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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 話し合いって大事だよね
414/459

406話 なに気持ちよく暴れとるんじゃい

 




「これが皇剣、これが特級か……」


 防衛司令はそう漏らした。

 防衛司令は前線に出ることのない将校であるが、軍人として最低限の戦闘訓練を経験している。

 だからこそ魔力を持つハンターと一般人の間にある明確な差を知っている。

 そして防衛司令として経験を積んでいるからこそ、人間以上の力を持つハンターと守護都市の戦士たちとの間にも隔絶とした差があることを理解している。

 そんな守護都市の中で中核を担う中級の戦士と比べて、上級の戦士は格が違うというのも知っている。


 だがこの光景は知らなかった。

 上級も超える特級を授けられる皇剣。

 だが皇剣はあくまで精霊様から竜と戦う力を授けられたにすぎず、持ちうる力そのものは上級とそう変わらないとも噂されていた。

 しかしモニターに映った景色は、探査魔法が伝えてくる戦局の変移は、その噂をはっきりと否定するものだった。


 一年前にはたった一人で産業都市陥落の危機が撥ね退けられた。

 その時にもこれが皇剣越えの力かと驚かされたが、今回はそれが三人。

 それぞれがたった一人でも魔物の大群を圧倒するだけの魔力を放っており、その力を証明する様に魔物の屍を積み上げて戦果を挙げていた。


 この戦いは勝った。

 当初は産業都市陥落すらちらついて不安と恐怖が防衛司令部に広まっていたが、皇剣たちの圧倒的な力を目にしてその緊張ははっきりと緩んでいた。


「さすがに我が国で最後の砦と言われるだけはある」


 満足気に防衛司令がそう口にしたところで、待っていた報告が届けられる。


「救援隊、皇翼セイジェンドに接触しました」


 上級の戦士を中心に編成した救援部隊がセージに合流したのだ。彼にはすぐに通信魔法を補助するイヤーセットが渡されるはずだ。


「そうか」


 防衛司令はこれまでの戦闘とは違う緊張で身を固くした。

 仕方のない事だったとはいえ、空を飛んでまで救援に駆け付けてくれたセージに軍は攻撃魔法を放っている。

 セージとは一年前の戦闘で――正確には戦闘で使った暴走供給の反動で――入院した折に話をする機会を持っていた。

 だから実害の無かった攻撃魔法で気分を害するような性分でないことは知っている。


 だがこの戦闘の間に、セージが精霊様から新たな称号である皇翼を賜った事、そしてこの救援が精霊様から直々に命じられた初陣であることが政庁都市から伝えられていた。

 つまり防衛司令は皇翼の大切な晴れ舞台にケチをつけたのだ。

 愛すべき精霊様への信仰からも防衛司令の胃はとてもとても締め付けられていた。

 そんな彼にかけられた第一声は――


「あ、どうも」


 ――とても軽いものだった。




 ******



 獣はひどく不機嫌だった。


 殺すと結界(かべ)へと追い立てていた獲物が全て狩り尽くされた。

 己を高めるはずの糧を奪われた。

 だから不機嫌だった。


 魔女の臭いの混じった魔力(しんりき)が発せられている。

 息子を殺したのは私だと挑発している。

 だから不機嫌だった。


 そこに集まっている奴らを殺せば己の力は確かと高まる。

 だから殺せと内より衝動が叫んでいる。

 だから不機嫌だった。


 殺せと。

 神の血肉(たましい)を取り込めと。

 獣の衝動は昂ぶり、ひどい頭痛に苛まれる。

 だから不機嫌だった。


 怒りと憎しみと迷いを抱えながら獣はそこにたどり着いた。

 全身を返り血で汚した獣は、魔女の血を色濃く引く娘の前に立った。



「何て顔してんのよ」


 娘は泣きそうな声でそう言った。

 そう言って手に持つ薙刀を大地に突き立てた。


「あんたが、そんな情けない奴だなんて思わなかった」


 そうして娘は空いた拳を握りこんで構える。

 今のお前を相手にするのに武器はいらないと、そう態度で示した。

 獣は雄たけびを上げ、手に持っていた刀を大地に突き立てた。

 獣の衝動はそれに反発する。

 刀を手に取れと、身体を切り裂き命を貪れと叫ぶ。

 そんな衝動に抗う獣に、容赦のない蹴りが叩き込まれた。


「ちょ、あんた」

「はっはーっ‼」


 獣ことジオをご機嫌に蹴り飛ばしたのはケイではなく、ロマンだった。


「お初にお目見えします竜殺しの英雄、あなたに憧れてスナイク家の門弟となり皇剣になりました。いざ尋常にど突き合い願い――」


 興奮した様子で言い募るロマンの顔面に容赦のない拳が叩き込まれる。

 殴り飛ばしたのはもちろんジオだ。


「え、ちょっと、ええ……」


 そのまま格闘戦を始める二人を尻目に、ケイは握り込んだ拳の行き場を失って途方に暮れた。

 そしてマリアとロマンが顔を合わせるたびにいがみ合っていたことを思い出し、納得した。

 そんな今はどうでもいい事を首を振って思考から追い出し、どうするべきかを悩む。


 ジオは聖域を生み、ロマンは魔力供給で対抗し互いに全力を出してはいるものの、己の肉体だけで戦っている。互いに強い闘志を放って入るものの、それは殺気ではない。つまりこれは喧嘩だ。

 だとすると割って入るわけにはいかない。

 だって一対一の喧嘩なのだから。


 仕方が無いのでケイはその場で体育座りをして、勝った方と戦おうと喧嘩の決着を待った。



 ******



 徒手にて最強と言われるロマンにしても、相手がジオであれば分は悪い。

 精霊エルアリアからの魔力供給を受ける事で聖域のデバフを跳ね返し、魔力量においても対等に戦えている。

 だが対等だからこそ、ジオの本領が発揮されていた。


 ジオは一年前の武闘祭においてセージに敗れ、カナンの分身には技量で後れを取った。

 だがそれはどちらも相手の技を受ける事に徹したという理由が大きい。


 鍛えられた長身と人の限界を超えた魔力量を誇るジオにとって、相手の技を受けて的確に返す守りの戦闘は不得手ではない。

 だがそれはジオが道場で生徒を持つようになってから習熟したもので指導を目的としたものであって、現役時代に身に付けた敵を倒すための戦闘スタイルではない。


 ジオは神の血に導かれた多くの試練――あるいは災い――を潜り抜けてきた。

 実績だけで言えばセージよりも大人しいものだが、加護と人格を事前に備えられていないことを加味すればその苦難は決して劣るものでは無い。

 幼く力のないジオが多くの試練から生き延びるために得た技は、戦術は、守りを考える余裕などない攻めに特化したものだった。



 無数の乱打がロマンを襲う。

 一発一発が重く、一発一発に必倒必殺の強い意志が込められている。

 格闘戦を得意とするロマンはその一つ一つを弾き、防ぎ、ときに掴みかかろうとするが上手くはいかない。

 全てをまともに食らっているわけではないが、全てまともに防ぎきれていない。


 魔力量で互角であるなら速度も力も同等となる。

 そうであるのに一方的に攻め立てられて反撃のきっかけがつかめない。

 一度でも綺麗に受け流せれば、一度でも正面から受け止められれば、一度でもしっかりとどこかを掴めればそこから反撃に転じられるというのに、そのきっかけを作らせてもらえない。


 ロマンは爆裂の魔法やフットワークで仕切り直しを何度も図っているが、ジオは意に介さず間合いを詰めてくる。

 こうまで一方的にやられた経験はロマンには数える程度しかないし、魔力量で対等の相手に限れば初めての経験だ。


「さすが最強、さすがジオ様です。」


 喜びと痛みに打ち震えながらロマンは極限の集中状態(ゾーン)へと突入する。

 荒野であるための周辺への警戒はもとより、ケイやセージたち、そして管制にも意識を裂いて戦闘をしていた。

 だがそんな余分なモノを抱えていてはこのまま一方的に何も出来ずにやられて終わってしまう。

 だからロマンはそれらの情報を削ぎ落し、目の前のジオにだけ専心をしたのだ。


 その結果、ジオの一方的な攻勢は終わりを告げ、互いの拳が交差するようになった。

 格闘戦を得意とするだけあって、拳での戦技はわずかながらにロマンが勝っている。

 だがそうではない部分でロマンは未だ劣勢に立たされている。

 その原因に、ゾーンに至る事でロマンは気づくことが出来た。


 ジオはロマンの動きをほぼ完璧に予知している。

 ジオの生み出している聖域とは、願望をかなえる小世界の構築である。その世界に入り込む他者(いぶつ)を否定する圧力に目を向けられがちだが、聖域の力はそれだけではない。

 自らの小世界を把握し理解する情報収得能力は、セージの持っていた仮神の瞳にも近しい性能を有していた。


 ゾーンに入った事でロマンの動きを感情の変化から見通すことはできない。

 だがジオにはセージには無い豊富な戦闘経験がある。

 感情の先走りは見えなくとも、筋肉の微細な予備動作から事前にどのような動きをするか正確に予知し、動き出しの速度でもってロマンの上を行っていた。


 だが前述のとおり無手の格闘技術ではわずかながらロマンに軍配が上がり、ゾーンに入りジオの強さの種を感じ取った事でロマンも最適な動きに切り替える。

 フェイントは使わない。

 駆け引きは使わない。

 攻めだけに意識を向ける。


 殴り合えるようになったとはいえ、それは互角のものとは言えない。

 殴られる回数も芯に響く回数もロマンの方が多い。このままではじり貧なのだ。

 守りに入っても先が読まれるのなら逆転の手は確実に潰される。耐えたところで先が無い。

 だからこそまだ余力のあるうちに攻めに専念する。


 殴られる回数は増えるが、ロマンの拳が届く回数も増える。

 後はジオが倒れるまで絶対に倒れないと根性を見せるだけだ。



 ******



 脳筋のロマンと脳筋のジオが真っ向から殴り合うのを、ケイはじっとりとした湿度の高い目つきで睨んでいた。


 見るべきものは見ている。

 二人の格闘技術はケイを凌ぐものだ。それを間近で見る事は大きな勉強になる。

 そして高い技術を持ちながらも足を止め策も弄さず正面から殴り合っているのを見れば、胸は熱くなる。


 だがどうしてもこうも思うのだ。

 私がやりたかったと。

 そしてこれが終わった後、ジオには自分と戦うだけの余力は残されていないだろうと。


 二人の戦いは変わらずジオの優勢で進んでいる。

 だがジオが痛手を負っていないわけではない。

 それにジオはきっとあの日からずっと荒野で武者修行を続けていたのだろう、寝食を忘れ、正気を失うほどに魔物を狩り続けていたのだろう。

 ジオの精神は極限まで研ぎ澄まされていたが、それは切れ味の代償に耐久性を失った剣の様なものだ。

 いつぽっきりと折れてもおかしくないほどに摩耗しているのを、ケイは見抜いていた。


 そもそも正面からの殴り合いはロマンが求めたものであって、それにジオが付き合う理由はないのだ。

 足を使い、フェイントを織り交ぜてかく乱すれば、聖域の恩恵をより効果的に受けられるだろう。

 そうしなかったのは単純にその余力が無かったから。

 時間をかけ丁寧に戦うだけの心身の余力が、今のジオには無いのだ。


 ロマンとの戦いはジオが勝つだろう。だがその後に挑んだところで消化試合だ。

 あるいは試合をする事も出来ずにジオは倒れるかもしれない。

 ケイの中で生まれた昂ぶりには行き場が無い。

 下手に遠慮などせず、ロマンを殴り飛ばして自分が喧嘩すればよかったとケイは後悔すらしていた。


 二人の戦いを観察しながら不埒なことを考えるケイに、光明となる声がかけられた。



「なに不貞腐れた顔してるんですか」



 声の主はセージだった。


「よし、やるわよセージ」


 ケイは意気揚々と拳を握りこんでファイティングポーズをとった。


「いや、やりませんよ。何言ってるんですか馬鹿なんですか」


 呆れた様子でセージはそう言った。



 ******



「皇剣ジオレインと皇剣ロマンとの戦闘終了、両者その場に倒れました。

 同時に皇剣ケイと皇翼セイジェンド、戦闘を開始しました」


 上げられてきた報告に、防衛司令は胃では無く頭が痛くなった。


「そうか」


 何とかひねり出したのはそんな言葉だけ。

 セージとの会話で今回の第一級緊急防衛戦はジオが荒野で武者修行をした余波だと知らされた。

 そしてセージたちは産業都市の救援と同時に、馬鹿な騒動(※セージ談)を起こしたジオを引き取りに来たのだという。

 まさかそんなとは思ったものの、その話をしているうちに事の起こりである竜の魔力反応を発するジオを管制室も捕捉した。

 セージの説明はどうやらすべて本当の事だったらしい。


 またセージは過剰対応ともとられかねない対空攻撃も問題視はせず、良い絵が取れたと思いますとジョークを口にした。

 あるいはそれはジョークではなく、ジョークにしかならないような対空防衛能力しかないのかと揶揄されたのかもしれない。

 その懸念もあって言い訳を口にしたところ、セージは精霊様も優秀な防衛体制であると認めている。そして魔力反応の確認よりもまず何より防衛のための迎撃を優先させるのは当然だと皇剣ケイも保証したと、重ねてフォローした。


 防衛司令の懸念は全て解決して、そして何とも言えない気持ちで満たされていた。

 緊張の糸が切れたのもあるが、それ以上に何というかとても馬鹿馬鹿しいものに巻き込まれた気分だった。


 何故魔物を退けた後で皇剣同士が戦闘を始めるのか。

 彼らからすればこの戦闘はただのお遊びなのか。

 そしてなぜセージとケイは戦闘を始めたのか。

 本当に訳が分からなかった。


「これが皇剣。これが、特級かぁ……」


 防衛司令はしみじみと呟いた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 話し合い(物理)で解決! >>「これが皇剣。これが、特級かぁ……」 さすが防衛司令官殿、難しく考える事を放棄して自分の心と胃を防衛した! 後は見たままを報告して酒飲んで忘れようね!
[良い点] 草 今話のデス子様に導かれては  ・え、ちょっと、ええ……  ・これが皇剣。これが、特級かぁ……  ・なに気持ちよく暴れとるんじゃい の3本でお送りいたしました。 [一言] 待って。 名…
[一言] 常識人枠の人は大体可哀想な目にあってる!あなたの不幸で酒が美味い。
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