395話 ご対面
朝から走って、二時間ほどかけて政庁都市にたどり着きました。
もっと早くたどり着くことは出来たのだけど、緊急の呼び出しという訳でもないので音速で走って街道やその周辺に甚大な被害とか出すわけにもいかないのです。
というかそれをやると国道を使ってる人たちが吹っ飛んで死人とか出てしまうので、やってはいけない。
もしやるとしたら迷惑をかけないよう空を走るのだが、空を飛んだり走ったりするのは法律で規制されているので、やっぱり緊急事態でもなければやる事は無い。
政庁都市に入ってまずやった事と言えば、お風呂です。
全速力ではないとはいえ、二時間も走れば汗もかくし土や泥撥ねでズボンや靴も汚れている。
そんな訳でケイさんの紹介で立派なホテルに入りまして、大浴場を貸し切りで使わせてもらいました。
もちろん男湯で、ケイさんとは別です。
精霊様をお待たせしているので、のんびり湯船につかるつもりはなかったのだが、略式でも謁見には色々と準備があるらしく時間を潰す意味でものんびりさせてもらった。
温泉を引いているのか入浴剤を使っているのかはわからないが、いい匂いのするお湯にしばらく浸かって、そろそろいいかなと思って出るとまだ準備が終わっていないのですとスタッフさんに謝られた。
謝らなくていいですよーとお断りを告げてから、バスローブを着てマッサージチェアでうたた寝して時間を潰す。
しばらくしたら準備が整ったという事で案内されて、立派な礼服を上から下まで一式揃えていただきました。
さすがに普段着で精霊様にお会いするのは不敬だという事で、準備してもらったのだ。
「急ぎという事であり合わせのものになってしまいました事をお許しください」
サイズぴったりのそれに着替えると、ホテルのたぶん偉い人が出迎えてきて恭しく頭を下げてきた。ちなみにあり合わせと謙遜するその礼服は札束が飛んでいくような高級品です。
「あ、いえ、どうかお気になさらずに。
……ケイさん?」
ちょうど同じタイミングで別室から出てきたケイさんに話を振る。
「うん? ああ、正式な謁見ではないから、これくらいでちょうどいい。
無理を言った。
請求書と着替えた服は守護都市の私宛に送っておいて」
同じくお風呂から上がって新品の礼服(女性用ではあるがスカートではなくパンツスタイル)に身を包んだケイさんは、しかし全然気の晴れた様子もなく暗い声でホテルの偉い人にそう言った。
不機嫌ともとれるその声音に偉い人は、お代なんて飛んでもありません、謁見のお手伝いをできただけでも幸いにございますと半ば泣きそうな声で頭を下げていた。
私はこっそりと目つきが悪いけど本当にただ機嫌が悪いだけなので気にしないでくださいねとフォローしておいたが、たぶん効果は無かった。
「なんか奢ってもらったみたいでありがとうございます」
「……私にお礼なんて言わなくていい」
ホテルから出て、ケイさんにそう言うとやっぱり不機嫌にそう言われた。
「んー……。
その態度、そろそろ突っ込んだ方が良いですか?
それとももうちょっと、そっとしておいた方が良いですか?」
「は?」
苛立たし気にケイさんは私を睨む。
私はニコニコと笑顔を浮かべてそれを真正面から受け止める。
なお笑顔を浮かべているが、次の瞬間には殴られるんじゃないかと気が気では無い。
「……ちっ。
ごめん。
八つ当たりしてる。
……ううん、それも違う。
整理できてないの。
そう。
そうね。
私らしくないよね。
わかってる。
ああ、でも今は少し考えさせて。
うん。
行きましょう」
ケイさんはそう言って歩き始める。
行先はもちろん精霊様の待っている皇宮だ。
******
皇宮庭園に到着して、敷地に入る前に背負っていた豪華な剣をケイさんに渡す。
この中で武装する権利は私にはないだろう。
「預かる」
ケイさんもそれは分かっているようで、豪華な剣を受け取って腰に差した。
門番の人たちに話は通っているようで、どうぞと促されたので会釈だけして中に入っていく。
以前にお邪魔したときは余裕が無かったが、庭園は綺麗に整えられていて季節の花があちらこちらに咲いている。
そして庭園を世話している人たちはみんな美男美女で、これは精霊様の趣味なのかと邪推してしまう。
まあ政庁都市の偉い人たちが悪い意味で気を利かせているというのもあるのかもしれないし、至宝の君が美女だから暗殺とかの対策なのかもしれない。
まあどうでもいいか。
ケイさんは心の余裕が無く、そもそも厳かな緊張感も漂っているので何を話す事も無く、風景を眺めながら歩みを進めてその建物にたどり着く。
やっぱりお綺麗な使用人さんに扉を開けて貰って、その中へと足を踏み入れた。
「ようこそおいでくださいました」
踏み入った先でまずその美しい女性に出迎えられた。
同じ美人でもルヴィアさんとは印象がだいぶん違う。
黒髪黒目で日本人形のような美女がルヴィアさんだとすれば、白髪金眼の彼女は西洋人形のようだ。
「はじめまして、サニア・スナイクです」
至宝の君ことサニアさんは、そんな不思議な挨拶をした。
その言葉の意味は、まあ想像がつく。
彼女は今、精霊様に操られていないという事なのだろう。
儚げな雰囲気を放つサニアさんは一年前に盗み見た時とはまるで違い、ともすれば死人のように生気が無い。
ふとダイアンさんの話を思い出す。
これが本来の彼女なのだろうか。
それとも精霊様を降ろす代償として、こうなってしまったのだろうか。
「はじめまして、セイジェンド・ブレイドホームです。
この度はお招きいただく栄誉を頂けたこと、身に余る喜びで打ち震えております」
私が礼を示すと、横から蹴られた。
蹴ったのはケイさんだ。
「思ってもないこと言うな、ぶっ飛ばすわよ」
「……蹴ってから言うのやめてくださいよ」
「次は本気で蹴るって言ってんのよ」
本気というのは、本当に本気なのだろう。下手をすると死んでしまうし、今の私は死んだら死んでしまうかもしれないというのに、危険人物である。
まあ確かに心を込めたつもりではあるけれど、付き合いの長いケイさんからすると胡散臭いし、サニアさんからすればそんな演技は見慣れているのかもしれない。
だとすればまあ侮辱的な態度になるのかもしれないが、難しいな。
私はどんな態度をとれば良いのだろうか。
私が難題に頭を悩ませていると、サニアさんは楽しそうに笑った。
「スノウの言った通り、楽しい子なのね。
あーちゃん……アリアはこの先にいるから、行ってきて。
ケイはこっちに」
「「はい」」
どうやら精霊様とは一人で会いに行くことになるらしい。
恐いんだけど、まあいいか。
さすがにいきなり殺されはしないだろう。
……大丈夫だよな。
魔女様からは生贄とか呼ばれたけど、私を殺して神の力を手に入れてみようとか考えてないよな。
この前のイグドラル様もそうだったけど、精霊様も人の命を軽く考えてそうで怖いんだよな。
人の上に立つには必要なことだから仕方ないんだろうけど、だからと言って問答無用で殺されたくはないよ。
いやまあ、たぶん大丈夫だとは思うんだけどね。
ともあれ至宝の君だなんて雲の上の偉い人に行けと命じられた以上、私の様な下々の民は喜んで従いましょう。
精霊様には色々と聞きたいことが溜まっていたしね。
******
謁見の間のような場所を想像していたのだが、入った部屋は普通の応接室だった。
そしてそこにはこの皇宮の主人である黒髪の少女が鎮座して待っていた。
「よく来ました、セイジェンド。座りなさい」
「はい。お招きありがとうございます、精霊様」
私がそう言って精霊様の対面に座ると、精霊様は立ち上がった。
何をするつもりだろうと精霊様を視線で追うと、彼女は棚からティーセットを取り出した。
「あの、やりましょうか」
私は慌てて腰を浮かしそう言ったのだが、
「いえ、あなたは客人です。座っていなさい」
いいのだろうか。
よくない気がする。
だが固辞して機嫌を損ねられるのはもっとよくない気がする。
私は悩み、本人がやるといっているのだからまあいいかと腰を下ろした。
精霊様は意外に手際よくコーヒーを入れて、お茶請けのクッキーと共に私に差し出す。
「恐縮です」
いや、本当に。
「気にする必要はありません。繰り返しますが、あなたは客人です。
ああ、それと。この場ではアリアと呼びなさい。精霊とはただの隠語なのですから」
「……はい、わかりましたアリア様」
私はそう言って、何から聞いたものかと思案しながらコーヒーに口を付ける。
「美味しいですね」
「そうですか? 詳しくはありませんが、豆が良いのでしょうね」
それはそうだろう。
精霊様の――というか、表向きは至宝の君か――口に入るものが安物のはずもない。
この国でもっとも質の高いものが献上されているはずだ。
コーヒー豆をとる際に棚の中にカップ麺が見えた気がするが、きっと見間違いかものすごく高級なカップ麺なのだろう。
「貴方には色々と聞きたいこともありますが、さて何から尋ねたものでしょうか。
……まずは精霊イグに答えたことを聞きましょうか。
報告は聞き及んでいますが、あなたは死に通じる仮神の契約者なのですね」
「はい」
もう今更隠しても仕方のない事なので、正直に私が肯定するとアリア様は立ち上がって頭を下げた。
「……そうですか。
まずは謝罪を。
かつてあなたから発する神力を見紛い、ケイの手でその命を狙いました」
……驚いた。
アリア様って謝れるんだな。
ああ、いや、これを放っておくのはさすがにまずい。
誰かに見られるとそれこそ殺されかねない。
私もあわてて立ち上がってアリア様をとりなす。
「あ、いえ、得体のしれない神子なんて当然の懸念です。国を守る事を思えば当然の対応だったと信じています。
運よく私もケイさんも生きているんですから、そのような真似はしないでください」
「そう、ですか。
寛大な言葉に感謝をしましょう」
アリア様はそう言って腰を下ろした。
それを見届けてから私も改めてソファーに座りなおす。
「仮神というものは聞いたことはありませんが、それについて知っていることを語りなさい」
「……残念ですが、大したことは存じ上げません。
話せることと言えば魔力を鍛えろと言われたことと、私が得た力ぐらいです」
「構いません。話しなさい」
肩透かしになっても怒らないでねと前置きし、了承を頂いたので話し始める。
「まずは特別な魔力感知です。
探知魔法よりも高い精度を持ち、探査魔法と違って見ていることを悟らせない特別な目でした。
あとは死を覆す力です。
何度死んでも直前からやり直せることができました。
あとは御存じの通り魔力供給も受けられます。
私の心臓に何かしらの力の源が封じられているようで、そこに手を伸ばすことでより大きな力を手に入れることが出来ました」
「……破格の力ですね。ただの契約者にそれだけの力を与えられるものが、仮初の神なのですね」
「はい」
アリア様も魔女様の力と恐ろしさは知っていたのだろうが、全容を把握出来ていたわけではないのだろう。
改めて現世神の途方も無さに恐れおののいていたようだった。
「それで全てですか」
「はい。
……ああ、いえ」
「何かあるのですか。あるのならば語りなさい」
アリア様にそう言われて、少し困る。
ありのまま正直に話すと恨んでいるというか、敵認定してるんじゃないかと疑われそうな話だからだ。
だがそれを知ることでアリア様が今後の対策を思いつく可能性もゼロではない。
スノウさんからはアホの子と言われたアリア様だが、こうして話している限りそんな様子は微塵も感じないし、長生きして魔女様をどうにかしようと考えてきた人だ。
私からすれば話しても仕方のない事だけれど、アリア様には何かしらのヒントになる可能性だってゼロではない。
「この国が、亡ぶ夢を見ました。
正確には亡んだところを見たわけではなく、亡んでいく過程を見る事があったというだけですが」
具体的に言うとアリア様のせいでブレイドホームの家族がみんな惨殺されて、帝国や魔女様に対抗するとか以前に内部から瓦解しかけているのだが、やんわりとぼかしておいた。
まだ見えてないけど、たぶんあの後デイトは何が何でも精霊様を殺しただろうし、そうなったらこの国は亡ぶしかない。
だから私は嘘は言っていない。
精霊様が機嫌を損ねていないか、隠している部分がバレないか、内心冷や冷やしながらアリア様の様子を窺う。
彼女は驚いたような、納得したような、喜んでいるような、哀しんでいるような、なんとも不思議な顔をしていた。
「ああ、それはきっと夢などではありません。
この国は一度亡んだのです。
私はかつて、魔女とは別の神にやり直しを願った。
あなたが見たその夢は、私が間違えてしまった結末なのでしょう」
「えっ?」
やり直してるの精霊様なの?
私はてっきり妹かセイジェンドだと思ってたんだけど。