405話 なんでみんな喧嘩腰なんだろう
「ねえ、アニキは何やってるの」
「うん?
……なんだろう。働いてるアピールかなぁ」
妹に問われたが、具体的に何をやっているかの説明は難しい。
魔法は自前の魔力で大気中の魔力を活性化させ、大掛かりな不可思議現象を引き起こすことができる。
ただ荒野には魔力障害が常時発生しており、大気中の魔力が使い辛い。
以前はデス子から貰ったチート魔力感知があったので、正直なところ魔力障害と言われても、そんなのあるんだよく分からないけど大変なんだねぐらいの他人事みたいな感覚だった。
というか私には何の障害にもなっていなかったので、他人事だった。
だが今は違う。
一応、過去の経験から荒野の扱い辛い魔力を正しく効率よく使うノウハウは持っている。
だがそれでもおおよその魔力分布を把握する必要があるので探査魔法を常時起動しなければいけないし、探査魔法で見えるものはやはりチート魔力感知と比較すればはっきりと劣る。
そんな訳で演出過多なフェニックスストライク(笑)の燃費はかなり悪くなってしまった。
なので今現在、安全な場所で休憩して魔力回復に努めている。
ただ精霊様から派手に頑張れとオーダーされたのを忘れたわけではない。忘れたことにしたいのだが、そうなるとケイさんが割と真面目に怖い。
最初の一撃で十分派手だったとは思うが、それ以降何もしないとなるとやはり印象は悪いだろう。
個人的な優先事項は魔物を退治した後にあるのだが、そっちは戦闘にならないかもしれないので回復させた魔力が無駄になる可能性は低くない。
それに戦闘になったとして精霊様のオーダーをかなえることは出来るかもしれないが、ただの親子喧嘩で僕たちはこんなに強いんだと実力を見せても、ただの恥ずかしい親子認定されそうだ。
親父だけならばともかく、理知的な私がそんな扱いを受けるのは避けたいところである。
そんな訳で皇剣様二人が頑張っているのに適度に茶々を入れて、私も対魔物戦を最後まで頑張りました手伝いましたアピールをしようと思うのだ。
もちろんそのために魔力の使用を最低限に抑えるのは忘れない。
「ケイさんの魔力は荒野の魔力より使いやすいから、省エネになるかなって」
人間が発する魔力は大気中の魔力に比べて感情に左右されるため変動の幅が大きい。そんな魔力を利用するのはあまり一般的ではない。
とはいえケイさんとは何のかんので付き合いも長いし、殺し合いもした仲だ。発する魔力の雰囲気と言うか空気感はだいたいなんとなく分かる。
エルフの門番さんに試した事に比べれば、そこまで正確に状態を把握する必要もないし、何をやろうとしているかが分かればケイさんの方でも合わせてくれるかもしれないし、たぶんいけるだろう。
少なくとも発動した魔法を乗っ取るとかよりはよほど簡単だ。あっちはチート魔力感知が無いと絶対に無理だ。
「他人の魔力なのに?」
「そこはまあ、姉弟の絆かな」
半ば一方的に利用させてもらう形だけど、ケイさんだし別にいいだろう。ちなみに事前に言っておくと嫌がられそうなので言わなかった。
そんな事をつらつら思っていたら妹が頭をぐりぐりと押し付けてきた。
これは撫でろのサインだが、今の私は手ごろな岩に腰かけて地面に突き立てた豪華剣に両手を添えている状態だ。
頑張ってるアピールと魔力回復を両立するためには使う魔力を可能な限り抑えなければならず、この特別仕様の豪華剣の力も必要なのだ。
「今は忙しいからちょっと待って」
「ぅぅ~~」
妹はそんな私の腹に唸りをあげながら頭をねじ込んでくる。
防護層で耐えると反動で妹が怪我をするのでシンプルに腹筋で耐えているのだが、地味に痛い。
妹は割と遠慮なく魔力を出しているし……。
いや、妹は身体活性で肉体の強化はしていないから、あくまでお腹に力を入れれば耐えられるんだけどね。
……ん?
じゃあ何で魔力を出しているんだと考えて、答えに思い至った。
「ああ、もしかして自分の魔力も使えって事?
いや、口で言ってよ。
それに妹も体悪いんだから無理しないで――って、痛っ。痛い。叩かないで。
人の魔力使うのは難しいんだって。妹を経由してケイさんのを操るなんて無理だよ」
そう宥めても妹の機嫌(物理)は酷くなるばかりでこちらの言い分を聞き入れてくれない。
言い訳しないでいいからやれという意味だろう。
そろそろ魔法行使の集中に悪影響が出るレベルで痛い。
いや、戦闘中とかなら腕や首が斬り飛ばされても集中を維持できるんだけど、こんなだらけた状態でそれは無理よ。
そんな訳で駄々っ子な妹に納得してもらうために、一応試すだけ試しておく。
私の魔力で妹が漏らしている魔力を活性化させ、豪華剣へと注ぎ込む。
成功。
まあケイさんよりもよっぽど付き合い長いし、ここは当然できるよね。
そして注ぎ込んだ魔力で豪華剣に記憶されている魔法式を起動。そのままだと効率が悪いので妹の魔力と魔法式の相性に合わせて微調整。
成功。
まあ魔法制御には自信があるから、これくらいは当然できるよね。
改めて探査魔法を展開して元気にハッスルしているケイさんを確認。
精霊様から供給された魔力を盛大にまき散らしているのでそれを再利用するべく干渉。
成功。
……うん。
いや、うん。
何事もやってみれば、意外とできちゃうもんだよね。
ほら、妹とケイさんは異母姉妹の神子で割とそこそこ似たような魔力だし。
「どやぁ」
私の腹筋改め、腹に埋まった妹がご満悦な吐息を漏らす。
誰だよ妹に変なスラング教えたの。
私だよ。
「ありがとう、でも無理しないでね」
こうして直接触れ合っているからわかるが、妹の体内魔力はかなり乱れているし、残量もかなり少ない。
私やケイさんが暴走供給を使った時ほどではないけれど、それでもずいぶん無理をして魔力回路を酷使したようだった。
身体活性をするわけではなく、ただ体内魔力を外に出すだけならば今の状態を悪化させる事は無いだろう。もしそうなら気絶させてでも止める。
とはいえそれは悪化しないというだけで、今現在の体調の悪さが続いて行くという事でもある。
妹の表情こそご満悦なものの、流れている汗は冷たい。
妹の体調を考えるなら止めた方が良い。
「止めないからね」
妹が私の膝を枕にして、しっかりと目を合わせてそう言った。
「……わかった。もう少しだけ頑張ってね」
「うん」
やばそうなら無理やり止め――あいたっ、なんで叩くの⁉
◆◆◆◆◆◆
「あいつ、これがやりたかったのね」
自身が発した魔力に干渉する気配を感じて、ケイはセージの目論見を理解する。
「でも、セージの魔力じゃない。
……これは、セルビア?」
他人の魔力を利用するなんてそうそうできる事ではない。
というか、普通は無理だ。ケイの常識では少なくともそうだ。
だがセージが普通でないことなど今更確認するような事でもない。
他者の魔力と交わることで劇的に効果を高める小さな奇跡と呼ばれる現象がある。だがそれはよほど気の合う二人が同じ目的のために息を合わせたときに偶発的に起こるもので、小さな奇跡とまで呼ばれている。
軍では連携魔法の訓練もやるが、それにしたって相手の魔力と干渉し互いの魔法の質を落とさないためのものであって、奇跡の習得が目的ではない。
しかしセージは軍が現実的ではないと習得を諦めさせている技を、意識的にやっている。
それもケイとだけでなく、間にセルビアを挟み三人の魔力を親和させて相乗効果を発生させている。
「あいつ本当に何でも有りになってきてるわね」
上空ではケイの魔力を下地にして大規模な魔法が発動待機している。
魔物の軍勢が迫ってくればそれはすぐさま牙をむくだろう。
ともすればセージがライオンファングに全力を込めたフェニックスストライクと同等の殲滅魔法となるかもしれない。
それだけの魔法を、他人の魔力を使って作り上げている。
「……ふぅ」
ケイは深く息を吸い、深く息を吐き出して気持ちを整える。
セージが特別なことも、セージにしかできない特別な技がある事も、今更驚くような事じゃあない。
彼女には備えなければいけない厄災が待っている
ケイの眼前には魔物の骸が横たわっている。
セージの一撃がそうであったように、ケイの全力の一撃も津波のように押し寄せていた魔物の進軍に、一時の間を作っていた。
それでもまだ、押し寄せてくる魔物は尽きない。
精霊エルアリアからの魔力供給を受けそれを惜しみなく発する皇剣の、ケイの威圧は人の限界を超えており、特級の名にふさわしく竜にも迫るものがある。
そんな彼女を――正確には彼女の背にある産業都市を――めがけて、魔物がやって来る。
「ロードがいるわけでもないのに、強い魔物がいるわけでもないのに……」
遠くから迫って来る魔物を眺めながらケイは呟いた。
多種多様な魔物が命を捨てる有様で襲い掛かって来るのは話に聞く竜の襲来を思い起こさせる。
ただ話と少し違うのは、魔物たちから発せられているのが決死の覚悟では無く、恐怖である事だ。
正面を守るのはケイ。
左右は砲弾が潰し、ロマンが控え、さらに上空には上級の魔法がいくつも発動待機している。
中級以下の魔物たちにこれを抜くことなど出来はしない。
間違いなく死ぬというのに、彼らは死よりも恐ろしい何かに駆られていた。
「ふん」
それが面白くなくて、ケイは鼻を鳴らした。
「あんたも感じてるんでしょ。
あんたも、見たんでしょ。
私はここにいる。
さっさと来なさいよ、ジオ。
私は息子の仇なんだから」
ケイの闘志に応えるように、魔物の軍勢のまだ遠く奥より迫って来る獣が、悲しみと憎しみの魔力をあげる。
それに鼓舞されたかのように、あるいはそれを恐れるかのように、魔物たちは進軍速度を上げる。
ケイが、ロマンが、砲弾とセージの魔法が第三波を蹂躙して、そうしてその獣は姿を現した。