399話 知りたくもなかったご先祖様の秘密
大まかに話したいことは話し終えたとの事で、アリア様と一緒にケイさんたちと合流する。
「あーちゃん、お話は終わったの? お疲れ様、頑張ったね」
「ふっ」
姿を見せたとたん立ち上がり敬礼するケイさんとはまるで異なり、妹を出迎える姉のような態度でサニア様はアリア様を出迎え、そしてアリア様もそれを受け入れていた。
「ケイ、そしてサニア、セイジェンドはこれより我が翼、皇翼とします。付与する権限は皇剣に準ずるものとしますが、詳細は追って決める事になるでしょう。
差し当たってあなた方は対等の相手と認めなさい」
「了解しました」
「はい」
ケイさんは再び敬礼し、サニア様は小さく拍手しておめでとうと私に声をかけた。
「ありがとうございます」
「……? あんまり嬉しそうじゃないね」
顔に出したつもりはないのだが、サニア様はそう言った。
おっとりとした態度に騙されてしまうが、この人はあのスノウさんの奥さんだもんな。取り繕った言葉くらい見破ってくるか。
「そんな事はありませんよ。ただ緊張が続いていましたので、少し疲れてしまったのかもしれません」
「……緊張?」
アリア様が小さく零したが、私もちゃんと緊張はしていましたよ。たぶん。
「それではセイジェンド、何か望みはありますか?
皇剣となった者へ就任祝いとして望みをかなえる事にしています」
「あ、そうなんですか」
「ええ。
ラウドがあなたに譲った剣は、かつて私がラウドに授けたものです」
え、つまりラウドさんは精霊様からのお祝いの剣を私にくれたの?
それはものすごく不敬になるんじゃあ……いや、ラウドさんも当のアリア様も気にしてる素振りが無いから問題ないんだろうけど、でも――
「――あの、私が持っていて良いのでしょうか」
「構いません。ラウドからそのように嘆願されました。
あなたには魔女を倒せる可能性があると。それが私の心を害する行いであったならば、どのような罰も受けると」
「えっと、出来れば、罰しないでいただけると助かるのですが……」
だってそんなに大事なものだなんて思って受け取ってないよ。受け取らないとラウドさんの気が済まないだろうから、半ば借りておくかくらいの気持ちだったよ。
あと魔女様を倒せる可能性とか皆無だよ。そんな事を期待されるならむしろ受け取りたくなかったよ。
いや、今更いらないとか言うとアリア様とラウドさんの両方のメンツをつぶすから絶対に言わないし、実際すごく強い武器だから貰えるなら助かるけど。
「彼自身は魔女に敗れたことも含めて罰を望んでいましたが、それを叶える事は私の本意ではありません。
加えてスナイク家が揺れる今、彼を罰すればさらなる混乱を招くでしょう。
彼には何も与えず、屈辱に耐える事を罰としました」
「ああ、それは良かった……良かったって事も無いですけど、まあ罰せられないならそれに越した事は無いですよね」
ラウドさんはスノウさんの事もあってだいぶんメンタルやられてそうだけど、まあたぶん大丈夫だろう。
まあそれはさて置き、アリア様へのお願いか。
巨万の富をくれとか言っても空気読めてない人にしかならないよね。
ルヴィアさんに貰ったお金で借金が無くなるどころか莫大な貯金が出来るから、そもそもお金が欲しい訳でもないけど。
アリア様こと精霊様と言えばこの国の絶対的盟主だ。そんな彼女が褒美として願いを叶えてくれるという。
そうなればまあ、一般的にはどんな願いでも叶えてくれそうなイメージがある。
……ギャルのパンティもとい、アリア様のパンティをおくれとかか?
これもいらないんだけど、例え冗談だと分かってもらえたとしても口にした次の瞬間にはケイさんに首を撥ねられそうだな。
そもそもこの状況で受けるネタでもないので、やる価値は無いな。
しかし別に欲しいモノとかないんだよな。
「ケイさんは何をお願いしたんですか」
いつまでも黙って考え込んで偉い人を待たせるのも気が咎めるので、ケイさんに話題を振ってみた。
「……私? 思いつかなかったから、保留した。
ただ、その、今まで……」
忘れてたんですね、わかります。
これはケイさんが脳筋なせいというだけではなく――脳筋じゃないって思ったんです怖い目で睨まないでください――アリア様が普段から使っている魔法の力も影響してるんだろうな。
こうして会っている間しかアリア様の事を覚えていられないから、お願い事があったら聞くよって話があったこと自体も忘れてしまうのだろう。
まあそれはそれとして、そう言う事なら私も保留でいいかな。
でもまあもうちょっと真剣に考えてるアピールはしておきますか。
「他の皇剣の方がどんなお願いをされたかとか、聞く事は出来ますか」
「私はあーちゃんって呼ばせてって、お願いしたよ」
「ああ、それでなんですね」
私が納得しましたと相槌を打つと、アリア様が格好良く笑った。
「ふっ。他愛ない願いですから、他に何か願っても良いのですよ」
「じゃあ普段からちゃんと服を着て、ご飯もちゃんと食べて」
「そのような他愛ない願いしか思いつかないのであれば、意味はありませんね。先ほどの言葉は取り消します」
アリア様は秒で前言を取り消した。
この二人は本当に姉妹のように仲がいいんだな。
「似たような願いならばロマンでしょうね。名と姓を変える許可を私に求めました。
それだけであれば役場で手続きをすれば済む話ですが、聞けば彼女は過去との決別を願っていましたので彼女の過去の経歴を抹消し、私から新たな家名を与えました。
逆に大がかりなもので言えばカナンに頼まれた身請け仲介の禁止でしょうね」
「身請け仲介、ですか」
聞き覚えのない言葉で、見ればケイさんとサニア様も顔に疑問符を浮かべている。
「ええ。もう100年近く昔の話になりますが、あなた方が推し進めているように孤児を引き取り、教育を受けさせる制度は過去にもありました。
ですがそれは事実上の人身売買であり、生活に不自由をしていない一般的な家庭の幼子が攫われ売り払われるという事件も起きていました。
そしてあなた方とは違い、売られた子供が人道的に扱われる事は無かったと聞きます。
カナンもシャルマー家に売られた子の一人でしたね。同じように買われた兄弟同然の子供たちが毎日のように死んでは補充される、地獄のような幼少期を送ったという話です」
きっつ。
カナンさんも苦労してたんだな。
「無論、私とて放置していたわけではありません。ですが孤児の保護も教育も、好き好んで行うものはとても少ない。命を出して予算を組んでも、体裁を整え補助金を懐に入れる者のなんと多い事か。
人身売買は確かに悪ではありましたが、路上で飢え死にする子供を確かに救っていたのです」
それはつまり、身請け仲介を禁止した後にそんな子供たちの亡骸が増えるのを見てきたって事か。
酷い話だ。
「ああ、もしかしてシエスタさんを危険視した理由にもなっていますか」
「ええ、理由の一つにはなっていますね。
法の穴を突き、金ではなく暴力で行き場のない子供たちを集め、独自の教育を与える。
子供の集め方はともかく、実際に保護した子供たちへの教育やその後の待遇には問題はありませんでしたが、今後もそうであるという保証はありませんでしたからね。
もちろん今は危険視などしていませんよ」
喧嘩売る気は無いからちゃんとわかってよねという心の声が聞こえてきた気がしたが、たぶんそんなに間違っていない。
ともあれ話を戻すと、私の願いの参考にはなりそうにない。
家族と縁を切るとか今生でやる意味は今のところないし、政治に対する不満も別にない。あーちゃん呼びはやってみたくもあるが、下手をするとケイさんに首を撥ねられそうなので自重する。
ああでもそう言えばちょっと聞いておきたいことがあったのを思い出した。
「そうですね。それじゃあお願いなんですが――」
私がそう言うと、アリア様が僅かに緊張して身構える。
私は馬鹿親父と違って空気の読める人間なので、無茶なお願いとかしませんよ。
「――父が今何をしてるか教えてもらえますか。できればそろそろ帰って来いと伝言もして頂けると助かります」
「……そのようなことで良いのですか?
ああ、構いません。ジオであれば荒野ですね。鬼気迫る形相で上級の魔物を探しては狩っています。
少し待ちなさい」
アリア様の視線が虚空に向く。
僅かな時間を挟んで、その焦点は私に戻った。
「……聞く耳を持ちませんね。
強制的に帰らせましょうか?」
「いえ、父の事ですから意地を張って抵抗するでしょう。お手を煩わせては恐縮ですので、後程直接声をかけてきます」
「良いでしょう。彼はちょうど産業都市の先にいます。詳しい場所は追ってケイに知らせます。共に行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
私がそう答え、未だに緊張がほぐれないケイさんは黙って敬礼を返す。
「ケイさんは良いんですか?」
「え?」
「折角の機会なんですから、保留してたお願いを聞いてもらったらよろしいのでは?」
ここを出たらまた忘れてしまいそうだし。
ケイさんは目を白黒させて私とアリア様の間で視線を交互させる。
「願いがあるのならば言いなさい。もちろん決まっていないものを今すぐ決めろという意味ではありません」
「ああ、いえ、その、私からも質問をよろしいでしょうか」
「ええ。答えられる限り、答えましょう」
ケイさんはそう言われて尚、迷っているようだった。
「その、気を悪くされるのでしたら、お答えを求めるつもりはないのですが――」
「早く言いなさい」
「――はい。その、セージとの関係について、教えて頂けませんか」
私とアリア様は何を言っているんだという思いを表情に乗せて、顔を見合わせた。
私の目には私そっくりの、しかし少しばかり女性的な顔が映っている。
アリア様の目にも似たようなものが映っているだろう。
「そっくりだもんね、二人とも」
「そうですか?」
サニア様の言葉にアリア様は首をかしげるが、それこそ姉弟と言われても信じられるくらいには似ていると思う。
私はその理由を知っているが、ケイさんが知っているはずもないもんなぁ。
吹聴するような話では無かったから教えるつもりはなかったが、大した秘密でもないので折角のお願い権を無駄にさせてしまった感はある。
「少々繊細な問題ではありますが、セイジェンドはエルシール家で何か聞いていますか」
そう尋ねられて、少し考える。
まあエルシール家の株が下がったところで私には関係ないかと思い、正直に話すことにした。
「エルシール家の初代当主様が至宝の君であり、精霊様と良く似た方だったと。もっと言えば、母ルヴィアが生き写しのようであったと」
「ああ、確かに彼女は似ていますね」
「その初代様はあーちゃんの妹だったんだよね。
……あれ?
娘だったっけ?」
サニア様は既に聞いていたようでそう合いの手を入れたが、アリア様は難しい顔でそれを否定した。
「いえ、説明が難しいのでそう言いましたが、それは正しくありません。
そうですね。
おそらく精霊イグはあなた達に良からぬことを吹き込むでしょうから、事前に教えておきましょう」
アリア様はそう前置きして話し始めた。
「精霊イグが私を人形姫と呼んだように、私は人間ではなく作られた人形が土地神となったものです。
もっとも人形と言ってもあなた方が想像するものとは違い、自ら考え行動できる、人間に近しい人形です。
魔法の使えなかった人々に代わって魔法を行使する生体人形。アリアとは製作者が私に与えた通称ですね。
私は神々の争いに巻き込まれる形でこの世界に堕ちてきましたが、その際には私を作り出したラボも共に墜ちてきたのです。
ラボは無人でスタッフはみな消えていましたが、施設自体は生きていました。
作られた私に正しい知識や技術はありませんでしたが、それでも試行錯誤を繰り返し、いくつかの生体人形もどきを作り出しました」
「もどき、ですか」
ケイさんとサニア様は話について来れていないようだが、今はより正確な事を聞いておきたい。
二人を置いてきぼりにする事にはなるものの、詳しい説明を求めた。
「この世界の物理法則は私がいた世界のものと違うのでしょう。作り出した人形には私のように自立稼働する機能はありませんでした。
時が流れるうちにラボの機能は完全に失われ、作り出したもどきも朽ちていきました。
当時の商業都市に派遣したのは、保存できていた最後の一体ですね。
当時は内乱で国が荒れ、私が政庁都市から離れる事は叶わず、至宝の君という役割も出来ていませんでした。
契約について無知だった私には彼女――ロクバンは、初めての依り代としては都合の良い素体でした」
つまりダイアンさんが言っていたように依り代となったから廃人になったんじゃなくて、最初から廃人みたいなものだったって事か。
……あれ?
でもそのロクバンとかいう酷い名前を付けられた至宝の君はエルシール家の初代当主様で、その後の当主様は直系の血筋だったよな。
「私は内乱を鎮めた後、その、しばらく思索に耽っていました。素体の廃棄を命じたつもりだったのですが、気が付けば子が生まれ、一つの名家を興していました」
んんっ、気まずいっ‼
いや、別にご先祖様が特殊な性癖を持っていたとしても全然構わないけど、なんか気まずい。
「男の人って、勝手だよね」
「その、私には何とも」
生体人形のくだりでは全然話を理解して無かった二人が、このセンシティブな内容についてはしっかり理解している。アリア様が割とぼかして話してくれているのにもかかわらずだ。
「残念ながら、あまり浮ついた話ではないのです。
私が話を聞きその場を訪れると、ロクバンの夫となったものが泣きながら自害をしてしまい、詳細は何も聞けませんでした。
そうなってしまえば私としても放置は出来ませんでした。そのためエルシール家を立て直すまではロクバンの体で支援をしましたね」
んんっ、迷惑っ‼
いや、もう本当に悲劇としか言えない事にこんな感想は失礼極まりないけど、ただただ迷惑。
たぶんアリア様と同じ姿をしていたロクバンさんに懸想したそのご先祖様は、その、何の反応もしない彼女にやることをやって、その事がアリア様に見つかって、いてもたってもいられず自殺したのだろう。
そしてそのせいで正確な情報が子孫に伝わらず、ダイアンさんが変な誤解をしているのだろう。
これはあれかな、重度のマザコンの人が母親そっくりのダッチワイフで致しているところを母親に見られたみたいな心境だったのかな。
全然共感できないけど、可哀想と言えば可哀想な最期だよなぁ。
正直そんな理由で死なないで欲しいんだけど、アリア様からすれば顔見知りの死だろうから、茶化す事も出来ないのが地味に困る。
似たような事を思っているのか、ケイさんとサニア様が何とも言えない顔で私を見ている。
ケイさんはあれだな、こんなことを聞いちゃってごめんって顔だな。
別にご先祖様がこじらせた変態でも私は変態ではないからね。
「ですが意義もありました。
生体人形は本来人との間に子は儲けられないはずなのですが、この世界ではそうではありませんでした。私自身で試したわけではありませんが、おそらく可能性はあるでしょう。
そしてもう一つの収穫は、ロクバンが自我を得たことです。
魂や魔力もわずかではありますが確認できました。
性交渉には何かしらの奇跡を引き起こす力があったのです」
「あ、はい、そうですか。
じゃあまあそろそろこの話はこの辺で終わっておきましょう」
「そうですか?」
私が話を変えようと提案すると、アリア様はサニア様とケイさんの顔色を見て、微妙な空気を感じ取ったようだった。
アリア様は咳払いをした。
「とにかく、ロクバンの素材はあり合わせのものでしたので私と遺伝子的な繋がりはありませんが、外見に関しては私と同じ設定を使っています。
その外見的特徴が血筋として受け継がれたのでしょうね。
ロクバンの制作者が私なのですから、血の繋がりこそなくとも私の子孫と言っても間違いでは無いでしょう。
それで答えになりますか」
最後のはケイさんに向けられた言葉だ。
ケイさんはしっかりと頷いた。
「はい、お答えいただきありがとうございました」
かくしてケイさんは私の血統にまつわる重大な秘密を知ったのである。
別に何の価値も無かった気はするしどちらかと言えば恥ずかしい話なのだが、まあ私もケイさんの出生の秘密と言うかスキャンダルを知っているわけだから、お互い様になって良かったってところだろう。
何が良いのか全く分からないが、とりあえず良かったとしておこう。