけで話をするという事は、さてどういう意味なんだろうな。
「ニルア同様、スナイク家は多くの公務から手を引く事となりました。ギルドの運営だけでなく、理事や情報管制も同様です。
もっとも、今すぐに全てから手を引けば混乱が大きくなりすぎるでしょう。特にギルドの運用資金確保に関しては当家に依存しておりました。
そのためスナイク家が完全に離れることは難しく、理事会の刷新によって、他家の発言力を増すという形に落ち着きました」
「ええと、今までスナイク家一色だった理事会に、シャルマー家やマージネル家も入ってもらうって事ですか?」
「そして、ブレイドホーム家ですね」
「え?」
「ギルドの清浄化をアピールするには、セイジェンド様の名声に縋るより他にありません。どうぞ平にご容赦を」
「あ、いえ、反対しているって訳じゃあないんですけど。
……その、理事会に入るって、お金がかかりますよね」
普通の理事会なら組織の売り上げ利益から役員報酬が支払われたりするので入会金なんて気にならないかもしれない。
しかし守護都市のギルドに関してはギルドメンバーの人件費がバカ高くて赤字運営なので、その役員報酬には期待できないのだ。
噂ではあるが、理事長のスノウさんの役員報酬は年間で喫茶店のコーヒーが一杯飲めるかどうかというワンコインな額と聞いたことがある。
国家運営の国防組織なので税金は大量に投入されているのだが、それでも極貧な赤字運営なのだ。
それを引退する戦士の斡旋などで寄付を募ったり、戦士をアイドルのようにプロデュースしてグッズ販売や広報活動で稼いだりして誤魔化してきたのがスナイク家であり、スノウさんだ。
そんな役割の一部分でも期待されるとなると、とても面倒くさい。
私は姿絵だって借金の返済のために販売を承諾したけど、外縁都市に遊びに行くときとか顔バレしないか不安になるし本当は止めたい。絵に起こすときに変なポーズも要求されるし。
入会金も払いたくないし広報の仕事を押し付けられるのも嫌だという私の思いを読み取ったのか、ライトニングさんは優雅にほほ笑んだ。
「それに関してはまず謝罪をさせて下さい。
皇剣ラウド様より指示を頂いたセイジェンド様の資金凍結ですが、疑いが晴れた今でもお返しすることは困難となりました。
当家に国家反逆の疑いがかかったため、当家の資金であると扱われ接収の対象となってしまったのです。
せめてものお詫びではありますが、理事会への入会金と向こう三年の会費は免除となり、セイジェンド様への貸付金も清算させて頂いております」
うん?
……うん?
いや、良く分からなくてその言葉を反芻してみたが、何を謝られているのかまるで理解できない。
入会金がいくらかは知らないけど、借金の残高は私の預金の100倍以上だった訳だし……。
「あっ、もしかしてエルシール家からの見舞金が私の口座に入ってたんですか」
「ええ。ご存じなかったのですね。
補足をさせて頂きますと、エルシール家分家と父の件で国家の運営に著しい混乱を招いてしまいました。当家には多くの形でその責を贖わねばなりません。
金銭補償も、その一つです。
ニルアたち高官を辞めさせ、新たに高いスキルを持つ人員を迎え入れるには多くの現金が必要でした。
スナイク家が動かせる資金ではそれを賄いきる事は出来ず、資産に関しても当面は監査や監視が付くため今すぐに現金化するわけにはいかず……。
預り金だと訴えはしたのですが、聞き入れては頂けませんでした」
ライトニングさんはそこまで言って、申し訳ないと深く頭を下げた。
「不躾なお願いになるのですが、ニルアにはこのことは黙っておいてもらえませんか」
「ええ、もちろんです。変に気を遣われたくはないですからね」
ニルアさんのあの様子だと、貰った退職金を全部こっちに渡してきかねないし、ライトニングさんもそれを危惧しているのだろう。
彼女は公安っぽい所に監視されながらの隠居生活になるみたいだし、お金はあるだけあった方が良いだろう。
私も借金さえなくなればお金に拘る必要はない。ぶっちゃけ今の生活水準を維持するお金なら簡単に稼げる訳だし。
ああ、いやしかし、それをお願いするって言うのは本当に割と失礼ではあるな。
悪意的に表現するなら、お前のお金を受け取るニルアさんや他の高官から礼は期待するなよって意味にも受け取れるし。
いや、別に気にしている訳では無いんだけど、もしかしてライトニングさんは私の人となりを確かめようとしてるのかな。
まあ、だとしても別に良いか。
「スノウさんにはお世話になりました。その恩がお金で幾ばくかでも返せたのなら幸いです。
それに正直なところ、大金すぎて取り扱いに悩んでいましたからね」
私がそう言って笑うと、ライトニングさんは頭を上げて安心したような顔を見せた。
「そう言っていただけると助かります。
……やはり父は、多くの人に慕われていたのですね。
スナイク家は取り潰しとされてもおかしくありませんでしたが、精霊様からは寛大なご処置を頂きました」
やはりライトニングさんもスノウさんは死んだものと思っているようで、寂しげな様子でそう言った。
「ええ。悪巧みと言うか、悪戯っぽい所もあって振り回されましたけどね」
いやまあ悪戯じゃ済まない事もたくさんされたけどね。
たぶんだけどケイさんに襲われたとき、アールさんを焚きつけた黒幕ってスノウさんなんだよね。何の証拠もないしあくまで勘なんだけど、たぶん間違ってない。
もちろんスノウさんがやったことはマルクを誘導しただけで、実際に暗殺を目論んだのはマルクとアールさんだからスノウさんに恨みとかないけど、まあ質が悪いなあって感想ぐらいは出るよね。
デイトの事も最初から気づいてただろうし、皇剣武闘祭ではライムやテロリストも使って露骨に邪魔してきたし。
色々と困った人だけど、なんか気を許せない悪友みたいで、あの人が絡むと楽しかったんだよな。
テロリストで悪事にも手を染めてたのにそう感じるのは、きっとあの人がこの国の事とか、この国に住む人の事ととかを真剣に考えてたからだと思う。
スーパー魔力感知のおかげか、何を考えてるかわからないあの人の根っこの部分が、すごく純真なのは感じ取れてたんだよね。
それはきっと周囲の人も何となく感じ取っていたとは思う。
だからこそスナイク家への制裁は比較的軽いものになったんだろう。
スノウさんがテロリストに裏切り者として処刑されたってのも大きいだろうけど、きっとそれだけじゃない。
アリア様が言っていたように、スノウさんがテロリストに組していたのは国を裏切るためではなく、それが国益に繋がるからだって信じられる人だったからだろう。
そもそも私腹を肥やすような人じゃないからね。
「……父親の本当の姿は、働いているところを見ないと分からない。
ベルモット……いえ、魔王ベルゼモードからそう言われたんですが、大事な言葉は手遅れになってから身に染みるものですね。
本当に、父がどれほど大きな人物だったのか、今更ながらに気付かされた思いですよ」
ライトニングさんはそう言って俯き、意を決した様子で顔を上げた。
「レイニアを、よろしくお願いします」
「え?」
「彼女は、妹は父の本当の娘なんです」
「……え?」
一体何の話?
「あまり知られていない事です。醜聞にもなりますので、口外はしないで頂きたく――」
「ちょ――」
それ私は聞かずに済ませた方が良い話ですよね。
そう思って遮ろうとしたが、ライトニングさんはそれを許さなかった。
「――私と弟は、母サニアの不貞で生まれた子です。母が過去の償いのために精霊様の実験に従事した結果、生まれた子です。
ですがレイニアは違います。あの子は父と母の間に生まれた、大事な子なんです」
「あ、そうなんですね」
私は一体何を聞かされているのだろう。サニア様のスキャンダルとか知りたくも無かったのだが。
「その様子では知らなかったようですね。不貞とは言いましたが、相応の理由あっての事です。
かつて母は大きな罪を犯し、それを償うために非道な実験に身を投じました。
その結果生まれた私たちを、父は実子として抱き上げ育てたのです」
「ああ、そうなんですね」
唐突なカミングアウトに当たり障りのない相槌しか打てなくなるが、同時に何かが引っ掛かった。
その正体は、続くライトニングさんの言葉ではっきりとしたものへと形を得た。
「妹をあなたたちの下へと預けたのも、スナイク家の滅亡を予期していたからでしょう。あの子は父にとって特別な子で、そして私たちにとってもスナイク家を継ぐべき正統な娘です」
「ああ、それは違いますね」
それまで流されていた私がはっきりと否定したことで、ライトニングさんはわずかに固まった。
「それは違いますよ。むしろ逆です。スナイク家を守るために、預けたんですよ。
たぶんライトニングさんが考えることは全部お見通しで、それをはっきり口に出しやすくするために回りくどい事をしただけですよ」
「え? いえ、それは……。
すいません。どういう意味でしょうか?」
「ええと、そのままの意味ですよ。
ライトニングさんはレイニアさんを預けてたから、スノウさんがレイニアさんを特別視してると思ったんでしょう?
で、私がレイニアさんを大事に扱っているのと、スノウさんに恩義を感じてるのを確認したから本音を口にしたんでしょ。
たぶん何もしてなかったらもっと回りくどい立ち回りを選んでましたよね。
だからこれ、スノウさんの手の平の上の話ですよ」
ライトニングさんが名家の人らしく丁寧に回りくどく振舞ってたら、私は面倒臭がってあんまり関わろうとしなかっただろう。
そうなるとスナイク家に未来はない――なんて大げさなことを言う気は無いが、大変なことも多いだろう。
制裁が比較的に軽いとはいえ、それはあくまで国家反逆罪に関わったにしてはという意味であって、本当に軽い訳では無い。それにテロリストに内通していたという醜聞は今後の活動にも色濃く影響を与えるだろう。
でもライトニングさんはレイニアさんがブレイドホーム家に預けられたことで特別扱いされたと感じて、彼女のためにもスナイク家を復興させて、その上で返さないといけないなんて決意をしたわけで。
そのためには多少のリスクは覚悟で私としっかりとしたコネを作る必要がある。
だからこそスノウさんはライトニングさんが色々と踏み込むと予想し、私がそれを察して手助けするって事も予想してたと思う。
「いえ、さすがにそれは……」
「いや、そう言う人ですよ、スノウさん。あの人は本当に化け物ですからね。
ああ、力になれる事があれば遠慮なく言って下さい」
うん。公的にもライトニングさん的にも死んだことになってるけど、あの人生きてるからね。ちゃんと協力しないとどんな嫌がらせが飛んでくるか分かったもんじゃない。
私や親父のネームバリューは割と役に立つはずだ。
役に立っている内はそんなにおかしな事はしてこないだろう。
……いや、あの人は役に立ってても『子供たちがお世話になってるお礼だよ~』とか言っておかしな事をしてきそうな気もするが、今は考えるまい。
しかしまあ、ライトニングさんは結構なシスコンだな。
いや、レイニアさんも反抗期してたけど、それぐらい許してもらえるっていう家族への甘えがあったから、彼女も彼女でブラコンだと思うけど。
まあなんだ。
そんな兄妹が仲良くやれるようお手伝いするのは、吝かではありませんよ。うちの妹も反抗期が怖くなってきたことだし。