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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
2章 お金は大事
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34話 クライスさんマジ良い人

 




 シエスタさんが良心的な人で良かった。


 八年も滞納してたのに追加で待ってくれて、追加徴税かけないでいてくれた。

 貧乏してる事はぼかしながら話したのに、察してくれたのか便宜を図ってくれた。

 税金を払ってくれるんなら、もうそれでいいよって態度だった。

 署名した納税の同意書を改めて細かい部分を読み返したけど、おかしな記載は無かった。

 だから後はお金を稼ぐだけだ。


 スーパー善人のシエスタさんが帰った後に、なんで税金なんて払わなければいけないんだとほざいた親父には、たっぷり三時間の説教コースをくれてやった。

 確かに払わずに済むんなら……、なんて悪魔のささやきが心の中に生まれるけど、私は国家権力に喧嘩を売れるほど図太い神経はしていない。


 ただ問題はある。

 明日は親父と姉さんと妹の政庁都市観光ツアーデーだ。

 もちろん親父の住民税を払っても多少の余裕はある。

 それに私たち三人が思いっきり遊び倒した後なので、お小遣いに制限をかけづらい。

 そしてなんでアニキと一緒じゃないのと、可愛らしくぶーたれる妹を見ると、自然と財布の紐も緩んでしまうというものでして。

 うん。

 二人には楽しんできてもらおう。



 そうして迎えた翌日、姉さんと妹にはお小遣い程度の紙幣を、親父には不本意ながら不意のアクシデントも想定して多めにお金を預けた。

 家長である親父にはそもそもブレイドホーム家の資金を自由にできるのだが、最近は帳簿管理を私と兄さんでやっていて親父は家のお金に手を付けようとしない。

 入り用な時は私に声をかけてくるので、それならばいっそ必要なものとは別に自由に使えるお金を月に一度渡すお小遣い制を提案してみたら、安心した様子で受け入れていた。


 親父は自分が金勘定が苦手なのを痛感しているのか。

 それとも私を働きに出していることを後ろめたく思っているのか。

 まあたぶん、両方だろう。


 とはいえ一家の主の財布を管理するなんていいのかなー、なんて思わないでもないが、まあいいのだろう。

 恩給が支給され始めたら、せめて月に二、三度は外でお酒が飲めるぐらいの金額は渡そうと思っている。

 とりあえず恩給もこっちで管理することは確定事項です。

 これに関しては嫌だといっても説得するべきだろう。


 そんな三人を見送って、私はギルドに赴いた。

 本当は防犯のためにも家に残った方がいいのだが、一日も早く、一刻も早く、仕事に出たい。


 家の守りは兄さんに任せ、有事の際は信号石で私と親父に知らせる手はずとなっている。

 信号石はイヤーセットの簡易版みたいなもので、ブレイドホーム家に設置されている親機(親石)からの魔力を受け取って振動、発光する。

 モールス信号などの様に信号のパターンとかを決めれば昔懐かしのポケベルの代わりになるかとも思ったが、込める魔力や信号石との距離によって振動や発光パターンが変化するので、無理だった。



 ギルドに到着し、まずは親父の住民税の支払いを済ませる。いつもとは違う窓口なので、アリスさんでは無い。

 八年も滞納していたので金額がエライことになっており、担当の事務員さんが驚いていた。

 気持ちはわかるけどプロなんだから驚かないでほしい。

 周りが注目するし、ただでさえこの前親父が簡単な申請手続きもせず貧乏に喘ぐお馬鹿さんだとバレたばかりなんだ。

 この上、納税義務も知らなかったとは思われたくない。


 事務官がいいのとしつこく聞いてくる。

 なんだ?

 ああ、そうか。

 私のギルドカードからの引き落としだが、支払うのは親父の住民税で、苗字が違うもんな。

 構わないから早くしてと急かすと、騙されてるんじゃないの、それとも脅されているのと心配された。

 そういう心配はろくに音沙汰のない孫の為に、今すぐお金を振り込まなければと熱意を燃やすご年配の方にしてあげて欲しい。


 周りが少しずつ注目してきたので、ついつい英雄ジオレインに恥をかかせる気ですかなんて言ってしまった。

 そこからの事務員さんの対応は迅速だった。

 何も考えずに与えられた仕事をこなすスピーディーなマシーンになり、こうして親父の無知は知られずに済んだ。

 代わりに私が英雄の威光を笠に着るクソガキとして名誉のいくらかを失ったかもしれないが、気のせいだと思っておこう。



「あ、セージ君久しぶりー」


 面倒な手続きを終えていつもの受付の、いつものアリスさんのところにやって来た。


「ご無沙汰してます。この前はお騒がせしました。せっかくですけど、仕事ありますか」

「休んでたのに急だねー。あるにはあるけど、政庁都市だからめぼしいのは無いよ」


 ……orz。

 なんてふざける余裕はないので、めぼしくない仕事を選んでいく。


 物資輸送の護衛……却下だ。日数がかかりすぎる。

 実地での新人教育……やりたい、けど無理だ。私の年齢だと教育役は断られる。

 高校での講演会……無理だ。経験一年のペーペーが出来る仕事じゃない。

 訓練校で闘魔術の実践披露……これぐらい、かな。


「アリスさん、これは……」

「これ? ああ、ゴメン。これは無理。書いてないけど、先方からなるべく実戦経験豊富そうな人をって言われてるから、セージ君だと若すぎるの」

「……あの、単純に魔物を狩る仕事って無いんですかね」

「うーん、他の都市ならともかく、政庁都市だとねぇ……。

 ここまで入り込んでる魔物って、人を襲ったら危ないって学習してるようなのばっかりだから……。

 周辺の治安確保自体は軍がやってるし、取りこぼしもハンターで足りてるからねぇ。

 騎士見習いが実地訓練で周辺の魔物の間引きはすることがあって、その引率役の仕事は回ってくるんだけど……」


 実地での新人教育か。

 アリスさんの言うだけど……、のセリフの続きは想像できてるけど、ダメもとでお願いしてみる。


「何とかそれ、僕にもできませんか?」

「……うーん、ごめん。ここで受けても先方が断るだろうから、受理できないよ」


 くそう……、あと一ヶ月でお金を貯めるのは厳しいかもしれない。

 いや、一応来月分の固定資産税も残った貯金の全額に多少の色を付ければなんとかなるし、再来月の収益税は親父の恩給を全部当てて、足りない分は来月以降の恩給を担保にミルク代表のところでお金を借りればなんとかなる。

 ただし、出来ればそれは避けたい。


 色々と贅沢になり始めたうちの子供たちが、また不味い豆と野菜クズの生活に戻って耐えられるとは思えない。

 兄さんもお金を貯めているけど、何か目的があるみたいだから強制的な徴収とかはしたくないし。


 いや、プランはいくつもあるんだ。

 親父の無知を暴露し、お金を無心する。

 中級以上のギルドメンバーはお金の使い道に困っている人も多いので気前よくカンパしてくれるだろう。かつて親父に助けられたという人も多いし。


 他には親父の武器を売るという手もある。

 かつて竜殺しの際に使った武器は芯が折れているとかで実戦ではもう使えないとのことだが、好事家に売ればいい値がつくだろう。なんならサインと握手を付けてもいい。それ以外にも思い出の武器っぽいものが結構家には保管されている。


 後は一番選びたくない手だが、道場を大きく広報して親父の指導を大人も受けられるようにするのも大きな収入アップになるだろう。

 親父は人気があるので現役のギルドメンバーたちが良い額出してくれるだろうけど、これをやると今道場に通っている子供達を追い出すことになるだろう。

 守護都市にしてはかなり大きいブレイドホーム家だが、それでも敷地や道場の広さには限りがあるし、現役の戦士と未熟な子供を一緒に指導するなんてのは現実的ではない。


 まあ最後の以外もできるだけ選びたくない選択肢なので何か仕事が無いかと、ギルドに入っている依頼表を念入りに見ていく。

 他にお客さん――というか受付をする同業者はいないので、アリスさんもそれを暇そうに眺めて、時折ダメ出しをしてくる。



 しばらくそうしていると、顔なじみのクライスさんが現れた。

 ちょうどいい。

 大ベテランのクライスさんなら政庁都市での稼ぎ方を知ってるはずだ。


「は? 仕事? いや、ねえだろこの時期。政庁都市のギルドならお前にもできる仕事はあるだろうけど……、買いたいものでもあんのか?」


 はい。正当な義務を果たし、国民の権利を買いたいのです。

 でもそんな恥ずかしい事は言えないので、それっぽい説明をする。


「いえ。実戦の勘が鈍るといけないので、簡単な仕事でもいいから無いかなと」


 三か月後には本格的な荒野デビューだから、そう言っておいても嘘では無い。

 出来ればその時はクライスさん達と一緒に仕事がしたいけど、それまでに多少は実力を上げとかないと愛想を尽かされるよね。


「ああ、じゃあなおさらやめとけ。

 政庁都市で振られる仕事は退屈な警備や肉体労働だからな。暇つぶしの小遣い稼ぎにしかなんねえよ。

 そんなことするなら、ジオさんとの立ち合い増やすほうがよっぽどマシ……ああ、いっそ闘技大会に顔出して来いよ。

 あれは出場権目当ての連中が集まるから賞金はほとんどねぇけど、真剣な奴が多いからな。良い刺激になるだろ」


 ……昨日兄さんたちと見たあれか、でも真剣過ぎて怖いんだよね。

 昨日のように経済的に余裕がある状態なら腕試しに出てもいいんだけど、今はお金稼ぎたいんだよね。

 参加料の割に微妙な優勝賞金だし、そこまでの勝利にお金を賭けても大した額にはならないし、もし負けた時の事を考えると怖い。

 お金が無いときはギャンブルはやるもんじゃないと思うんだよ。


 ……いや待てよ。

 親父なら確実に勝てるな。

 それにおそらく賞金額の高い大きな大会でも優勝できそうだ。


「あの、大会って父も出れますか。折角なので一緒に出てみたいんですが?」


 もちろん親父一人で出てもらうつもりだけど、建前は大事なのでそう聞いた。


「は? 出れるわけがねえ……って、そうか。お前が知ってる訳がないか。

 ジオさんは永久名誉なんたらで、引退した今でも特級扱いだから皇剣武闘祭の本選にしか出れねえし、そもそも今期はもう本選のシード枠が埋まってるから、それも無理だぞ」


 それからクライスさんの親父自慢が始まった。

 いつもの事なので適当に聞き流そうとしたら、ちょっとおかしな話を始めた。


「親父って、優勝経験があるんですか?」


 皇剣武闘祭で優勝経験があると、クライスさんは言ったのだ。

 優勝という事は莫大な賞金は、どうせ使い切ってもうないんですよね。

 わかってます。


 それよりも優勝すると皇剣に選ばれるはずだが、親父は皇剣では無い。

 皇剣は都市の数と同じく八人分しか席がないので、全て埋まっている場合は優勝者が指名した皇剣と直接対決して持ち主を決定する。

 つまり皇剣の誰かに、かつて親父が敗れたという事だ。


 ……まるで想像がつかない。

 流石に国を代表するだけあって、皇剣ってすごいんだな。


「やっぱり知らなかったか。

 じゃあこれも知らないだろ。

 ジオさんは最初こそ準優勝で、当時は新人だったからそれも十分すげぇんだけどな。

 それ以降は三期連続優勝してるぞ。

 んでもって毎回毎回、皇剣なんぞいらんつって、表彰式にも出ないんだぜ」


 何やってんだ馬鹿親父ぃぃぃぃいっ!!

 折角の公務員なのに。安定職なのにっ。

 いや、わかってる。親父に公務員なんてできる訳がない。だからそこは良い。


 でも国を挙げてのお祭りで、みんな皇剣目当てに参戦してるだろうに、なんでそんな無茶苦茶やるんだ。

 そしてなんでクライスさんは誇らしげなんだ。

 オリンピックに例えるならてっぺんとっておきながら、金メダルいらないとか言って表彰式ぶっちするのと同じだぞ。

 大顰蹙だろ。

 大炎上だろ。


 いや、わかってる。

 守護都市だとそういう権力にたてつくというか、悪ぶるのがかっこいいというか、ともかく反逆精神溢れる行いが受けるんだ。


「一回目と二回目はまあジオさんだしってことで、見逃してもらったんだけどな。

 あんまり皇剣に空きがあるのがまずいってことで、三回目はなぁ……。

 そん時も結局ジオさんは逃げたから、準優勝者が皇剣になってな。あの時は荒れた荒れた」


 楽しそうに笑って話すクライスさん。

 ……荒れたって言うのは、ヤジや怒号が飛び交ったていう程度じゃないんだろうな、きっと。

 暴動寸前とか、それぐらいの大騒動になってそうだ。

 ……うん。そんな事してたら権力者に嫌われるよ。


 クライスさんみたいに実力がある人ならともかく、一般の人からすればその荒れたっていう騒動はかなりの恐怖だろうし。

 過去の親父の逸話からも、治安の悪化を助長するような武勇伝がちらほらあったし。


「それでなんとか皇剣の枠も埋まって、八年前か……。

 あの時はだれが優勝するかって話より、優勝したジオさんが誰を指名して戦うのかって話で盛り上がってたなぁ……。

 結局は竜の襲撃で皇剣に空きが出来ちまったし、ジオさんも引退しちまったんだよなぁ」


 しんみりと寂しそうにクライスさんが言った。

 親父が敗けるところを想像できないのって、今の私だけじゃなく当時のギルドメンバーたちにとっても共通認識なんだな。

 今からでもちょっと見てみたい気がするって言うか、本選シード枠貰えるんなら申請しとけよ親父。

 本選は出るだけで賞金出るんだから。


 まあどうせシード枠がもらえるとか知らなかったとか、引退してるからそもそも出場権があると思っていないとか、そんな感じだろう。

 私も今、話を聞くまではそう思っていたし。


 まあ親父の事はいいや。

 今日は息抜きに遊びに出てるわけだし、あんまり責めても仕方ない。

 帰ったらちょっと嫌味を言うだけにとどめよう。


 しかし、そうなると政庁都市のギルドに行こうかな。別にバレやしないだろうし、バレても社会勉強ですって言い張ればそこまでおかしな目では見られないだろう。

 それなりに貧乏な事はもうバレてるし。

 あとは税金未払いさえバレなければもうそれでいいや。


「それでセージ、お前に大事な話があってな」

「え、あ、はい。なんですか」


 そんなことを考えてると、クライスさんにそう言われた。

 つい生返事をしたが、なんだか真剣な雰囲気だったので、居ずまいを正して正面からクライスさんに向き直った。

 クライスさんは笑った。

 なんだか寂しそうな笑顔だった。


「本当は、四人全員そろってる時に言い出そうと思ったんだがな。お前んちに呼ばれた時は言い出せなくてな。

 これからは全員が揃う時間も、取れそうになくてな」


 え、なに。急にしんみりした空気を割増しで醸し出したんだけど。

 アリスさんも似たような雰囲気出してるし。

 だ、誰か隠れて見てるよね、これ?


「俺たちはギルドを引退する。俺は騎士の教導士官ってのになるな……。

 他の奴の仕事は、他の奴の口から直接聞いてくれ。

 一年間って短い時間だったが、お前といれて楽しかったぜ」


 そう言ってクライスさんは、きょろきょろと挙動不審になった私の頭をなでまわした。

 そうか……、そうか。

 この仕事辞めるのか。

 むー。

 尊敬できて頼りになる人だったんだけどな……身体張る仕事だし、辞め時は本人が決めることだよな。

 仕方ない。


「そう、ですか。今までありがとうございました」

「おうっ。

 ……でな、あー、お前んちで前に色々してもらったろ、その礼も兼ねてってんじゃないが、良いもの用意したんだぜ」


 そう言って、クライスさんは一枚の封筒を取り出した。丁寧に包装されていて、格式高そうな感じに蜜蝋で封がしてあった。

 封のしるしは何かのシンボルマークだろうが、よくわからない。


「皇剣武闘祭本戦のプレミアム観戦チケットだ。それも四泊五日の豪華ホテル宿泊セットだぜ。

 封は開けてもいいんだけど、手続き面倒臭くなるから、ホテルに行くまでは開けるなよ」


 えっ。

 バーベキューに誘ったお礼としてはちょっと大きすぎやありませんか。

 むしろ引退祝いで私が何か送らなきゃいけない立場だと思うんですが。


「遠慮はすんなよ。

 あー、ちょっと手を伸ばした時期が遅くてペアチケットしか取れなかったけど、お前とジオさんで見て来いよ。

 ちまい仕事やるより、よっぽどいい勉強になるぜ」


 まじか。

 いいのかな。その手の観戦って、むしろクライスさんの好きそうなことだと思うんだけど。

 でも遠慮するなって言ってるしな。

 どうしよう。

 ……いや、うん。

 受け取ろう。子供が遠慮なんてするまい。


「はい、ありがとうございます」

「おう。楽しんで来いよ」


 クライスさんから封筒を受け取った瞬間、ダフ屋とか転売とかって単語が脳裏をよぎってしまった。

 私はやっぱり、クズだと思う。





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