407話 私は何も悪くない
産業都市から騎士様が応援に来てくれまして、通信補助のイヤーセットを頂きまして、産業都市管制と言うか防衛司令さんにちょっと状況説明などの色々なお話をしました。
精霊様には茶化した感じで突っ込んだけど、都市防衛の観点から言えば事前通達なく空を飛んできた私たちを撃ち落そうとした軍の判断は間違いなく正しい。
精霊様は自分に恥をかかせた腹いせに下のものを処罰するような性格ではないようだが、少しばかり大らかというか、自分の口にした言葉を放り投げて忘れていそうなところがあるように見受けられる。
精霊様の行いや言葉は過敏に受け取る――おそらく信仰心の無い私だからそう感じるだけで、そう受け取る事こそが普通なのだろう――人も多く、精霊様の言葉に反して対空防御を優先させた大門防衛司令には強い風当たりが予想される。
もちろん精霊様の言葉を聞いたのは私とケイさんだけだから、私たちが黙っていればそんな事にはならないだろう。
だが言葉を聞かずとも精霊様の使いでやって来たというだけで防衛司令は悪い想像を膨らませて恐れていた。
前の世界でも不祥事を起こした人間は炎上騒動に見舞われていた。
罪人に石を投げるのが、あるいはさらし首や市中引き回し、そんな暴力的で非人道的な行いが娯楽として楽しまれた時代だってあった。
時代が変わっても世界が変わっても、誰かを責めるというのは気持ちの良い事なのだろう。
正直、良く分かる。
まあそれはそれとしてその手の石を投げる行為は大義名分があると、これは正義の行いなのだと残酷にエスカレートしがちだ。
そんでもって精霊様って言うのは何物にも勝る大義名分だ。
だからね、ちょっとした事でもちゃんと伝えておいた方が良いと思ったのですよ。
別に精霊様は怒ってないよって。
もちろん私が皇翼とかいう厨二ちっくな役職を賜ったとしても、精霊様の言葉に私の勝手な想像を加えて語るのは許されない行為だろう。
ただ精霊様と直接会って話した感じ、これくらいは踏み込んでも良いと思うんだよね。
良きお姉さんのように接しているサニアさんとの良好な関係性や、あの口を開けば上から目線で説教を垂れ流す外道な殺人鬼への好意や信頼を考えれば、精霊様は顔色を窺われるよりもはっきりと自分の意見を伝えられることを好むのだろう。
加えて言えば、スノウさんの精霊様は愚かだという言葉もある。
あれは言葉通りの意味だけではないだろうが、たぶん言葉通りの意味も含まれている。
言葉を投げっぱなしで済ませる大らかなところもそうだが、あれこれ世話を焼かれて当然の方なので、細かいフォローを周りの人間がした方が良いのだろう。
そしてきっとスノウさんは影に日向に相当の苦労をしていたに違いない。
精霊様とは仲良くしておきたい。
夢の中ではもうやり合うしか無い様な真似をしてくれているけど、それも魔女様への決戦兵器であるケイさんが殺され、親父の呪いが解けず、妹には逃げられているのが原因だろう。
ケイさんも親父もいて神子の私もいる中、わざわざ事を荒立てるような人ではなさそうだ。
とはいえ力を合わせたところで魔女様に勝てる見込みは全くなく、精霊様が魔女様討伐を諦めるのは難しそうなので最終的には敵対する可能性は十分にある。
ただそれでも仲良くなっておけば情報は入るだろう。少なくとも何もわからず流されるままに敵対する事は無くなるはずだ。
そんな訳で精霊様とは仲良くしておきたい。
それもある程度は踏み込んだことを言い合える仲になっておきたい。
人に聞かれれば不信心だと責められて、ともすれば吊るされかねない上に、そもそも踏み込み方を間違えれば精霊様の不興を買うリスクもある。
それでもやるべきだろう。
******
防衛司令への説明がひと段落した辺りで馬鹿親父がやって来たました。なのでぐずる妹を宥めて騎士様に預けてから、ケイさんに合流した。
合流したら、いきなり喧嘩を売ってきた。
「いや、やりませんよ。何言ってるんですか馬鹿なんですか」
「は? 馬鹿って何よあんた」
紳士な私は平和的に暴力は良くないよと諭したのですが、野蛮人なケイさんは何故か怒りだしました。
とはいえ今は緊急事態で、優先するべき問題がある。
馬鹿親父は馬鹿なので魔女様に負けてからずっと暴れていたのだろう。もうグロッキーなので後で殴って大人しくさせよう。
今やるべきことは別だ。
「ちょっと失礼」
私はケイさんの手を取った。
戦闘の意志がないのが分かっているからだろう。ケイさんはつまらなそうにしつつも、嫌がったり避けたりする素振りを見せることも無かった。
(精霊様、今お時間よろしいでしょうか)
私はケイさんを通じて精霊様に呼びかける。
「……何でしょう」
程なく精霊様から返答がきた。
「報告を。緊急防衛はつつがなく終了しました。ジオの身柄もこれから拘束します。
追加のご指示はありますでしょうか」
「特には何も。ああ、ですが丁度良いですね。あなたの皇翼就任披露を祝した催しを行います。
具体的な話はギルドを介して通達されるでしょうが、心の準備をして置きなさい」
「あ、はい……」
色々と忙しいのにちょっと面倒臭いという思いが漏れてしまったのか、精霊様は言葉を重ねる。
「何事もない日々が続けば経済は先細りをしてしまいます。折に触れて催事を執り行う事も公人の務めです。
ジオの子であるあなたが式典を厭う気持ちも尊重はしますが、しかしあなたは賢い子だと聞いています。
この期待を裏切らぬように」
「あ、はい。もちろんです。
へへっ、お褒め頂き有難うございます。
そう言えば防衛司令――産業都市のカルネー騎士将補も喜ばれてましたよ。精霊様から優秀な軍人と評価されているとお伝えいたしましたら」
「うん?
そうですか。
……ああ、そう言う事ですか。
あなたも些事に拘りますね。害は無かったのだから良いでしょう。
私の見立てには誤りがありました。そしてその責を将補に求める事はありません。
それよりも一つ、忘れてはいませんか」
え、なんだろう。
わからない。わからないが、これを誤魔化すとややこしい事になりそうな気がする。
「失礼。思い当たる事はありません。教えて頂けますか」
「ここは公的な場ではなく、そしてこの会話を聞ける者はケイだけです」
それが答えだと精霊様は言った。
何を言っているのかわからないので、目の前のケイさんに目線で助けを求める。
ケイさんは口をパクパクと動かして、何事かを伝える。これは、呼び方、だろうか。
「ええと、アリア様とお呼びしてよろしいのでしょうか」
「私はそう言いました」
ああ、あれはあの時だけじゃなかったのか。
「はい。失礼いたしました、アリア様」
「よろしい。ではまた何かあれば連絡なさい。ロマンやワルンでは難しいでしょうが、ケイやジオであれば問題なく私と繋がるでしょう」
アリア様がそう言うと彼女との繋がりが消えた。
こっちから特に何かをした訳では無いので、彼女が自分の意志で念話的な繋がりを電話みたいな感じで切ったのだろう。
まあ他人の魔法を遮断するだけだから、出来て当たり前か。
でもアリア様は色々と便利な魔法知ってそうだな。
頼んだら教えてもらえないだろうか。
ケイさんの手を放しながらそんな事を思っていたら、そのケイさんが難しい顔で私を睨んでいた。
「あんた、どういうつもりよ」
「え? 何がですか」
「何がじゃないわよ。
報告にかこつけて精霊様に謝罪を求めるようなことをして」
ああ、防衛司令の事か。
謝罪を求めたわけでは無く、フォローをしたかっただけなんだけどな。
とは言えアリア様に釘を刺すような真似をしたんだから不敬罪もやむなしか。
「そうは言いますけど、ケイさんだって軍の対応は当然だと思ったでしょう。
精霊様は確かに特別なお方ですが、専門外の事で勘違いをする事もあるでしょう。そんなときにまで妄信的に追従することが正しい事ですか?」
「そんな事は言ってないでしょ。
私が言ってるのは、あんたが精霊様の行いを非難したことよ。
それも、もしかしたら軍が叱責をされるかも何て理由で」
私は肩をすくめた。
「でも、精霊様はそれを許してくれましたよ。呆れはしても不快には思わず。
それこそが答えなんじゃないんですかね。
私にはみんなが精霊様に期待をしすぎているように感じますよ」
「期待じゃない。信頼と、尊敬だ」
「同じ事でしょうよ。精霊様がすべて正しいという前提で動き、精霊様がすべて正しかったと辻褄を合わせる。
その歪さによって生まれる重責は、結局は精霊様の肩にのしかかるんです。
それは違うと声をかける事で、その重さのいくばくかを肩代わりできないかと、そう思うのです」
ケイさんは大きく息を吸い、そして吐いた。その吐息には燃えるような熱が込められていた。
「あんたの言葉を、今日ほど薄っぺらく感じた事は無い」
「では、どうしますか。一度だけなら見逃すというお約束でしたが」
「はっ。こんな口喧嘩で使う訳ないでしょ。
そもそもあんたの言う通り、精霊様はそれをお許しになられたんだから。
ただ私が気に入らないってだけなんだから」
ケイさんは拳を握り込んだ。
半ば冗談だった先の構えとは違い、応戦しなければ一方的に痛めつけると明確な意志が込められていた。
「あんたが本当は何を考えてるかなんてわからない。
あんたが皆のためにっていつも考えてるのは知ってる。
でもその行いに相応の覚悟がないのなら、上手くいけば儲けものなんて軽い気持ちなら――」
ケイさんはぎらついた目で私を見据える。
わかりきっている言葉の先を、私は促した。
「どうしますか」
「――その性根、叩きなおす」
******
平和を願い対話を望んでも、拳を振り上げられれば身を守るために抵抗せざるを得ません。ついでだから新技の実験台にしたいなんて思っていません。
悲しい現実に身も心も痛めながら、私はケイさんにボコボコにされました。
「……ふぅ、すっきり」
一方的に暴行を加えてきた犯罪者はそんな非人道的なことを口にしました。
私としては甚だ遺憾であると言わざるを得ません。
「そりゃあようございましたね」
「なによ、あんただって途中からノリノリだったじゃない」
ここしばらくのストレスが発散できたのだろう。ケイさんはご機嫌な様子でそう言った。
それに釣られて私も笑った。
まあなんだ。
この子には陰鬱な表情よりも、悩みのない笑顔が良く似合う。
平和主義者の私としては無意味な暴力とか嫌いなのだが、この笑顔のためなら少しぐらいは付き合ってもいい。
アリア様にちょっかいをかけていくのなら、これくらいの反発は可愛いものだ。
「あんたもたいがい頑固よね」
「そうですかね」
呆れた様子のケイさんにそう言って、私は地べたで寝てる馬鹿親父をとりあえず足蹴にした。
「さあ帰るぞ馬鹿親父、起きろー」
「……何で蹴ったのよ」
そこで親父が寝ていたからです。