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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
2章 お金は大事
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37話 英雄と皇剣

 




 精霊都市連合の三百年のという歴史の中で、偉人、傑物そして英雄といわれる人物は数多い。

 その中でも武に限れば、ほぼ全てが皇剣だった。


 この国を守る精霊は自身の力を八つに分け、それぞれを都市の基盤とした。

 その基盤の上で栄えた各都市は霊的な力を集め、大本である精霊の元へと集約させている。

 その精霊と契約し、各都市が集めた力の一部を膨大な魔力という形で得るのが皇剣だ。


 そしてその膨大な魔力(ちから)を持つ皇剣こそが、精霊都市連合に襲いくる最大の脅威を退けることができる。

 竜あるいは龍と対峙し、勝利することのできる皇剣こそが、この国を守り抜いてきた偉人であり、傑物であり、そして英雄だった。


 八年前までは、そうだった。


 現在、七名いる皇剣を差し置いて最も声高に英雄と呼ばれるジオレイン・ベルーガー。


 そのジオが竜殺しを果たすまでには、大きな二つの転機があった。

 守護都市のストリートチルドレンとして盗みを繰り返して生きていた子供時代に出会い、常識と金を稼ぐ術――ギルドでの仕事を教え込んだ恩師アシュレイ・ブレイドホームとの出会い。


 ギルドに登録してわずか2年で頭角を現し、皇剣武闘祭の新人戦では無く本戦に出場、決勝まで勝ち進みそのまま前人未到の優勝を果たすかと期待されながらも、名家の嫡男ラウド・スナイクによって阻まれたこと。



 現在、守護都市において皇剣に尊敬の目を向けるものは少なくなっている。

 精霊との契約によって膨大な魔力を持つ皇剣は強い力の象徴であり、力を磨く者たちにとって目指すべき頂点だった。

 しかし新たな英雄であるジオが頑なに皇剣になる事を拒んでいたこと、そのジオに敗北しながらも皇剣の座を手に入れたものがいること。

 ジオが打ち倒した竜によって空けられた席に、ジオのいない皇剣武闘祭で勝ち上がった者が座ったこと。

 英雄ジオの名声が高まるほどに、皇剣の名声は落ち込んでいった。


 そんな中で、しかしラウド・スナイクだけは本物の皇剣と呼ばれ、その名声は翳ることが無かった。

 それはいわずもなが若かりし頃のジオに勝利して皇剣の座を手に入れたからだ。

 その事実を、当のラウドはくだらないと感じていた。

 比較にされることすらも不愉快だと。



 ******



 ラウド・スナイクは東の農業都市〈ラパン〉の力を持つ皇剣だ。

 ラウドはスナイク家の嫡男であり、皇剣の座を得た事で次期当主は確実視されていた。

 しかし自身の意志でこれを辞退して当主の座を次男に譲り、一介の剣士としてスナイク家と守護都市の為に働いていた。


「予選はおおむね順調に進んでいるね」

「……そうか」


 声をかけたのは弟であり現スナイク家の当主スノウ・スナイクであり、応えたのはラウドだった。

 ここはスナイク家の中にあるスノウの執務室で、他の人間の姿は無い。

 スノウはまとめあげられたいくつかの書類に目を通しながら、兄であるラウドに声をかける。


「前評判としては今年の本命はうちの戦士になっているみたいだけど、やっぱり今回は見送るべきかな」

「狙いにいっても反対はしない。だが今年はマージネル家が本気だ。下手に阻んで来期に出てこられるよりはいいだろう」

「ふーん。まだ十四歳だってのに、そんなに凄いの?」


 スノウは名家の嫡男でありそれに見合うだけの魔力素養を持っていたが、持って生まれた気質か直接的な争いごとを好まず、戦闘に関する見識はそれほど深くは無い。


「実力のみで優勝できるほどでは無いが、すでに対人戦ならば上級に足を踏み入れつつある。

 マージネル家が全力でバックアップするなら可能性は高いだろう」


 スノウの問いに、考えるそぶりも見せずにラウドは返す。

 二人が話しているのは皇剣武闘祭で誰が優勝するかという内容だが、そこには雑談には無い真剣みが加わっている。


 今でこそその威光に多少の翳りが出ているが、皇剣といえば守護都市に限らずこの国の最大戦力の代名詞であり、それを保有する家は政治的にも大きな発言力を持つ。

 それは今も変わらないし、特にこの守護都市ではそうだ。


 皇剣の席は八つあるが、一つは政庁都市で固定されている。

 残る七つの席のうち一つは空席で、残りの六つは守護都市の名家が占めている。

 スナイク家が保有する皇剣はラウドを含めて二人。

 もう一人は守護都市を離れ、外縁都市に赴任し結界を守っている。


 スナイク家より一人多く、三人の皇剣を囲っているのはシャルマー家。

 そして残りの一人はマージネル家にいる。

 守護都市にはもう一つ名家と呼ばれる家があったが、現在皇剣を保持しているのはその三家だった。


「逆に言えば、スナイク家(うち)かシャルマー家が本気で妨害すれば、ケイ・マージネルは優勝できないってことだよね。

 さて。そうなると疑問なんだけど、なんでマージネル家はケイ君を新人戦に出さなかったんだろう。

 対人戦で上級なら問題なく優勝できるだろうし、その経歴を持って来期の皇剣武闘祭に臨めば、実力だけじゃなくバックアップの面でも楽が出来ると思うんだけど」

「……あの家は、ジオレイン・ベルーガーに対抗意識を燃やしている」


 ラウドが端的に答えに、スノウは納得した。

 マージネル家は今でこそスナイク家とシャルマー家に一歩遅れを取っているが、八年前は三名の皇剣を囲うという形で、むしろマージネル家が一歩リードしていた。


 ケイ・マージネルが弱冠十四歳で対人戦闘に限り上級に近いと評価されたように、マージネル家の戦闘技術は魔物よりも人間を――正確には、人型を相手にすることを得意としている。

 そのことが皇剣武闘祭での好成績へとつながっていた。


 だが対人戦を得意とするという事は、逆に言えば一般的な魔物との戦いは不得手という意味である。

 守護都市に限らず戦いを生業にするものの多くは、魔物を斃すことこそが戦士の本懐と捉えている。

 そういった者たちは潜在的に対人戦を主眼に技を磨くマージネル家に思う所があった。


 もっともそれでも皇剣武闘祭での実績という広告効果は大きく、守護都市で最も教えを請いたいと門扉を叩かれる道場はマージネル家の道場だった。

 また魔物には人型も多いためマージネル家の技術が対魔物戦で無駄になることも少なく、不満の声はあくまでごく一部の人間が陰口を零していただけに過ぎなかった。


 だが八年前の竜の襲撃のおり、死傷した三名の皇剣のうち二名がマージネル家の者だった。


 これによってその潜在的な不満が爆発した。

 皇剣を得る事ばかりに固執して、本当に大事な都市を守るための力を、竜と戦うための力を磨いてこなかったんじゃないのかと。


 マージネル家やラウドからすれば、それは言いがかりだ。

 八年前に襲ってきた竜はあまりに強大で、三名の皇剣が命を賭して刻んだ深い傷が無ければジオが竜殺しを果たすことなどできなかっただろう。


 それは最強の皇剣などと言われているラウドにしても同じだ。

 遠く離れた都市の防衛戦に赴いていたせいで、ラウドが到着したのは決着がついた後だったが、亡骸の竜を見ただけで、これには決して勝てないと悟ってしまうほどのとてつもない強さを感じた。


 だが実際の竜と相対することなどない大衆の意見はそうでは無く、死んだマージネル家の皇剣たちの実力を知っていたはずのギルドメンバーたちまで、そんな大衆の意見に惑わされて流され、こぞってマージネル家の看板を蔑んだ。

 ケイ・マージネルはそんな環境で育った、稀代の天才児だった。


「そうか……。あのジオレインは初出場が十五か十六で、決勝で兄さんに敗れて準優勝だったね。その記録を――」

「――奴は、負けてなどいない」


 スノウの言葉を、ラウドが否定する。

 静かな言葉にははっきりとした怒りの熱が込められていた。


「そうか。そうだったね。

 まあとにかく、ケイ君やマージネル家は初出場初優勝と最年少優勝のダブルレコードで家の名誉を回復させたいってとこだね」

「ああ、そうだな」

「そうなると、厄介なのはシャルマー家かな。

 あそこにはこれ以上皇剣は渡したくないんだけど、やっぱり向こうも今回は見送ってくるかな」


 ラウドは少し考えて、頷いた。


「ケイ君が成長して、来期に出てこられると大変だもんね」

「ああ、守護都市の皇剣は、カナンのジジイはもうとっくにくたばりぞこないだ。

 契約の恩恵で生きながらえてはいるが、もはや竜はおろか上級の魔物とも戦えんだろう」


 ラウドの言葉には、吐き捨てるような嫌悪が宿る。

 皇剣とは皇の剣。人間よりはるか高みに座す精霊のその手の代わりに、意思を持つ剣となりこの国の外敵を斬り伏せるのが本分だ。


 シャルマー家はその本分を忘れ、もっとも政治的に価値があるという理由で、弱り果てた子飼いの皇剣を引退もさせずに大事にしまっている。

 引退するものがいなければ、来期は皇剣の座がすべて埋まる。

 守護都市〈ガーディン〉の皇剣に引導を渡すならそこだが、シャルマー家もそこに照準を合わせて最強の手駒を出し、ありとあらゆる手で他の優勝候補に妨害工作を仕掛けてくるだろう。


 ならばスナイク家もそれに対抗するため力を温存するべきだが、それを見越してシャルマー家が二番手、三番手の戦士で今回の皇剣をかっさらっていきかねない。


「今でこそ多くの悪評を受けているけど、マージネル家で学んだ戦士たちは優秀なのが多い。

 ここはマージネル家に協力して恩を売っておくのが得策だとおもうんだけど、それでいいよね」

「……お前が当主だ。俺に許可を求めるな」


 突き放すようなラウドの言葉に、スノウは苦笑する。

 弟であるスノウには、兄であるラウドの気持ちがよく分かった。

 精霊様も見守る闘技場で、鍛え上げてきた力と技を尽くす武の祭典。

 それが皇剣武闘祭のふれこみであるにもかかわらず、文官のスノウやシャルマー家の陰険姫の権謀術数でその優勝者が決められようとしている。

 兄であるラウドが嫌悪するには十分すぎる理由だったからだ。


 スノウとしてもトーナメントや予選の組み合わせをいじったり、審判を懐柔することはあまり好きでは無い。

 ただ得意ではあるし、手をこまねいていれば守護都市はシャルマー家に好き放題にされる。

 守護都市を支える名家の当主としては、十分に割り切れる問題だった。


「でも、ジオレイン・ベルーガーがいれば?」


 スノウがそう言うと、ラウドは口をへの字に曲げた。

 ジオがいれば、スノウやシャルマー家、マージネル家の根回しなど全てその力で粉砕して、優勝を果たしただろう。

 そんなことを三度も繰り返してきたから、あの英雄は強さを重んじる者たちに尊敬とあこがれの念を抱かせるのだ。


 それにギルドの管理運営に力を伸ばしているスナイク家は、治安維持や騎士団に根を張っているシャルマー家やマージネル家に比べて、ジオの破天荒な行動での実害は少ない。

 むしろギルドの若い連中に活気が生まれたり、危険な仕事を率先して請け負ってくれたりで実益の方が多かったぐらいだ。

 決して口にすることは無いが、ラウドがジオに深い敬意を抱いているのはスノウのよく知るところであった。


 そこでふと、スノウはとあることを思い出す。

 皇剣武闘祭とは何の関係も無い事柄だが、それはいつも仏頂面をしている兄の興味を引きそうな話題だった。


「そう言えばこの一年、またジオレインが話題になっているけど、聞いている?」


 スノウが声をかけると、ラウドの眉がピクリと上がった。

 ギルドの名簿管理は戸籍謄本ほどしっかりしたものでは無い。

 ただ戸籍に存在しない名前や生年月日で登録すれば住民税などを二重請求されるため、良識のあるものは正直に本名で登録するのが常である。

 ただ家出同然に飛び出して来た若い者たちは新たな人生を始めると意気込んで、まったく新しい名前で登録することも多い。

 その際に良く使われる名前が、ジオ、あるいはベルーガーという名前だった。


「また偽物が出たのか」


 ラウドは尋ねた。

 八年ほど前には良く使われていた偽名も、ここ数年はめっきり減っていた。

 当のジオレイン・ベルーガーは引退してからはひっそりとした暮らしをしているのか、表舞台でその名を聞くことは無かった。


「いや、当の本人。この前ギルドに申請書が上がってきていてね。

 登録して一年の子を中級に推薦していたよ。

 趣味の悪い副業でも始めたっていうんなら別にいいんだけど、もし偽物が申請してたらまずいと思って調べてみたんだけどね。

 ちゃんと本物だったよ」

「……ほぅ。それで、推薦を受けたのは誰だ」


 今回に限らず、現役時代を含めてもジオがギルドメンバーとしての権利を行使することは極めて珍しい。

 ギルドではランクが上がれば上がるほどそれに応じた特権を与えられるのだが、まるでそれがある事を知らないかのようにジオは何の行使もしなかった。

 これまでずっと沈黙を続けていたジオの突然の行動に、そう尋ねずにはいられなかった。


「うん、それがね。いや面白いんだ。

 ああ、そうそう。面白いと言えば、恩給の支給もしていたね。

 なんで今更って思ったけど、八年前でなくてよかったよ。あのころは財政難だったからね。

 家の私財もほとんど空になっちゃってたから、今で本当に助かったんだけど。

 ああ、それに滞納してた税金も支払ったんだってさ。

 シャルマー家やジェイダス家あたりは喜びそうだね、ジェイダス家はもう潰れかけてるけど、あのジオがまともなことをしたってさ」

「それで、推薦されたのは誰なんだ」


 苛立ったようなラウドの言葉に、スノウは笑いをかみ殺す。


「すっごく面白い子だよ。来期はわからないけど、その次はきっと台風の目になるんじゃないかな。

 取り込んでみたいところだけど、下手を打ってジオレインの反感は買いたくないからね。

 さてどうしようか。まあ今は目先の大会が優先だけど」

「スノウっ」

「ははっ、ごめんごめん。

 名前はセイジェンド・ブレイドホーム。ジオレインの家に捨てられた赤子だそうだよ」


 険を増したラウドの声に観念して、スノウは答えを告げた。

 それに一応の満足をしながら、ラウドは問いを重ねる。


「一年で中級ならば、来期には上級になっているだろう。

 推薦が拾った赤子への情でなければだが。

 ……うん?

 赤子と、言ったか?」

「うん。六歳になったばかりだって話だよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ラウドは何とも言えない表情になり、スノウは声をあげて笑った。





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